お客様に土下座を強要される時。 投稿者:こうさん

僕は飲食店でアルバイトをしてるのですが、その時接客をした女の子とクレームを
受けました。どんなクレームかと言うと僕のバイト先は注文するときに
頭をぶつける人が多いんですよ、お客さんは僕等を見下ろすような感じで。
ちょっとした枠に囲われてて覗きこもうとする時に頭をぶつけるのですが・・・
とりたて気にせず接客をするんですよ。
でも頭をぶつけた時に笑われたと言うクレームを受けました。
身に覚えはないんですが、僕と女の子を名指しで言ってきたらしいんです
確かに自分でやってしまったクレームにはへこみますし、反省もしますよ
でも全然わからないのです、女の子もわからないといってるし・・・
たまたまその人が頭をぶつけた時に、違う事で笑ってたかもしれませんが
あんまりにも自意識過剰のようがするんです・・・。
あと一つはホットコーヒーをつくっててて時間がかかったんですよ、それで
「お時間かかりますので、お席の方までお持ちいたします」って言ったんですよ僕が
それで席まで持っていったら、
「ホットコーヒーお待たせいたしました。」って言ったら
「遅い、いつまでまたせんねん」から「接客態度が悪い」とか言われ
僕「申し訳ございません」しか言えません(涙)
あげく「土下座しろ」
このババアどついたろかと思いましたが
しましたよ(涙)この時僕接客が嫌になり怖くなりましたね
とどめに「お前じゃ、話しにならん店長呼んでこい!!」
なんなんこいつ、てかなんでここまでいわれなあかんねんと思いましたが
呼びに行きましたよ。でもね接客をまだ続けれるのはこの時他のお客さんが
「世の中いろんな人いるから、がんばってね」
20歳になって泣きましたよ、この一言を聞いて・・・
最後に一言お金払ったらそんなに偉いもなんですかね〜、やりきれない部分もありますね。
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あとがきとお返事
こうさん、もうひとつのクレーム日誌への投稿ありがとうございます。
「電器売場店員のクレーム日誌」のEACH TIMEです。
飲食店でアルバイトをされていると言う事ですが
居酒屋みたいな所でしょうか?アルコールがあるところでの接客は私のような
電器屋よりももっとひどいクレームがあるのではないかと思います。
ちょっと話がそれますが、よくメールで「こんなにひどいクレームが本当にあるのですか?」
と言う内容を頂くのですが、私のクレームはまだ小さなほうだと思うのです。
とりあえず暴〇団の怖いお兄さん達に囲まれた事はないし、クレームのお客さんの家で
監禁されたこともないし、お客さんに殴られた事もないし・・・。(似たようなことはあったけど。)
ただ、ホームページ上で私のように接客での出来事を書く人がまだまだ少ないと思うのです。
現実はもっとひどいのです。
昔、私はよく接客で”どうして人はこれほど冷酷になれるのか?”とずいぶん悩んだものです。
(あぁ、これでは接客業にこれから就こうという方に夢も希望もないか。。。ゴメンナサイ)
私はもっともっといろんな業種の接客業の方たちが私のような日誌を書けばいいのに。と思います。
接客業の現実をもっともっと多くの人達に知ってもらいたいと思う。
「飲食店店員のクレーム日誌」があっていいし、「タクシー運転手のクレーム日誌」
があっていいし・・・そんなHPが、私の見るかぎりでは少ないように思います。
(すでにあったらゴメンナサイだけど。)
私の場合は、「食品スーパー店長のクレーム日誌」(現在のタイトルThe Art of Being)という
この業界では有名なHPがあってそれをはじめて私が読んだ時
”あぁ、こんなふうに書いてもいいんだ。”と私の中で革命が起こったものです。
それで私はこのページを立ち上げた。
せっかくこのようなホームページという不特定多数の人達に見ていただくことができる環境が
あるのに。と私は思うのですが・・・。いかがなものでしょうか?
スミマセン、話がそれてしまいましたね。
こうさんのクレームのエピソードですが、身に覚えのないクレームというのは案外多いものですよね。
私もよく経験します。お客さんの自意識過剰じゃないか?とよく思うこともあります。
でも、本当に気が付かないうちにそんなことをしてしまっているかもしれないので
一方的にお客さんを非難することは出来ないですね。
その点、こうさんは身に覚えがなくてもちゃんと反省していらっしゃいますね。すばらしいと思います。
私はクレームは決して悪い事ではないと思うし、なくすべきものとも思っていません。
世の中はどんどん変わり行くものです。人々の趣味趣向も世相もどんどん変わります。
クレームはいくら気を付けていてもどうしても起きるものなのです。
それを無くそうと思うから、余計にもっと複雑になってしまうのだと思うのです。
クレームはなくすものではなくて、受け入れるものだと私は思います。
本当に大切な事は、それを単に愚痴で終わらせるのか、それともそれを謙虚に反省をして
そのお客様の要望に答えようと努力するのか?その違いだと思います。
クレームは決してなくそうとするものじゃない。遮断するものでもないし、跳ね返すものでもない。
それは受け入れるものだと私は思うのですが・・・。いかがなものでしょうか?
・・・・・・・・
こうさんのエピソードの最後にお客様に土下座を強要された事が書かれてありますね。
本当につらかったと思います。土下座そのものの行為は別として
あなたが泣いたとしても、私はあなたを誉めたいと思います。
私も過去に一度だけ、お客様に土下座を強要され、泣きながら土下座をした事があります。
このことは、私の中でかなり深い傷になっていて、いまだに日記には書いていません。
そのお客は私を土下座させたあとこう言ったのです。
「今夜、うちの事務所に来い!」と・・・。
そのお客はどうも暴〇団関係者だったようなのですが、土下座をしても許してもらえず
私はひざがガクガクと本当に震えていて、そのお客に許しを乞いました。
みっともなかろうが、情けなかろうが、その時の私はそんなことどうでもよかった。
私は泣きながら許しを乞いました。
そして、結局、許してもらえなかった。
当然ながら私はその事務所には行かなかった。行く勇気もなかった。
しかし、その為に私は眠れない夜を何日も過ごした。何度も泣いた。
いつ、またあの男がこの店にやってくるだろうかと怯えながら仕事をした。
毎日が死ぬ思いだった。そして私は決意した。
この仕事を辞めようと。
そうすればどんなに楽になるだろうかと思った。
私はただ逃げたかった。不特定多数の人と接客するなんて、よく考えれば
なんて恐ろしい事なんだと思った。
こんな仕事はもう嫌だ、人間が怖い、とその時はただ、そう思うしかなかった。
・・・その私が今もこうしてこの仕事をしているのはある人の言葉だった。
私がY先輩にこの気持を打ち明けた時に、その人は私にこう言ってくれた。
「人生には必ず悪い事が起きる。それはどうにもならないこと。
しかし、それと同じだけ人生には必ず良いことも用意されている。
それは必ずだ。だから人は生きていけるのだと思う。
この仕事も同じで、嫌なお客はたくさんいる。でもそれと同じだけ良い客さんも
必ずたくさんいる。それと同じこと。
ただ、逃げたいだけで辞めるのは本当に逃げるだけだ。
君は人生から逃げる事しか出来なくなる。」
私は今もこの言葉の為にこの仕事をしている。
私がこの仕事を辞める時は、何か別の新しい事を見つけた時だけだと思っている。
正直言って、時々くじけそうにはなるけど、この言葉が私を救ってくれた。
私の大切な言葉だ。
土下座をお客が強要する事は、これはもうお客と店員の域を越えてしまっている。
まるで奴隷にムチを打つ行為と同じようなものだ。
どんな理由があるにしても、土下座で解決する事は何もないだろう。
人の心の傷はそう簡単に消えるものじゃない。人の憎しみしか残らない。
人の心を傷つけて、それを見て満足して、それがいったいなんだというのか。
もし、店員がお客さんの心を傷つけたなら、土下座を強要するより、店長なり社長なりに
直接話をするか、手紙を書くかしたほうが確実にそのクレームに対してなんらかの改善が見込める。
インターネットで書きこめる企業も数多くある。そのほうがはるかに効果がある。
その行為に対して、その店員も必ず反省をする。もっと良い接客が出来るようになる。
土下座はその店員に、改善しよう、反省しようという気持を起こす事は決してない。
そのお客への憎しみを増やすだけだ。
少なくとも私はそう思っている。
だからと言ってお客さんに、店員の最悪な接客にたいして、泣き寝入りしろとは絶対に思わない。
クレームはどんどん言うべきだ。店員にも良い店員もいれば、悪い店員も必ずいる。
ただ、その手段が土下座と言うのが間違っていると私は言いたいだけだ。
うまく言葉に出来ないけれど、私の気持は伝わっているだろうか・・・。
土下座に対してあなたはどのようなお考えをお持ちでしょうか?
よろしければご意見を聞かせていただけたらと思います。
EACH TIME
投稿いただいた方のメールをご紹介いたします。
2001/11/14 EACH TIME
土下座についてのご意見をご訪問者の方々にお願いをしていました。
今日はその中からお二人の意見を掲載させていただきました。
(掲載が遅くなりまして申し訳ございませんでした。)
今思えば、私としては、この投稿で、みなさんに同情してもらおうとか、決して
そんな気持ちではなかったのですが、ただ、土下座になんの意味があるのだろうか?
と漠然とした思いがいつも私の中にはありました。
また実際に私がお客様に土下座をした時も、正直言って泣きたいくらいに悔しい気持でしたが
相手(お客)がそれが目的とするならば、結果として相手にとっては完璧だったのでしょう。
しかし、私にとってはそれとは別に”だから何?”という思いがどこかありました。
その思いは、今もしこりみたいに私の中に残っています。
最近は、私もお客様から”土下座をしろ!”と強制されたり、またその現場を見たりすることは
ほとんどといっていいほどありませんが、やはりこの小売業界の中では、
今日も何処かで”土下座してお詫びしろ!”
と店員に叫んでいるお客様はいらっしゃるのかなぁ?と思います。
もしもそれが事実としたら、やはり悲しいことですね。
本日掲載させたいただいたご訪問者の方には、私の漠然とした問いかけに
真剣に考えて書いてくださり、本当にありがとうございました。
かつて土下座を経験した私にとって
ひとつの答えをこの中に、
見つけたような気がします。
・・・Yさんの投稿より。
逆にクレームを付ける立場の人の体験記のHPもあって、
こうすると金が取れるという視点からまとめてありますので参考にするといいと思います。
その中で、買ってきた食べ物が腐っていたので店の管理職を呼び付け、
食べたら許してやると言ったら本当に食べてしまい、これでは何も取れなくなると思ったというような話が載っていました。暴〇団関係者の小銭稼ぎのようなクレームのプロは、その場でやれと言ってやられてしまったら先の展開がなくなるような要求はしません。
土下座のような要求は、むしろ人格的に未熟な人間が自分ではとてもできないと思っていることを
無理強いするのであって、多分金品の要求が目的ではないので対応としては手間暇だけかければ
済むように思います。
私は土下座よりも新品との交換や代金の返還、迷惑料等の請求など労せず金をむしりとろうとするほうが
許せません。土下座をするのに抵抗があれば「土下座はできませんが心より深くお詫び申し上げます」と
平身低頭で何時間でも粘るしかないのではないでしょうか?
私もスーパーにクレームの投書をしたことがあります。
私の住む〇〇の私鉄駅ビルのスーパーの買い物で電車の時間が迫っていたのでレジ待ちで
焦っていたとき、隣に一つ空いていないレジがあって「他のレジへ」看板は出ていたのですが、
レジ係は何もせずに売り場の方を見ていて今にも開けそうな雰囲気だったのでいいですかと
聞いたら「ダメです」と言われ仕方なく隣で待っていたら、直後に店員が自分の買い物をしてレジに来た
瞬間にレジ係が目配せをしてレジを開けたので、「このスーパーは客を後回しにするように
教育しているのですか」と投書カードに書いて箱に入れました。
数日後、店長から手紙がきましたが、「本人に聞いたらそのようなことはないと言っていました」
「これからもご愛顧下さい」と泥棒に犯行の有無を聞くような事情聴取内容をそのまま書き送り、
逆に私の投書の内容を疑うようで反省も改善もなにもなかったので私はその日から二度と
そこで買わないことに決めました。
結果的には他店の方がかなり割安だったので、神様が教えてくれたのかなとも思っています。
投書も効果がないときがあるんですね。店長の感受性がゼロだったりすると。
多分店長は金品の要求を避けるために毅然とした態度を取ったつもりなんでしょうが、
私はたとえば「駅ビルでは急いでいるお客さまが大勢いらっしゃることを認識し、
レジの迅速な処理やお客さまの立場に立った接客を指導徹底しました」という返事が欲しかった。
少なくともその店にはそういう意識はない。
割高で鮮度の低い食料品を扱っていても駅ビルにあれば放っておいても客が集まって商売が成り立つので、
何十年間もそんなスタイルの商売なのでしょう。
結局、通勤の電車ごと他線にしましたよ。
企業グループとして信頼できなくなりましたから。
・・・Sさんの投稿より。
始めてメールさせていただきます。土下座についてです
これは御指摘の通り全く無意味であると思います。
店員には反省を促すどころか逆効果でしょうし確実な改善を求めるなら
店長とかに言うなりする方が効果的だし、その店員に言うにしても筋道を立てて自分の意見を
言わないとけして改善はされないと思います。
人は奴隷でなく自由意思を持ち自分の考えを持っています。
クレームとは言えど店員とお客の意見の衝突であり
(ただし確信犯で態度の悪い店員もしくは客は除きます)
衝突が起こったとき相手に納得してもらうためには感情のまま怒鳴るのではなく、
筋道を立てて自分の考えを伝えなくては行けない、でないと相手はなぜ自分が怒っているのか
分からないままでしょうから。永久に改善される事はないでしょう。
後には何故自分が怒られなくては行けないんだ、理不尽だ、という思いが店員の中に残るだけです。
ではなぜ客がそんな事をさせるかと言えば要はストレス解消なんでしょう。
他で不快なめにあっているから、ここで憂さを晴らそうと言う事だと思います
(言い過ぎかもしれませんがそう思っている人は確実にいると思います、悲しい事ですが)
しかしこのような考えを持つ人はとても気の毒だと思います。
コーヒー1杯で店員の心を踏みつけにして良いのでしょうか?
その店員がただ辛いだけだと分からないのでしょうか?
同じ人間なのに。動物でさえ仲間を思いやると言うのに。
と、こうかくと、実生活で辛い思いをしていないお前なんかに(私は今資格の受験生です)
俺の気持ちがわかるかという方もいるでしょうが、だからと言って他人に辛い思いをさせて
良いという事にはならないと思います。
折角人には心があるというのに相手の心を思いやることさえできないのでしょうか。
奇麗事かもしれませんが。
お金を払ったからと言って何しても良いというような人間にだけはなりたくないと思います。
ちなみに私はクレームに対して店の側が反論するのもありだと思っています。
もちろんお店側の落ち度は修正すべきだしミスには謝罪しなくては行けない。
しかしそれはそれとして店にだって出来ないことがあります。
私が今勉強している分野の中の言葉を借りるなら、自らの役割を拡大し利用者の期待に応えつつ、
利用者の啓蒙をはかり過剰な期待を解消する、と言う事になるのですが。
客のクレームを聞いた上で自分には出来ない事は出来ないというのを理由も添えて説明する事も
必要ではないかと思います。過去ログの値引きの話にも関係すると思いますが出来ない事は
出来ないと説明する事は必ずしも悪い事ではないと思います
(ただ感情的になっている相手には理屈は通じないので状況によりなんでしょうが)
最後は関係の無い話になってしまったきがします。長文で失礼しました。
毎日楽しみに読ませてもらっています。
切れ味の鋭いテキストもすきですがここのように温かい文というのは貴重だと思います。
更新作業など大変でしょうがお体にお気をつけてください。
お返事とお礼の言葉。
Yさん、Sさん、(ハンドルネームで投稿頂いていましたが、一応イニシャルにさせていただきました。)
投稿ありがとうございます。EACH TIMEです。
今回の投稿内容は、Yさん、Sさんのそれぞれの意見ですので、
これが正しいとか、これが間違いとかをこのページで議論しようとは思いません。
それぞれが事実として書かれていますから。
個人的には、このメールから大切な何かを得るものがありました。
結局のところ、土下座は、人の心の問題なんだなと実感しています。
とても単純な実感ではありますが・・・
それは決してお金や品物では解決できない。
逆にお金や品物で解決しようとする心のほうが許せないですよね。
(というかどちらも許せる事ではないですが。)
でも、気持ちの問題というのも、やはり見えないだけあって難しいものです。
今回は簡単なコメントで申し訳ないのですが
私としては、これを読んでくださっている読者の皆さんが、それぞれにこの投稿から
いろいろな気持ちを抱いてくださればと思っています。
ご意見等、ございましたら上のメールフォームで送ってくださればありがたく思います。
後日、このページ上で紹介させていただくかもしれません。
よろしくお願いいたします。
2001/11/15
*今回のメールの内容で地名等は、一部伏字にさせていただきました。
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