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2008/04/07(月) 私の欠陥 先日、仕事である会議があって、その席で 半年振りくらいで出会った人がいた。 気づいたのが会議の最中だったので 目で”どうも”というような挨拶をしようと思ったのだけど なかなか私に気づいてくれない。 おかしいなぁと思ったのは、向かい正面に座っているのに 気づかないわけがないということ。 つまり、なぜだか、私と目を合わそうとしてくれない。 どうしてなんだろう? その会議が終わってから、「お久し振りです」と きちんと挨拶をしたのだけど、笑顔で答えてくれたものの 気まずい空気を抱えたまま、2,3言葉を交わしただけだった。 私の心に引っかかった 何かは拭いきれないままに・・・。 私はたまに、こんな仕打ち(といってはいけないか。)を 受けることがある。どういうわけだか、相手に無視をされてしまう。 たとえばその人が、そんな態度をとるようなことを、私がした覚えが あれば”仕方がない”と思えるのだけど、私にはまったく覚えがない。 (もしや私が忘れているのか・・・?) 軽く落ち込んでしまうせいか、こんなふうに私は思う。 これは私の何かがあきらかに欠落しているのだろうなと。 私の中にある欠陥・・・。 でもそれを、私はあっさり受け止めているせいか 「仕方ないか」で済ませたりする。 それで悩んでも仕方がない。これが私なんだから。 その人とは縁がなかったということなのだろう、と。 たとえ何か誤解があったにしても その誤解をそのまま相手が受け止めたなら 私はそれを反論するだけ、あらゆる無駄を生むように思う。 そう思うことが、私の欠陥なのかもしれないが。 小さい頃、体育の授業で誰かとペアになる場合、 たいてい私一人残るくらい、一人になることが多かったから 慣れてるといえば、慣れている。 でも、学生の頃はそれでよくても この社会では通用しない。 まわりに馴染まないと、または、合わせないと 孤立して、どこかに追いやられてしまう。 それが社会の現実だ。 それさえも、まるで構わないと私は思うが 家族を支えている以上、そのわがままを 通すわけには行かない。 難しいところだ。 それにしても、笑顔で言葉を交わしたくても 相手が私を見切ってしまい、離れてゆくのはやはり、悲しい。 何とかしたいと思うけど、今まで何度となくやってきた。 もう相手を気遣うような余裕が私にはきっとない。 優しい態度は心がけるけど、私は私の世界で生きたい。 こんなことがあるたびに、何度となく、私は思う。 一度でいいから相手の目で、この私を見てみたいと。 そうすれば、私の中の欠陥が、きっと見えてくるのだろうに。 2008/04/07 23:43:00
2008/04/05(土) 逃避行 生きている理由も知らずに生きている人々の 不思議を時々、私は思う。 ただ、快楽を得る為に、ただ、充実した日々を過ごす為に 私たちの日常は構成されている。 その目的も、辿り着く場所も誰も何も知らないでいる。 つくづくこの人生はとても不思議に満ちていて なんて無目的なのかと思う。 きっとはるか太古の昔、私たちは何かと約束したんじゃないかと思う。 でも、長い年月を過ごしているうちに、私たちは忘れてしまった。 楽しいゲームに夢中になって、宿題を忘れた子供のように。 もしも約束があるのなら、いつかそれに気付く日が来るのだろうか? 思い出すときがあるのだろうか・・・? それを思い出したとき、人はどう変わるのだろう。 いや、どう変われるのだろう・・・。 苦しみや哀しみがあると私は、そんな根源的なことを考える。 この先の人生を思う。 わかってる・・・・ それは単なる逃避行だ。 人は苦しみから逃れたい。それも何かが決めたシステムだ。 この苦しみさえも、なぜ苦しいのか人は分からない。 悲しみも、流す涙のその意味も。 人は何か欠陥があれば、すぐに原因を究明するのに なんてこの人生は、分からないことだらけなんだろう? 分からないままに生きてるのだろう? 約束を交わしたその何かは、きっと今頃、怒り出したに違いない。 余計すぎる雨を降らせたり、多すぎる嵐を起こしたり・・・。 それでも気付かない私たち。 簡単だ。 きっとみんながそれぞれに 逃避行しているだけなんだ。 2008/04/05 23:43:33 2008/03/29(土) 命をかける。 取引先のその人から電話がかかってきた。 相手の興奮がすでに電話越しにわかった。 その興奮は紛れもなく、怒りによるものだった。 「お前はオレをなめとんのか!」 私は言葉を返せないでいる。 「申し訳ございません・・・」 やっと言えたその言葉は、少しかすれて うまく声にならなかった。 確かに先日、私はその人に対して 悪いことをしてしまった。 (忙しさに、その人に頼まれていたことを 私が忘れてしまってたのだ。) でも、その数日後に、これほど私を罵るほどに ひどいことになるなんて、私は夢にも思わなかった。 いろんな言葉で私を責める。 まるでその口調は昔のドラマであったような借金取りみたいだ。 私はその怒鳴り声を聞きながら、その人の笑顔を思い出していた。 その人とは、月に一度程度、仕事の関係で顔を合わせる。 あんなに私に対して親切で、丁寧で、優しい人が 今はその電話口の向こうで、私を殺しかねないほどに 怒り、ひどい言葉で私を責め立てている。 私はそれがとても不思議で、電話を耳に当てたまま 斜め前の天井を、ぼんやりと眺めていた。 言い訳したい気持ちはあったけど そんなことしても何の解決にもならないことは すでに目に見えている。私に出来ることは素直に ただ、謝ることだった。 その人は言った。 「俺はこの仕事に、命、かけとるんじゃぁ!」 その言葉は、私の胸に突き刺さった。 仕事に命をかける・・・ 私は自分の仕事に命をかけるほどのことはしていない。 いや、それが今の時代では、普通のことかもしれない。 たとえ、私が適当な仕事をしたり、休んだりしても ちゃんと給料は入ってくる。 けれどもその人は、そんなことをしてしまえば まともな給料はたぶん、入らない。 その違いを、私はまったく意識してなかった。 必死でがんばっている人に、がんばってもいない私のことで 無駄にしてしまったそのことに、私はショックを隠せないでいた。 お金のことなのに、あまりにも単純に考えてしまって そのすべきことを私は、ただ、後回しにしてしまい そして忘れてしまったのだ。 あんな笑顔を作れる人に、私がこんなに怒らせている。 少し泣きたい気持ちになる。なのに怒鳴り返したい気持ちが あふれる。 どうすればいいのかわからなくなる。 結局、私は黙ったまま、いくつかの「申し訳ありません」を ただ、伝えただけで、何も出来なかった。 その人の声が、少しづつ小さくなる。 そしてその人は言った。 「もういい・・」と。 何がもういいのか? ・・・許してくれたということか? 私はもう、うまく物事が考えられなくて 知らない街で迷子になったような不安が押し寄せる。 そして、最後にその人は言った。 「また、来月に会うことになるけど・・・」 会うことになるけれど。 その先が、私はうまく思い出せない。 会うことになるけれど 会うことになるけれど・・・ なんだろう?この気持ちは? ぶつけてしまったこの気持ちは ぶつけられたこの気持ちは どう対処すればいいだろう? その人も同じことを そのとき思ったのだろうか? 会うことになるけれど・・・。 たぶん、あんな笑顔でもう その人とは会えないだろう。 それが私は寂しくて、そして悔しくてたまらない。 人はこうして簡単に、過ちを犯してしまうんだろう。 私はちゃんと、謝れるだろうか? ちゃんと大人の態度として その人に接することが出来るだろうか? 一所懸命なあの人に 命もかけないでいる私は。 2008/03/30 0:21:04 まるで、詩のように。(blog) (短い言葉の想いのようなものです。よろしかったら、こちらもどうぞ。)
2008/03/11(火) 幸せの形 もう、10年以上も昔のことになるけれども 私は一度、大きな病気をしたことがある。 急に具合が悪くなって、念のためにと病院に行ったら 私を診るなり先生は、急に深刻な表情になり 「明日、手術をします。すぐに入院の準備をして下さい」と私に言った。 私はまだ、病気の状況がよくわかっておらず、その足で職場に行き 「あのう、明日、手術して入院するんでしばらく休みます」と 迷惑をかけることもあってか、ちょっと照れて言った。 (こういう場合、どう言っていいのかわからず、つい、そんな態度になった。) そんな私に職場の上司は、なんの冗談だ?と思ったらしい。 無理もない。 明日、手術をしようかという本人が ピンピンとしてるんだから。 そして、手術をした結果は最悪なものだった。 悪性の腫瘍だった。つまり癌だったのだ。 そのとき私は「あぁ、自分はもうすぐ死ぬんだ」と本気で思った。 やりきれなかった。娘はまだ幼く、私の最低すべきことは 二十年先まで予約でいっぱいのはずだった。 まさしく目の前が、真っ暗になった。 ・・・人は自分が死を身近に感じたとき 何を想うのだろう。 今も私はそんなことを、時々想うことがある。 そのとき私は実際に、その状況に直面したわけだけど その死を身近に感じて、私が最初に想ったそのことは 「家族で買い物に行きたい」、だった。 不思議だった。 それは海外旅行や自由といった夢ではなく ましてや、家や車といった高価な買い物でもない。 それは、よく行く近場のショッピングセンターでの 普通の買い物だった。 なんて小さな望みなのだろうか。 もうちょっと、欲を持っていいのではないか?と 我ながら呆れてしまうけれど、何かにつけ”もったいない”と 思う私にしてみれば、それが私らしいのかもしれない。 結局、私の病気は稀なものではあったけれど 医療の発達で、ほぼ完治できるものだった。 (もしも、もう10年昔の時代だったら、私は死んでいたかもしれない。) おかげで私は、今もこうして生きている。 毎日を大切に生きたいと、あの日から心がけている。 休みの日は、今も必ず、私は奥さんと買い物に出掛ける。 本当は子供たちと、みんなで出掛けたいのだけど 学校や友達との付き合いや、結構、子供らは忙しくしている。 だから奥さんと二人の買い物がほとんどになる。 買い物カゴを片手に、照れや恥ずかしさや、そういうものは この際、どっかに置いといて、私は再度、確かめる。 これが私の「幸せの形」だと心で素直にそう想うことを。 だって、一時でも死に直面した私が素直に感じたことだもの。 これは嘘の微塵もない、私の確かな大切な想いだ。 今日も久しぶりに、奥さんと買い物をしていて 私はふと、根本的なことを考えていた。 どうして私は、これを・・・この買い物を 「幸せの形」と感じたのだろうか?と。 そうして思いついたことがある。 「買い物」は、いわば、ひとつの「幸せの証明」ではないのかと。 いきなり大きな話になるけど、たとえば国が平和でなければ こんな買い物なんて出来ない。夫婦や家族の仲が悪ければ 買い物なんて難しい。また、お金を得る手段がなければ こんな買い物すら出来ないのだ。 つまり、いろんな小さな幸せが集ったその表れが、ひとつの「買い物」という 結果じゃないだろうかと、私はそう思った。 「幸せ」を、こんなふうに分析しても、あまり意味はないのかもしれない。 本当に大切なのは、生きていて、楽しいか、一緒にいて、うれしいか。 そのことに尽きるのではないかと思う。 もちろん、悲しみや苦しさは、この人生には避けられないけど その行き着く先が幸せであると信じられたなら、それでいいのだと思う。 当たり前のことなのだけど、あらためて私は思う。 コインで買えるようなものでも、それが特別な日じゃなくても こんな街のスーパーで、買うというその行為は 自分や身近な相手への、日々のありふれた優しさなのだと。 「このお菓子、子供たちのお気に入りなんだ」 そう言いながら、かわいいチョコを奥さんが手に取る。 「もうすぐホワイトデーなんだなぁ」と きれいに飾られた売場を見ながら、私はぼんやりと思う。 奥さんが食品のレジ待ちをしている間に 私はいくつかのクッキーを、青い包装紙に包んでもらう。 買い物袋を抱えて妻が 笑顔でゆっくりと近づいてくる。 私は思わず懐かしくなる。 あの頃、病室で夢見た景色を 今、こうして眺めていることに。 2008/03/11 23:05:55 2008/03/03(月) 思い出して どうでもいいことを ふと、思い出すことがある。 あれは、なぜだったんだろう・・・と ほんの少したそがれるような。 幼い頃・・・中学生になる前くらいだったか・・・ 私は家でトイレに行くとき「トイレに行く」と いちいち親に言ってた気がする。 (そのときの私は、たぶん無表情で不機嫌だったと思う。) そのたびに、親はちょっと困った顔して 「そんなこと、いちいち言わなくていい」と 私に言ってたような気がする。 私はトイレの小さな窓から、夕暮れを眺めていて 心はとても哀しかったのを、なんとなく覚えている。 それはたぶん、一ヶ月くらいの短い間だったと思うけど どうしてそんなことをしたんだろうか? そんなことを、しばらくの間、考えていた。 今となってはわからない。 わからないけど、思うにたぶん、親に叱られて・・・ 「何かあったらちゃんと話しなさい!」とか、そんなことを言われて その小さな反抗からそんなことをしたのだと思う。 あぁ、そうだ。たぶんそうだ。 あぁ、そうか、そうでしたかと 心がすとんと落ち着いた感じ。 なんて健気だったのか。 本当は哀しかったんだ、あの頃のこの私は。 「ほら、大丈夫だよ」って、幼い頃の私の頭を なでなでしてあげたい気分だ。 かろうじて、ふと思い出すこんな記憶も 日々のあふれる出来事の中で、やがてかき消されるんだろう。 どれだけの想い出をなくしていって、どうでもいい記憶を私は どれだけ溜め込んできてるんだろう。 大人になると仕事のせいか、効率ばかりを求めすぎて 心の内を求めるような、あやふやな気持ちは どっかに追いやってしまう。 大切なものは、たぶん、こんな忙しさの中では 簡単に上書きされてしまうんだろう。 それはなんて、切ないことか。 こんなどうでもいい記憶でも 私はちょっと大切にしていたい。 あの頃の気持ちはたぶん、 こんな私にしてみれば「なくしたくないもの」だもの。 でも、それでも、いつか忘れたことさえも、忘れてしまうんだろう。 いつか、私は日々の中で。 あの思い出を思い出したとき 目の前には夕暮れが広がっていた。 なんでもない、いつもの夕日。 でも、隅っこに眠っていた 記憶が私に別れを告げる。 思い出して、と微笑みながら あの頃の夕暮れの中で。 2008/03/03 21:50:18 |
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