HOME | 最新のエッセイ | 過去のエッセイクレーム日記もうひとつのクレーム日誌掲示板読者の声 

クレーム取材往復メール

はじめての試みですが、今回、特別企画をさせていただきたいと思います。
本を出版してから、これまでいろんな取材を受けてきました。
新聞社から雑誌社まで、いろんなメールのやり取りの中で
クレームについて、あらためて考え、私の思いを書き送ったのですが
せっかくなので、その内容のいくつかを、そのまま公開させて頂きたいと思います。
題して、「クレーム取材往復メール」。

みなさんの日々の仕事の中で、何か、小さなヒントになれば幸いです。

青木詠一 2004/08/03


第1回 「クレーム対処5か条について」 (*このページ)
第2回 「”無言のクレーム”について」



第1回 「クレーム対処5か条について」
2004/08/03更新

N新聞社からの取材依頼メール。
青木様の「それでもお客様は神様ですか?」の本を紹介いただき、拝読いたしました。
揺れ動く現場の空気が伝わってくると同時に、周囲の店員さん、
そして青木様ご自身の心の記録であり思わず涙ぐむこと仕切りでした。

さて、恐縮なのですが、私、***という新聞の中で、ビジネスマンの常識について解説・紹介する
「仕事常識面」という記事を担当しています。
今回、クレームをテーマに記事をまとめたいと考え、青木様に、ご自身の体験を含めて
ご意見を伺えないものかと思いメールいたしました。

記事としては「クレームに対処する5か条」という内容で、ビジネスマンがクレームを解決するために
必要な心構え、鉄則というものをエピソードを交えながら紹介したいと考えております。
青木様の日記は、日々のクレームに対する反省や悩みをつづったもので、
ノウハウ的なものに違和感を覚えるかもしれませんが、体験の中で感じた対処法について、
どういうものなのか、またそれが必要だと考えたのは、どんなエピソードからなのか、
メールか電話でお聞かせいただけないでしょうか。

お忙しい中でのこと、勝手を言って申し訳ありませんが、**ごろまでに可能でしたら、
返信・返答をいただければ幸いです。
 記事では「社長を出せ!実録クレームとの死闘」の著者の川田茂雄様にも
話を伺うことになっているのですが、ぜひ「それでもお客様は神様ですか?」の著者として、
青木様のお話を盛り込めれば大変うれしく存じます。
よろしくご検討ください。


私からの返信メール。
**様。メールをありがとうございます。
「それでもお客様は神様ですか?」を出版させていただきました青木詠一です。
私の本を読んでくださって、ありがとうございます。心から感謝しています。

ご依頼の件につきまして、お返事をさせていただきます。

「クレームに対処する5か条」についてですが、**様もご存知のように、
私の本は、いわゆるクレームのノウハウものではないため、私自身も
対処法やテクニックと言ったものを、うまく答えることが出来ないのです。
約18年間、接客業を続けていますが、まだそれを、つまずきながらも
探し求めている・・・というのが今の正直な気持ちです。

クレームに、正しい解決策は本当にあるのだろうか?
クレームの根源のほとんどは、そのお客様と店員の
それぞれの見えない心の中にある・・・
18年間の接客の中で出したそれが、私のひとつの答えです。
本の中でも書きましたが、心にひとつの答えは、どうしても見つけられません。
それが、終わることのないクレームの根源というものなのかもしれません。

**様の主旨と異なることで、大変申し訳なく思うのですが
クレームに、これといった対処法やテクニックは存在しないのではないか?
クレームは、スポーツのようにテクニックを磨くというわけにはいかない
のではないか?と私は思うのです。とはいえ、それは私が勝手に思うこと
であって、実際にはそういう本は世の中にはたくさんあります。
この場合、私の言葉なんかよりも、そういう本を参考にしたほうが、
きっと、ベストなのでしょう。

ですから、ここはひとつ、違った角度から、私はクレームについて
見つめてみたいと思います。

私のとって、もっとも恐ろしいクレームは
クレームを言わないお客様のクレームです。
要するに、もう二度と店に来られないお客様のことです。
お客様が店に来店されなければ、どんなに素晴らしい売場を作っても
素敵な商品を扱ってもなんの意味もありません。
それにそのひとりのお客様で無言のクレームは終わりません。
情報化社会と言われるように、個人においても
その一度植え付けられた悪い情報は瞬く間に広がります。
店にお客様が来られない。店にとって、こんな最悪な事態はありません。

逆に、クレームを言って下さるお客様は、ある意味、最高のお客様です。
その店の気づかない悪さ加減を、わざわざ教えてくださっているのですから。
本当のクレームは、クレームを言わないで二度と来られないお客様。
逆に、クレームを言われるお客様は、それでもその店を利用したいから
もっと改善してほしいから、クレームを言われる大切なお得意様。
そう思うと、こんなにもありがたいことはないのでしょう。
でも、中には理不尽な事を言われるお客様もいらっしゃいます。
なかなかそういう心境になれないのが、人の見えない
心の弱さかもしれません。

クレームの対処法、とは言えませんが、その根源的な対処法について?
私なりに考えをまとめてみました。

1、クレーム=顧客からの最高のアドバイス。そう思えることが大切。
クレーム=わがままなお客、避けたい出来事。苦痛。
まず、こう言った偏見をなくすことから、はじめなければならない。
本当に恐いのは、何も言わないクレームのお客様。
その結果、二度と店に来なくなる。

2、その仕事、商品、サービスにプライドを持てるか?本当に好きであるか?
ということ。また、そのための職場環境がベストであるか?ということ。
そのことが、クレームに対して前向きになれる。

以前、私の店で「挨拶運動」というものが行われました。
これは、店で、あまりにも店員がお客様に挨拶をしないという現状を
直そうとするものでした。その考えは、とてもいいものなのですが、
そのやり方に私は疑問を持ったのです。

挨拶運動と言っても、上司がただ、「ちゃんと挨拶をしないと
ダメじゃないか!」とパートさんに怒鳴るばかり。
そのあとで、私は彼女たちのこんな陰口を聞くのです。

「だって、あの人(上司のこと)本人は、まったく挨拶しないくせに・・・
お客様どころか、私達にさえしないのよ!」

挨拶って言うのは、強制されて出来るものではない。
それは、もしかしたら、何かテクニックを使えば出来るのかもしれない。
でも、そうじゃない。心からその人への親しみや、ありがたさ、感謝の
気持ちがなければ、出来るものじゃない。ましてや、仕事とはいえ
強制されてするようなモノじゃないと思ったのです。

本当にみんなに挨拶をしてもらいたいと思うのなら
その上司から、心のこもった挨拶をすればいいのです。
そうすれば、必ず彼女たちからの心のこもった挨拶が
返ってくるはずなのです。そして、それが売場での
笑顔の挨拶につながると思うのです。

まず相手を想うこと・・・単純なことかもしれませんが、
その笑顔の挨拶ひとつあるだけで多くのクレームを
軽減させてくれる役目を果しているのだと思うのです。
もしかしたら、これが、唯一、私の思う対処法かもしれません。

ただ、現実問題として本当にその仕事にプライドを持ち、好きな人
というのは限られた人達だけかもしれません。物事にはどうしても
いいことがあれば、悪い面もある。その悪い面をカバー出来るほど
いい面を見つめることが出来れば、どんなクレームもいいわけをせず
それを素直に見つめ、プラスに出来るのだと思います。
そんなふうに、心のあり方ひとつだけで、どんなクレームも
対処できるのでは?と思うのは、あまりにも遠い夢のなのでしょうか?

3、そのクレームがどうしても解決しそうにない時、まず、そのお客様に
自分がなりきってみる。そして、何よりまず、反省をしてみる。
自分の立場ではなく、相手の立場から物事を見つめることによって、
見えなかったものが、やがて見えてくるはず。

4、クレームはまず、相手(お客様)の前で解決するのが大事。
電話ではなく、必ず、相手の顔を見て。(そのために客先訪問が大切)
そして、最初にまずお詫びの言葉から。
たとえ、それがお客様に非があったとしても、
そういう気持にさせたことに対して、お詫びの言葉が必要。
ほとんどのクレームが、最初に、お詫びの言葉がなかったことから
複雑に大きくなってゆく。そして、クレームはいつも、最初は単純なもの。

5、最初に売上ではなくて、まず、
お客様の為にという心からの気持ちから。
その気持ちが、やがて、クレームを対処してくれるはず。

店にとって、売上や利益が大切なことは、百も承知だけれども
本当はそうではなく、まず、お客様の為に・・・という気持ちも
みんな、百も承知。でも、実際には売上至上主義の経営者が
そのほとんどのような・・・。

お客様に向かずに、ただ、売上ばかり考えると、必ずそこにクレームは起きる。
そして、そのクレームさえも、見向きもしないで、金やモノで解決しようと
するならば、接客業において、それは最悪な対処法だ。
根源的な解決になってはいない。それはやがて、次のクレームを連れてくる。

確かにその売上から、私たちの給料が出るわけなのだけど
もう一度考えてみたい。そのお金は誰のものなのだろうかと。
それは、当然ながらお客様のお金だ。お客様から頂いたお金なのだ。
そのことを、私たちは忘れてしまっている。そのお金を得るためには
売上の為ではなくて、お客様の為の仕事をしなければなんにもならない。
たとえ、たった一人のお客様に、親切に接客をして、それが100円程度の
売上しかなかったにしても、そのたったひとりの満足をしたお客様が
次のお客様を連れて来てくださる。そして、そのお客様もまた次の・・・
そんなふうに、売上ではなく、まずはお客様の為に、と言う気持ちさえあれば、
そのあとから必ず売上はついてきます。そして同時に、クレームも当然少なくなる。
例えクレームが起きたとしても、そのクレームさえも、
そのお客様は、一生のお客様になってくださるチャンスにもなるでしょう。
もしも、仮にたった100円のお客様を不親切に扱えば、その逆のことが起きる。
何人ものお客様が、やがて店に来なくなってしまうのです。

ひとりのお客様を大切にする気持ちが、やがて多くのお客様への信頼へと
変わってゆくのでしょう。それは、クレームの対処法と、
何ら変わりはしないのです。

最後に、これらはすべて非現実的な理想論かもしれませんが、
売上や店の立場じゃなくお客様を想う気持ちそのものが、
すべてのクレームの根源を、対処できるものなのだと
私は思いたいのです。

・・・・・・・・・・
以上、思うにまかせて書いたので、長くなってしまいました。
もしも記事にされるのでしたら、
もうちょっと簡潔にまとめられればいいのかもしれませんが・・・
あまりにも思うことが多くありすぎて、言葉が追いつかないほどです。
もしかしたら、主旨とかなり離れているのかもしれませんし
単なる理想論にすぎないかもしれません。

この文章で、何か問題や要望がありましたら、ご連絡を頂くと
ありがたく思います。
(私の考えが、すべて正しいとは限りませんから)

お忙しい中、最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


青木詠一

クレーム取材往復メール後日談。

本を出版してからの取材で、一番多く聞かれたことは
不思議なことに、まるで申し合わせたみたいに決まって
”あなたにとって「クレーム対処の○か条」は、一体どんなことですか?”
というものでした。

たぶんそのことが、今、クレームに悩んでいる人達の
もっとも求めているものなのかもしれません。

電話でもメールでも、その度に、私は”う〜ん”ってな調子で
すぐに即答できないままでいると、そんな私に、相手は何か
拍子抜けしたみたいで、”え〜、例えば○○とかですか?”なんて
聞いてくる始末でした。

取材される方は、どうも、私がクレーム対応のプロフェッショナルか何かと
勘違いしているみたいで、日記を読めばわかると思うのだけど
どちらかというと、私はとても不器用なほうで、クレームもただ、どうしようもないままに
悩んだり泣いたりしているだけの、ただのひとりの店員に過ぎない。

でも、その質問に対しては、いつも”う〜ん”じゃ仕方ないので
決まってこう、答えるようにしていた。

「そういうものは、たぶん、ありませんよ」と。

そこに、空白の3秒が生まれる。
それじゃ取材にならないだろ!という相手の叫び声が聞こえるようだ。
でも、私にとっては、そうなんだから仕方ない。
そもそもクレームというものは「クレーム何か条」というもので、
簡単に解決できるものじゃない。

クレームは、相手の心に触れ合おうとしない態度や言葉に
起きてしまうものなのだと、私はよく、日記の中で書います。
それは、実に抽象的できれいごと過ぎて、何の役にも立たないものかもしれない。

でも、心構えや接客話法、お辞儀の角度まで、相手に不快な思いさせない為に
いろんな対応があるけれど、そんなもの、出来なくったって、相手を思う気持ちさえあれば
私は平気なのだと思うし、逆に、そういう気持ちがあればこそ
気持ちのよい接客やお辞儀が、自然と出来るものなのだと思う。

メールの返事の中で書いた”挨拶訓練”は、まさにその思いからだった。
その頃、私の店では、みんなが朝礼の時に一列に並んで
大きな声で挨拶をさせられていた。誰かの声が小さいと叱られたりして
まるで軍隊のようでした。

よい接客って、強制されて出来るものじゃないんだよね。
人の心は、簡単に縛られたりはしないものです。
”挨拶が出来ていない”ということで、どうして訓練が必要なのだろう?
私はいつも疑問に思った。
挨拶は、相手を思う気持ちから自然と行われるもの。
その気持もわかろうとしないで、管理職と言われる人たちは、ただ
挨拶が出来ているか、いないのか、その行動しか見ようとしない。

みんなの挨拶が不充分な本当の原因は、その教える指導者達が
挨拶をしないことであり、、ピリピリとした暗い職場の雰囲気だったのだ。
これは、人の心に触れ合おうとしない、いい例かもしれない。

人の心は見えないものだから、どうしても人は
見えるものしか信じようとしない。
それは結果的な行動だったり、売上の数字だったり・・・。

結果がすべてと、今の会社はそれしか見ようとしないけれど
本当に大切なことは、その結果よりも、それまでのひとつの経過。

結果が利益を生むのじゃなくて、その経緯が、結果と利益を作るのだ。
結果がダメでも経緯がよければ、次の結果と利益を約束してくれる。
新聞に、どこかの企業が、今日も小さくお詫びの記事を載せているように
結果を重視しすぎて生んだものは、利益と不正行為という産物。
それを望んで私達は、仕事をしているわけじゃない。

クレームに、本当は対処法なんてものは何もない。
あえてそれを言うならば、例えば、電車の中で席を老人に譲るような気持ちそのもの。
そんな思いやれる心がお互いにあれば、クレームそのものは存在しない。
対処法も何も必要はない。

でも、人はいつもそんな優しい気持ちではいられない。
天使のようになりたくても、どこかその心には、それぞれに悪魔を抱えている。
その悪魔の存在が、クレームとなって現れる。

心から、悪魔のような闇は消すことは出来ないかもしれないけれど
天使のようにその翼で、明るいほうへ飛ぶことは出来るかもしれない。

その翼が、きっと相手を思いやる心なのだと思う。

本の中で、最後に私はこう書いている。
お客様が神様なら、私達は天使になろうではありませんかと。

私が天使になりたい気持ちは、きっと、その想いが
まだ、届かないあの想いが、こうして心にあるからだ。


2004/08/04 0:11:56


第2回 「クレーム取材往復メール」
”見えないクレーム”についてです。



ご意見・ご感想は、お気軽にお客様ご意見箱(掲示板)へどうぞ。
本の感想もお待ちしています。

メールによるご感想もお待ちしています。更新の励みになります。
お名前

メールアドレス

メッセージをどうぞ



お返事が出来ていません。ごめんなさい。
・・・いつもメールは楽しく読ませてもらっています。ありがとう。
*お願い。
メールの内容を”読者の声”のページ等で紹介させていただく場合がございます。
掲載不可をご希望の方は、その旨を書いていただくとありがたく思います。
ご了承下さいませ。

過去の日記はこちらへ。
つれづれノート(過去のエッセイ) 人の心とか生き方とか人生とか。
お客様クレーム日誌  接客で起きたクレームや仕事のことなど。
(現在、突如、食品スーパー店員になった私の苦悩の日々を書いています。)

 HOME   TOPへ

ココに来てくれてありがとう。
あなたに逢えたこの奇跡は、私の大切な宝物です。



Copyright (C) 2000-2004 EACH TIME All Rights Reserved
リンクはご自由にどうぞ。IE5にて表示・動作確認しています。

ビッピーズ