心の中の醜い闇 投稿者 Nさん

はじめまして。
新聞の本の広告欄に「それでもお客様は神様ですか?」という題名に
目を奪われました。そのまますぐにパソコンを開き、こちらに寄らせて
いただきました。休日だったので掃除洗濯などをしなければならないのですが
EACH TIMEさんの日誌や接客に対する様々なお考えや経験談に
うんうん、とうなずいたり、えっ!と絶句したり、それはもう引き込まれました!
私も接客業、日頃から「神様なんて思ってる客は客じゃない」などと、いい歳を
してひねくれていました。こんな私に、EACH TIMEさんの文章はとても
心に響きました。こんな風に思ってもいいんだ、こんな事はいけないんだ、あ、
こうゆう風に気持ちをもっていけばいいんだ、などなど。。。
接客業に悩んでいた私は、瀬戸内 寂聴さん(私もファンです)の本を読んだ
あとのような、何か救われた気持ちになりました。
いつかEACH TIMEさんにメールを書こう!と思って、もう春になってしまいました。
私の大失敗を聞いていただけますか?
私はある大きなスーパーでレジ業務をしています。レジ業務とレジ全般の責任者と
しての仕事も兼ねています。パートタイムですが、その仕事は大変で責任も重く
お客さんもクレームを言いやすい立場にいる私にガンガン言っていきます。
「他の売り場の事なんて知らないよ〜」と言いたい気持ちをおさえながら、
毎日ぺこぺこ頭を下げています。
01年10月、願いも虚しく、最愛の兄がまだ40代の若さで亡くなりました。
この仕事に就いたのも、末期癌で仕事ができなくなった兄に、治療費や趣味の本、
民間療法の健康食品を送るためでした。毎月の給料はすべて兄のために使いました。
兄の喜ぶ顔を浮かべたら、辛くはありませんでした。しかし兄は亡くなってしまい
私はもう働く事に意味がないんじゃないか・・・と思うようになり、
辞める事を考えはじめました。
やる気もなくなると、今までのクレームも素直に聞けなくなりました。
兄より若い人、同じくらいの人、兄より年上の人、みんなみんな健康に見え
「元気で買い物ができる人が何を言ってるんだ!買い物に出歩ける事を幸せと思え!」
と、私の心の中はいつも醜い闇でした。
12月、クリスマスを前に人出が多くなり、仕事もますますきつくのしかかるようになりました。
その日もとても忙しく、心身共に疲れていました。
就業時間が過ぎているのに交代もこないのでイライラもしていました。
そこへ、うちの店は「お客様は店内のカゴは外へ持ち出さないでください」という
決まりがあり、堂々と持って出られたお客さんがいました。
そのまま見て見ないフリをしたらそれで帰れたのですが
「すみません、お客様、カゴは店内のみのご使用となっておりますので・・・」と声をかけました。
「じゃあ どうすればいいんだ?」ムッとした顔で聞かれたので
「こちらの隅にでも置いていただけますか?すみません」
そのときの私はそれを言うのが限界でした。
逃げるように部署に戻り、帰る支度をしていると、
カゴの事でサービスカウンターにクレームを言いに来ているお客がいる、
と同僚が言いにきました。「ああ、それきっと私です」わりと冷静に言いました。
クレーム、と聞いたとたん、どこかで開き直ったのでしょう。
売り場に出て行くとさっきのお客さんと上司が話しをしていました。
上司は私を見つけると「この者でしょうか?」とお客さんに聞いています。
「ああそうだ!君だ!君はなんなんだ!?」
自分は絶対悪くない、アンタこそなんなんだ? そんな気持ちが態度に表れ、私の顔も
憮然としていたんだと思います。「私がカゴを持っていたらカゴは置いていけと言う、
どこへ置いたらいいかと聞けば そんなの知らないわよ と そんな言い方をするんだ!」
あまりの発言に「!? はあ?何言ってるんだこのオジサン!」とびっくり!
それからおきまりの「私は大学の教授で外国生活が長い」など
(こういう人は必ず言います)グタグタとお説教。もう上司に任そう・・・そう思って下を向きました。
それがまた気に障ったらしく「なぜ目を見ないんだ!!なんだその態度は!!」
今まで黙っていましたが、言ってもいないことを言ったと言われ続け、ついに爆発してしまいました。
「お客様がおっしゃるような事は、私はひとことも言っておりません!
カゴは隅に置いてください、と私は言いましたー!レジ袋の話ってなんですかー!?
そんな話はしてませーん!!!」今思うとまるで小学生のケンカです。
なんとか上司の器量でその場は収まり、私は次に上司によばれました。
幸い、上司は厳しくも優しい方で、私が兄の死に立ち直ってないことや若くして病気で
亡くなった兄と、買い物に来るお客さんが健康なのにわがままに見えてつらい、という
気持ちをわかってくれました。でも「プロとして仕事をしてください、あなたの気持ちが
伝わらなければ、またこのような事がおきますよ」
プ・・・プロ・・・?
正直、今までは ただのパートのおばさん として働いていました。
しかし上司は私を 信頼できる優秀な従業員として扱ってくれていたのです。
とても考えさせられました。自分の心が真っ黒ではいい接客はできませんね。
これでは亡くなった兄にも笑われる!兄は根性のないヤツは大嫌いと言っていたっけ!
年が明けて勤務時間を少し減らしてもらい、兄の納骨も済ませたところで区切りをつけ、
心をクリアにし、気持ちも切り替え、誰しも健康だから買い物に来ているわけではないのだから・・・、
と思うように仕事を続けました。
まだまだ接客は難しいと感じています。
自分はパートのおばさんだという気持ちもまだ持っています。
しかし、仕事をするからには「思いやり」をもって接していけば、
なんとかなるんじゃないかなと思います。そして、自分の心と体をいつも健康にして
おかなければと実感しています。
長々とつたない文ですみません。これからもこのサイトを励みとマニュアルにさせて
いただきたいと思っています。ありがとうございました。
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あとがきとお返事
Nさん、投稿ありがとうございます。
EACH TIMEです。
私達が、こうして仕事をしていながらも、本当に大切なことを
気づかないでいることの多さは、一体どれだけあるのだろう?
Nさんのメールを読ませて頂いて、私はしばらく考えていました。
こんなふうに、たくさんの何気ない出会いやふれあいの中で、
心の傷を隠しながらも、接客をしたり、笑顔を作ったり
そして、心無い言葉で傷つけられたり、傷ついたり・・・
どれだけ私はその人を知らないで、その時を過ごしてきたのだろう。
それは店員であっても、お客様であっても同じこと。区別は出来ない。
もちろん私達は、その人の心の奥ふかくを知る術は持ち合わせていない。
その人を同情してあげることが、大切なこととは限らない。
ただ、唯一できることは、相手を感じてあげること・・・
その傷に、そっと手を触れること・・・痛みを分かち合うこと。
まるで幼い頃に、ふざけて転んで怪我をした時に
泣いている自分に、親が必ずそうしてくれたように・・・。
うまくは説明できないけれど、相手の立場に立って、というような
単純な言葉でもなくて、ただ、相手の”心”を想う気持ち・・・
たとえ、何もわからなくても、そこから生まれる感情は
きっと、思いやりや、やさしさで、出来ているのだと私は思う。
今時、”思いやり”や”やさしさ”なんて歯の浮くような言葉は
ただ、安易なものすぎて、陳腐なものにしか感じなくなったけど
私達の大きな心の隙間は、きっと、その形と同じなのだろう。
なくしてしまった大切なモノは、その”陳腐”なそのものなんだ。
相手が大学の教授であろうと、路上生活者であろうと
その姿は、ひとつの結果でしかない。
目に見えるものが、何一つ残らず映している訳でもない。
その過程に潜んでいるものは、きっと私達の心と同じもので
他人には何もわからない。
いつも私は忘れないでいたい。
本当に美しいものは、きっと、ひっそりと誰にも知られず咲いている
名も知らぬ花のようなもの。テレビに映るきれいな花が
本当の美しさとは限らない。
文字や映像や多くのものを、私達はいつでも見ることができるけど
見えないものを見る努力を、気づかないうちに忘れてしまった。
そんなことを、このメールを読んだ後、私はずっと考えていました。
クレームは、もしかしたら、人々がなくした大切なものを、必死に探し求めようとした結果、
不器用にも互いを傷つけてしまう、そんな行為ではないのだろうか・・・。
だとしたら、クレームは、見えないものを必死に見ようとする努力の結果なのかもしれない。
その度に、お互いに、私達は傷つけ合ってしまうけど、心は少しづつ見えはじめている。
クレームはそのためのレッスンなのだと
今の私は思っていたい。
Nさんがそれに気づいたように・・・
こんな気持ちを、ありがとう。
EACH TIME
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