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12月の日記とエッセイ

 2002/12/30(月) 「ヒーロー」



 この頃、すっかりクレーム日誌を書いていなくて、どれだけ読者のみなさんの
期待を裏切ってしまっているんだろう・・・と反省しつつも、私の日常が過ぎて行きます。

”クレーム日誌”を書く時は、ものすごくパワーが必要になります。
それに少なからずも、私がクレーム日誌を書くことで、万が一のこととはいえ
当事者が読めば、心を傷つけてしまうだろうし、私も傷つくのだろう。
だから私はいい加減な気持で、クレーム日誌を書きたくない。
(もちろん、クレーム以外の日記もいい加減な気持ちで書いてはいない。矛盾するけど。)

なんだか下手ないい訳みたいになるけど、つまり、そういうことだから仕方ない。
書きたい時に書きたい。・・・それが作者である私のわがままなのです。

・・・・・・・・・・・
先日、放映された小田和正さんの「クリスマスの約束」の中で
ミスチルの新曲「ヒーロー」を小田さんが歌っていた。

彼ら自身が歌うところを、私はまだ、見たことはないのだけど
小田さんのピアノの弾き語りが、どこまでもこの心を切なくさせていた。

この「ヒーロー」は、今、ヒットしている歌だから、あえて説明する必要もないだろう。
私はその歌詞の内容に、心がふるえるくらいに感動していた。

「ダメな映画を盛り上げる為に、簡単に命が捨てられてゆく・・・
僕達が本当に見たいものは、明日の希望なんだ・・・」

歌詞を正確に覚えていないので、間違いはあると思うからお詫びしておく。
確か、そんな詩の内容だったと思う。

この言葉の中に、商業主義の今の世の中に、警笛を鳴らしてくれている。
今は映画や音楽でさえ、どこかお金を得ることが中心になって作られているような気がする。
今、本当に私達が求めている物は、作品に対する愛情がどれだけ込められているものか
ということなのだと思う。

だから、平井堅さんが、歌いたいから歌った「大きな古時計」が私達の心を掴んだし
ノーベル賞を受賞した田中さんに、みんなが共感したのは言うまでもないだろう。

そう言う私は、この商業主義の中で、”売上をあげろ!他店をつぶせ!生き残れ!”と
そんなふうに叫びながら、接客を、この仕事を続けている。
現実を前にして、私は成す術もないままに、きれいごとを言っているにすぎないのかと
いつしか自分に問い掛けている。

会議では、常に人はあふれているけれど
現場では、常に人はいないのと同じなのかもしれない。

その私が何を言っても、説得力は何もないだろう。
でも、これからはお金のその価値の低さに、いかに人々が気付くかで
私達の明日の未来が決まるのだと思う。
戦争のないこの日本で、どうして年間3万人近くの人々が
自殺をしなければならないのだろうか。


「奪い合えば、足りない。分け合えば、あまる。」

〜相田みつをの言葉より〜



私達は今、確実に
奪い合いながら、生きている・・・。



2002/12/30 23:48:00





 2002/12/28(土) 嫌われる理由・・・。



 その人の行動やその言葉で、”私を嫌っているんだな”と
愕然と気づく時がある。それが、あまり話をした事のない人だと
結構、心は動揺してしまう。
正直言って、かなり傷つく・・・。

”いつ、私はその人に対して、
嫌われるような事をしてしまったんだろう?”

そう思うと、仕事も手が付かなくなって、ひとりあれこれと考えてしまう。
そのうちにこの自分が、極悪非道で最悪でケチでのろまなヤツで・・・と
まぁ、とにかく、この世のすべてのひどい言葉を総動員して
自分の人格を疑いたくなる。
そして、その人のことを小さく恨み、その数を増やしてゆく・・・。

「Aさん、これをお願いしたいのだけど・・・」

私はそんな言葉を言っただけだった。
だけど、Aさんは無視しているようで、でも、ちゃんと聞こえていて
投げやりな態度はこの私に”迷惑だ”とでもいいたげだった。

「ありがとう」と一応、私がそう言うと
Aさんはその返事の代わりに「ちっ」と舌打ちしたのだった。
「ちっ」だった・・・。

彼女が男だったなら、私は言うべきことを言ったかもしれない。
でも、その原因がわからない以上、感情的になる事も出来なかった。

彼女は私の顔を一度も見なかった。
一切、私のことに、関りたくないという感じだった。

Aさんは私より年下の若い女性なのだけど
ただ、機嫌が悪かったとも思えず、徐々に私の怒りは増していた。

自分が嫌われていると知った時、人はどんな行動を取るのだろうか?
逃げるか、それとも向うかの、たったふたつのパターンだろう。

私は・・・逃げる。
ただ、もう二度と近寄りたくないだけだ。
たとえ何かの間違いであって、私の単なる思い違いにしても
私は一切、その人に近づいたりしない。

それが、私の子供の頃からの、クセなのだから仕方ない。
それが本当の嫌われる理由じゃないのかと、何度も自問自答したけれど
私に出来たこのプログラムは、なかなかバージョンアップもしなければ
やっかいなことに、削除も出来ないままでいる。

どうすればいいというのだろう。


「だからあなたは、もっと人と喋るべきよ」

うちの奥さんは、とても簡単にそう言うけれど
無口な私のこの性格は、きっと一生直りはしない。
たとえそれが相手にも、同じ”嫌われている”という
思い違いを、させてしまっているのだとしても・・・。

私があまり喋らないのは、相手をこれ以上、傷つけない為
そして、自分がこれ以上、傷つかない為・・・。
もうすぐ年が明けるというのに、私は何を考えているのか・・・。



誰かに嫌われたのならば、私は黙って、ひとりになる。

それが嫌われる理由だとしても・・・



2002/12/28 23:27:39





 2002/12/16(月) パワーハラスメント・・・。



 朝、目覚めた時には、もう、誰もそこにいなくて
時計の音だけが、コチコチと退屈な仕事をしているみたいだった。

とても長い夢を見ていたような気がするけど、それがうまく思い出せない。
布団の中のぬくもりが恋しくて、私はなかなか動けないままで
今がいつで何曜日かさえも、しばらく思い出せないでいた。

”今日は仕事だったろうか・・・”と一瞬不安が横切った。
カレンダーにぼんやりと目をやる。
今日の日付けを思い出す・・・公休日の印がつけてあった。

助かった・・・ほっと胸をなでおろす。
でも、まだ頭がうまく働かない。
ひとつひとつ何かを確かめなければいけないようだ。

今度は時計に目をやる。
もう11時を過ぎていた。なんだ・・・道理で誰もいないはずだ。
子供達は学校で、奥さんは多分、買物に行っているのだろう。

こんなにも遅く眠っていたなんて・・・随分と久しぶりのような気がする。
みんなが私を起こさないように、気を利かせてくれたのだろか?
そんなふうに思っていると、心がじんわりとあたたかくなった。

昨日の忙しさがウソみたいに、とても平和すぎる朝だ。
まるで嵐が過ぎ去った後みたいに、静けさだけが包んだような感じで・・・。

・・・・・・・・・
昨日の小さな事件を思い出す。
あるアルバイトのA君が、仕事の中で私が注意したその理由が
どうにも納得できないままに、キレてしまっていた。

「オレが憎いなら、はっきり言ったらどうだ!」と彼は叫んでいた。
「やる気がないなら帰ってくれ!」と私は彼を罵倒した。
こんな事を言う相手に、何を言っても時間の無駄にしか思えず、どうでもよかった。

忙しかったのだ。
そう、忙しかったのだ・・・と私は自分に言い聞かせていた。

でも・・・
本当はそうじゃなかったのかもしれない。
正直に言えば・・・私はA君のことが、どうしても気に入らない。
その点、彼の言ってることは、たぶん、当たってる。
自分の価値観を主張するばかりの彼に、私は疲れるばかりだった。
彼も私のこの気持に、気付き始めていたのだろう。

「あなたはいつも、オレにしか、そんな大口がいえないくせに!」

店内のうるさすぎる雑音の中、彼のその言葉だけが
私の耳の奥まで響いていた。

「お前は何もわからないくせに何を言うか!」

そんなふうに意味ありげに、私は彼に叱るように言ったが
若すぎる彼の投げ捨てた言葉に、私のその態度とは裏腹に
心は傷つくだけ傷ついていた。

私は彼を無視したまま、動揺も見せず大人を演じ続けながら
目の前の仕事を器用に片付けるだけだった。
彼は不機嫌な態度のまま、しばらく接客を続けていたが
やがていなくなっていた。

Tさんが、後で私にそっと言ってくれた。
「彼のことは、さっき僕が十分に注意しておきましたから・・・」
その言葉に、私は胸が熱くなった。

そのTさんの”注意しておきましたから・・・”
の”から”のあとに続く言葉の意味が、私をどこまでも哀しくさせた。

僕から十分に注意しておきましたから・・・
”だから、もう、彼のことを許してやってください”

Tさんはそう、言いたかったのだろう。

笑顔で接客を続けながらも、私の心は深い場所で泣きつづけていた。


”パワーハラスメント”

この言葉を新聞ではじめて見たとき、私は息が止まる思いだった。
職権によるいじめや嫌がらせなど、強制による圧力のことを、このように言うのだそうだ。
私の彼に対する態度は、単なる”いじめ”にしか思えなかった。

どんなに努力しても売上は伸びず、結果しか見ない会社にしてみれば
そんな努力はまったく無意味で、業績が悪化しつづければ辞めるしかない雰囲気の中
サービス残業で心身ともに疲れ果て、そんな時、目の前の若いアルバイトが
自分の思ったような仕事をしてくれない。

私のそれまでのストレスは、何も知らない彼に自然と集中する。
ココでは書けないような罵倒を私は何度も彼に浴びせる。
アルバイトの彼は、私に逆らう事は出来ない。それを私は知っている。
だから私は激しく罵る・・・私の行為は、パワーハラスメントに違いないのだ。

やがて、しばらくして彼は売場に戻って、また、仕事をしていたが
目が少しだけ赤かったような気がした。
ひとりでどこかで泣いていたのだろうか・・・。

昨日はあれから彼に対して、私は何も出来ないでいた。
目の前の仕事を片付けるのが、ただ精一杯だったから・・・。
Tさんのフォローに頼るしかない私だった。
なんて情けない自分だろう・・・今更ながらに私はそう思っていた。

・・・・・・・・
遅く目覚めた朝の中、誰もいない部屋の中
こんな私は世界中の人達から見放され
ココにひとり、残されてしまったような気がした。
たとえそれが、彼のせいであっても、私はそれでいいような気がした。
いつしか私は、大切なものをなくしてしまったのだ・・・。

「ただいまぁ!」

やがて奥さんが明るい声と共に、大きな買物袋を抱えて帰ってきた。
「あ、起きた?昨日は随分とお疲れだったのね。まーちゃん(9才の娘)がね
”お父さん、お仕事大変だったろうからこのまま寝かせておきましょうね”って言ってたのよ」
と彼女の微笑むようなやさしい言葉が、私の不安を和らげてくれる。

職場での私の姿を、家族はみんな誰も何も知らないでいる。
こんな私は、家族のやさしさを裏切っているような気がして
彼女の言葉に、うまく言葉が返せないでいた。


”明日、彼に言うべき言葉はなんだろう?”

その答えは、まだ、見つからないでいる。



2002/12/16 23:43:46


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Mさんに個人的な手紙として。(2002/12/27)

パワーハラスメントについて、メールをいただきとても感謝しています。
あなたの職場での悩み、上司のひどい言動、憎しみ・・・
文章から痛いくらいにその気持が感じられました。
私は悩んでいるあなたに、助ける事は何も出来ないけど
書く事で、人は心が浄化されてゆくのだと思います。
私が書く愚痴のようなこの日記は、ひとつはそれが目的でもあるのです。

あなたは、その思いを投げ捨てるかのように、直接その上司にぶつけたいけど
すぐにあきらめてしまうばかりで、私に何かを求めてるわけでもなくて・・・
そんなこと、メールに書いていらっしゃいましたね。

人はひとりきりだから、自分自身に自分のことを、うまく語る事は出来ません。
でも、書く事でその心の文章は、自分自身の心へと、音もなく語りかけてくれます。
文章を書く事は、自分自身への心の対話だと思うのです。
だからあなたがメールを送ってくださった事を、私はとてもうれしく思うのです。

人が消耗品だなんて・・
そんなの哀しいですよね・・・人はみな誰もが同じ人間なのに・・・
人に上も下も絶対になくて・・・それはきれいごとかもしれないけれど
人は誰もがみな、同じ命の重さだということを
私はわかっていながらも、忙しさの中、忘れかけているような気がします。

だから私自身も、もしかしたら
ひどいパワーハラスメントをしているのかもしれない。

あなたの目の前の壁が立ちはだかっていて
どこにも行けそうにないのなら、越えようとしないでくぐってみようよ。
道は必ずどこかにあるはず。ダメだとあきらめて立ち止まった時
道はあるのに見えなくなってしまう。
だから・・・

本当は、あなたに直接メールするところを
大変失礼と思いながらも、ココに書かせていただきました。
もしもどこか見えないところで、あなたを傷つけてしまったならごめんなさい。

でも、この文章は、私自身へ伝えたい思いも含まれています。
だから、あなたの為であるかのようで、実は私のためでもあるのです。
私の目の前にも、大きな壁が立ちはだかっています。
それは絶望的なほど大きすぎて、私は途方に暮れてしまいますが
それでも私は文章を書く事で、その先にあるものを見つめています。

いつか、どこかに
必ず道は私にあると信じながら

いつか、どこかに
あなたにあると、心から願いながら・・・。


ありがとう。


EACH TIME





 2002/12/15(日) 売場という名の戦場。



 声が枯れ果ててしまった。
冬だと言うのに、汗でシャツが貼りついていた。
1時間が、5分で過ぎてゆくようだった。

ココはまるで、売場という名の戦場だ。
その1秒に余裕がない。
お客はそんなに待ってはくれない。
少なすぎる人員に、はじめから無理だとわかっていても
「いらっしゃいませ」とせかすお客を笑顔で迎える。
目の前の接客さえ、まだ終わってないというのに・・・。

ひとりのミスが、みんなをイラつかせる。
地雷のようなクレームだ。
受付けた誰かがその犠牲になる。

目の前のお客さまは、突然に怒鳴り声を上げている。
その時を選んだかのように、時間はまるで溶岩みたいに
ぬるりこぼれおちながら、周りのすべてを焼き尽くしてゆく。

やがて私は、うまく身動きが出来なくなる。
私の体はその熱で、不自然な形で溶かされて
プラスチックみたいに折れ曲がっている。

「申し訳ございません、申し訳ございません」と
お詫びの言葉を言いながら・・・。


すでに相手は、巧みな言葉で攻撃している。
私にはもちろん、武器は・・・ない。
理由を言うにもお客の前では、そのすべてが言い訳になる。
心がもう、砕けてゆく。
私はただ、床の汚れを見つめている。

売場という名の戦場に、援護射撃はされることなく
弁護人も存在しない。
あるのはただ、SOSという聞こえない信号。


どんなに心が張り裂けそうでも
心に言い訳するように
みんな、笑顔で接客をしている。


そして、私も、笑っている。

届かない信号を送りながら・・・。




2002/12/16 1:53:40





 2002/12/14(土) そして、僕は途方に暮れる。



 忙しさに、私の内面に潜んでる
小悪魔たちのささやく声が、聞こえるような気がする。

どうしてこんなに、人を傷つける言葉だけ選んで
私は何をあせっているのか?

あれは私の言葉じゃない。
なのに言葉は私の口から、喜ぶように吐き出てる。
きっと後悔することを、心ではわかっているつもりが・・・。

その人が返した言葉のその意味に
気付いた時には、もう、遅すぎて
心は、ただ、あっけなくも、すべてが砕け散っていた。

言葉がこんな、武器になるなんて・・・。



その心の破片が、今も私のこの体を、切り裂くように痛めている。
忘れる事さえ許されない、罪を背負ったかのように・・・。

そんな私を、小悪魔たちが笑ってる。



・・・そして、僕は途方に暮れる。




2002/12/14 23:26:04





 2002/12/08(日) 見えない何かの感情・・・。



 その電話は、もうすでに4度目だったし
日曜日の混乱と疲労とが重なったからかもしれない。
いや、はっきり言えば、私はその電話をすぐに切りたかった。

”切る”という表現では、まだ、生ぬるい。
許されるものならば、二度と鳴り出さないように
その電話線を引き千切って、電話の息の根を止めたい気持だった。

その電話のお客は、私に何度も同じことを聞いてきた。
先日、テレビを買ってくださった中年男性だ。
その内容をココに詳しく書けないことが、悔しくて仕方がないが、
書くに値しないほどの、とてもくだらない内容だから、ある意味助かるというもの・・・。


電話の声というものには、つくづく裏の表情というものが
備わっているのだなと思う。
電話機のそのプラスチックの箱の中には
知らないうちに悪魔が潜んでいるんじゃないか?とさえ思うほど・・・。
私はその時、普通に喋っているつもりだったが
そのお客が急に声を荒げ、こう言ったのだ。


「なんだ!おまえのその偉そうなものの言い方は!
お前は大卒か?え?」



確かに、その時の私の言い方は、偉そうになっていたかもしれない。
それをストレスや悪魔のせいにはしたくない。
素直に反省したい。申し訳なかった・・・。

しかし・・・なぜここで、”大卒か?”という言葉が出るんだ?
それとこれとなんの関係がある?私にしてみれば、それは偏見にしか思えなかった。
偉そうだから大卒か?それとも、礼儀を知らないから大学を出てないと思ったのか?
どちらにしてもくだらない。なんなんだそれは一体・・・。

別に私はひがんでる訳ではないが、大学を自ら中退した私は大卒ではない。
それを恥ずかしいと思ったことは一度も無いし、それはウソじゃない。
確かに、私が大学を辞めたその経緯は、心に大きな傷が残るくらい
ひどいものには違いなかったけど、私はどちらかと言えば
何かの”繋がり”から解放されたかっただけなのだ。

大学はその入れ物にすぎなかった。
私にとって、それは・・・。


「高卒です」と私ははっきりと言った。
誤魔化すことも出来ただろうが、逃げるようでイヤだった。
それに、恥ずべき事でもない。
私にしてみれば、それは”形”にしかすぎないのだ。

しかし・・・
中年男性はそんな私を鼻で笑った。
”ふん、お前なんか、そうだろうと思ったよ”とでも言いたそうに・・・。
その態度が・・・申し訳ないが・・・私をキレさせた。

その時の会話は、ココではあえて書かないが、念の為、断っておくけど
私は最後まで怒鳴ったりはしなかった。
大卒じゃなくても、店員としてそれくらいの事はわきまえている。
私はただ、冷静に、あるべき心の場所を求めただけだ。
でも、結局は、何も理解されなかったが・・・

挙句の果てに「オレが何度も電話するからお前はそんな態度をとるのか!」
と言い出してきた。
別にそう言うわけじゃないが、逆にそれがわかっていながら
どうしてそんなことをするのだろうと私は思った。

さすがに私は疲れてきて・・・
もう、電話はこれで最後にして欲しいと、それとなく伝えたところ・・・

「何言ってんだ!お前は店員だろうが!
店員だったら、お客が何十回電話してこようが親切に対応するのが
当たり前だろうが!それがサービスだろうが!」
と声を荒げた。

確かにそうかもしれない。しかし、なんて歪んだものの見方をしているのだろう?
電話だと、なぜか人は上から言葉を、平気で捨てるように叩きつける。
まるで人影に顔を隠し、野次を飛ばしているようなものだ。
言われたほうが、憐れむ気持になってしまう。

そんな相手に、なぜか私はお詫びの言葉を述べている。
なぜか、繰返し、述べているのだ。

なぜだろう・・・と思う。
たぶん、私がその理由を捜し求めたなら、
出口のない入り口に迷い込むようなものだろう。

そこに意味は、たぶん、ない。
求めてはならないのだ・・・店員と言う生き物は・・・。


今日の私は、どうしてこんなにも、卑屈になっているのだろう?
どんどん自分が、最低になってゆくのがわかる。
その中年男性の”大卒か?”という言葉が、何かの引き金になったのだろうか?
よくわからないが、あの頃を、思い出してしまったのかもしれない。
その人には、関係のない感情が、私の中に生まれたとしたなら・・・。


「今日のわしは、酒に酔っているのだ」

中年男性が、最後にそう言って、電話を切った。
つぶやくように捨てられた言葉・・・
私の心が、なぜかチクっと痛んだ気がした。

そして、それから二度と、もう電話は鳴る事はなかった。
それは、私の望んだ事だったのに・・・

どうしてだろう?
その言葉の本当の意味が、
私は今もわからなくて、見えない出口を探している。


もしや彼にも、
私の知らない何かの感情が
そこに生まれたとしたのなら・・・。




2002/12/09 1:16:08





 2002/12/05(木) 片足のないサンタクロース・・・。



 12月の忙しさが、ひしひしと伝わってきて
日記を書く時間さえ、ままならない感じがします。

でも、たった数行しか書けなくても、出来るだけ毎日書いて行きたいと思う。
今日という日は、二度と来ないかけがえのない一日だから・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日、我家にもクリスマスツリーを飾りました。
高さが90cmくらいのとてもシンプルなものです。

実は、このクリスマスツリーは、2年前に勤務していた店で
売場のディスプレーに使っていたものです。
今はもうその店は、同じ2年前に閉鎖してしまったのだけど・・・
閉鎖店舗の情景にて当時の日記をまとめています。)

時は過去へとさかのぼる。
あれは、店が閉鎖してしまった後のいろんな残処理業務をしているときのことだった。
残処理と言っても、本当に捨ててしまうことしかしなくて、店に飾ってあるものとか
日頃使っていた机や椅子や、鉛筆立てひとつにしてもすべて捨てるんだよね。

そこにあるのが当たり前だったものを、それを捨てなきゃならないというのは
本当に身を切るような悲しみしか残らなかった。
もう、何にも必要とされない。明日にはもうそこにはない。
その作業の中、実際に涙を流しながら捨てるパートさんなんかもいて
私は何も言えなくて、ただ、黙って捨てるしかなかった。

あんな何かに押しつぶされそうな重い空気は、その場にいた者にしか
永遠にわからないものだろうと思う。

誰かが泣いてる中で、終わらせる仕事をしている。
あんなの、もう、二度とゴメンだ・・・

ちょうどそんな時だったのだと思う。
このクリスマスツリーが売場の倉庫の奥からひょっこり出てきたのは。

「どうする?ちょっと汚いしこれも捨てる?」って誰かが言った。
「でも、もったいないし、誰もいらないなら想い出として私がもらうよ。」と言って
私がそれをもらって帰った。

ちょうどその頃、季節は冬の終わりの頃で、クリスマスも終わったというのに
なぜか私は捨てる気になれず、春も近い午後の中、街ゆく人達の視線もそのままに
箱のまま自転車で持って帰ったのだった。(帰りながらちょっと後悔したものだ。)

今思えば、別に捨ててもよかったのだけど、いざ、こうして
この季節が来ると、やっぱり捨てなくてよかったと心から思っている。

去年はすっかり忘れていて、押入れの奥でホコリをかぶっていたけど
今年はまーちゃん(9才の娘)が偶然に見つけてくれたので
その赤い箱を開けることとなった。

「サンタさんの片足がないねー」とまーちゃんがポツリと寂しそうに言った。
確かにミニサンタの片足が、もげてなくなってしまっている・・・。

そう言えば2年前のあの頃、ラジカセの売場でこのツリーをディスプレイしている時に
若いアルバイトのKさんが、何かの拍子にミニサンタを床に落としてしまって
サンタの片足が無残にも、ポーンとどこかに飛んでしまったのだった。

あの時彼女は、「あぁ、ゴメンね」と
本当に申し訳なさそうに、片足のサンタに謝っていたけど
結局、その片足のないサンタだけ飾れなくなって
ずっと暗い箱の中にしまっておいたんだ・・・なんてこと思い出す。

「今度は明かりがつかないねー」と、またまーちゃんが残念そうに指摘してる。
おかしいな?確かにスイッチを入れても、小さな豆球の半分しか点滅しない。
おかげでちょっと華やかさに欠けている。
あの頃、売場ではちゃんとすべて点滅していたはずなのになぁ。
まるで童謡の”大きな古時計”のように、何かが終わって壊れてしまったのかなぁ・・・


そう思ううちに、あの頃のにぎやかだったクリスマスの売場が、みんなの笑顔が
この心に蘇ってくる。あの頃を思い出すなんて、本当に久しぶりのことで
あの時の場面が、私の中で巻き戻され、再生されて行く。
時が一瞬、私の中で止まる・・・


いつしか、まーちゃんと私とで飾った我家のクリスマスツリーが完成した。
まーちゃんが最後に、そのてっぺんに小さな物を飾っていた。
「ココにおいてあげようね」ってまーちゃんが微笑みながら話してる。

なんだろう?と思ったら
それは、あの片足のないサンタクロース・・・。


枝と枝の間にちょこんと乗せて
そのサンタの顔だけが笑ってる。


私は少しだけ涙がこぼれそうになった・・・。




2002/12/06 1:10:34





 2002/12/04(水) 自然体のままで・・・。



 今、ペットショップボーイズの音楽を聞いている。
”Behaviour”(1990年)・・・というタイトルの古いアルバム。

彼らの歌は、力強く何かを求めることもなく
何も語りかけていないかのように、ただ、自然体のままでいるけど
そのメロディは、私の心の深いところを
まだ、誰にも見せていないような場所へと、そっと導いてくれる。

彼らの歌は、もしかしたら天使達に守られてるんじゃないだろうかと
錯覚するほどのその美しい旋律と透き通る声。
何も飾ることもなく、ただ、自然体のままで・・・

あんなふうに自然体でいられたら・・・と私はあこがれる。
自然体であったなら、誰かの言葉に左右されることもなく
恐れず不安にもならず、怒りを忘れ背筋を伸ばし
この人生を凛と歩いて行けるというのに・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・

今朝から最悪な状態だった。
まるで頭の中に、クモの巣が張り巡らされているかのように
ぼんやりとして、物事がはっきりせず、気だるいままで・・・。

起きているのに、まだ夢の中でまどろんでいるような感じ。
どうしたというのだろう?
結局、そのままの状態で私は仕事をしていた。

もちろん、それで仕事になるわけもなく
ただ、時が過ぎてゆくのを待っているようなものだったけど
平穏に終わることもなく、たるんだ気持に不意をつくように
アルバイトのS君の怒鳴り声が、店内を駆け巡った。

「そんなに値下げ出来るわけが無いじゃないですか!
もう、十分にセールで安くなっているのに、
どうしてまだ安くしなきゃならないんですか!」

まただ・・・またS君がキレてしまったのだ。
相手は中年のおばさんだ。たぶん値下げを強要したのだろう。
私の頭痛がひどくなる・・・周りのお客さん達も信じられない表情で
彼の態度をひそひそと見つめている。

そんな自分の異常にはっと気付いたのか、S君は慌ててお詫びをしていた。
その中年のおばさんも、彼の大声にひどく驚いてはいたのだけど
そんな彼を・・奇跡的にも・・許していた。

私の出る番もなく、とても奇妙な形でそのクレーム
(にもなっていなかったが)は終わった。

キレやすい彼は、この接客には向いていない。
何度も私が注意しても、その気持は押さえ切れずにお客さん相手に怒ってしまう。
その原因が、どれもお客のわがままにしても、それを笑って対処しなきゃならないのが
私達店員の仕事だ。なのに我慢という言葉の意味を、彼は理解しようとしない。

でも、私は思う。
笑って誤魔化して、お客をなだめながら接客している私達より
正論として主張する彼のほうが、どこか自然体のような気がする。
もちろん、お客さんを怒るなんて言語道断ではあるけれど
その意味を問われたなら、私はなんと答えればいいのだろう?

正しいこと、間違ったこと・・・接客の中ではそれらのことが
どんどん形を変えながら、私達店員を困惑させる。

例えば、特別に安くして特定のお客さんに喜ばれたとしても
他の客さんには高い値段で売っている事実。
安くしたことで喜ばれても店員に罪の意識が生まれる。
(どうでもいいだろう。と思う店員は、その時点で長続きはしない。)
何が正して、正しくないのか、次第にわからなくなってくる。

それを私はあきらめるように、気持をコントロールするけれど
キレる彼はそれが器用に出来ないだけなのだ。

ただ、唯一の救いとしてうれしかったことは
今日はなぜかS君のほうから、普段はそんなこと絶対に無いのに
私に反省の言葉を言ってくれたこと。

「すみません・・・僕が悪かったです。」

そんな彼を見て”何が悪かったのだろうか・・”とぼんやりと思った。
でも、現実には私は彼に厳しく注意していた。
なんだか心がどうにかなってしまいそうだった。

自然体な彼は接客には向いていない。
自然体になれない私は、そんな彼に少しだけあこがれる。

やっと、就職先を見つけた彼は、この仕事も年内までという。
今度の仕事は、接客とはかけ離れた場所にある。
物事は収まるべきところへ収まるのだろうとつくづく思った。

彼のことで、私は何度も頭を痛めたけれど
今はもう、そんな気持もどこか遠くに感じている。
正直言って、彼がいなければどんなにいいかと思った時さえあった。
でも、なぜか今では少し寂しく感じるから
想いなんてとてもいい加減なものみたい・・・。



・・・今、ペットショップボーイズの
”Only the wind”が流れている。

頭の中のクモの巣が、彼らの歌に少しづつほどけてゆく。
せめて今だけ、自然なままに、この心の深い場所へと誘え・・・。




2002/12/05 1:49:09





 2002/12/03(火) あの頃のように書けない・・・



 たまたま1年前のクレーム日誌を読んでいて、愕然としてしまった。
自分で書いた文章なのに、引き込まれるように読んでいた。

雑な文章が所々目立って、思わずかき消したくなるけれど
それはそれで伝えたい思いは、大音量のステレオのように
痛いくらい心にびんびん響いてくる。

・・・最近、あんなクレーム日誌を書いているだろうか?
そう問いかけていること自体、もう、自信は喪失しているのだろう。

あの頃と今の私を比べて見る。
そこには、何を無くして、そして、何を抱えてしまったというのだろう?
たぶん心の奥では、とっくに答えはわかっているのだろうけど
作り笑顔でため息ついて、あきらめがちに、私は知らないふりをしている。

この頃、通勤途中で、よく青空を見上げることがある。
ひこうき雲を見つけたりすると、それをぼんやりと眺めている。
たとえ信号が青になって人の波が流れていっても
風船を離した子供のように
そのままいつまでも眺めていたいと思う私がいる。

・・・でも、現実には私もその人波の一員になっている。
表情の無い人々の中に紛れながら、何も見ていないし考えてもいない。

・・・ナニモミテイナイシ、カンガエテモイナイ・・・

そのまま自分の思うままに立ち止まっていれば
たちまち誰かの足に踏まれるだろうし
邪魔だと言わんばかりに、恐い顔でにらまれるだろう。

それに怯える私がただ、そこにいる。

あの頃の私を、この私は
どこに置き去りにしてしまったというのか・・・

なんて・・・
こんなことを書いていると
言葉が私からどんどんと、離れて行きそうで恐くなる。
次の言葉が何も思い浮ばず、何も書けなくなる。
書きたいのに、書けないなんて・・・


私はどこにも行きたくないのに
波はどこへ、私を連れて行くというのか・・・



2002/12/03 23:30:55





 2002/12/01(日) 紅葉も見ないままに・・・。



 秋の紅葉もちゃんと見ないままに
もう12月になってしまったかぁ・・・という感じがする。
最近、季節は猫のように気まぐれで、ひょいっとどっかに逃げていってしまうようだ。
(・・・まぁ、それは私が公園を散歩するという、心の余裕がないからだろうな。)


さて、村上春樹氏の「海辺のカフカ」
(ちょっと前に1ヶ月半待って図書館から借りたもの)
をやっと下巻の真ん中あたりまで読みました。
なかなか時間がなくて、細切れに読んでいると言った感じですが・・・。

今、一番面白いところなんだよね。
いろんな謎が解けてきそうな雰囲気で、カフカ少年は、
まだ15才なのにやたらとませてるし
なんと言ってもナカタさんは最高だよね!
(ちょっと知恵遅れのやさしくてまじめなおじさんです。)
星野青年も捨てがたいぃ!
(仕事を休んでまで、ナカタさんの世話をしている青年)

この小説を読んでると、まるで”ホンワカシャッシャ”という感じになる。
このホンワカはナカタさんで、シャッシャはカフカ少年のイメージ。
まぁ、読んだ人にしかわからない事だろうけどね。

本を読んでいて、こんなにワクワクする気持は久しぶりだ。

・・・・・・・・・
実は、これでもう2件目の同じクレームになる。
パソコンの年賀はがき用ソフトを返品に来る人の件数だ。
どれも理由は”ウインドウズ95じゃ使えなかった。”というもの。
パッケージに書いてある注意書きをよく読んでいないんだよね。
(ほとんどのソフトはwin98以上のバージョンじゃないと使えません。ご注意を!)

もちろん、店員が販売の時に確認するもの必要だけど
すべてのお客様に”ウインドウズ95じゃ、ありませんよねっ!”と言って確認するのは
お客さんによっては”お前はオレをバカにしてんのか!”って違う意味で叱られそうだし。
(でも、win95があったからこそ新しいバージョンが存在するのですよね。
大切なものには違いない。)

結果的には、もちろんだけど返品はお断りしました。
これはいわゆるプログラムを売っているわけですから
開梱されたら、もう、使用されたと判断するしかなく、どうしようもない。
ある意味、これは本と一緒なんですよね。
まだ読んでいないから返金してくれと言っても通用しないし
同じ本を2冊買ってしまったからと言ってもたぶん、返品出来ないだろう。

それをなかなか理解できないお客さんもいて
そりゃ、使えないのになんで返品できないんだ!っていう気持は
痛いほどわかるし、私もつい先日、同じような失敗をしたばかりだし
・・・(メーカーサポートに電話しても”現在使われておりません”って
信じられないメッセージが流れて、怒りと言うより笑ってしまった。)・・・

その悔しさを、分かち合う事は出来ても、くどいようだが返品は出来ない。
(なんだかだんだん自分が鬼のように思えてくるなぁ・・・。)

今日のお客さんも、なんとか分かっていただけて助かったけど
「そうか、やっぱりそうなんだよなぁ、あぁ、失敗失敗」と
笑っていらしてホッとしたのも束の間。
帰り際に「あははは、じゃ、仕方ないからゴミ箱に捨てるよ!」と
おっしゃった時、顔は笑っていたけど、目は完璧に怒っていました。

・・・正直言って、恐かったです。


さて、なんだか中途半端なままに、今日はもう眠りたいと思う。
今日は、声が枯れるくらいに忙しかった。

接客業をしていて、風邪をひいたら最悪だとつくづく思う。
喋りっぱなしだから、のどが痛くて風邪なんかなかなか直る事がない。
こっちの都合にお構いなしに、あちこちからお客さんに呼ばれるし
時には怒鳴られるし、時には黙られるし。(これが一番困る。)
時々、大音量の目覚まし時計で、いきなり起こされた時のように
自分が今、何をしていたのかがわからなくなってしまうことだってある。

そういえば、ふと、思い出したのだけど、その昔、相互リンクさせて頂いてたサイトで
「ボクの売場は戦場だった。」というタイトルの私のお気に入りのホームページがあった。
残念ながら、今はすでに閉鎖されてしまったのだけど、
彼女がそんな名前をつけた気持が痛いほどわかる。


ボクの売場は戦場だった・・・

いいタイトルだなと思う。
なんだかそのタイトルで、小説が一本書けそうだ。(もちろん、私には書けない。)
今までに、私は売場での接客がテーマになった小説って見た事ないんだよね。
まぁ、確かに小説に書いてもつまらないだろうし、誰も読まないだろうから
当たり前と言えば当たり前だけど・・・


誰かこの現状を、私のこんなつぶやきじゃなく
ちゃんと書いてくれないかなぁ・・・
なんてね、ちょっと思う。




2002/12/02 1:51:19




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