2001/12/25(火) 代償となくしたもの。

「どうして返品できないんですか!」
それは電話でのクレームだった。
声からして40代くらいの女性だろうか?
興奮しているその女性に、私は落ち着かせる意味も込めて
ゆっくりとこう尋ねた。
「”不快な気持ち”にさせてしまい申し訳ございません。
詳しくお聞かせ願いませんでしょうか?」
このような言い方をするのは、この時点では、まだこちらの手落ちとは判断できません。
お詫びは”不快な気持ち”に対してまず、言うことが先決です。
いきなり”申し訳ございません”では、こちらの非を認めてしまう事になります。
「じゃあ、返品してくれるのね!」ってことになってしまいますからね。
単なる言い方の問題ですが、その使い方ひとつで、随分と意味が違ってくるものです。
そのクレームはつまりこう言う事だった。
(あまり詳しく書けないのですが・・・)
その女性の娘さん(高校生)が現在、病気で入院していて、その入院前に
ヘッドホンステレオ(3千円程度のもの)を買われたそうなのです。
娘さんが、病室で退屈しないように好きな音楽を聞くためだったのだそうですが
あいにく病室は個室じゃなくて、共同部屋だった。
夜中にそのヘッドホンからもれる音がうるさくて、同じ部屋の人から苦情があったそうなのです。
娘さんは、そのヘッドホンステレオがあるとどうしても音楽が聞きたくなる為
わざわざ病院から外出許可をもらって、病気の身でありながら店に返品に来たそうです。
しかし、その時のうちの店員の返事はこうだった。
「返品はお受けできません。」
それを聞いた娘さんは、病気のせいもあってか、随分と落胆してしまい
そのヘッドホンステレオとレシートを持って、来た道をまた歩きながら病院に戻ったそうです。
それを知ったその母親(電話してきた女性)は、怒りが堪えきれずに
こうして店にクレームの電話をしてきたということなのです。
「もちろん、私は簡単に返品できると思いませんが
そのような娘の状況をどうしてわかって頂けなかったのですか!」
その女性の叫びにも似た言葉だった。
「申し訳ございません。」・・・と私は言うしかなかった。
つまり、こちらの非を認めた訳です。その口調から本当だと思ったので・・・。
私は警察官でもなんでもない。ただの店員にしかすぎない。
その事実をひとつひとつ探る事は出来ない。
これはもう私の長年の勘に頼るしかないのです。
「私のほうで返品をさせていただきます。」
そう言った時、その女性は感謝の言葉でなくてこう私に言った。
「どうして娘が返品をお願いした時に、その言葉を言ってくれなかったのですか!」
私は返す言葉がなかった。
(私が返品を了解したのは、ここには書いていない理由もあります。)
近日中に、お客様がその商品とレシートをお持ち頂いて返品する事をお約束し
私は電話を切った。
そして、本当は先に返品を拒否したレジ係にその理由を聞くべきなのだが
私はあとから確認の意味でそのレジ係に理由を聞いた。
「だって、箱は破れているしあれじゃぁ、もう売り物になりませんよ。
それなのに返品を了解したのですか?」
若いアルバイトの彼は不服そうに私に言った。
確かにお客様責任による返品は、もう1度販売できる状態にあることが、うちの店の条件だ。
そのレジ係の彼が返品を拒否したのは決して間違いじゃない。
「あぁ、確かにそうだけど、クレームになってしまってなぁ。。。」
そう言った後で私は後悔をした。
これではクレームになれば返品をしていいという意味になる。
「それって、お客のわがままですよね!俺は納得できないですよ!」
そう言う彼に私は「事情が事情だから、仕方ないよ。」と言ったが
「病人だから許せるんですか?」という言葉には私は何も答えられなかった。
私がもっとしっかりとした大人だったら若いアルバイトの彼を
納得させる言葉を見つけられたかもしれないのに。
・・・・・・・
その翌日、あのクレームの母親が売場に来られた。
「○○さんでいらっしゃいますか?昨日お電話しました○○です。」
昨日の電話とまったく違って、とても丁寧な言葉と優しい口調だった。
「娘のわがままを受け入れて下さり、本当に申し訳ございません。」
その母親は私に深深とお辞儀をした。
そのお詫びとお辞儀は、まず最初に私がするべき事だったのに・・・。
私は自分の中のお詫びの手順が狂ってしまい、ただ、「いえいえ、こちらこそ・・・」と
まるで新米の店員みたいに、曖昧な態度になってしまった。
箱の中にきれいに商品を入れて下さっていたが、やはりもう、売り物にはなりそうになかった。
”まぁ、たかが3千円程度の商品じゃないか。”そう自分に言い聞かせたが
”金額の問題じゃないだろ!”ともうひとりの私が私を叱っていた。
そのお客様には私の対応に喜ばれたが、返品を拒否した彼にとっては面白くないようだ。
これは仕方のないことだろう。
だって、これでは返品を了解した私がそのお客様にとっては”いい店員”になってしまい
返品を拒否した彼は、そのお客様にとっては”悪い店員”になってしまったのだ。
お客様の、時としての無理な要望に答えるのも必要だが
部下の信用をなくしたその代償は大きい。
「いらっしゃいませ。」とそれでも接客を続ける彼に
私はまだ、言葉を見つけられないでいる・・・。
2001/12/25 23:19:59
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2001/12/16(日) いつか、シャボン玉のように。

まるで1センチ先さえも見えないような
ひどい嵐みたいな忙しさだった。
接客で、のどはカラカラ、あちこちから聞こえてくるお客様の呼び声。
その度に誰かが叫ぶ”ちょっとお待ち下さい!”の声。
誰かのちょっとしたミスが、イライラを倍増させる。
誰かのちょっとした配慮が、そのイライラを落ち着かせてくれる。
そんな中での、お客様の明るい笑顔と怒った顔。
”ありがとうございます。”と”申し訳ございません。”が、あちらこちらで行ったり来たり。
お客様に感謝されたり、怒鳴られたり。
この仕事は、私に小さな人生を思わせます。
そんな嵐が通りすぎた今、
心静かにこの日記を書いています。
・・・・・・
先週私は、誰かが向けたナイフのような言葉に
深く心を傷つけられて、もうどうでもいいような気持ちになっていた。
「やる気がないなら辞めてしまえ!」
あの時、私は歯を食いしばり、震える気持でその言葉を受け止めていた。
確かに私はあの時、やる気を失っていたから、その言葉に間違いはなかった。
あの時、そのままその言葉を、受け止めてしまおうかとも考えていた。
この1週間、私の憂鬱な日々は、もう終わらないのかと思っていた。
このまま終わらないのなら、ここにいる意味はないのだろうとも考えた。
しかし・・・。
それは突然のことだった。
今日の忙しさの中、お客様にテレビの配達で住所を書いていただいている間の
ほんのわずかな私だけの休息の時間。
私の中から、憂鬱な気持ちだけが、まるでシャボン玉のように
ふんわり浮かんでは、はじける。浮かんでははじけて消えて行く・・・。
それはまるで夢のような、私だけの言葉にならない至福の時だった。
嫌な心だけが、シャボン玉に包まれて、そして消えていって・・・。
私の中で何かが心を浄化してくれているみたいだった。
どんどん心が軽くなってゆく。
時の流れがこんなふうに、いつか人の心を癒してくれる。
私のこの人生の中の、繰返されるつらいこと、悲しいこと。
あんなにひとりで泣いたのに、あんなに悔しかったのに
いつのまにか、笑って話す私がいて・・・。
時の流れが、苦しんだだけ、いつか私の過ちを許してくれる。
そんなこと、私は危うく忘れるところだった。
時はきっと、ただ、過ぎゆくものではなくて、流れてゆくものだと思う。
それは川の流れのように、過去も未来も続いている。
だから人は過去を懐かしみ、未来を夢見るのだろう。
たとえ今がつらくても、確かなものが何もなくても
時の流れにこの身をまかせれば、いつかきっと大きな海に流れ着く。
たとえ泳ぎ疲れて沈んでしまっても、それはそれで私の人生。
深い海の底から見える太陽の輝きでさえ、天国のように見えるのだろう。
何かをあきらめ、捨て去ってしまうほど、この人生はひどくない。
もしも、あなたが、つらい時を過ごしているなら
もしも、あなたが、悲しいだけの夜を繰返しているなら
何も出来なくていいから、時の流れの中、ただ流れてゆけばいい。
いつか、あなたの心の中に、シャボン玉が生まれますように。
小さい頃、夢中で追いかけては消えて行った、あの無数のシャボン玉みたいに
あなたの中の嫌な気持ち、すべて包んで、ふんわり浮かんでは消えてゆくように。
私はただ、祈ります。
はじめてなくした恋や、夢も
いつか思い出の中、輝いているから。
時の流れは、つまり、そういうもの。
私たちは、いくつもの時を越えてきた。
繰返されるこの人生の中で・・・。
2001/12/17 1:29:53
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2001/11/25(日) お金なんて・・・。

とても忙しい一日だった。
それと同時にクレームも多発した。
まったく、嫌になる。
広告商品でチラシのある表現でお客様とトラブルがあった。
ここで詳しくは書けないけど、受付の時点では、その担当者が
電話でその不明な点(これがそもそもクレームの原因になったわけだけど。)
について、確認の上、そのお客様へ電話することになっていた。
あとからそれのことを担当者から聞いた時、私は嫌な予感がした。
確かに確認しようにも、そんな時に限ってメーカーカタログがないし、メーカーは休みだし
どうにも調べようがなかった。
私はアルバイトに近くの家電店に行かせた。
目的は、その商品の新しいカタログを他店から持ってこさせるためだった。
店にとって、これほど恥ずかしい事はない。でも仕方のないことだった。
その他店のカタログを調べたところ、こちら側のミスが判明した。
「お客さんはどちらかをはっきりさせればいいと言ってました。
場合によっては、”キャンセルする”ということで。」
接客をしたアルバイトはそう言っていた。
それを聞いて私はいくらか安心をした。キャンセルも仕方ないことだと思った。
でも、それはお客様に電話するまでのほんのひとときのことだった。
「申し訳ございません。こちらのミスがわかりました。
言われてた通りキャンセルをお受けしますが、よろしければ、他の商品でこのタイプが・・・。」
私なりにお客様に申し訳ないと思い、他のお買い得商品との交換を提案した。
しかし、次のお客様の言葉で、私のその考えは、そのお客様にとって、
まったく意味のないことになってしまった。
「俺はチラシをみてわざわざお宅の店まで行ったんだ。交換商品はいらない。
俺の見た商品をくれたらいい。」
やはりこうなってしまったか。
最初に抱いた私の嫌な思いは的中した。
簡単に言えば、そのお客様が見た商品は、広告商品と違っていた。
こちらのミスだから、それをその価格で
売るべきなのだろうが、あまりに価格が違いすぎた。
それにアルバイトの話では、事前に、”間違っていたらキャンセルする”という事で
了解されたはずだった。
私は思うのだけど、店に来たお客さんと、電話のお客さんは人が違うのではないかと思うほど
まったく性格が違ってくる。店ではみんないい人だ。しかし、電話だとみんなが豹変してしまう。
相手が見えないと、人はこうも変わってしまうのか?
思えば、ケイタイも、メールもこのインターネットも相手が見えない。
誰も見えない世界で私たちはいつのまにか日常を生活している。
現実の私も、ネット上のこの私も、やはりどこかが違うのだろう。
このお客様がそうであるように。
ただ、自分が気が付かないだけで・・・。
・・・・・
私はひたすらお詫びをして、さらに交換商品をあれこれと提案した。
しかし、お客様はこう言った。
「あんたのやり方は、お宅の都合でものを言っているだけだ。
俺の都合はどうでもいいのか?たとえそれが間違っていたとしても、お宅が間違っていた以上
それを売るのが当たり前だろう。」
確かにお客様のおっしゃる通りだった。
冷静に考えれば、そのミスは、ほんのささいな事だったが、
やはりこれが厳しい現実なのだと私は思った。
店側にとって、ほんの小さなミスだとしても、お客様にとっては重大なミスに変わってしまう。
店側のどんな納得のいく言葉があったとしても、お客様にとっては
すべては店側の勝手な都合にすぎない。
すべてがとりかえしのつかないことになる。
しかし、今回、私は妥協しなかった。
店側のミスとは言え、あまりにお客のいいなりになりすぎるような気がした。
「もうお宅で二度と買わない。金を返してくれ。」
それがそのお客様の言葉であり、このクレームの結末だった。
すぐにお客さんが店までやって来た。
私はまた、どなられるのかと思ったけど、ほとんど何もしゃべらずに
そのお客はお金を受け取ると帰っていった。
あっけないものだった。
どんなささいな店のミスもお客にとっては重大なミスに変わる。
今回の事で私はとても身に染みた。
これがお金を扱う仕事なのだと今更に私は思った。
それからの私は、心はどこまでも暗く、何もかも嫌になっていた。
それでも明るく振る舞う自分に、ただ、疲れるだけだった。
そのクレームに対しては、まったくのこちらのミスなので、お客に非はない。
しかし、その人の気持というか、心というか・・・うまく言えないけど
そのうまく言えない何かが、私の心を暗く沈ませた。
そのあとにつづく小さなクレームたちが、私の気持を紛らわせてくれる。
とても皮肉な事だけど。
”お金なんて”
と私は思う。
そのお金を人から頂く
仕事を私はしているのに・・・。
2001/11/26 0:54:13
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2001/11/07(水) 言葉の暴力。

その時私は、それは言葉の暴力だと思った。
なぜ、このお客さんはこうも簡単に怒鳴るのだろう?
「お前の態度が悪い!」
そうか、私の態度が悪いのか。
私はどのお客様に対してもそうであるように、ごく普通に応対した
つもりだ。なのに「態度が悪い!」か・・・。
この言葉に対しては、店員は実に無力だ。
「そんなコトはないです。」とは言えない。
「申し訳ありません。」とただ、謝るだけだ。
あるクレームが1ヶ月以上続いている。
まだ解決しない。
いや、実際には返金という形で解決はしているのだが
解決していないのは、お客様のその気持ちの問題だ。
常にその人は、「態度」とか「気持ち」とかを問題にしてくる。
つまり、その人の思うがままに、ことを進めている。
このことは具体的に書くことは出来ないが、その対応を書けば、たぶん読まれた方は
「そんなことをして良いのか?」と思わずつぶやくだろう。
今、私はそんなことをしてるのだ。
例えば普通に商品を買って、たまたま故障して、修理代金を払っているお客様に
今、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今回、そんな普通の対応ができなかった。
その言葉の暴力の為に。
ある店員が、そのお客様の言葉の暴力に負けてしまった。
お客様の言う条件を承諾してしまった。
「それは出来ません。」の一言が言えなかった。恐怖のあまり。
しかし、その店員を責めるつもりはない。
もしかしたら私も同じことをしたかもしれないから。
言葉の暴力。
怒りという感情で怒鳴り、自分の思いのままに生きてきた人。
そして、その思いのままを許してしまった人達。
どちらもきっと悪いんだ。
この一件のために、これまでに多くの時間を費やしている。
”お金を返せさえすれば、もういいだろう。”という気持ちはもちろんないが、
お客さんの「気持の問題」は私達店員が解決できる問題じゃない。
自分のこの気持ちは自分でしか解決はできない。
いくら頭を下げて、誠意を込めてお詫びをしてもその人の「気がすまない。」の
たった一言ですべては泡のように消えてしまう。
もし、それがわざとなら、私はその人を許せないだろう。
1度許してしまった過ちに、私はいつまでその人の
思いのままにしなければならないのだろうか。
皮肉なことだが、その人の気持ちの問題よりも、はるかにこちら側の
気持ち(心)のほうがダメージが大きい。
その人の為に、仕事が思うよういかない。心配事ばかり増える。
その為に、新たなクレームが起こってしまう。
なんてことだ・・・。
このお客さんじゃない、こちら側の気持ちの問題は、
誰がどうしてくれるというのだろう。
今でも私は、あの時の私達の対応は間違っていないと思う。
その人の言っていることはかなり無理があった。
今思えば、”結局、お金か?”と疑いたくなるような気持ちさえする。
こんな世の中を反映してか、お金の、それもちょっとした、ほんのささいなことで
お客さんとトラブルになるケースが増えた。
もちろん、私達は金額に関係なく接客しなければならないが、
例えば”修理代をもっとまけろ!”とか、部品代をタダにしろ!”とか・・・
ちょっと前まではこんな事なかったはずなのに・・・。
なんて人の嫌な部分を私は目にしてしまうのか。
意味のないこと。
悲しいこと。
売場の盗難が増えている。
どうみてもその商品は、例えば若者がおもしろ半分に盗むものではない商品。
どちらかと言えば、年配の方が使うような生活必需品。
金額は2千円程度のもの。
それが盗難された。わざわざ陳列器具を壊してまで・・・。
その現場を見たとき、私は怒りというよりも、
思わず切なくなってしまったというのが正直な気持ちだ。
人は自分を捨てて、こんなことまでしなきゃならないのかと。
こんな時代・・・
そう言うにはあまりにも信じがたい現実に、私はただ、驚愕するばかりだ。
・・・・・・・
夜の帰り道、街ではクリスマスの飾り付けがされていた。
もう、そんな季節がやって来たのか。
あのクレームのお客さんも、クリスマスケーキの前では
家族と一緒に微笑むのだろうか?
クリスマスプレゼントを子供に用意するのだろうか?
いや、そんなことあるはずがない。
そんな優しい心があるわけがない。
あんな人に・・・。
気付けば私も、嫌な人間になっている。
2001/11/07 23:36:39
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2001/11/01(木) ・・・そして想い出。

夜遅く、仕事から帰ると、まだ子供達が起きていた。
明日は学校が特別に休みらしく、夜更かしをしているようだ。
まぁ、たまにはいいか。
ふと、ぶーちゃん(5才の息子)の着ているベストをみて
私はとてもビックリしてしまった。
そのベストは、まーちゃんが5才の頃にも着ていたものだ。
このベストには私にとって実に思い出深いベスト。
それは私が子供の頃、5才の頃に着ていたものなのです。
ちょっと信じがたいことかもしれないけど、本当です。
実はまーちゃんが5才の時(現在8才)に、私の実家で私の子供の頃着ていたこのベストが
タンスの奥から偶然に出てきて、「わぁ、これって僕が5才の頃に着ていたベストだ!」って
私は思わず喜んだのだけど、「それって本当なの?」と
うちの奥さんがまったく信じないものだから私は「ほら、ごらんよ。」と
私が5才の頃写真を見せた。
それは私が小さい頃、ちゃんとそのベストを着ている写真だ。
「へぇー本当だ。まだあるなんてすごいね。
ねぇ、まーちゃんに着せて見ようよ!」
と言う事になって、まーちゃんが5才の頃に、私達が着せていたものです。
それから3年が経って、こうして今度は5才になったぶーちゃんが着ている。
黒と白の格子縞模様のデザインはかなりの年代ものを感じさせる。
簡単に言えば、とても外では着られないダサさなのですが・・・。
そんな事を思い出しながら私は
「へぇ、このベスト、捨てずに取っておいたんだね。」と奥さんに言った。
すると奥さんは
「うん、なんだかこのベストだけは捨てられなくてね。
これって、あなたの思い出のものでしょう?
だからぶーちゃんが5才になったら着せようと思ってね。」
と私の晩御飯を用意しながら明るく話してくれた。
うちの奥さんは何かと不要になったものは、すぐに捨てるタイプだ。
(引っ越す時に荷物になるため。引越しを繰返す度にそうなってしまった。)
だが、今回のこのベストだけは例外にしてくれたようだ。
私の目の前で、あのベストを着ているぶーちゃんは、私の5才の時の写真とそっくりだ。
「さぁて、今度は私達の孫が5才になったら
これを着せないといけないね。」
と奥さんは本気か冗談か、笑いながらそうしゃべってた。
いやはや・・・
それだと今度は、20数年後?のことになるだろうにね。
気付けばあっという間かもしれないけど、
私達には、まだまだ遠い未来の話だ。
でも、そんな未来の楽しみを、こうして作ってくれる奥さんに
私は感謝を込めて伝えたい。
うまくは言えないけど。
ありがとう。
これからも、こんなふうに
いつまでも変わらずに生きてゆこう。
ふたりで、
そして、家族みんなで・・・。
2001/11/02 0:07:02
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2001/10/31(水) 憎しみと怒りと。

それまで、売場はとても平穏な日々が続いていたが、
それはこの嵐の前の静けさだったようだ。
50代くらいのおばさんとその娘らしき女性と40代くらいのおばさん。
娘らしき若い女性は2才くらいの子供を抱いていた。
家族だろうか?
その人達が、レジの前でひどく怒鳴っているのだ。
何事だ?接客クレームか?
私は慌ててそのお客様のところへ走って行った。
しかし、その現場はとても奇妙な光景だった。
だれもそのお客様に対して接客をしていないのだ。
他のお客様の接客を係員がしており、またもうひとりの係員は他のお客様のレジをしていた。
つまり、その怒鳴るようにしてクレームを言っているお客さんには誰も接客をしていなかった。
私はそのお客様を前にして、何がなんだかさっぱりわからなかった。
もうひとりの店員に”これは何事だ?”みたいな感じで目線を投げかけたのだが
その店員も目で”まるでわからない。相手にしないほうがいいかも。”
みたいな感じで私に伝えていた。
そうは言ってもこのまま知らないふりをするにも、他のお客さんがいぶかしげに
その怒鳴るお客さん達を見ている。
このままってわけにはいかなかった。
「お客様、いかがされましたでしょうか?」と私は尋ねた。
するとその50代のおばさんがこう怒鳴ったのだ。
「ここの店員の目つきが気に入らない!」
それは怒りがどうにも止まらない感じだった。
私はその言葉にとても信じられない思いがしたが、誰かがそのお客様をそんなふうな
態度を見せてしまったのかと思い今後のこともあるので一応こう尋ねた。
「どの係がお客様にそのような態度をとったのでしょうか?」
するとそのおばさんは”何言ってんだこいつは”みたいな感じで私をにらみながら
こう言ったのだ。
「あの人に、あそこを歩いている人も、ここにいる人達ほとんどだ!」
そう言って、その家族(?)皆が口を揃えて怒っているのだ。
私はこれまでに多くのクレームを経験してきたが、今回のように
店員の目つきが気に入らない。その態度が許せないというクレームははじめてだ。
このお客様は、何か電器製品を買いに来たという感じでもなかった。
だから、実際にそのお客様には誰一人として接客していなかったのだが・・・。
「あんた、お客をにらみつけて、挨拶もしないでどういうことよ!」
40代のほうのおばさんが私に怒鳴る。
「申し訳ございません。」・・・と私は言うしかなかった。
「ここの店も店員もみんな最低ね!なんで挨拶をしないのよ!」
20代の娘らしき女性がそう言った。
小さな子供を抱えたまま、よくそんな言葉を使えるなと
その時、私はその子供を哀れに思っていた。
「お客様には不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。
私の教育不足です。もう1度店員一同で接客態度を見直したいと思います。」
私はそう言って、もうひとりの社員と一緒に深深と頭を下げた。
しかし、その私の言葉にそのお客はこう言ったのだ。
「どうせ口だけでしょ。腹の中じゃ、”へんなうるさいおばさんだ”くらいしか
思っていないんでしょ。あんたたちが頭を下げても何も意味はないのよ。」
この言葉に私は正直に言うと、握り拳が震えていた。
怒りのあまり震えが止まらなかった。
最低なお客だ。いや、人間として最低だと言ってもいいだろう。いくらお客様と言えども。
頭を下げ、身に覚えのない事とはいえ、きちんと反省している者に対して
それが人として言える言葉なのだろうか?
私は確かに心では”子供が可哀想だな。”くらいには思ったが
その時には、決して変な客だとは思わなかった。
確かにうちの店員のうちの誰かの態度が、知らずのうちにそんなふうに思わせるそぶりを
見せてしまったのかな?とそれなりに反省をしていたのだ。
だからと言って、私は別に頭を下げたのだからお客が許すのが当たり前だとは思わない。
ただ、”どうぜ口だけでしょ”となぜ決めつけることが出来るのか?
あなたは私の心が読めるとでも言うのか?
私の隣りで同じように頭を下げていた店員も、怒りで顔がこわばっていた。
しかし、ここは我慢するしかない。我慢するしか・・・。
私はもうひとりの店員が何か言い出す前に私のほうからまたお客に言った。
「お客様、決してそのようには思っていません。
ただ、これは私どもを信じていただくしかありませんが・・・。」
と私はもう1度頭を下げた。
「何言ってもダメよ。心じゃそんなことひとつも思ってやしないんだから。
この人達はね。いつも口だけよ。まったく信じられないわよねぇ。」
40代くらいのおばさんが50代のおばさんに耳打ちする。
たぶん、この人達には人を信じるという心がないのだろう。
たとえこの店で過去に何度か嫌な思いをしたのかもしれないが、仮にそうだとしても
これでは単に意味を持たない恨みを晴らすだけの行為でしかない。
このお客様の行為は、はっきり言って、私にはいがかりしか思えない。
それとも日頃のストレスのはけ口に私達店員を使っているのか?
にらんだ!挨拶がない!最低だ!と言われれば無条件で私は頭を下げる。
それで気がすむならいくらでも頭を下げる。
そのかわり早く消えて欲しい。
そうしないと私は何かをしてしまいそうだ。
取り返しのつかない何かを・・・。
「この人達に何を言っても無駄よ。行きましょう。」
そう言いながら、その人達は、私達店員をにらみながらどこかへ立ち去った。
人をにらんでいるのが私達店員ではなく、あの人達自身だと言う事が
本人達にはわかっていないようだった。
私達はそのお客様に対して、ずっと頭を下げつづけていた。
なぜかとても屈辱的に感じた。
どうして私はこんなことをしているのだろう。
思わず涙が出そうなほど悔しかった。
ただ、自分自身が情けなくて・・・。
「気にしないほうがいい。バカらしいから。」
もうひとりの店員が私につぶやいた。
バカらしいから・・・
確かにその通りだ。
もう、何も考えたくない。
・・・・・・・・・・・・・・・・
私はひとり、裏方に行った。
誰も見ていないところで
私はダンボールの空き箱を思いっきり蹴った。
スローモーションのように、それは鈍い音をたて
くしゃくしゃになって転げ落ちた。
まるで私の心みたいに・・・。
2001/11/01 1:00:07
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2001/10/15(月) 不安定な心。

僕は最初、その若者を見たときに、失礼ながらてっきり万引き
をするのかと思った。
とにかく毎日売場にやってくる。
いつもテレビ売場でテレビをみている。
同じ格好。同じ紙袋。鋭い目つき。見るからに挙動不審だった。
歳はハタチくらいだろうか?顔色は黒いのだがなぜか不健康そうに見える。
そうか、若者特有の満ちたエネルギーを感じさせないというか・・・。
あまりに怪しいので、ちょうど売場を歩いていた私服ガードマンに話してみた。
「あの若者に注意しておいたほうがいいのでは?」と。
するとガードマンは明るいこう笑顔で答えた。
「あぁ、あの子ね、彼は大丈夫だよ。
彼のことはね、僕は昔から知っているんだよ。」と。
どうも彼は昔からこの店に来ては、何することもなくただ
ぼんやりしてるだけなのだそうです。
彼はどうも普通の人より
少し知能が足りないようでした。
ほぼ、毎日のように売場に来ては、テレビを眺め、そしてまたどこかへ行く。
また、やって来る。また、どこかへ行く。それの繰返し。
私達と同じ時を歩いているはずなのに
彼はどこか別の世界を歩いているような気がする。
私は思うのだけど、私達は何かと多数決で決めたがる。
大多数のほうにいるととても安心するのは個人という存在を
無くしていられるからなのだろうか。
彼らはある意味、少数と言えるかもしれない。
個人主義をまっとうしている。
その中で生きて行くのは、きっと試練の連続なのだろう。
大多数というぬるま湯の中で暮らしている私よりも
もっとこの人生を、ちゃんと生きているような気がする。
でも、その少数がいつも間違っているというわけじゃない。
そして、大多数がいつも正しいとは限らない。
彼の事を「怪しい」と思った私は、彼からすれば
きっと私のほうこそが本当に「怪しい」のだろう。
・・・・・・・・・
売場に一日中いると、実に様々なお客様に出会う事になります。
「心の不安定な方」もよく見うけられます。
毎週のように同じ商品を買っては、あとで必ず返品するおじさんがいます。
レジで買うときには「どうもすみません」ととても低姿勢なのですが
買うとしばらくレジのまわりをうろうろしていて、思いついたようにして
またレジにやってきて「スミマセンが・・・」とそれもとても低姿勢に返品をしに来る。
やはり心の病なのだろうか?何かいつも自分に自信がないのだろうか?
私は”やれやれまたか。”と思いながら何度目かの返品をする。
ある日の事、またあのおじさんが同じ商品をレジに持ってきた。
(ちなみに商品はビデオテープとか日常使う消耗品がほとんど。)
私はさすがにうんざりしてしまい、今度は念を押しておじさんに聞いた。
「もう、この商品でいいのですね。いいのですよね。」と・・・。
おじさんはうまくしゃべれなくなって「あぁ、うぅ・・・」としか言わなかった。
私は少しイライラしながらも少し声を大きくした。
「いいのですね。」
「はい、すみません、すみません。」とおじさんは
深くお辞儀をしながら、まるで私に罪を償うようにして言った。
レジを済ませるとおじさんは、また何度もお辞儀をして、お詫びをして
その場を離れた。
しかし・・・。
またレジのまわりをウロウロとし始めた。
「またか・・・。」と私は思った。
いつものパターンだ。
おじさんはやはり返品をしたいのだ。
とにかく、とにかく返品をしたいのだ。
私は見ないふりをしていた。
だが、どうにも我慢が出来なくなってしまった。
「もしかしてまた返品ですか?」とちょっと嫌味を入れて私は聞いた。
おじさんは慌てていた。
「僕はさっき、ちゃんとお金を払いましたか?」と聞いてきた。
それは、おじさんのいつも返品する前に聞く言葉だ。
何度も繰返し聞いてくる。
「ええ、ちゃんとお金を払いましたよ。」と私も何度も答える。
それを聞いておじさんはいつものように安心をする。
それで、ふたりの会話は途切れる。
おじさんは、その場から離れようとしない。
私はじっとおじさんを見つめていた。
その目から、おじさんの心が見えたらと思った。
おじさんは、私を見ようとしない。
何も伝わらない。
まるで世界の終わりを知っていて、それに怯えているような・・・
やはり何かに不安で不安で仕方がない感じがした。
・・・おじさんはやがて帰っていった。
返品しないままのレシートを握った手がなぜか哀しそうに思えた。
もしかしたら、おじさんは買物そのものを楽しみたかったのかもしれない。
私はそんなおじさんの楽しみを奪ったのかもしれない。
たかが数百円のことに、私は何をイラついているのだろう。
でも、私達店員にとっては、毎回返品されるのはやはり迷惑な事で・・・。
しかし、私がそのおじさんの楽しみを奪う権利がはたしてあったの
だろうかと私は急に不安になった。
おじさんはきっと私達の知らない別の世界を
あの若者と同じように、歩いているだけなのかもしれない。
それを知らない大多数の私達が
いつも正しいとは限らないはずなのに・・・。。
・・・・・・・・・・・
あのおじさんが来なくなって
やがて1ヶ月が過ぎようとしている。
2001/10/16 0:31:59
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2001/09/25(火) 10円玉、3枚の出来事。

先日の事、私は売場で忙しく商品補充をしていた。
その日は、急に出勤予定のアルバイトが休んでしまった。
そんな日に限って、商品が大量に入荷するし、明日からの売り出し準備があったりする。
こんなときの接客は最悪なものだ。
接客すればするほど、作業が進まない。
お年寄りのお客さんに呼ばれた時には、よほど人間が出来ていないと
とても落ち着いて接客はできないものだ。
電池の単2と単3の違いを説明するのに5分かかったりする。
「あれはどこにあるか?」と聞かれて
「あれとはなんですか?」と私が聞いて
それをまるでクイズみたいに私が解いて行く。
「もしかしてそれは〇〇ですか?それとも〇〇・・・?」
”ふぅ” いくら時間があっても足りやしない。
もちろん、お年寄りと私とでは理解する能力は全然違うわけで
わかっていても私の中では、時はまるでタイムマシーンみたいにどんどん過ぎて行く。
お年寄りの中では、縁側で日向ぼっこするみたいに、時はゆっくりと流れて行く。
「あぁ、仕事がどんどん遅れてしまう・・・」
私は心の中で叫んでしまう。
でも、接客が本来の私達の仕事。
作業は接客の為の手段でしかない。
私達は忙しさの中で、それをつい、忘れてしまう・・・。
理想と現実の大きなギャップがここに生まれる。
・・・・
その日は、私は朝からイライラしていた。
そんな最悪な私にお客さんが聞いてきた。
「〇〇という商品はどこにあるか?」
気の短そうなおじさんだった。言い方がすでに怒っている感じだった。
なんでそんなふうに怒った言い方をするんだ?
イラついている私は、更にイライラを増してゆくばかりだった。
「こちらにございますが、この商品には2種類ございますが、どちらかわかりますか?」
と尋ねた。自分なりに落ち着いてからしゃべった。
ちょっと早口だったかもしれないけど。
「う〜ん、わからんな。ちょっと電話で聞いてみるか。」とその人は
ちょっとイラつきながらもそうのように言った。
「そうですね。」と私が言うと、そのおじさんは
「公衆電話で聞くから、この50円玉、両替してくれないか?」と私に尋ねた。
私は「両替は、申し訳ないのですが、あちらのレジでのみしています。」と言った。
これは、どこの店でもそうなのですが、両替詐欺の防止のため、決められたレジでのみ
両替する事になっている。
「なんで、あそこまで行かなきゃならないんだ!
すぐここにレジがあるじゃないか!なんでここでしないんだ!」と怒鳴り始めた。
その声は、イライラしている私の頭に、まるで二日酔いみたいにガンガン響いた。
「申し訳ないのですが、そのようになっていますので・・・。」と私は丁寧に断った。
返金詐欺がどうのこうのとは、さすがに今は言えない状態だった。
「オレは急いでいるんだ!なんとかしろ!」と更に叫ぶ。
”私だって急いでいるんだ!”と心で思った私は、情けないほど心に余裕がなかった。
気付けば、私は自分の財布を取り出していた。
あいにく10円玉は、3枚しかなかった。
私は「よろしかったらお貸しします。」といって、その男に渡した。
男はちょっとビックリしていたが「おお、そうか、すまないな。」
と言ってその男はお金を受け取ると、公衆電話まで走って行った。
今思えば、とんでもないことを私はしたものだ。
たかが、30円かもしれないが、見ず知らずの人に、しかもお客に店員がお金を渡すのは無謀な事だ。
これは、金額の問題じゃないだろう。
しかし、その時の私は”たかが30円でこのクレームが収まるなら安いものだ”と思っていた。
今の私に何かを考える余裕はなかった。
私はまた、作業を続けた。
いくら悔やんでも、もうやってしまった事は、仕方ない。
重たいテレビを抱えながら、私は売場を作っていた。
その途中、途中で、私はお客に何度か声を掛けられた。
「いらっしゃいませ」とたぶん、笑顔じゃない私は接客を続けた。
「もう少し考えます」というお客さんの返事に
今日の私はいくら接客してもダメだろうなと心が沈んだ。
その接客が終わった時に、ふいに私は声を掛けられた。
「〇〇さんですね。・・・」
「あ、はい?」と私は声のほうを振り返った。
なんと、あの30円を貸した気の短いおじさんだった。
「いえね、見当たらないからレジの人に聞いて探しましたよ。
はい、これ、30円。おかげで助かりましたよ。ありがとう。」
そう言うとお客さんは、ちょっと笑って片手を上げながら立ち去って行った。
しばらく”ぽかん”としてしまった私。
どれだけ私を探してくれたのだろう。
まさか、返してくれるなんて思わなかったし、そんな人だとも私は思ってもいなかった。
もしかして、さっきの接客が終わるまで私を待っていてくれたのだろうか?
確か急いでいるはずだったんだよね・・・。
手のひらに残された10円玉3枚。
私はズボンのポケットにしまい込みながら
頭の中では、いくつもの疑問が私の中でくるくる回っていた。
私は”はっ”と思い出したように
ようやく、その人の背中にペコリとお辞儀をしたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・
私の仕事はまだまだ終わらなかった。
額に汗を流しながら、走るようにして
大量に入荷した荷物を運んだ。
ポケットから10円玉が”チャリン”と鳴った。
その度に、私の心は”ふっ”と軽くなった・・・。
2001/09/25 22:06:08
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2001/09/24(月) アルバイトの彼。

朝、駅までの道を私は空を仰ぎながら歩いた。
「空が高いな・・・。」
秋の青空って私は好きです。
どこまでも遠く透き通っていて、どこまでも心が飛んで行きそうな気がします。
だから私は最近、よく晴れた朝は、ちょっと早く家を出ます。
私の体の中に閉じ込められた心を、自由にしてあげます。
ほら、もう、あんなところまで・・・。
まるで小鳥みたいに、私の心は気持よさそうに飛んで行く。
駅にたどり着く頃には、ちゃんと私に帰ってくる。
「早く、早く、」って心は私を急がせます。
はじめて自転車に乗れた子供みたいに
”もっと、もっと”と私に言います。
仕方なく、私は電車の窓を少し開けます。
風の中・・・
心も私も一緒になって飛んでゆく・・・。
・・・・・・・・・
これまでに私は数多くのアルバイトを見てきました。
何度言ってもわからない奴がいれば、1度仕事を教えたら、私以上に要領よくこなす奴。
突然いなくなったので、探しまわったら、倉庫で寝ていた奴。
*ちなみにその時、私が「おい、どうした!」って言ったら
寝起きの顔で「すんません、寝てました!」と素直に言ったので許してあげました。
私は正直が好き。これまでに私は何人ものアルバイトを教えてきただろうか・・・。
かなり昔の事ですが、過去にこんなアルバイトがいました。
彼は当時確か、22才くらいの大学生だったかな?
それまでのアルバイトは、言われたことを言われたとおりにするのが当たり前でした。
その仕事の意味を考えるアルバイトは、そういませんよね。
しかし、彼は違っていました。
私の言うこと、ひとつひとつに疑問を感じるわけです。
「どうして、なんで?そうすることがいいのか?」
そんなことを、いちいち私に聞くのです。
指示する私は、そんなことを説明するのが面倒なものだから
「言われたようにすればいいんだ!」なんて、言っていました。
ダメですね。当時、私もまだ、若かったのです。
そんなある日の事、商品が大量に入荷した。
それは私の発注で入荷したものだった。
私がそのアルバイトに「この商品をそこに並べてくれ!」と命令をした。
この時、私は作業の段取りをよくわかっていなくて、そのアルバイトには
それよりも、他にすべき事があったのでした。
「今は出来ないですよ!
それに、こんな売り方で売れるとは思えませんが・・・」
そう、彼は私に怒りをあらわにした。
それで私はつい、彼に怒鳴ってしまったのです。
「お前に何がわかるんだ!誰だって忙しいんだ!
いい訳ばかりするんじゃない!」ってね・・・。
今思えば、当時の私はとにかく短気だった。この頃、私はちゃんと接客した覚えがない。
当時は接客しなくても売れた時代だった。
私の頭の中には、いつも売場の事ばかり考えていた。
だから、アルバイトはただの道具にしか考えていなかった。
あの時の、彼の悔しそうな顔は今でも覚えている。
実は、驚いたのは、その後だった。
彼が仕事が終わってから、アルバイト2人を引き連れて私の前にやって来たのだ。
「僕達は、もう、あなたについてゆけません!
あの時、私は他にすべき仕事があったし、あなたの気まぐれで仕事を変更させられたり
無駄にやり直させられたりするのは、もうたくさんです!」
実をいうと、彼の言ったことはすべて正しかった。
しかし、当然私は「何を生意気な事を!」と言ってそれを認めることもなく
かなり言い争いになりました。
ただ、その時、まるで他人事のようにそれをぼんやりと眺めていた
当時の私の上司が、私にこう言ったのをなぜか今も私は忘れられないのです。
「へぇ、あいつって、仕事のことで怒っているのか?
そんなアルバイトははじめて見たな。」と・・・。
私は、その時はじめて気が付いたのです。
「そうか、コイツは一生懸命にこの仕事のことを考えていたんだな。」と
私は立場ばかり考えてしまい、彼の声をちゃんと聞かなかった。
結局、最後に私が謝りました。
「ごめんな・・・。」と。
「いや、もう、いいっすよ!」という彼。
その時でさえ、忙しそうに商品を出していた・・・。
・・・・・・・・
それから実に長い年月が流れた。
あれから私は何度か転勤をして、店もかわった。
そんなある日の事、ある店で会議があって、各店から社員が集まった。
販売計画とか、今後の商売とかを話し合う機会があった。
全国から数十人くらいは集まっただろうか?
私が会場に付つき、イスに座っていると、ふいに後ろから誰かに声を掛けられた。
「〇〇さんじゃ、ありませんか?」
振り返ると、なんとあのアルバイトの彼だったのです。
「なんでお前、こんなところに?」
そういいながらも私は彼の社員バッチをみてすぐに気づいた。
「そうなんですよ。〇〇さんが転勤されてから、オレ、この店の社員になったんですよ。」
そんなふうに明るく答える彼。
いやはや、アルバイトだった彼が、いつのまにか私と同じ立場になっていた。
それを気にしてか、彼は「それじゃ、」と言って愛想笑いで席に戻った。
もうちょっと話したい気持もあったけど、それもそうだなと思った。
私も話そうにも、もう彼に何も話すことはなかった。
教官が壇上に上がって、「今回、この商品をこのような売場にして・・・」
と命令するかのようにして、私達にマイクのキィーという嫌な音を時々立てながら
説明をした。
やがて、鬼みたいな教官が私達に聞いた。
「ここまでで、何か質問は?」
「はい。」と誰かが手を上げた。
あの”彼”だった。
あの頃と同じ真剣な横顔で彼は教官に質問した。
「あのう、そんな売り方で売れるとは思えませんが・・・。」
広い教室の中
私だけが「ククッ」と笑った・・・。
2001/09/25 0:36:29
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2001/09/02(日) ただ、逃れたいから・・・。

心の傷は、どうして他人に見えないのだろうかと思う時がある。
体の傷だったら、誰にでもわかるのに・・・。
包帯なんかしてたら、「どうしたの?」って聞く事も出来る。
傷口から血がちょっとでも流れていたら、それを拭いてあげる事も出来る。
「痛くない?手を貸そうか?」とやさしく声をかけることも出来る。
でも、心に負った傷は何もできないままで
そんな自分の心にさえ他人は気が付かないで、平気でくだらない話に笑っていたりする。
今、自分はそんな気分じゃないのに。
こんな時、作り笑いをしている自分ほどつらいものはない・・・。
私は、あれはあの人の間違いだと思っていた。
だから、あんなふうに私はその間違いを、なんとなくみんなに示したつもりだった。
決してあの人を非難しているわけじゃなくて・・・。
だから、私はべつにあの人の事を何も言うつもりもなかった。
あの人が「あの時はすまなかった。」と言ってくれたなら、”別にそれはもういいよ”
みたいな気持でいた。
しかし、私の思いはまったく違っていた。
あの人は、私にこう言った。
「あんな事をするんじゃない!迷惑だ!」
そんなふうに言われて、私は言葉をなくしてしまった。
あの人の怒りは、私の心を鋭利なナイフで切り裂いた。
あの人が私に謝ってくれるだろうと思った自分の甘さを憎く思った。
私は、ひとりで勝手にあの人に裏切られたと思ってしまった。
その言葉に、私はあの人に反論する余地はあったが、私に向けた
誰かのその怒りの言葉に、いつも私はこう思う。
「私が間違っていたのだろうか・・・。」
大人になればなるほど、物事が複雑に絡み合って、すべての良し悪しがわからなくなってしまう。
本当は何が正しいのか、何が間違いなのか・・・。
私はただ、途方に暮れてしまうだけだ。
あの時、私はその人の前で、怒りをぶつけることも出来たが、果してその怒りが正しいのか
さえ自分自身に自信がなくなる。
私は自分の怒りそのものが、いつも間違っているような気がする。
私の怒りの後で、相手に「ここがこう間違っている」と指摘されたら・・・
私は引っ込みがつかないまま、その人の心を傷つけてゆくのだろうと思う。
それが一番私は怖い。
自分の心の中に、自分がどう他人に思われているかばかり
気にしている自分がここにいる。
なんて小さな自分だろう。
大切なのは、他人にどう思われるかじゃなくて
自分がどう思うのか?ということのはずなのに・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
70代くらいのおばあちゃん(お客さん)から電話があった。
昨日買ったばかりのラジカセが動かない!と怒っていた。
「新品と交換して!まともな商品をちょうだい!」
そう怒っていた。
”ちょっと待ってよ”と私は思った。
そんな言い方はないだろ?とも思った。(いくらお年寄りとはいえ。)
昨日、そのおばあちゃんを接客をした係員が私にこう教えてくれた。
「昨日もちゃんと使い方を説明したのに・・・
きっと使い方を間違えていると思うよ。」
私はおばあちゃんに、もう1度使い方を確認してもらった。
電源コードはちゃんとつながっていますか?テープは入っていますか?
スイッチはちゃんと奥まで押していますか?など・・・。
どれもちゃんとしていると言う。
「それでも動かないのだから不良品だ!」とまた怒鳴っている。
なんで私がこんなに叱られないといけないのだろうか?とふと私はその時思った。
なんでだろう?
こんなクレームはいつものようにある事なのに・・・。
ときどき私は虚しくこんなふうに思う事がある。
接客は、理不尽なことも筋が通らなくても結果として
お客様に自分が頭を下げなければならない事だと思うとき。
もしかしたら、私は何が正しくて何が過ちなのかを判断する脳の一部が
こんな接客をしているうちに麻痺してしまったのかもしれない・・・。
電話では、見えない分、なかなか原因がわからなかった。
おばあちゃんは、「どうしてすぐに交換してくれないの?誠意がないわね。」と言う。
私はべつに交換する事は、一向に構わないのだが、その原因が知りたかった。
交換しても、その原因がつかめなければ、また同じことの繰返しなのだ。
おばあちゃんと話しているうちに私はある点に気が付いた。
「もしかしたら、一時停止ボタンを押していませんか?」と
そのボタンさえもなかなかわかってもらえなかったが、結局は、このボタンのせいで
音がならなかっただけだった。
「あ、音が鳴ったわ。」・・・そう一言漏らしただけだった。
ありがとうの言葉もなくて・・・。
そして、そのおばあさんは、次にこう言ったのだ。
「録音の仕方を教えてよ。」
なんだ?さっきまで”不良品を売っておいてなんだこの店は”みたいなことを言っておいて
その言葉に対してなんとも思っていないのか?
おまけに「録音の仕方を教えてよ?」
電話で説明するのがどれほど大変かわからないのだろうか?
「〇〇の店は、ちゃんと親切に教えてくれたのよ。あなたは教えてくれないの?」
その言葉は、どう考えても私に対しての嫌味な言葉だった。
「わかりました。親切に私は教えましょう。」
そう答えた。力をこめてはっきりと。
私の中で、止まらない何かがどうしようもなく動き始めていた。
私は録音の仕方だけじゃなく、すべての仕方をひとつひとつ説明した。
お客と店員ではなくて、お客が生徒で私が先生みたいな感覚で。
説明のなかで私は「どうしてわからないのですか?」と時々言っていた。
おばあさんが「もう、わかったから説明はいい。」と言っても私は説明を続けた。
「いえ、ちゃんとわかってもらわないとまた不良だと思われしまいますから。」
そうも私は言っていた。
私の何かは、どうにも止まりそうになかった。
それでも私は説明を続けた。おばあさんに何度も同じことをさせていた。
もう、30分以上も私はおばあさんと話続けている。
やがて、おばあさんがつぶやくようにこう一言
私に言った。
「もう、疲れた・・・。」
その言葉に私はやっと目が覚めた気がした。
お年寄りを相手に私はなんてことをしているのだ・・・。
「すみません・・・。」
私は一言・・・一言だけつぶやくように言った。
”やり過ぎた” 心の中で私は後悔をした。
私の傷ついた心が、こうして弱者に対して刃を向けていたなんて。
私は気付けば、取り返しのつかないことをしてしまっていた。
どうにも止まらない私の中の何かが
音もなく静かに止まった・・・。
「あなたは誠意を込めて教えてくれたからいいの。」
おばあさんのその言葉に、私は素直に喜べなかった。
きっと、こんな私から逃れたい言葉にすぎないと思ったから。
私のことを誉めた言葉じゃなくて、ただ、逃れたいから。
私から逃れたいから・・・。
私は電話を切った。
日曜日の午後のざわめき。
まわりでは、みんなが一生懸命に接客をしていた。
私は涙がこぼれそうになった・・・。
2001/09/03 1:55:06
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2001/08/27(月) 「死んでいるのだろう?」

私は毎日、新聞を読むことが好きです。
しかし、読むたびに気分が暗くなってくるこのニュース達。
刃物をもった男が「殺してやる」とぶつぶつ言いながら人通りをあるく姿。
今の私にはすぐに想像できそうです。
あまりにも非現実的ではないような気がして・・・。
私の住んでいるこの街でも十分に起こりうる事だと思う。
今の日本では、誰もが「これは他人事でまったく関係ないこと。」と思う人は
いないのではないかとさえ私は思います。
悲しい事に日本は安全な国とは言えなくなってしまった・・・。
今はただ、この事件で殉職された警察官のご冥福をお祈りするばかりです。
・・・・・・・・・・・・
私は時々ではありますが、お客様を怖いと思う瞬間があります。
それはクレームをいうお客さんという意味ではなくて・・・。
店はお客様を選ぶ事は出来ません。誰でも入る事が出来ます。
もちろん店としては、そうでなければならないのですが、いろいろな方が
店に入ってこられるという当たり前のこの現実。
私達店員は、それらの方達をすべて受け入れなければならない。
ということもひとつの現実です。
そんな中で、ぶつぶつと独り言を言ってたり、ちょっと異常な行動をする
お客さんも結構見かけたりします。
首を左右に振って意味もなく踊っていたり、ニタニタとただ、笑っていたり・・・
さすがに刃物を持った人は、まだ見てはいませんが・・・。
そんな方達を見るたびに「世の中は病んでいるのだろうか?」と私は思う。
私はその人に「いらっしゃいませ」と言いながらも
”もし、この人が精神不安定になって刃物を出してきたら・・・”とふっと思ったりします。
もしかしたら、私はいつ殺されてもおかしくない状況にいるのかな?・・・
(もちろん、考え過ぎなのはわかるけど。)
今日も夏休みの為か、店内には学生が多いのですが、中学生くらいの茶髪?
いや、それを通り越して黄髪といったほうがいい学生5人グループが売場で奇声?
を発しながら商品(パソコンやカメラとか)で遊んでいた。
そうかと思えば、今度はテレビ売場の前で、床に座って見ていた。
最近よく見る若者のポーズ。ここは人通りの多い、駅前じゃないのに・・・・。
私は彼らに「いらっしゃいませ」とさりげなく警告をする。
ストレートに注意する勇気は私にはない。
自分にとっては、まるで子供みたいな彼らなのに・・・。
こんな時、妙な虚しさを感じます。
そして、彼らは
私を無視していた。
・・・・・・・・・・・
マッサージ機の売場では、ふたりのホームレスさんたちが座って眠っていた。
基本的には私はホームレスさんを、ただ、追い出す事だけはしたくないと思っている。
彼らには彼らなりに、それぞれ事情があってそうなっただけであり、帰る家がある
私達が彼らに優越感を感じる意味など何一つない。
望んでいなかったとしても、それもひとつの生き方だと私は思う。
そうは言っても、いつまでもマッサージイスに座って眠っていたのでは困ります。
そのマッサージチェアの売場では、どの席も満席だった。
そんな中、ふたりのホームレスの人達だけが、ただ、死んだように眠っていた。
「お客様、ここで眠ると風邪をひきますよ。」
そう、私は声をかけた。
ちょっと大きな声で言ったつもりがなかなか起きようとしない。
「お客様、いつまでもここに座られますと
他のお客様のご迷惑になりますので・・・お客様、お客様・・・」
「きっと、死んでいるんだろ?」
白いポロシャツを着たおじさんが別のマッサージイスに座ったまま
白い歯を見せて笑いながら、隣りの人にささやいていた。
隣りの人も同じように笑いながらささやく。
「死んでるヤツに言っても無駄さ・・・。」
きっと、私にも聞こえるように言ったのだろう。
私はそれを無視した。
本当に死んでいるのは、誰かの事を「死んでいるのだろ?」とからかう人の
過去に無くした大切な心だと・・・私はその時、思った。
私はホームレスの人に声をかけ続けた。
たぶん、眠ったふりをしていただけだと思う。
あの言葉もたぶん、彼には聞こえていたのだろう。
その人は、ゆっくりと顔を持ち上げた。
50代くらいの男性だろうか?
そのまぶたが実に遅くゆっくりと上がって行く。
その時、私は一瞬、恐怖をなぜか感じた。
動物みたいなその動き。
まるで死人が生きかえったかのように・・・
そう、私が思ってしまった為かもしれない。
ホームレスの人は私に目を合わせる事なく、ゆっくりと歩いて行った。
もうひとりのホームレスも少し遅れて立ち去って行く。
彼らはいつも何も言わない。
自分たちのことを
ただ、ぶつぶつつぶやくだけだ。
彼らは何ひとつ、悪い事はしていないのに。
彼らの生き方は、もしかしたら
私達とあまり変わらないのかもしれない。
私はなぜか、そう思った。
・・・・・・
私はさっきの、まだマッサージイスに座りつづける
おしゃべりなポロシャツのお客さんの前に立った。
今度は彼に言う番だ・・・。
2001/08/28 1:25:56
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2001/08/21(火) 本当のサービス。

なんだろう?この虚無感は?
やるべきすべての事が、まるで無駄な事のような気がしてならない。
これが何のためになるのだろうか?
店のためとか、お客さんのためとか、それはあるだろう。
しかし、これが自分の為と言えるのか・・・。
組織と言う大きな枠組みの中で仕事をしていると、何をやっても
どうしようもなくて、ときどきこんなふうに考えてしまうことがあります。
しかし、リストラ全盛期のこの時代。
そんな勇気も今の私にはありません。
今はもう、何も出来ない・・・・
こんなにちっぽけな自分が、我ながら情けなく思う。
・・・・・・・
電話でこんなクレームがあった。
「〇〇を修理して欲しいけど、ダダでしてくれる?」
そんなお客様の問いかけに私は、「いつ頃お買い求めですか?」とたずねた。
すると、保証期間はとっくに過ぎていた。
「お客様、申し訳ないのですが、この場合、有料になります。」
そう私が答えたところ次のようにそのお客さんは答えた。
「なんてお宅はサービスが悪いの?それじゃあ
あんたのところの店はつぶれるよ!
えぇとお宅の名前は?
(私が自分の名前を答える。)
〇〇さん?あんたそれじゃ、もうその店、つぶれるわね。」
・・・そんなふうに言われて、私は軽く冷静さをなくした。
そうか、有料だとサービスが悪いのか?
無料だとサービスがいいのか。そうか、そうなのか。
じゃ、お客様のご要望にお答えして、すべて無料にしましょうか?
いえいえ、それ以前に商品の値段も安くしましょうか?
え?2割引じゃだめ?そうですか。
じゃ、半額は?え?このご時世、バーガーも半額だし
半額なんて当たり前?あ、そうですか。
これも無料じゃなきゃサービスが悪いですか?
そうですか。サービスがよければ店はつぶれないのですね。
それじゃ、この店で働いている私の生活は保証されるわけだ。
そうか、そうか、それじゃ大歓迎でサービスしますよ。
私にも守るべき家族がありますからね。
はい、商品はすべて無料です・・・。
お客様、これで満足されましたか?うちの店はサービスがいいですか?
これで店はつぶれないんですよね。
私は家族を守れるのですよね。
こんなことをしても、お客様、あなたが私の人生を保証してくれるんですよね。
そうか、そうか、よかったよかった・・・。
心の中では、そんなふうに投げやりな気持になっていた。
(もちろん本意ではありません。)
現実には、「申し訳ございません。」とひたすら電話に謝っている自分がいた。
どうして私はお詫びをしなければならないのだろう・・・。
そうだよね、わかっている事だよね。
店のため、お客様の為なんだよね・・・
店員は、自分のためなんて考えないほうがいいのかもしれないね。
ただ、虚しくなるだけだから。
店員という私の立場でこう言うのは、かなり抵抗がありますが
お客様に勘違いして欲しくないのは、サービスというのは
無料という事ではありません。
むしろそれは本来、有料であるべきだと私は思うのです。
そのサービスにより、お客様が満足をされる。
それによって生活が豊かになる。
それに対して、お客様は、はじめてその報酬をそのサービスに対して
支払うべきだと私は思うのです。
本来のサービスとは、これがあるべき姿だと私は思います。
逆に言えば、満足のいかない、利益を与えないサービスに対しては
お金を払わなくてもいいと・・・私はそう思います。
(これは少々、極論ではありますが。)
しかし、これは私達売る側のまいた種かもしれない。
チラシでは、いかにも安くすることが、そして無料にすることが
サービスだと言いたい放題に言っている雰囲気がある。
売れないから安くする。タダにする。
自分で自分の首をしめながら私達は笑顔でいる。
そうだなぁ・・・ お客様が悪いとは言えないかなぁ?
私達売る側は、一体何をしているのだろう・・・。
私はこれまで、どれだけの無駄な事を繰返してきたのだろう。
・・・・・・・
お客様とはいえ
言ってはいけない言葉があると私は思う。
どうして私のこの店が「つぶれる」なんて言うのだ?
なんの根拠があるというのか?
あなたがそう言うこんな店でも私は好きなんだ。
ここにいる人達は、みんないい人達ばかりだ。
みんな泣きながら、苦しみながらも笑顔で「いらっしゃいませ」なんて言っているんだ。
ここにいる、そんなみんなが私は好きだ。
店員にだって、誇りはある。
ペコペコお詫びをするからといって、何もかも捨ててしまった訳じゃない。
みんな一生懸命に頑張ってる。
親のため、大切な人のため、子供のため、家族のためとかそれぞれに・・・。
それはあなたも同じはず。
あなたからは見えないでしょうけど。
今は不器用かもしれない。
まだまだ笑顔も言葉も足りないかもしれない。
それでも私はあなたに聞きたい。
「つぶれる」という言葉の意味の重大さを
あなたはわかっているのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「接客は、店のためとか、お客さんのためとか、それはあるだろう。
しかし、これが自分の為と言えるのか・・・。」
私の言葉の何が正しいのかさえ、今の私にはもうわからない。
私はまたひとり
自問自答している・・・。
2001/08/22 0:07:27
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2001/08/14(火) お客様が求めているもの。

パソコンのクレームは私達店員を、どうしようもなく悩ませる時がある。
こんなクレームがあった。
症状は詳しく書けませんが、要は、プリンターの不具合があった。
そのお客さんからは、何度となく電話をもらい、その度にサービスマンが
伺い、その商品をメーカーに送った。
この店は、パソコン専門店ではないため、メーカーに修理依頼をしているのですが、そのために
修理に時間がかかってしまい、これがお客様のクレームをさらにひどくしているところがある。
お客様に対して、申し訳なく思うところだ。
10日間以上時間をかけ、修理が終わり、一応、症状は出なくなったようなのですが
数日後、また、お客様から電話がかかった。
「この前修理に出したばかりなのに、直っていないじゃないか!」
・・・また、似たような症状が出るそうなのだ。
あれだけ待たされて、直っていない訳だから、お客様が怒るのも当然の事だ。
「申し訳ないのですが、もう1度だけ、見させてください。」
私はただ、ひたすら謝るしかなかった。
次のお客様の言葉に私はしばらくの間、言葉をなくした。
「今度は完璧に修理してくれるとあなたは保証してくれるのか?」
この言葉に私は何と答えればよいのか?
「ええ、保証しますよ。」・・・なんてこと言えるはずはないわけで
この世の中に完璧なんてありえない。
じゃあ、「それは無理ですよ。」と言えばよいのか?
「そんないい加減なことを言うのか!」と怒鳴られるのがオチだ。
クレームのお客様に現実論を唱えても、この場合意味がない。
怒っているお客様も本当はわかってはいるのだ。
実はお客様は、完璧を求めているのではなくて、誠意を求めているのだということを。
「最善を尽くします。」
そんなことを私は言ったと思う。
この言葉でしかその答えの真実は伝えられないと思った。
説得力のない言葉だが、「保証します」も「無理です。」も
どちらもお客様を納得させる言葉にはならないだろう。
私はメーカーサービスに連絡をして、私なりに最善を尽くした。
その症状や、不具合をより正確に伝えた。
結果的にもう1度、メーカーに修理依頼をした。
そして、また時間をかけて、修理が終わりお客様のところへ商品を戻した。
その場で確認したところ、症状は出なかった。
これで一安心したいところだが、前回のように数日後に症状が出たため
私は、「万が一何かありましたら、ご連絡ください。」とお客様に言った。
「万が一なんてあるわけないですよね。」と嫌味を言われた。
私はその嫌味のとおりになって欲しいと願った・・・。
・・・・・・・・
数日後、私の願いは破れた。
「お前の店は、なんていい加減なんだ!」
また、症状が現れたのだ。
お客様の怒りは頂点に達していた。
私は返す言葉が見つからない。
私はすぐにメーカーサービスとそのメーカーサポートにも連絡をした。
しかし、メーカーサービスの言い出した言葉はこうだった。
「もう、直すところはありませんよ。」
そんなことを言われ、「あなたはそれをお客さんに言えるのか?」と
私はそのメーカーサービスに言いたくなった。
そんなことを言う人と電話をしても無駄な事だと思うしかない。
これ以上修理をしても同じことだと思い、メーカーサポートセンターと相談をしてみた。
そして、実際にお客様とそのパソコンとプリンターを前にして電話で話してもらった。
サポートセンターによると、結果としてはこうだった。
内容は詳しくは書けませんが、そのプリンターとワープロソフトとの不具合が
起きていたらしく、ある動作をするとその症状が出てしまうらしい。
・・・そういうことか。
パソコンほど未完成な商品はないということを、今更のように私は思い知った。
なぜ、メーカーが最初からそれがわからなかったのか疑問は残るが。
「パソコンは、このように不具合が出ることがあり、それを修正をするために、バージョンアップを
したりしているのです。」
そう、私はお客様に説明をした。
しかし、お客様は納得をする事もなく、私にこう言った。
「あのサポートセンターの人は、これは自社メーカーの責任ではなく、そのワープロソフト側の
責任なのでどうしようない。と言った。我々消費者は、”どうしようもない”と言われれば
あきらめろと言うのか!」
今まで以上に、かなりのご立腹だった。
何てことだ。よくお客様に対してそんなことが言えたものだと私も怒りを覚えた。
私はこう、お客様に言葉を返した。
「そんなことはありません。わかりました。私が直接電話して、そのサポートセンターの人と
話してみましょう。」と言った。
話してみたところで、何がどうなるものでもない事くらい、私はわかっていたが
その時は、そう言うしかないような気持だった。
私はすぐにサポートセンターに電話した。
「あのう、〇〇様の件ですが・・・」
そういうとすぐに分かったようだった。
「あぁ、〇〇様ですね。〇〇様だったら、それは無理だということを
先ほどお客様に直接説明しましたが。」
とても冷たい返事だった。
「いえ、そうではなくて、お客様はその改善方法を知りたいのです。
何か回避策はないのですか?」
怒りの気持を鎮め、私は紳士的に聞いた。
しかし、その回答は結局同じものだった。
「今回の症状は、私達メーカー側が、そのソフト会社に原因の回答を求めて
いるのですが現在、回答はなく、回避策はありません。」
私は最後の悪あがきのように、ワープロソフトのバージョンを古いものに
したらどうかなど思いつく限りの事を聞いてみた。
しかし、結局何も解決策はなかった。
最後に私はサポートセンターの方にこう言われた。
「あなたからもう1度、お客様に言ってもらえませんか?
先ほど説明したように、これに解決策はないということを。」
”まったく、困ったお客さんです。”という陰口が聞こえてきそうな言い方だった。
私はこう言われて、怒りの前に、何か大切な事を忘れているような気がした。
私達にとって、それが当たり前と思いすぎて忘れている何かを・・・。
私はもう1度、お客様に電話をした。
さっき、サポートセンターに言われるままに答えるしかなかった。
私なりにソフトの不具合は時として起きるもので、改善が見られない事もあることを説明した。
だんだん、お客様も、怒りと言うよりも何かあきらめのような感じになってきた。
お客様は最後にこう私に言った。
「私もそんなことわかってはいるが、しかし、あれがお客に対しての説明だろうか?」
あのサポートセンターに対して言っているようだった。
その問いかけに私はやっと、忘れていた大切な何かを思い出した。
私達にとって、そのクレームが当たり前のことと思いすぎて
つい、お客様に対して忘れていた言葉。
「申し訳ございませんでした・・・。」
あのメーカーサポートからは一言もなかった言葉だ。
「もういいよ、あきらめたよ。」
そうお客様は一言残して電話を切った。
「怒っているお客様も本当はわかっているのだ。
実は完璧を求めているのではなくて、誠意を求めているのだということを。」
そんな言葉を私はまた、思い出す。
お客様の電話を切った後、私はひとり考えていた。
ただ、ひとつだけ言える事は
お客様にあきらめてもらう事が
私達の本当のサービスではないはずだ・・・。
2001/08/14 23:04:40
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2001/07/31(火) 伝えられなかった「ありがとう」

もう、昔の話になりますが、それは、私がその店に転勤してきた二度目の時の事だった。
はじめてその店に就いた時は、まだ私が入社して間がない時だった。
いわゆる右も左もわからない新入社員の頃で、あの頃、私はとにかく一生懸命だった。
二度目の転勤になったその店には、昔いっしょに働いていたパートさんたちの
懐かしい顔ぶれがあった。
しかし、ただ、ひとりだけそこに私にとって大切な人がいなかった。
「あぁ、久しぶりね」とか、「なんだか頼もしくなった感じね」とかいろいろな言葉で
私を懐かしむパートさん達に、照れながらも私は尋ねた。
「ところで、大枝さんがいないみたいだけど、どうしたの?
今日は休みなの?」
私はまず、大枝さんに、あの頃のお礼が言いたかったのだ。
そして、「これからもまた、よろしくお願いします」と言いたかった。
しかし、そのパートさんの返事は私にとって信じられないものだった。
「大枝さんね・・・。2年前に亡くなったの。」
・・・・・・・・・・・・・
私がまだ、新入社員だった頃、はじめて担当らしい売場を任された。
それは学習机の担当だった。
あの頃、入学シーズンになると、その店では電器売場に学習机が置かれた。
主任は、私に担当を命じたが、私だけでは不安だったのか、学習机のベテランの
パートさんである大枝さんと私が一緒に担当をする事になった。
大枝さんは、私の母親と同じくらいの方で、まさしく”日本のおっかさん”と言った感じで
太った体型は、大枝さんのやさしい性格を強調していて、メガネの奥には、いつも
ニコニコとした瞳があった。
「〇〇ちゃん、学習机はね、親にとって、子供に夢を与える事と一緒なのよ。
だから、私達がそのお手伝いをするの。素敵な事だと思うでしょう。
でもね、逆に言えば、とても注意しなければならない商品でもあるの。
夢を与える事が、私達の不注意で、夢を無くすような事だけはしないようにね・・・。」
大枝さんは、私のことをいつも〇〇ちゃんと呼んでくれていた。
僕にとっては、それがなぜかうれしくて、不思議とイヤな気持ちにはならなかった。
かえって、大枝さんに、お客さんの前で「〇〇さん」と呼ばれるほうが、変な違和感があった。
大枝さんは、まず、学習机を売る事がどんなことかを、私に教えてくれた。
でも、私はその時、「夢を与える事?ふうん、そういうものなのか?」くらいにしか思わなかった。
学習机を売る事も、テレビを売ることも、同じだろうくらいにしかその時は思っていなかった。
しかし、その後になって私ははじめてその大枝さんの言葉の意味を知る事になった。
ある日の事、私の不注意で、違う商品の学習机を配達してしまった事があった。
商品を、また手配し直さなければならなかったが、まだ入学式には時間があったし
交換すれば問題ないだろうと私は思っていた。
私はお客さんに電話した。私はお客さんに商品の交換とその日にちを事務的に伝えただけだった。
そして、私はお客さんからこう言われた。
「お前はなんて事をしてくれたんだ!」
私は「え!」と思った。
なんでそこまで怒るんだ?交換するのだから問題ないじゃないかと思った。
お客さんの怒りの声は続いた。
「子供がずっと今日の配達を楽しみにしていたんだ!
違ったこの机を見て、子供が泣いているんだ!どうしてくれるんだ!」
その父親の怒鳴り声が、私には痛いくらい受話器から響いた。
「子供が泣いている?じゃあ、僕にどうしろと言うんだ?」と逆に私は怒りを覚えた。
私はどうしようもないまま、とりあえず、もう1度電話する事を約束をした。
私は大枝さんにこの事を相談した。
「子供が泣いていると言われてもねぇ、交換するのにどうしろって言うのでしょうねぇ」と
私は言った。大枝さんも私に同情してくれるものと思った。
しかし、大枝さんは、こう一言私に言ったのだ。
「そう言う問題じゃないのよ・・・。」
はじめて私は、大枝さんの笑顔を無くした真剣な瞳を見た。
あのやさしい大枝さんが私に対して怒っている。
怒っているというよりも、憐れんでいるような感じだった。
さっき、怒鳴られたお客さんの言葉よりも、大枝さんのその言葉のほうが
私の心を大きく切り裂いた。
「確かにあなたの対応方法は間違えていないかもしれない。
この場合、商品交換を約束することよね。
でも、あなたの間違いは、お客様に対してのお詫びの気持と
思いやりの気持が無かった。
私は最初に言ったよね。学習机は子供に夢を与えている事と同じだと。
哀しい思いをさせてしまったあなたが、あのお客様にするべき事はなにかしら?」
・・・返す言葉がなかった。
私は、そのお客様に対して、その気持を心からお詫びする事がなかったのだ。
あの頃は、安ければなんても売れてた時代だった。
とにかく一生懸命だった私は、いつのまにか事務的に仕事をしていて、そこには
売ってやっているという店員の傲慢な気持があったのだと思う。
お客様の気持を考えるなんて事はなかった。
「お客様のところへお詫びに行ってきます。」
それが私の出した答えだった。今思えば、当たり前の事だった。
私の答えに”そうよ”と言うように大きく大枝さんはうなずいてくれた。
そして大枝さんは、「私も一緒に行くわ」と言ってくれた・・・。
その日の夜、私と大枝さんとで、そのお客様のところへ伺った。
あの父親が、玄関先まで出てきた。
私はすぐに、そのお客様にお詫びをしようと思い、言葉をかけようとしたところ
なんと、大枝さんが私の1歩前に出て、私をかばうかのようにお詫びをしてくれたのだ。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした。
お子様が楽しみにしていたにもかかわらず、私どものミスで哀しい思いをさせてしまいました。
なんとお詫びをしていのか・・・。」
大枝さんは、私の前で大きくお辞儀をした。
私はその後ろで、慌ててお辞儀をしたのだった。
「いいのですよ。私はその言葉が聞きたかっただけですから。」
そう言って父親は、私達をあっさりと許してくれた。
私は信じられなかった。
あんなに怒鳴っていた人が、こんなにもやさしい人だったなんて・・・。
その父親が子供を呼んだ。
「ほら、お店の人がこうしてわざわざ謝りに来てくれたんだよ。
交換の机が届くまで、もうちょっと我慢できるよな?」
そう言ってその父親が子供の頭をなでた。
「うん、わかったよ。」
それは、もうすぐ1年生になる男の子の頼もしい返事だった。
こんな素敵な家族の夢を、こうも私が台無しにしていたのかと思うと
私は泣きたい気持でいっぱいになった。
「よかったね。」という大枝さんのメガネの向こうには
ちょっとだけ涙が溜まってた。
「よかったですね。」
そう言う私の目にも、涙がいつのまにか溜まってた。
・・・星のきれいな夜だった。
・・・・・
あれから長い年月が流れた。
大枝さんに多くの事を私は学んだ。
それは、商品を売る事よりももっと大切な事だった。
なのに私はまだ、大枝さんに、あの頃のお礼が言えないままでいる。
「ありがとう・・・。」の一言を心から伝えたかった。
パートさんに、大枝さんが亡くなった事を教えられて、私はしばらく動けないでいた。
あの頃のことを、しばらくの間、私は思い出していた。
大枝さんが亡くなってから
もうすぐ6年が過ぎようとしている。
不思議だね。
大枝さんのいない季節がいくつ流れようとも
大枝さんのあのやさしい笑顔と、教えてくれた大切な事は
まだ、私の中で生き続けている・・・。
2001/07/31 22:10:25
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2001/07/24(火) 怖い男

ある日のこと、こんなクレームがあった。
どうやら、そのクレームは、最初から電話で「店長を出せ!」と言ったようで
課長がそのクレームの対応をしていたようだ。
あとから課長に聞いた事だが、そのクレームの電話の男は、しゃべり方が普通じゃなく
かなりの暴言を吐いていたらしくて、さすがの課長もうろたえてしまったようだ。
内容はこうだった。
昨日、うちの電器売場でデジタルカメラを買ったと言っていたそうだ。
そのカメラが故障しているのか、まったく動かないという話だった。
それで、その男が「すぐに家まで来い!」と怒鳴ったらしい。
男はレシートを持っていないということだった。
しかし、「あんたの店で買ったのは間違いない!昨日買ったばかりだ!」と言ったらしい。
それで課長はご訪問を約束をして、男の名前と電話番号と住所を聞いた。
課長が、電器売場に来た時は、さすがに私もすぐに”とんでもない事が起きたな”と直感した。
課長は真っ青な顔で、すぐにこう言った。
「やっかいな事が起きた・・・。」
まず、男が買ったというデジタルカメラだが、男に電話で何度聞いてもその商品の
型番号がわからず、どのデジタルカメラか特定できなかった。
男は「そんなことどうでもいいだろ!早くしろ!」と怒鳴っていたが、商品がわからなければ
商品交換のしようもないのだ。
しかし、いくら電話で話を聞いても、まるで酔っ払っているみたいに
まともに話が出来ない状態だった。
とりあえず、課長がその男の家に訪問する事になった。
・・・・・・・・
しばらくして、男の家に着いた課長から電話連絡があった。
その男が持っていたデジタルカメラの商品がやっとわかった。
確かに男の話の通りに、そのデジタルカメラはまだ新しく、電源が入らないということだった。
そのデジタルカメラは1万円程度の商品で、低価格ということで、売場に数台箱積みしていた。
売場担当者が、交換用にその商品を取りに行かせたところ、とんでもない事がわかった。
売場に置いてあったそのデジタルカメラのうち、1台が空箱だけになっていた。
つまり、中身の本体だけ、抜き取られていたのだ・・・。
まさか!と誰もが思った。
私はすぐに、男の自宅で待機している課長のケイタイに電話した。
「課長、もしかして、その男は、レシートがないだけじゃなく
説明書も空箱もないのではないですか?」と尋ねた。課長は、それとなく男に聞いてみた。
「そんなもん、買ってすぐに捨てたわ!」とまた怒鳴ったようだ。
そして、男は、ついにこう叫んだのだ。
「もう、商品はいらんわ!金を返せ!」
・・・・私は間違いない。と思った。
つまり、この男は、うちの店でデジタルカメラを盗難し
わざと商品を壊し、金をだましとる魂胆に違いないと思った。
しかし、それを証明するには、証拠が必要だった。
そうだ!製造番号だ!と私は思いついた。
保証書に印字されている製造番号と男が持っているデジタルカメラの製造番号が
一致すれば男が盗難したということを証明する事が出来る!
・・・しかし、あいにく空箱には、そのデジタルカメラの製造番号が確認できなかった。
メーカーに言えば、納品された商品の製造番号を調べる事が出来たかもしれないが
それをするには、あまりにも時間がなかった。
男の暴言もひどくなるばかりで、課長の身が心配だった。
売数実績を調べれば・・・。と私は思った。
しかし、これはその日のその商品の売数しかデータとして残らず、1台でも売数実績が
あればちゃんと売れていたということになり、誰が買ったかまではわからないのだ。
男が昨日買ったということで、昨日のその商品の売数データを調べて見た。
すると、ラッキーな事に、その商品の昨日の売数はゼロだった。
男がその商品を昨日買ったということが、これで嘘だと証明できる。
しかし・・・と思ったが、私はそのデータをコピーして、男の家に向かった。
このデータを男が信用するかどうかが、私には不安でしかなかった。
・・・・・・・・
やがてたどり着いたその男の家を見て、私は一瞬言葉をなくした。
その男の家は信じられないものだった。
自分で組み立てたのだろうか?小さくて、今にも壊れそうなプレハブみたいな家だった。
まわりの草はボーボーだった。
それは、人の住む場所じゃなかった。
男は確かに気の短そうな顔をしていた。草と同じでヒゲもボーボーだった。
まだ若い30代くらいだろうか?目の焦点がはっきりしない、まさに危ない男だった。
そこに課長は待っていた。
「金を持ってきたんだろうな!」 私を見るなり男はそう怒鳴った。
正直、怖かった。たかが1万円だ。
お金を渡したほうが楽かも?と少しだけ私の心が弱くなった。
しかし、私は最後の勇気として、その男に、最後の切り札を出したのだ。
「ここに、ひとつのデータがあります。
あなたが昨日買ったというこの商品ですが、昨日の売上にはひとつもありません。
つまり、この商品は、昨日、売れていない事になっています。
もし、あなたがこれを信用しないと言う事であれば、第3者(つまり、警察)に判断を
ゆだねるしかありませんが・・。」
私は、その男にそのデータを大きく差し出した。
もしかしたら、私はこの男に刺されるかな?と本気で思った。
男が私のこの行動にどう反応するのか怖かった。
やはり、私の行動は間違っていたかと後悔をした。
唯一の救いは、隣りに課長がいることだけだった。
男は私の差し出したデータのコピーを見ると、静かにこう言った。
「もう、いい・・・。」
男は首を大きくうなだれて、力なくつぶやいた。
・・・男はあきらめてくれたのだ。
課長も私も思わず安堵した。
今思えば、その男を万引き犯として捕まえる事が出来たかもしれないが
私達はそこまではしなかった。
いや、しなかったと言うよりは、そこまで余裕がなかったと言うのが正直なところ。
だいたい、その男の手作り?の家には、テレビもなければもちろんパソコンもない。
デジタルカメラを買うこと自体おかしいことだったのだ。
よく見れば、根は正直な男なのだろうと思った。
私が持ってきたデータも「お前が勝手に偽造したのだろう!」と言われてしまえば
それで終わりだったのだ。
どうして、こんなホームレスに近い状況になったのかは知らないが、きっと金が尽きてしまい
出来心で怖い男を演じたのだろう。
最後の最後に、男は本来の自分に戻ってしまったのだ。
怖い男を演じきる事が出来なかった・・・。
私と課長は、何も言わずにその男を残したまま、その場所から離れて行った。
最後に私は、もう1度だけ振り返った。
まだ、男は首をうなだれたまま、ただ、一点を見つめていた。
”哀れな人だ”
私は彼に同情をした・・・。
2001/07/24 23:21:37
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2001/07/12(木) 天使になる。

君は誰かの心無い言葉に、その目に涙をためていたね。
あれは、きっとその人が悪いのでもなく、君が間違っているのでもなく
突然の雨みたいに、ただ、そんなふうになってしまっただけの事。
だからそんなに哀しく思う必要はないと思うんだ。
過去の事なんて、君が思うほどのことじゃなくて、誰かにとってはちっぽけな事。
そんなふうに、いつか消えてゆくものだから。
間違いがあるとしたら、きっと君が暗く沈んでいる事。
川に小石を投げるように、君の大切な何かを
簡単にあきらめたりしないで。
君は店員である前に、ひとりの人間です。
プライドまで捨てる必要なんて・・・ない。
それを決して忘れないで。
今の君は、君らしくないね・・・。
こんな簡単なことなのに、日々の忙しい仕事に流されて
つい、忘れてしまうよね。
「人は自分さえよければ、それでいいのかなぁ」
誰にも言えない君の心のつぶやき。
そんなふうに思う出来事や、人の言葉に
時々私達はついて行けなくなる時があるね。
それでも私達は笑顔で答えなきゃならないんだよね。
つらいよね。哀しいよね。
どれだけ心にウソをつけば、本当の笑顔が作れるのだろう。
お客さんはいつも正しくて、私達はいつも間違っているみたいで
私達はいったい何に対してこんなふうに謝っているのかなぁ?
店のため?お客さんのため?上司のため?売上の為?
自分のためと言える日は、いつ来るのかなぁ・・・。
ねぇ、君は心無い人に傷つけられたからといって
君まで心無い人になってしまうつもり?
そんなふうに誰かを恨んだり憎んだり
投げ捨てた言葉をそのままにして
後戻りできない君の心はどこへ行こうとしているの?
あの日の君のやさしい心を忘れたりしないで。
いつだって、君はひとりじゃない。
かすかでもいいから、私達は、何かを信じる心を持ちつづけよう。
人と人とのふれあいの中で、私達はどれだけ見つけられるのだろうか?
目には見えない大切なもの。
君はそれを無くしたんじゃなくて、ただ、目に見えないだけの事。
それは手でつかんだりするのじゃなくて、きっと心で抱きしめるものなんだ。
それに早く気が付いて欲しい。
「女だからといって、涙でごまかしたくないの。」
あの時、君はそんなふうに言ってたね。
どんなに哀しいことがあっても、お客さんは待ってくれないよね。
君は目を真っ赤にしたまま接客を続けていた。
忙しくて君をそのままにしてしまったことを許して欲しい。
泣きたい君をそのままにして・・・。
君はきっと強い女(ひと)だね。
「大丈夫?」ってレジで別のお客さんが心配していたとき
「はい!」って君は無理して笑顔を作ってた。
なんだかとても印象的なシーンだった。
もう、遠い過去のことなのに。
彼女に、あんなひどい事を言ったあの人に
僕は見せてやりたかった。
彼女のあの笑顔を。
私達はきっとこんなふうにして強くなってゆくんだ。
笑顔が私達の本当の強さなんだ。
時として、信じられないようなお客様の言葉に
私達は傷ついてしまうけど
私達は決して奴隷や、召使のようになってはいけない。
それだけは忘れないで・・・。
お客様が神様なら、私達は天使になる。
あの天使になるんだ・・・。
2001/07/13 1:04:05
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