電器売場店員のクレーム日誌
つれづれコラム
村上春樹氏による被害
駅前に私のお気に入りの古本屋があって
ちょっとした時間があると、私はそこでよく時間をつぶしている。
もちろん、気に入った本を見つけると買ったりもするのだけど。
最近そこで買ったのは、村上春樹氏の”TVピープル”という短編小説。
村上氏の作品は、ほとんど読んだつもりが、これはまだ読んでいなかった。
私は村上春樹さんの大ファンだ。特に彼のエッセイや短編モノは
まるでマンガ本を読むかのように、寝転んで気軽にすらすらと文章が読めてしまうのだ。
たぶん他のファンの読者もその読書スタイルは、ほぼ同じじゃないだろうか?と思う。
その証拠と言うか、以前に図書館で借りた村上春樹氏のエッセイを読んでいたら
ページとページとの間に、よくお菓子やポテトの食べカスが残っている事があった。
なんだんだろう?これは?
私は毎週のように、図書館でたくさんの本を借りているけど、たまに本のページとの間に
電気代の領収書とかコンビニのレシートとか・・・たぶん、しおり代わりに使ったのだろう・・・
が出てくる事はあるにしても、本のページの隙間からポテトのカスが出てくるなんてことは
村上氏の本しか知らない。(というか普通、あり得ないってもんだ!)
そのおかげで寝転んで読んでいると
パラパラと菓子のカスが目の中に落ちてくる。
”うぎゃー”だっ! もうたまったもんじゃない!
そんなふうに村上氏の本からは、プチ被害は受けるものの
村上氏の文章は、まるで春の小川のようにサラサラと流れる心地よさがあって
それでも私は、つい、読んでしまうのだ。
しかし、今思えば、そのときの私は、まだ知らないままでいた。
村上氏によるそのプチ被害は、まだ序の口でしかないことを。
更に、こんな不幸な出来事が、私を待ち構えていたとは・・・。
今回買ったTVピープルという短編小説は
電車の待ち時間などを利用して立ち読みしている。
だから細切れの感じで本を読むことになるのは、仕方ないことだとしても
いちいちそんな小さなことが、プチストレスをためてしまう。
村上春樹氏の本は、私にとって本当に困った存在だ。
そんな私の目の前で、不幸な出来事は突然に、起きてしまったのだった。
今回のは、私の顔にポテトの残骸が落ちてきたような、そんな可愛いものではない。
ポテトどころか、リンゴが木から落ちるのを、ニュートンが偶然に見たときのような
そんな衝撃があったのだった。(なんなんだそれは?)
それは、ちょうど電車の中で、村上氏の短編小説の”TVピープル”の
46ページ目を開いた時に起きたのだ。私の目に、それは容赦なく飛び込んできた。
ページのちょっとした余白に、若い女性(たぶん)の走り書きの文字が書いてあったのだ。
白石 陽子(仮名) 0××-3×××-12××
なんと!それは、ケイタイ電話の番号と、女性の名前。
なんだかそれはまるで、学生の頃、はじめて公衆電話でピンクビラを見つけた時の
頭から雷を受けたような・・・そんな衝撃によく似ていた。
(まだ、これは不幸ではない。いや、ちょっと喜ばしいことかも。・・・こら!)
なんなんだ?これは?
思わず私は、電車の中の人々をゆっくりと見つめた。
ぼんやりと外を眺めている人、本を読んでいる人、ケイタイのメールを見ている人・・・。
偶然、メールを読んでる若いOL風の女性と目が合ってしまった。
”ねぇ、はやく私に電話して・・・。”
イカンイカン、変な妄想が働いてしまった。
この本は中古本だ。
たぶん、前の本の持ち主が書いたものなのだろう。
私の想像でしかないけど、友達からケイタイの番号を教えてもらった時に
覚書として、さっとこの本に書いたのだろうか?
いや、それとも私のようなまだ見ぬ読者にイタズラ目的として
書いて本屋に売ったのだろうか?
いろんな想像が、私の中で生まれては消えてゆく。
どれも可能性があるばかりでなんの解決にもなっていなかった。
もちろん、本当に電話してみようなどとは私は微塵も思ったりはしない。
でも、本の余白に書かれてある誰とも知らないケイタイの番号は
結果的に、私の心に妙な衝撃を与えるもので
なんかこうピンクっぽくて、恥ずかしくて・・・居心地の悪さを感じさせた。
これも村上春樹氏の本が成せる技なのだろうか?
村上春樹氏による私への被害は、本当に厄介なものなのだ。
実はこの後の、本当の大きな被害の訪れを、私はまだ知らないでいた。
私の妻も村上春樹氏の大ファンだということを忘れていたのだ。
勘のいい方は、すでにもうおわかりのことでしょう。
・・・あの問題の46ページ目だ。
あの46ページに書かれたケイタイ番号を、妻は何気なく見てしまったのだ。
妻が、村上氏の本を片手にドシドシと私に向かってきた時には
思わず逃げてしまおうかと・・・いや、逃げる必要はなかったのだった。
私には何の罪もないというのに、いや、その被害者とすら言えるのに
妻にそれを説明するために、どれだけの時間を要したことだろうか。
”私は何をこんなに言い訳してるんだ?”とあんなに不思議に思った事はなかった。
(危うく修羅場化とする一歩手前までになりそうだったぞ!)
ここまでくると、まったく罪のない村上春樹氏といえども
責任を取って、私を弁護して欲しいものだと心から思ったものだ。
どうしてくれるのだ?村上春樹氏よ!
こうなったら羊男でも構わないから、この私を助けてくれぃってものだ!
・・・なんて言っても、村上春樹氏は
ワイン片手に夕日を眺め、奥さんと一緒に楽しい夕食を過ごしているのだろう。
安西水丸氏が描く、あの憎めないイラストの顔で・・・。(わかる人にはわかるだろう。)
そういいながらも、私の本棚の目線には、村上春樹氏の小説が幾つも並んでいる。
その中に、村上龍氏の本が混ざっているのは、村上春樹氏のファンの間には
(たぶん)よくあることで、買った覚えがないのに、なぜかそこにあるのという現象が起きる。
それは、なぜか買い間違えた事実を素直に認めたくないという
そんな不思議なファン心理が働いているのだろう・・・。(私だけだったりして)
こうして私にとって村上春樹氏におけるこのような被害は
村上氏の本が、好きであればあるほど、なぜか計り知れないものがある。
だからといって、私は村上春樹氏のファンを
辞めることはしないだろう。
だって、村上春樹の小説さえあれば
たった1度の人生を、退屈する事はないのだから・・・。
2003/05/21
EACH TIME
*この文章は過去に書いた”つれづれノート”に加筆修正したものです。