モーターサイクル
28歳で原付(Nauty Dax、中古)に乗り始めて、バイクの面白さと便利さに目覚める。
YAMAHA RD-50(新車)に乗るも、原付は基本的に危険であると考え、30歳で中型二輪免許を取得し、400cc(KAWASAKI Z400、中古)に乗り始める。
翌年限定解除を得、KAWASAKI Z650(4気筒)(中古)に買い換える。また、Off‐Road車としてKAWASAKI KE 125(中古)も購入。
1979年6月、VESPA P125X (125cc、新車)を購入。これは現在27
年を迎え健在。この7年は息子が東京で乗り回していたが、さすがに外観も痛み、エンジンの調子が悪くなったので、余生を長崎で送らせようと思い、引き取りました。修理できるところを修理して、大切に乗ってあげたいと思います。Z650は長崎大水害(1982年)で水に浸かり、以後燃費が悪化。1984年米国留学を機に、VESPA以外は処分。
モーターサイクルではないが、1999年3月に光岡のマイクロカーを購入。1年間は岡山で活躍、2000年春に長崎へ戻って来た。
マイクロカーは50cc、2ストローク1サイクルエンジン。潤滑油は自動混合。自賠責は原付、税金も特殊原付扱い。ナンバープレートは青っぽいプレート。任意保険はこれが超お徳=自家用車の原付特約が使えます。それも、自家用車本体のの契約に年齢制限とかあっても、原付の分は年齢に関係なくカバーされます。車庫証明は不要です。雨の日のために、いちおうオプションでキャンバス地の後方とサイドのカバー(というかドアというか)はありますが、窓はプラスチックのようだったので、すぐに傷だらけなって見にくくなるだろうと思ってつけませんでした。それに、閉塞感を感じそうでしたし。そうです、後方も柱2本だけのオープンです。シートベルトは2点式。常時点灯(エンジン回転時は点灯)。前進後進ともに1段。ギヤをかえるときは原則エンジン停止(!)。これを守らずにギヤをこわしてもクレーム対象にならず。実際は、チョークがかかってないときでアイドリング回転数が低ければ、非常にゆっくりギアをニュートラルから前進や後進に入れたり、それらからNに抜いたりは可能です(やってます)。しかし、絶対に車輪が動いている状態ではやってはいけないでしょう(普通の車の場合、急ぐときにまだ完全に停止しない状態でも、なんとかオートマのギヤがバックに入ってくれますけどね)。方向指示器、ハザードスイッチ、ワイパー(水も出せる)などはついてます。いっちょ前、という感じでほほえましくなります。車輪はとにかく小さい。サスペンションはないに等しい。悪路では内臓がもろに揺さぶられます。これは、まさにゴルフカートとそれ思えばいい。カーブでは、サイドカーの操縦よろしく身体を内側に倒してからステアを切る。直進性は良くないので、ステアリング・ホイルは両手で操作することが要求されます。片手では蛇行必定。サイドブレーキもあります。
その後バッテリー不調が続き、残念ながら2001年から2007年の現在まで車庫に眠ったままです。
VESPA P125X
は、東京から1986年東京勤務のとき持って行き、1994年に長崎に戻るとき持って帰った。しかし、次男が東京の大学に進学したため再び東京へ送り、学生時代4年、大学院2年、さらに就職してから1年は乗り、かなり古くなったので、余生を長崎で送らせようと2004年に長崎へ送り返してもらった。以後、エンジン不調もコイル交換でやや改善した状態であった。しかし、2007年5月、オーバーヒートによるシリンダ焼きつきを起こしご臨終。享年28
でした。

マイクロカーも、VESPAの廃車手続きと同時に登録抹消としました。
2007/12/9 at 田平教会(長崎県北部)