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9月の日記とエッセイ

 2003/09/28(日) 偽りの犯罪者



 そのとき私は、まるで10グラムほどのため息が
ゴトンと音を立てて、床に落ちたような・・・
そんな虚しい気持だった。

売場に若い女性のお客様がいらっしゃった。
とても清潔そうな白い服に包まれ、その左肩には
小さなピンクのショルダーバックが抱えられていた。

「いらっしゃいませ」と私は明るく声をかける。
彼女もニコッと、小さく微笑むような仕草をしていた。
そのときの小さなえくぼが印象的だった。きれいだなと思った。

彼女は、ヘアードライヤーか何かを探しているような感じだった。

私は売場で、たまっていた伝票のチェックをしていた。
そんな時、ある商品の価格を確認する為に、
私がドライヤーの売場の前を、何気なく通り過ぎようとした時・・・

聞きなれない音がした。
それはとても小さく研ぎ澄まされたような音で
「シャー」と何かを閉めるような音だった。

私は少しだけ驚いて振り向いた。
すると、あの彼女がそこに立っていたのだった。
その細い右手には、バックのチャックを閉めようとした動作のまま
そのままの形で止まっていた。

驚いた・・・お互いに。

私はそのまま、気付かぬふりで通りすぎた。
そして、ほんの少し離れた場所から、彼女の行動を見つめていた。
ふと見ると、そこにあったはずのヘアーアイロン(5千円相当)
がひとつ、売場からなくなっていた。

間違いなく、つい、さっきまであったはずの商品が・・・

私ははっと、彼女の手を見た。
彼女のその両手には、細い指があるだけで
その他には何もなかった。

私は信じたくなかった。
でも、その商品が売れた形跡はまったくなかった。

彼女が何かためらいがちに、その売場から歩き出す。
離れようとしていた。私はどうすればいいものか、一瞬思い悩む。
しかし、その現場を見ていない以上、声は決してかけられない。

こんなふうに思うのは、店員として失格だが
声をかけられない状況に、安易に甘えるような安堵感と
真実を知りたいと思う正義感が、私の中で複雑に絡みあった。

どうすればいいのか。
いや、どう信じたらいいものなのか・・・

私はしばらく、無くなった商品の小さなスペースを見つめていた。
どう見ても、ないものはないだけで、その存在を素直に拒否している。

私はただ、途方に暮れた。
あんなに素直そうな彼女が・・・例えば私がペンを落としたなら
すぐにでも「落ちましたよ」と笑顔で拾ってくれそうな彼女が・・・
そんなこと、しただなんて。

私が立ち止まったまま、しばらくそこにいると
その彼女が戻ってきた。
まるで息が止まるような思いがした。

私は隠れるようにして、遠くから彼女を見つめた。
無くなった商品の前で、彼女はじっと立っている。
動かない・・・小さく肩が震えてるみたいだ。

私の視線が、その背中に感じるのだろうか?
私は彼女から少し、遠く離れた。
彼女の姿が見えなくなるまで、私は離れた。

なぜ、あの時、目を離すように遠く離れたのか?
今でも私にはよくわからない。わからないけれども
とにかく私はそのようにして、彼女にほんのわずかな時間を
祈るようにしてプレゼントしていた。

わずか、数分のことだった。
私がまた、売場に戻った時、彼女の姿はもうなかった。
そのかわりに、なくなっていたヘアーアイロンが
また、元の場所に戻っていた。

私はその事実さえ、まだ、信じたくなかった。
いっそ、そのままなくなっていたほうが、私にとって
そのいかなる小さな理由を、どんな手を使ってでも見つけ出し
決して彼女を犯罪者になんか、したくはなかったのに。
たとえ結果的に・・・それが未遂に終わったにしても。


商品がなくなって、また、元に戻っていた。
彼女がそこにいて、そして、何も言わずに去って行った。

ただ、それだけなのに・・・それだけのことなのに
どうして心はこんなにも、疑い、私を苦しめるのか。



小さなため息が
また、私からこぼれ落ちる。


彼女はもう・・・そこにはいない。



2003/09/29 0:42:29





 2003/09/25(木) 不倫とかフリーターとか。



 「イーチさんは、不倫とか、したことあるんですかぁ?」

アルバイトの、とてもかわいい女の子(二十歳)が、私にこう尋ねてきた。
まったく、最近の若い子って、何を考えているのだろう?

「僕は奥さんしか見えないから、そんなのしたことないよぉ」

と少々冗談ぽっく言ったら、箸でも転がったかのように
「えー!いいないいな!だったら私と結婚してくださいっ!」って
そんなこと言うんだよ。思わず鼻の下が・・・じゃなかった
だいたいそれって、矛盾してるよねぇ?(それが不倫になるんだよ!)

でも、彼女のその明るい応対が、お客さんにとても喜ばれていて
密かにファンが増えているみたいだ。
おかげで最近、仕事をしていて、私もなんだかとても楽しい。

でも、まさか、本気じゃないよね?

・・・・・・・・・・

 そう言えば、最近、私がその事実に気付いたのは
遅すぎることかもしれないけれど、この頃のフリーターって
バイトをいくつも掛け持ちしてるんだってね。

朝と夕方と夜と分けている子もいて、ほとんど一日中、働いている。
これは私のまったくの偏見だったのだけど、彼女(彼)らは
何の責任を持つことなく、なんて気楽に生きてるんだろう・・・
くらいに思っていた。

でも、就職したくても出来ない状況は、きっと、私が思っているよりも
もっと最悪なものなのだろう。
そんな中で、彼女(彼)らは、少ない時給で一生懸命に頑張っている。
もちろん、頑張っていない人もいるだろうけど、少なくとも
私の周りにいるフリーター達は、そんな苦労の素振りも見せないで
影じゃとてもがんばっている。

そう思うと、ちょっと涙が出そうになった。

最近、アルバイトのひとりが、ストレス性の体調不良が続いていて
それで彼が、バイトを掛け持ちしている事実を、私は初めて知ったのだった。
「体が一番大事だから・・・」と私は彼に、一番きついと思われるこの仕事を
辞めることをすすめた。彼がいなくなるのは、ちょっと痛かったけど
その事実を知った以上、もう無理はさせられない。

悲しいことに接客は、一番ストレスが溜まる仕事だ。
調べたことないからわからないけど、喫煙率の多さは
接客業が一番じゃないだろうかと思う。

私はタバコは吸わないけれど、女性店員が休憩所で
群がるようにタバコを吸ってる姿を見ると、いつも、ちょっと辛くなる。
なんだかとても疲れているように見えて・・・。

そんな中で、今日もあの彼女の笑顔ひとつあるだけで、私はとても安心する。
笑顔って、なんでもないようでいて、実は、底知れぬすごいパワーがある。
そうだよね。こんなにも辛い世の中で、笑顔でいられるということは
本当に強い人なのかもしれない。

だからこそ、そんな彼女の明るい冗談も、私にしてみれば
なんだかちょっとありがたい。

あぁ、もっと私が若かったら、
彼女に恋してたかもしれないのになぁ・・・

なんてね。



2003/09/25 22:34:54





 2003/09/24(水) 戦う心



 ちょっと前の日記にも書いたのだけど
社員がひとり、辞めてしまった為、怒涛のごとく忙しい日々を
過ごしています。

あんまり忙しいと、ふと、自分をどこかに置き忘れたような・・・
そんな気持になるんだよね。
うまく言えないけど、体が勝手に動いてるみたいで
ちょうど、玄関のカギを閉めたかどうかを、ちょっと思い出せないような感じ。

そういえば、今ふと、思い出したのだけど
昔、車で通勤していた頃、とても忙しい日が続いて
帰りの車の中でも、仕事の事を考えていて、ふと、気が付いたら
自宅の駐車場にいた、ってことがあった。

そこに40分もの私の空白の時間があって
思わずその間、頭の大きな宇宙人が、私の体に何か得たいの知れないものを
埋めこんで記憶を無くしたんじゃないかと思った。(すいません、ウソです。)

まぁ、それはともかくとして・・・
たぶん、体がいつもの行動パターンを覚えていて
そのとき、心とまったく別になっていて、勝手に私の体が運転して
勝手に私の心が別のことを考えていて・・・
そんなふうに、大変なことになっていたんだと思う。
今思えば、よく事故を起こさなかったなぁと、今になって恐ろしくなる。

なんにしてもそうだけど、根をつめると、どこかずれが起きてしまう。
心と体って、まったく一緒のようでいて実は
まったくの別な生き物のような気がする。

ただ、偶然にして互いが共同生活をしているようなものだと思う。

この共同生活の中で、ふたり(体と心)がうまく付き合って行く術を
私達はもっと、大切にしなきゃいけないんだと思う。

心が病んでいる時には、体が元気でなきゃいけないし
体が病んでいる時には、心が元気でなくちゃいけない。
両方とも病んでたら、どうしようもないもの。

最近、ある方から、とても辛そうなメールを頂いていて
そんな思いがあってか、昨日、こんな返信メールを送りました。
(下の青字で書いた部分)

もちろん、私は彼女の本当の辛さをわかっているわけじゃないから
私が何を書いたとしても、それはありふれた交通標語みたいに
何も残らないものかもしれない。

それでも、人は辛い時、心は戦っているんだと思う。

私達は、ひとりのようで、ひとりじゃない。
この心は、生まれてから死ぬまでずっと
かけがえのないパートナーなんだ。


今が辛いと思う心は、きっと、今がチャンスなんだと思う。
そんなとき、心は今、あなたの中の大切なものを
ただ、守りたいがために、戦っている証拠なんだと思う。

負けないで!
傷つきながら戦っている
その心のために。

今日、その彼女から長いメールを頂きました。
ありがとう、とてもうれしかった。


2003/09/25 1:03:10





 2003/09/21(日) 金がない!?



 「わしは今、金がない。
だがわしは今、テレビが買いたい。
さぁ、どうすればいい?答えてみろ」

いきな売場でそう言われた。
白髪の老人だ。その風貌はまるで、カンフー映画の師匠のようだ。

その老人が、テレビ売場でじっと商品を見つめていたものだから
私が何気なくいつものように「いらっしゃいませ」と
軽くにこやかに声をかけたら、いきなりさっきのセリフだったから
たまったもんじゃない。

”なんなんだ、それは?”
私は言葉につまってしまった。
というか、それは当然のことだろう。

こう言う場合、ふつう、二通りのことが考えられる。
この老人は、私をからかっているか、または、少し頭がどうかしてしまったか。
しかし、その老人は、どれも当てはまらないような気がした。

なぜなら、じっと見つめるその表情に、なんの一点の曇りもなく
また、その風貌が私にそう思わせたのかもしれないけれど
まるでそれは、この深い人生の真理を私に追求しているような・・・
そんな気がして・・・

それでも私は思いつくままに、ありきたりな答えを老人に言った。
「そ、そうですね・・・クレジットカードと言う手もありますが・・・」

そういう私を老人は、少しだけ目を細め見つめ続ける。
「本当にそれが、お前の正しい答えなのか?」
その老人の力ある言葉が、まるで砕けたガラスのように私に降ってきた。
その小さな体が、とてつもなく大きく膨らんだように見えた。

私は言葉を失ってしまった。
そうなんだ、私に人生の真理なんてわからない。
わかるわけ、ないじゃないか!
そんなワケのわからないことを考えていた。

そうじゃなかった。現実に戻らなきゃ。
一体この老人は、私に何を望んでいるのか?

「えぇっと、でも、クレジット以外となると・・・えぇっと
そうですね・・・現金以外で・・・」
私がそう言いながらも、しばらく考え悩み続けていると
師匠は、いや、老人は私に渇を入れるように、こう答えたのだった。

「・・・えない」

「は?」

ぼんやりしていて、よく聞こえなかった。
さっき、なんて言ったんだ?
私が不思議そうな顔をしていると、老人はまた、つぶやいた。

「かえない、だ」

「はぁ?」
なんのことだ?私はまた、聞き返した。

「バカモノ!買えないと言っているのだ!
何も悩むことなどないだろう。
金がなくて、モノを買えるわけがない。
そんなアホなヤツに、売ろうとしているお前がだいたい間違っている」

「はぁ・・・」
そうか、私は間違っていたのか・・・ってなんなんだそれは?

「わかればよろしい。
それでは、金が出来たらまた来る。さらばだ」

そう言うと老人は、ひとり静かに消えて、いや、去って行った。


それにしても、すべてにおいて、よくわからない老人だった。
一体、何が言いたかったんだろう?
私の中で、謎は深まるばかりだった。


ええっと・・・でも、待ってくださいよ、お師匠様!

アホなヤツって・・・


結局、誰のことだったの!!




2003/09/22 0:26:34





 2003/09/18(木) 変わらない変化



 めまぐるしい日が、やっと終わったという感じだ。
とても疲れてしまっている。

”自分が変われない”という思いが、まだ、私には根強くあるけど
”変わらない”というのも実は、同じひとつの変化ではないか?
なんて・・・調子よく思ったりもしている。

思いばかりが先走って、うまくは説明できないけれど
流されるようにして、ただ、変わろうとしている自分を
それを変わらないように頑張っているこの自分も
ある意味、同じ変化じゃないのかと・・・。

無理に自分を変えようなんて、思わなくていいんだ。
変わらないものの美しさを、自然は私に教えてくれる。
たとえどんなに、地表に爆弾が降ったとしても、
やがてそこには草花が生える。

それはひとつの、変わらないものの揺るぎない変化なんだ。

気付けばこの世は、いつも変わろうとばかりしている。
ほっとけば人は容赦なく、森をビルで乱立させてしまう。
あえて変わらないようにすることが、本当の変化なのかもしれない。


今、私が一番望んでいることは、とても単純なことなんだけど
私のすぐ目の前で、誰かの笑顔を見たいということ。
”なんだ、それ?”ってあきれて誰かに言われそうだけど
でも、やっぱり笑顔が見たい。

こんなこと・・・
私の日記だからこそ、言えることかもしれないけれど
その笑顔のためになるなら、私はその人に尽くしたい。
私が何も変われなくても、その人が明るく変われたら
それはそれで私はうれしい。

どんなに深い哀しみが、その人を襲ったとしても
いつか笑顔になれた時、やはり私はどうしようもなく、うれしい。
もしも私の言葉なんかで、そんなふうになれたなら
もっと、もっと私はうれしい。

その人の笑顔が、まるで幼いあの頃みたいな
素直な笑顔になれたなら、それもひとつの変わらないものの
揺るぎない変化と同じなんだ。

そうか・・・だから私は、日記を書き続けるのかもしれない。
心無いようなクレームで、いつかまた自分を見失ったとしても
また、別の誰かのことを、私は傷つけたくはないから・・・。

私はたぶん本当は、どうしようもなく変わってしまったのだと思う。
私はきっと、変わってしまったこの私を、元に戻したいんだと思う。
うまくは言えないけれど・・・こんなこと、人に笑われるかもしれないけど

変わらないものの揺るぎない変化を
私は恋した少女のように、きっと、いつも、憧れているんだ。



そして、いつか、私の笑顔が
誰かの幸せにつながるようにと・・・。



2003/09/19 0:11:57





 2003/09/17(水) 変わりたい、逃げ出したい



今、私は変わりたい。

それは、すべてのいろんな意味において
誰もが驚くような、誰もが私を私と認めるような・・・私の、私だけの変化。
たとえ命を削るような魔法を使ってでも構わない。
卑怯だと言われても、その人を押しのけても、私は、私をただ、変えたい。

そんな私から・・・
今、私は逃げ出したい。

変われない私から、救われないような私から、今すぐココから逃げ出したい。
たとえそれで、後悔するにしても、たとえそれで、誰かを傷つけたとしても

今、私は逃げ出したい。


愚かな私よ・・・
お前にその覚悟はあるか・・・。


ダメだなと思うことがある。
それは自分と言う人間の、いろんな面のすべてにおいて。

どうしてこんなことくらいで、あきらめるんだろうと思いながら
あきらめている私がいる。
今の私は、歩き始めた赤ん坊よりも、きっとどこか劣っている。
どうしてほんの一歩先を、私は踏み出せないんだろう?



ニュースを見ながら私は思う。
事故であんなに悲惨な目にあった人と、私とでは、一体何が違うんだろう。
そこにいたこと・・・そして、そこにいなかったこと。

たった、それだけしか違わない。

人生なんて、運の悪い宝くじだ・・・とつい思う。

・・・それはなんて愚かなこと。




愚かな私よ・・・もう1度聞く。


お前にその覚悟はあるか・・・

覚悟はあるのか・・・。



2003/09/18 0:26:32





 2003/09/14(日) とても小さな失敗談



 今日の私の失敗談を、ひとつ。

たまたま私がレジにいたら、電池を持ってお客さんがやって来た。
どうやら電池を買いに来られたようだ。

そのとき私は、書類に目を通していて
そのお客さんに気付いて「いらっしゃいませ」と何気なく顔を上げたとき
そのお客さんの、とてもつややかな肌の黒さに、ただ、ビックリしてしまった。

まるで映画「ブレイブ」に出てくる黒人俳優さんみたいだった。
(バンパイアを、刀みたいなものでヒーローが次々に退治する映画)

髪はつんつんに立っていて鼻にリングみたいなのを付けていて
「うわぁ、かっこいい黒人さんだなぁ」と私は思った。

それで最近の私のクセで、例えばこのように電池1パックだけ買うお客様には
「袋に入れましょうか?それとも精算済みのシールでよろしいでしょうか?」
とさりげなく聞くことにしているのだけれど・・・(地球にやさしく、ゴミは少なくね)

どうしよう・・・日本語が通じるだろうか?ととても心配になった。
やはり、簡単な英語で言わなきゃ・・・とかなりあせってしまっていた。

今思えば、そんなのどっちでもいいようなものだし
無理に英語で聞かなくても、袋に入れちゃえば
それでよかったのだけど、その時はそうだったのだから仕方ない。

それで、かなりうろたえながらも
意を決して、私が英語で尋ねようとしたその瞬間に
そのかっこいい黒人さんは、私にこう言ったのだった。



「あぁ、オレ、袋はいらないっすよ」


それは、バリバリの日本語だった。
しかも流暢すぎるくらいの・・・。

なんてことだ・・・

よく見たらその人は、とてもいい具合に日焼けした
ただのカッコイイおにいさんだったのだ。(何が黒人俳優さんだ!)

それにしても・・・なんて危なかったのだろう。
あともう少し遅かったら、思わず私は日本人のお客さんに
「プリーズ・・・」とか、英語で言いそうになってた。
(このプリーズに意味はないけど。)

あぁ、すんでのところで言わなくてよかった。
もしも、あのとき言ってたら、一体どうなっていたのだろう?
そう思うと、しばらく私の心臓は、激しく高鳴るばかりだった。



・・・というのが、今日の私の失敗談。
まぁ、それでも未遂だったんだけどね。

それにしても私ってこんなふうに、やってることに無駄が多い。
一体、何してんだろ?ってつくづく思う。


それでも、そんなときでさえも
明日は明日にしかない、風が私達に吹くんだよね。

きっと・・・。


2003/09/15 0:00:02





 2003/09/11(木) 日記という心象風景



 この日記を書いていて、つくづく難しいなぁと思うのが
私の日記で誰かを傷つけたり、不快にさせてしまった時のことです。
過去にも何度となくあるので、今に始まったわけじゃないけど・・・。

メールでそれを見つける度に、その間違いに気付かなかった
こんな自分自身に対して、腹が立って仕方がない。
でも、読まれた日記はもう決して、後戻りは出来ない。
どうあがいても時は二度と、巻き戻すことは出来なくて・・・
ただ、そのメールを前にして、私は途方に暮れてしまうだけだ。

もちろん、すべての人に好かれようなんて、私はまったく思ってはいない。
・・・というか私には無理だ。どちらかといえば、何かが足りないほうだから。
でも、そのたった1通のメールの後ろには、メールさえしなかった
数多くの人達の言葉にならない苦しみが感じられて

”たかが1通のメール”・・・とは

どうしても私は考えられないのです。

そのメールが真剣であればあるほど「ごめんなさい」の一言で
済ませられるものとは思えない。(もちろん、内容にもよるけど・・・)

クレームの時は基本として、客先訪問が鉄則になる。
それは、お詫びというものは、相手にメールや手紙だけで
”ごめん”という言葉だけを、その人に読ませるものではなくて
相手に”ごめん”(申し訳ございません)と直接伝えたい
思いが私達にあるからだ。

つまり、顔の見えるお詫びでないと意味がない・・・
心から通じない・・・そう、私は感じているのです。

でも、このネットの世界では、それはほぼ、不可能に近い。
そこに私は、心から謝り切れないという苛立ちを感じ
また、その苛立ちを感じた自分自身に対して
また、更に苛立ちを感じてしまう。

そうして私は、果てのない砂漠を歩くかのように
どこへも辿り着けなくなってしまうのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は日記を書いていて
時としてこんなふうに思うことがある。

言葉は・・・この言葉たちは
時として私達に、いろんな誤解や哀しみを
与えてしまうこともあるけれど、それとほぼ、同じ数だけの
喜びや幸せも与えてくれる。

それが、私のこの3年間の日記の答えかもしれない。


今日も私は言葉を使って、この日記を書いている。
いや、それは正しくは、言葉を使ってこの日記を
描いているのかもしれない。

その絵は目では、決して見えないものだけど
それぞれの人達が感じたままに、私の日記を描いてくれたら
・・・たとえそれが、私とどんなに違っていても・・・
その絵は私のかけがえのない、ひとつの宝物になる。

”明日はどんな色彩が、あなたの心を彩るのだろう。”
そんな楽しみを抱きながら、今日も私は描き続ける。

日記という名の心象風景を・・・。




2003/09/12 0:29:37





 2003/09/07(日) おばあさんの小さな紙切れ



 午後の日曜日の忙しさの中、
私の目の前には、ひとりのおばあさんが立っていた。
さっきまでそこには、誰もいなかったように思ったので
とてもビックリしてしまった。

なぜか背中には、リュックサックが抱えられていた。
少し険しい顔をしている。右手には何か紙切れのようなものが握られていた。
おばあさんの顔とその服装もそうだけれど、その紙はとてもしわくちゃだった。

そこだけなぜか異空間みたいに思えた。場違いと言うか
本来、そこに存在してはならない人が、ここに存在しているような・・・
おばあさんには、そんな雰囲気が漂っていた。

おばあさんはその紙を、おもむろに私の目の前に差し出してきた。

”な、なんなんだ?”と思った。
宇宙からのメッセージか?とさえ私は思った。(ちょっとウソ)
「い、いらっしゃいませ、何でしょう?」
私は声をつまらせながらも、その紙に書かれてある文字を読んでみた。

”シェーバー”

ただ、それだけだった。
それ以上でも、それ以下でもなかったのだった。

”シェーバー”

まるで古代文字のようだった。よく見るとその下には
小さく”きわぞり付き”と書かれてあるのを見つけた。
”そうか、きわぞり付きなのか”と一瞬思ったが、よく考えると
それはなんの解決にもなっていなかった。

”シェーバー”

やはり、シェーバーが買いたいと言う事なのだろうか?
というか、それ以外に考えれないというものだ。

私は尋ねた。
「シェーバーをお探しですか?シェーバーの売場でしたら、こちらですが・・」
私がそう言うと、とたんにおばあさんはニコニコして、私にゆっくりとついて来たのだ。

今思えば、それが私の運の尽きだった。
それからおばあさんの長い長いお話が始まってしまったのだった。

ココでそれをすべて書いてしまったら、読者も同じ運命を
辿ることになってしまうので、ココは要所だけ説明したいと思う。

要するに病院にいる夫のために、”シェーバー(きわぞり付き)を
買いに来られたわけなのですが・・・そのほとんどが病院に対する愚痴と
いうものだった。(このメモ紙を書かれたのも、その嫌いな看護婦さんらしい。)

ここでは5〜6人の患者さんが、同じシェーバーの使い回しをしていて
それは夫のシェーバーなのに、ほとんど使わせてもらえずに
そのまま壊れてしまったのだそうだ。(使い回しは衛生上、よろしくないです。)

”なのにあの看護婦さんは、何もしてくれないのよぉ!”と私に訴えている。
私に言われても、とても困るのだけど・・・。

「ところでこれはどれ?」とおばあさんは、私に尋ねた。
これとは”シェーバー(きわぞり付き)のことだ。

「これ、って言われましても、ここにあるのがすべてシェーバーでして
ほとんどが”きわぞり付き”になっていまして・・・」と
私は売場の目の前で正直に説明をした。

”このメモだけじゃ、どれを買えばいいのかわからないの?”
とおばあさんが悲しげに聞いてきた。
私はどうしようもなく、コクリと小さくうなずくだけだった。
”あのインチキ看護婦め!これを見せればどのシェーバーのことか
店の人がわかるって言ったくせに!”って、ワケもわからず怒っていた。

今、持っている壊れてしまったシェーバーと同じタイプがいいそうなのですが
その”シェーバー(きわぞり付き)”と書かれたそのメモだけでは
範囲が広すぎて当然ながらわからなかった。


それからしばらくの間、病院の内部事情に至るまで
まるで終わりのないような話は続いたけれど
結局のところ、私のお勧めしたシェーバーを買ってくださった。

しかも、あえて私はお安いものをお勧めした。

病院で使うとなれば、無理に高級品でなくてもいいだろう。簡単なものがいい。
4000円程度のシェーバー(もちろん、きわぞり付き)を買ってくださったのだった。

おばあさんは、それでもとても満足そうで
レジで精算を終えてから、こんなことを言い出したのだった。

”病院もそうだけど、お客商売でお客の信用をなくしたらあかんよ”と
まるで小学生に教えるかのように、ニコニコと私にそう言って下さったのだった。

実はこのおばあさん・・・
うちの店に来るまでに、ふたつの家電量販店に行ったのだそうで
同じように、しわくちゃのメモ紙を店員に見せたのだけど、とてもイライラしている様子で
相手にしてくれなかったのだそうだ。(まぁ、それが当たり前なのかもしれない)
それでずっとこのおばあさんは、病院のこととか店のこととかいろんな意味で
怒っていたというワケだったのだ。

たぶん、周りの人達にはそのおばあさんが”変人”みたいに見えてしまったのだろう。
そんな中、誰もまともに相手にはしてくれなかった中で、私だけが
ちゃんと客として対応してくれた。それがうれしかった・・・ということだったのだ。

今だから言うのだけど、私の場合、ただ、そのおばあさんにビックリしただけであって
とてもそんなに誉められたものじゃなかった。(いわゆる条件反射みたいなものだ)
いきなりで”逃げられなかった”ということが、実は正直なところなのだ。

でも、そうだなぁ・・・今回のことで、つくづく私が思ったのは
接客で偏見やイライラを無くせたら、随分と楽しいものになるんじゃないか?
ということだった。

私はよく、接客でイライラしてきたら、こう考えるようにしている。

”あぁ、そうなんだ。
この人は私とは違うんだ。他人なんだな”と。

別にそれは、逃げてると言うか、あきらめとか、そういうものでは決してなくて
実際に人は他人であって、自分自身に成り得ないというひとつの事実だ。

実に当たり前のことだけど、今更ながらって感じだけれど
その当たり前のことを、私達は平気で忘れてしまっているんじゃないかな?って思う。
他人である以上、自分の思うままにならないことは、実に当たり前のことなのに。
でも、人はいつしか、自分の思うままに強制している。

それが強いほど、人はいつまでもイライラしている。
それは、神が与えた罰かもしれない。


他人にイライラしても仕方ない。その人は私じゃないのだから。
イライラしている分、なんだかすでに、自分がどこか負けている気がする。
それに人は”他人”という人のほんの一部分しか知らないもの。
自分のほんの一部分しか、他人が知らないように。

それをまだ知らないうちに、その人に対してイライラしてしまったら
本当ならその人と、一生の友達になれるほどの気の合う仲なのかもしれないのに
もしもその芽をそのイライラで、摘み取ってしまっているのだとしたら・・・
なんてそれはもったいないことなのだろうか・・・・と私は思ってしまう。

このおばあさんの場合も、身なりはとても怪しいものだったけど
それでも話してみてわかったのは、実は夫思いで、やさしいところがあって
ちょっと頑固だけれども、人に頼まれたらイヤとは言えない
とても誠実なおばあさんであると言うこと。

もちろんそれも、そのおばあさんのほんの一部分でしかない。
でも、その誰かの知らない一部分を、私は知っていると言う事実が
やはり、私はそのぶん、どこか得しているような気がする。



「ありがとう。病院の友達にも、この店を推薦しておくからね」

最後におばあさんは、笑顔で明るくそう言って下さった。

とてもうれしかった。素直に心から喜べた。

おかげでその後の私の接客は、とても楽しいものになった。
どんなに忙しくても、不思議に笑顔でいられるのだ。

仕事をしていて、こんなうれしいことはない。
こちらのほうこそ”ありがとう・・・”という気持だった。



・・・・・・・・・・・・・・

本当に大切なのは、たくさんのお客様よりも
たったひとりのお客様から、だと私は思う。


なぜなら、あの大型量販店にとっては、たったひとりの
お客様を失っただけかもしれないけれど
実は、見えないところでたくさんのものを

失っていることを知らないのだから・・・。




2003/09/08 1:38:09

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
久しぶりにとても長い日記になってしまいました。
最後まで読んでくださって、ありがとう。

EACH TIME





 2003/09/02(火) 真実と信念



 今日は読者からのメールで、考えさせられるものが”ふたつ”ありました。
今日はそれについて書きたいと思います。

ひとつは「もうひとつのクレーム日誌」に投稿して下さったもので
まず、次の最初の言葉に思わず自分の息が止まるような思いがしました。

”真実を突き止めるって事は本当に良いことなんでしょうか?”

この意味は、その文章を読み終えた後で、すべてわかることなのですが
正直言って私にも、その答えを教え解くことは出来ないと思いました。
確かにそれは、人としてひどすぎるクレームで
すべて投げ出したくなるようなもので・・・

あらためて気付いたのは、物事を証明するには
普通、証拠というものが必要だけど、接客業というものは
証拠がなくてもまかり通る世界だということ。
すべてはサービスと言う、ゆがんだ名のもとに・・・。

仮にお客がどんな嘘をついたとしても私達は、それを真実と信じ切って
真摯に対応しなければならない。たとえ、何時間かかるものとしても。

この方はそれを・・・自分に問いかけながらも・・・実行されていました。
すべてはお客様のために、目の前で泣いている部下のために
そして、自分自身の”信念”のために。

その文章に詳しく内容が記述されているため、念のためではあるけれど
少し期間をあけて、必ず掲載させて頂きたいと思っているところです。
まぁ、クレームを起こした本人がこのHPを見る確率は、宝くじを当てるような
ものではありますが・・・。

Gさんへ、貴重な体験談をありがとうございます。

・・・・・・・
さて、もうひとつのメールは
”それでも、あなたが接客業を続けている信念はなんですか?”
という私への問いかけ。(Mさん、メールをありがとうございます。)

これを読んで、私はその答えを考えるよりも先に
全然関係ないようなことなのですが、こんなふうに
誰かが自分を心配してくださっているって気持は
なんてあたたかなやさしさなんだろう、って私は思いました。

自分が誰かを心配していることは、イヤになるほどわかりすぎるけど
誰かが自分を心配してくれてることを、気付くことはあまりない。
その大切なヒントが、メールという言葉の中に
隠されているような気がする。なんてこと・・・

すいません。話がちょっと横道にそれましたね。

”私のこの仕事の信念はなんだろう?”

正直言ってその答えは、私自身もよくわからないのです。
ただ、言えることは、例えばそれは、テーブルの上のリンゴのように
”これがそうです”と差し示せるものじゃないということ。

それでもただ、ひとつだけ、こんな私に言えることがあるとすれば
”誰かの喜びが、いつか、自分の幸せにつながると言うこと”
うまくは言えないけれど・・・それがいつもとは限らないけれど・・・
たぶん、そのようなことだと思う。

その不確かな”信念”を、今も私は、探し続けているのかもしれません。
それは接客業に限らず、すべての事においてではあるけど
信じるものは、いつだって、どこか変わってゆくものだからです。

追いかけて手にしたものが、望んだものとは限らないように
哀しいけれど私達は、それをも覚悟しなければならない。
それを”嘘”だと嘆いた瞬間から、不幸はきっと始まってゆくのでしょう。

なんだかよくわからないような、抽象的な事ばかり書いていますが
今の私には、こんなことしか書けそうもありません。

本当は、もっと、具体的に書けたらいいのだけど・・・

答えになっていなくて申し訳なく思います。
質問の意図とは、随分ずれているのかもしれません。
でも、大切なのは、やはり、誰かの信念というよりも
自分の追い求める”何か”なのでしょう。

追いかけて、追い求めて、そうやって繰り返しながら
私達はこの人生は歩いてゆく。

走るでもなく、流されるでもなく
ただ、前を歩いてゆく。


信念はいつも、その先に
きっとあるはずと信じながら・・・。



2003/09/03 0:48:27





 2003/09/01(月) あやふやな思い



 どういうわけか、もう9月かって感じで
そのくせ残暑がとても厳しく、エアコンの修理の多いこと、多いこと。
当たり前だけど、お客さんは誰も待ってはくれない。

みんなイライラしながら電話してくるので、本当にやり切れない。
売場だって暑い。それはお客さんのせいじゃないけれど
イライラは、いろんな意味で、こちらだって同じことだ。

「只今、混雑しておりますので、
修理に伺うのは明日になりますが・・・」

私だって、本当に申し訳ないと思っている。
でも、どうしようもないことなのだ。
明日だって、すでに件数はつまっている。
無理をしながらの明日の約束なのだ。

でも、お客さんにそれをわかってくれと言うのは
やはり、無理なことなのかもしれない。

やれ”サービスが悪い”とか、”お宅で買うんじゃなかった”とか
”お前はやる気がないのか”とか、”責任者を出せ”とか・・・
イヤな言葉がポンポンと出てくる。

思わず私は憂鬱になる。

例えば寝たきりのご老人がいるとか、赤ん坊がいるとか・・・
そう言う人達には、気持としては、何とかしてあげたいと思う。
でも、すべてがそういうお客さんだとは限らない。
ちょうど満員電車の中で、席を譲らない若者がいるように。



「優先的に私を先に修理してくれ!」


そんな意味のことを言って、誰もが同じように私をせかす。
でも、誰一人として、こんなふうに言う人はいない。

「私はあとでも構わないから・・・」

もちろんそれは、当たり前のことだ。
誰だって急いでいる。
逆に、そんなふうに言うほうがおかしい。
でも、当たり前のことではあるけど
当然のことではあるけれど
店員の立場の私が言うには心苦しいけど

それでも

”なんだかなぁ・・・”

と言うあやふやな思いが、心のどこかに残ってしまう。



なんて、わがままな私なんだろう・・・。




2003/09/02 0:27:42



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