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11月の日記とエッセイ

 2003/11/26(水) 予定のない休日



 カーテンが、まるで、いくつもの光の粒を
やさしく含んだかのようで、やわらかく輝いている。

開けた窓から、ときおり流れる気まぐれな風に
朝の光が遊びたがるように、ぱぁぁと部屋に広がってゆく。

今は、午前10時の部屋の中
小さなあくび、ひとつしながら、今、これを書いています。

今日は久しぶりの休日だ。
今日の日のために、読みたい本を、たんまりと用意したし
聞きたいミニディスクも、見られなかったテレビ番組も、テープがわからないくらいにたまっているし
新聞もゆっくりと読みたいし、約束していた誰かへの手紙も今日こそは書かなきゃならないし・・・
なんて・・・ やりたいことはたくさんあるのだけれども、「さぁて、今日は何をしようかなぁ」と
まるで予定のない休日みたいに、ぼんやり考えている私がいる。

もう、11月も終わろうとしている。
そうかぁ、引越しをしてからもう、1ヶ月が過ぎたんだなぁ・・・
いろんなことがあったけど、それでもちゃんと時が流れてくれるのは
本当にありがたいことだと思う、もしも私の心みたいに、いちいち時がためらっていたら
何も進まないまま苦しみながら、私は迷い続けているのだろう。

どこからかピアノの音が聞こえる。
音がちょっぴりずれている。小さな子供のレッスンかなぁ?
私はタイトルも知らないけれど、よく聞く軽快なクラッシックだ。

最近また、心が行き場を失ったようで、小さな不安がいくつも
私に降り積もるようだ。誰かと話すのもおっくうだし、仕事をしていても
大事な虫の知らせのように、どこかへ帰りたい私がいる。

・・・なんて言っても、実際には、明るく誰かと話している私がいるし
つまづきながらも慣れてきた仕事に、やる気で頑張る私がいる。

どうしてなんだろう・・・

確かにいちいち心の動くそのままに
それこそ行動していたなら、たぶん、世の中はめちゃくちゃになるんだろうし
これはこれで、結果、オーライなんだろうし・・・
でも、こんな心のギャップ。いいわけないんだろうなぁ。

みんな、どうしてるんだろ?
こんな心のすきまを・・・。


光の角度が、少し変わってきた。

ピアノ音が、また、かわいく間違えている。
カーテンが風にゆれてる。

陽だまりが私に、何か話しかけてくる。


「ねぇ、何して遊ぼうか?」



2003/11/26 10:40:10





 2003/11/24(月) マイナスの感情



 どうしようもないほどの切ない心は、どうすれば
背伸びでもするような手軽さで、やり過ごすことが出来るのだろう?

例えば、やさしい夕暮れ時に、幼い頃を思い出したり
何気なく通りすぎたあの風に、偶然出会った冬の匂いに、
誰かの暖かさを懐かしく想ったり・・・

あの時は、泣いてしまったのかなぁ?
それとも我慢したのかなぁ・・・なんて
記憶も少しあやふやで、でも、確かに想い出は想い出として
私の中で、ちゃんとしまってあるようなぬくもりで・・・。

この頃夕暮れ時になると、なぜか心細くなる。
あまりたいした理由もなくて、でもそれが
べつに辛いというものではなくて
いわばそれは、振り向くようなマイナスみたいな感情で・・・。

でも、私は思うのだけど、
そんなマイナスの感情は、それそのものが存在しないと
強く一歩を踏み出すようなプラスみたいな感情は
磁石のように、くっついてこないのではないかと。

だから、あらためて思い直してみる。

マイナスの感情は、そのあまりの切なさに
やり過ごすべきものではなくて
痛いくらいにそれを感じて、故郷に帰るようなどこか強さで
プラスの気持ちをくっつけるための、必要不可欠なものなのだろう。

そのために私に、いや、この私達に
あの夕暮れ時の寂しさは、ちょこんと居座っているんじゃないのかと
そう、私は思ってみるのだ。

それだけで、何かこの心が、すとーんと落ちついてゆくような気がする。
それは、なにも夕暮れ時に限ったことでもなくて
人、それぞれの心が形作る様々なシーンであって・・・。

私にしてみれば、風景から生まれるあの切なさは
うまく言葉では言えないけれど、どこかあたたかな寂しさがある。
だから、その寂しさは、本当にひとりの寂しさじゃなくて
心に誰かそばにいる寂しさで・・・。

そこにもきっと、マイナスがあってプラスがその次にある。
いつか出会える約束が、きっとそこにあることを信じるみたいに。


今日も夕暮れ時の中
マイナスの感情が、この私にやって来る。

それを私は迎えるように
やさしく両手で包みこむ。

もうすぐプラスの感情が
この私をあたたかくしてくれる・・・。



2003/11/25 1:00:33





 2003/11/17(月) 何を書いた?



 先日、日記(11/13 ないけど、あるもの)の中で書いた
歌のタイトルは「雪の華」  歌:中島美嘉/詞:Satomi/曲:松本良喜
ということだそうです。(確かめたら、そうでした。)

教えていただき、ありがとうございます。
まさか、作詞家、作曲家まで教えて頂けるとは思いもしませんでした。
なんというお心遣い!こんなちょっとしたことが本当にうれしいですね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

寝不足になると、とても怖いことがある。
自分が日記に何を書いたのか、まったく覚えていないのだ。

昨日がそうだった。
連日、仕事が忙しく、子供達がまだ寝ている時から家を出て
子供達が夢見る頃に帰ってくる。そんな生活を続けていいわけがない。
家族の声さえ、いつか忘れてしまいそうだ。

早く寝なきゃ、体がもたない・・・と思うのだけど
その時のある出来事が、頭からなかなか離れなくて
つい、日記に書き留めてしまう。

そして、力尽きたように眠ってしまう。
やがて、区切りのないような朝が来て
まるで知らずに電源が入ったまま、いきなりコンセントに
入れられた時のように、私はカエルのごとく跳ね起きてしまう。
そして、機械のように、一連の決まった動作で家を出てゆく。
そこにはもう、昨日のことなんて、まったくないのだ。

・・・とココまで書いていて、瞬間的に眠ってしまった。
やれやれ、ビックリした。
ガン!と頭から妙な音を立てて
いきなり目覚めてしまったかのようだ。



・・・さて、つづき。

あぁ、でもまた、いきなりコンセントになった。
なんてどうしようもないことなんだ。
今日はもう、書けそうにない。

こうしてまた明日も、何を書いたのかすっかり忘れて
そして、また夜中にパソコンに向かう。

その起動スイッチがブウゥゥンとなる間
いろんな意味で、その時、私はかなりドキドキしている。

で、結局、私は何を書いたんだろうって・・・
(ワケのわからない今日の日記になってしまった。)



2003/11/18 1:03:48





 2003/11/16(日) 大声反対同盟



 意味もなく大きな声を上げ、怒る人を
私は断固として反対をする。

今日、そんな光景を見た。
しかも、女性に対して男性が声を荒げて・・・

まるで信じられなかった。
その人のことが、怯える彼女が、そして何よりそう思いながらも
結局、何も出来なかったこの自分のことが・・・

まず、私は本当に弱い人間だ。

このことを語る前に
それを最初に言っておかねばならない。

大きな声を出すことで、一体、何がどうなるというのだ?
その人が、周りを意識しているのがわかる。
そんなに自分が強いと思わせたいのか?
それとも怯える相手を見ていることが、そんなにも楽しいのか?
大きな声で怒鳴る必要があるのなら、そのすべての理由というものを
わかりやすく教えて欲しい。もちろん、怒鳴るようなこともなく。

本当に強い人は、決して怒鳴ることはない。
ただ、静かに心見つめるように語る、それを私は知っている。

クレームによって、今までどれほど数知れぬ
そのような怒りを経験してきたことだろう。

中途半端に弱い人ほど
怒鳴るという行為の中で、自己満足しているに過ぎない。
それは強さとは果てしなく遠い。
それは、なんて愚かな行為なのか・・・。


意味もなく大声を上げ、怒る人を
私は断固として反対をする。 

断固として、反対をする。


大声反対同盟ここにあり。

今は一人きりだとしても
心よ、静かな怒りを解き放て・・・



2003/11/17 0:16:50





 2003/11/13(木) ないけど、あるもの



 最近、店のBGMが、たまに流行りの歌がなぜか流れたりするので
(本当は著作権の問題とかあるのだろうけど・・)
自然と覚えてしまったりしています。

私の今のお気に入りの歌は、アーティストの名前は知らないのですが
ついでにタイトルも知らないのですが(つまり、どうしようもない状態なのですが)
その女性ボーカルの歌声が、私の心を捕らえて離さない。

その歌詞の中の”甘えとか、弱さじゃない・・・ただ、君のことを・・・”と
切なく歌う個所が、私はたまらなく好きだ。
本当に、消え入りそうなほど切なくて、透き通るほどに声が美しくて
その歌詞の意味を、勝手に自分に置き換えたりしている。

”そうだよな、今はこんな私だけど、それは、甘えや弱さじゃないんだよな”
なんて思ったりして・・・・ワケわかんない私だけど、いい歌だなぁと思う。
歌も商業主義のせいなのか、心に響くものって、
最近、少なくなったような気がするから。


それにしても・・・

どうして人は、歌を歌うんだろう?
どうして歌は、人の心を動かすんだろう?
とても単純にそう考えると、不思議に答えがすぐに思い浮ばない。

生き物が声で鳴くのは、何かを知らせたり求愛の行為だったり
確かそんな意味だったと思うけど、やはり人にしてもこれは
求愛の行為になるのかなぁ?
でも、歌には、愛を語る以外にもたくさんのメロディが存在するし
童謡や子守唄なんかもあるし・・・。

そんなふうに、どんなふうに考えたとしても、歌は一言じゃ語り尽くせない。
もしかしたら、無知な私が何も知らないだけかもしれないし、
何か答えはあるのかもしれない。
でも、どこかの偉い学者に、何か科学的に説明されたとしても
私はやはり、どこか間違っているような気がする。

それはたぶん、サンタクロースと何か近い存在なのかもしれない。
いるけど、いない。ないけどそこにある。
そういうものじゃないのかなァ・・・なんて。


心は、見えない。

でも、唯一、歌だけが、その見えない存在を
メロディという形に変えて、私達に届けてくれているのだと思う。

いるけど、いない。ないけどそこにある。
いつしか気付けば、そんなものたちが、姿を消しつつあるような気がする。
それはあまりにもこの私達が、あらゆる仮想現実という世界に、
慣れすぎてしまったからかもしれない。
もともと私達が”ないもの”を望んだ見えない何か、だったはずなのに。


いるけど、いない、ないけどそこにある。

そういうものって、いつもかならずどこかにある。
それは誰かの言葉の中であったり、誰かの何気ない仕草であったり・・・
ただ、私達が何気なく、見逃しているだけであって・・・

今、私が思うことは、どんなに時が流れていっても
歌だけは、いつまでも私達の心に届ける
サンタクロースであって欲しいと願う。


それは甘えとか、弱さじゃなくて・・・



2003/11/13 23:59:40





 2003/11/07(金) ウイルスと苦い経験



 今日、久しぶりに、ウイルス駆除ソフトが「警告!」の画面を出してきたので
とてもビックリしてしまった。とりあえずは、被害を免れたようなので、ホッとした。
(もちろん、油断大敵ですが・・・)
そういえば、ちょうど2年前にも、私の不注意でウイルスに感染してしまって
知らないうちに、大量のウイルスを、友達や多くの訪問者のみなさんに
メールで送信してしまったと言う、とても苦い経験が思い出された。

これは、経験した人にしかわからないのだろうけど
私が悪い訳じゃないのに、私が悪い訳になってしまう。
この人生でこれほどまでにも、悔やまれるようなことはない。

パソコンの中で、一体何が起こったのかさえ、私にはまったくわからないのだ。
このことでどんな悪夢が、やがて、私に起きるのだろうか?と
随分と眠れぬ夜を過ごした。

パソコンがいつかクラッシュする?それとも何か情報が盗まれた?
そんなことばかり考えて、心がちぎれそうになるばかりだった。
(まだ、覚えていらっしゃる方がいるのかどうか、わからないけど
あの時は本当にご迷惑をお掛けしました。)

便利な物は、それと同じだけの危険をどうしても伴ってしまう。
これは、この世のどうしようもない、逃げ切れぬ約束事のようだ。

なぜか神はどうしても、私達に楽をさせてはくれない。
まるで神は私達を、地球という巨大な実験室で
人体実験をするかのように、もてあそんでいるみたいだ。
もちろんこれは、私の勝手な被害妄想に過ぎないのだろうけど。

でも、私はあの時に、とても大切な多くの事を学んだ。
それは、実際に私から被害を受けた人達からの
あたたかなメールだった。

「早く、このサイトで駆除したほうがいいわよ!」とか
「どこそこのファイルからこの個所を書き換えて・・・」とか
多くの具体的なアドバイスを頂いたのだった。

私はてっきり、たくさんのお叱りのメールが届くのかと思っていたら
・・・まるで奇跡に思えたけど・・・そういうのは1通も届かなかった。

それどころか、「あ、イーチさんからのメールだ!わーい!って開いたら
感染しちゃた・・・でも、イーチさんのせいなんかじゃないよ。がんばって!
私も今、イーチさんと一緒にがんばっているところなんだから!」なんて
応援メールをいただいたりして・・・私は涙があふれそうになった。

もう、2年も昔のことなのに、今も思い出すと涙が出そうになってしまう。
心がどうしていいかわからない。二度と経験したくないけれど
私にとっては、二度とないような思い出になった。

やっぱり私は思うのだけど
人の心の根源は、ちゃんとやさしさで出来ているのだと思う。
それは、クレームのお客様からも同じことが言える。
いつもは見えないかもしれないけど、思わず言葉で傷つけたような時でも
心はちゃんと、その人へと動いているのだと思う。

そう思うだけで、この先の人生が明るく見えてくる。
なんて単純な私なのだろうと思うけど、単純である事のほうが
きっと難しいことなのだろう。


明日は暦の上では、もう立冬。
冬の寒さがもうすぐ私達に、

あの暖かさを運んでくれる・・・。



2003/11/07 23:30:32





 2003/11/08(土) Looking Back



過去の日記を振り返って。
Looking back 2000/10/25・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 今日は大きなクレームがあった。
それは、一本の電話からだった。
たまたま、その電話を取ったのは私だったのだが、今思えば
私がその電話を取ってよかったと思った。

お客さんの電話の第一声はこうだった。
「ちょっと、お宅の配達員、どういう教育をしているの!」
40代くらいのおばさんでした。叫びに近い言い方だった。
もちろん私は意味が分かりませんでした。
「いかがされましたでしょうか?」と私は尋ねた。

そのお客さんは「さっき、ガステーブルを配達してもらったのだけど
箱から出して、設置してくださいと頼んだら”これの配達は玄関先で手渡しだけで
設置はしていません”と言われた。〇〇店はちゃんと設置してくれるのに
お宅はそんなサービスしないの!」
・・・・・

どうして設置しなかったのだろう?と思われるかも知れませんが、これには
訳があります。
配達の者が言った事は一応、間違ってはいません。
このお客さんの配達の場合、即日配達で設置をしないというのが条件でした。
問題があるのは、そのとき受付た者が、その事をちゃんと説明したかどうかです。

本人が休みだったので、その事実関係は確認は出来ませんでしたが・・・
(結果的には配達のものは設置をしたそうですが・・・)

しかし、お客さんの本当の意味でのクレームは、それとは違うところにあったようです。
配達員の接客態度に原因があったようなのです。

お客さんの叫び声は続いた。
「あの配達員の態度が気に入らないわ!私が”店に苦情を言うわよ!”
と言ったら”どうぞ言ってください!”と開き直ったのよ!」と言っていた。

私は耳を疑った。あの人がそんなことを言うのだろうか?と・・・
その配達員の方は、私がよく知っている人でした。
年配の方で、実にお客さん思いのやさしいおじさんと言う感じでしたから・・・
個人的に私がとても信頼をしている人です。

しかし、私がお客さんに言う言葉はこれしかなかった。

「申し訳ございません・・・・
お客様にそのような不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません。
私から本人に十分注意いたしますので・・・」
そのような事を言って、私はお客様にお詫びをした。
電話に向かって何度もお辞儀をしました。

最後にお客さんはこう言っていた。
「あんな人を雇っているのはどうかと思うわ!やめさせたほうがいいわよ!」と言っていた。
私はあえて、それに対して何も言わなかった。


言うと更にクレームがひどくなりそうだったので・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・
 とりあえず、そのクレームは私が配達員に注意するということで解決はしました。
そのクレームの電話が終わってから数分後に、あの配達員から電話があった。

私はすぐにこう聞いた。
「何かあったのですか?・・・」
何かなければこの配達員の人が、そんな事を言うはずないからだ。

配達員の人は、こう言った。
「申し訳ない・・・あのお客さんの態度があまりにもひどかったので
つい、私もむきになってしまった・・・」
とても反省をされているようでした。
私は、それ以上、何も聞きませんでした。

あのお客さんの電話の態度から、なんとなく分かりましたから。

一言だけ配達員の方にこう言いました。
「お互い様ですよ。私もあなたに随分と同じような事で助けられていますから。
お互いに注意しましょう・・・」と。

毎日の接客の中で、確かにお客さんの態度ひとつひとつが
とても嫌な思いをする時があります。
それは言葉使いだったり、態度だったり・・・
お客さんが、店員に対して「接客態度が悪い!」と思うように
店員もお客さんに対して同じように思うときがあります。

しかし、心で思っても顔や、態度、言葉に出さないのが、
本当の接客のプロと言えるのでしょう。
そう思うと、私も配達員もまだまだ未熟なようです・・・。

お客さんに対して、してはいけない言葉と態度。
店員にとって無数にあります。
配達員の「どうぞ電話をして下さい」と開き直った態度もそうです。
いけないことです。

私はいつも、お客さんに、してはいけない言葉と態度を
選ばないように注意して選択をしています。

しかし、忙しいときほどその選択を間違ってしまいます。
間違った選択は、必ずクレームとなって返って来ます。

小さなクレーム、大きなクレーム・・・いろいろなケースがありますが
元をたどれば、結局はその言葉、その態度なのかもしれません。

まるで、それは小さな川がやがて大きな海に通じているかのようです。

起きてしまったクレームは謙虚に反省をする。
そして、それを繰り返さない為にはどうするのか?を考える。

私達店員がしなければいけないのは、してはいけない言葉と態度を
選ばないようにする以前に、してはいけない言葉と態度を
自分の中から無くす事なのでしょうね・・・・きっと。



2000/10/25 0:30:34



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