黄昏の覇たる王・第1話『いつか時を環って』
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「きさまは私からすべてを奪い取るつもりか?」
ロッドの口調が低くなる。あわせて視線がすいっと細くなっていた。
『そうとも、長よ。言ったであろう、我はこの都を滅ぼすために来た。残すはあとひ
とつ、そなたの命』
そんな精霊に、ロッドの赤い瞳がさらに濃さを増したように燃え上がる。
「お望みどおり向かってやろう」
ロッドのすらりと長い指が、なにやら空中に文字のようなものを描き出す。
『そうこなくてはな』
にんまりと笑みを浮かべた精霊に向かって、ロッドは力ある言葉を解き放つ。
ロッドの手が剣を持っているように、空中をなぎ払った。
炎の海がロッドから精霊に向かって割れていく。
『来るがよい!』
◆
青白い炎の中でロッドが叫ぶのを見ていた。
けれど、だんだんとロッドの顔がぼやけていって…、しかしそうではなくて、
自分が別の空間に入ってきてしまったことに気が付く。
足元の方からその黒い空間は広がって、ペンドラドの視界を覆い尽くす。そして、
今やペンドラドの周りは闇だった。
「引きずりこまれた?」
ペンドラドの体には、引き寄せられたような感覚が残っていた。そうして、真っ黒
かと思った空間がそうではないことに気が付く。
暗闇に、またたきいてきらめく細かな光の粒。捉えることのできない、無限の奥行
き。
「そら…、宇宙?」
いつも地上から見上げていた世界が、上下左右という全方位に広がっている。
取りまく星々と同じく、ペンドラドも小さな点となっていた。小さな点である自分
が周囲にのみこまれそうになって、めまいのような感覚が襲った。
「あれ…?」
ペンドラドは自分の手を見る。瞬間、自分の手が二重に見えた。
意識が途切れた刹那の後、再びの引き寄せられるような感覚にペンドラドは我を取り
戻す。
唐突に、なぜ記憶を取り戻したくなかったのかが分かった。
自分は【ファグルリミの都】が滅することを知っていたのだ。
「それとも、もっとはやく思い出していたら助けられたの」
ペンドラドは自分の手を見たまま握り締めた。つぶやきだが、それは叫びに等し
い。
しっかりと手を握り締められるのはこの今、肉体に帰ってきたからだ。そして握り
締めた手には宝玉、赤い光を放つ…がある。
「お前が助けてくれたのね。首飾りにひびが入ったとき、いち早く体へと呼び寄せて
くれた」
自分は迷い魂となって、そしてこの空間に体は封じられていた。しかもここは過去
なのだ。
「この空間を壊すことが出来る? 【闇の炎】よ」
なぜこのような空間にいたのか…、様々な疑問が襲ってくる。しかし、それよ
りも先に
しなくてはいけないことがあるはずだ。ペンドラドは疑問を振り払った。
赤い宝玉は破壊に身を震わせるように光を放つと、空間を粉砕した。
ゆらり、とペンドラドは姿を【ファグルリミの都】へと現す。
ゴウ…、燃え上がる炎の叫びがまず耳に入ってくる。
「なんて光景なの」
ペンドラドは熱気から顔へ手をかざした。
石すら炎を上げてしまう温度とは…、【闇の炎】の守りがなくてはとっくに炭
になって
いることだろう。いや、その炭すら残せないかもしれない。
「ロッドはどこに」
ペンドラドは塔の方向をつかもうと、周囲を見渡す。その手の内で【闇の炎】が熱
を帯びはじめていた。
「これは、精霊だけではない?」
炎の雨が夜空に線を引くのが見えた。【ファグルリミの都】だけではなく、森の方
にまでも火は落ちていく。ペンドラドはその森の方へと目をやる。
「【闇の炎】よ。お前も感じているのね。この過去のもうひとつのお前の存在に」
それは伝説でしかなかった。本当に【ファグルリミの都】を滅ぼしたのが【闇の
炎】だったなどと。
ペンドラドの手にしている【闇の炎】は時の流れの内より、ペンドラドが持ち込んだ
ものなのだ。今このとき、【闇の炎】は2つ存在していることとなる。そして、いまこの過去に
てもうひとつの【闇の炎】を操っているのは誰なのか?
「それよりロッドを見つけなくては」
熱が目にしみてか、目がうるんでくる。
ペンドラドは元通りだったところを、塔に向かって駆け出した。
「ロッド!」
ペンドラドは叫ぶ。
そして、火のない1点を見つけだす。そこにロッドは倒れていた。
「ロッドしっかりして」
魔法陣はロッドの体を守っていた。ただし傷はひどいものだ。あたりには精霊の姿
はない。
ロッドは自分の体をゆすっている人物に、わずかに目をひらく。
「誰だ・・?お前は?」
かすれてしか見えないその人物の髪の色と自分をみつめる紫の目を見て、ロッドは声にならない声
でつぶやく。
(ウールヴァーン帰ってきたのか?)
「ペンドラドよ。ロッド!」
泣きそうな少女の顔の上で、ロッドの視界が焦点を結んだ。
「ペンドラド…? では体を取り戻したのか」
ふらふらとした体でロッドはペンドラドの腕をつかんだ。
「消滅してなどいなかったのだな」
ロッドの腕に確かな存在が伝わってくる。迷い魂のときは気づかなかったが、少女がウールヴァーンと
同じ髪の色と瞳を持っているのが、ロッドの時にかすれる視界でも分かった。
「大丈夫なの」
そんなペンドラドの問いにロッドはうなずく。
「このぐらい、かすり傷だ」
ロッドは答えて、後を続けた。
「それよりお前はいったい。記憶は取り戻したのか?」
ウールヴァーンにしか認めたことのない、古代紫の瞳を持つ少女がロッドの目の前
にいる。
「精霊は?」
ペンドラドはそれには答えなかった。
「あの精霊が私からすべてを奪うと言ったから、私は逆にあの精霊から名を奪って
やったのだ。暗黒の名をむりやり精霊から摘んでやった」
そのかわりこんなにダメージを受けてしまったがな、とロッドは付け加える。
「精霊は消滅してしまったの?」
「いや、消滅はしていないだろう。ようするに元の【真なる名】に戻っただけだからな。
ただ相手もとてつもないダメージを…」
そこでロッドの言葉が途切れる。熱風が2人を襲った。近くに火の玉が落ちたからだ。熱だけ
は完璧に魔法陣も【闇の炎】も守ってはくれない。
空を見上げたペンドラドは息をのむ。
「どうした」
ロッドがたずねる。
「塔の上空に巨大な火の塊が…」
「ペンドラド、お前は逃げろ。お前までがこの都の滅びに巻き込まれることはない」
「いいえ、ロッド」
ペンドラドはきっぱりと言う。
「この【闇の炎】をつかえば塔だけでも守れるかもしれない」
ペンドラドの手の内に赤い宝玉がある。ロッドは同じ赤の瞳でそれを見下ろした。
「それは?」
ぞくと、赤い宝玉をみたとたんにロッドの背筋に悪寒が走る。
「これは、今【ファグルリミの都】に炎を降らせているものと同じもの。」
ペンドラドは隠さずに言う。それは聖なるというより、邪なる気をまとわせた玉。
「どうする気だ」
周りの炎はもはや青から赤へと変わり、うごめきながら触手を伸ばしている。
ペンドラドは炎と炎の間に、どういうわけかひとつだけ青白いゆらめきを見つけて
目をとめた。
「ロッドあれ…、精霊?」
「そうだ。あれはあの精霊だ」
ロッドはペンドラドの横で目を凝らした。
「あの精霊呼べる?」
「ああ?簡単なことだ」
ロッドがぼそぼそと何かつぶやくと、その青白いものはすうーっとペンドラドの前
にたつ。
「精霊よ。この人を守ることが出来る?」
「ペン!何を言い出すんだ」
ロッドはペンドラドの言うこの人が自分であることに気がついて叫ぶ。
『出来る。我としても、あのような暗黒のしがらみ解けた方がよい。たとえこのように弱り果てた
姿となっても』
青白い揺らめきは人の姿へと変化してそう告げる。
「それは了解してくれるということよね」
「ペン!」
ロッドはペンドラドの腕を再びつかもうと手を伸ばしたが、それをペンドラドは器用に
避けるとロッドへ向かって微笑んだ。
「ロッド。いいえ、長には生きていて欲しい」
もしかしたら救えたかもしれない人々。思い出せたかもしれない記憶。何をしたところで
埋め合わせなれないことはペンドラドにも分かっている。だが、それでもせめて…
「まて、ペンドラド!」
くるりと背を向けた少女へ、ロッドは言葉を投げかける。
「また・・、また逢えるのか?」
「ロッドが生きていてくれたら逢える。きっと」
上空では光が膨らみつづけて、今にも落ちてきそうに見える。
ペンドラドは塔に向かって背を向けると走り出す。
「ペンドラド、ここへ還ってきてくれ! そして私の名を呼んでくれ。【呼び声(セルゲーホ)】と」
「それはあなたの【真なる名】…」
もう振り向くまいと思っていたペンドラドだったが、驚きに再び立ち止まるとロッドの顔を見る。
【真なる名】があれば暗黒に染められた精霊のように、人格を支配し操ることも可能だというのに。
「うん」
ペンドラドはロッドに向かってうなずく。
「いつかきっとかならず」
ペンドラドは極上の笑顔をロッドに向けると、今度こそ背を向けた。
最後の最後にペンドラドが見たロッドの姿は…それは、燃えていく緑と緑の中に立っている
白い影。シルエットだった。
ペンドラドは【闇の炎】を上空へかざす。
「【闇の炎】よ。天なる光を放て!」
ペンドラドの言葉を待っていたように、【闇の炎】は赤い炎の柱をペンドラドを包み込んで上空へと
突き上げた。こらえきれぬように膨らんだ柱は、上空の熱と火の渦巻く塊に突き刺さる。
上空ですさまじい爆発音が響く。
「ペンドラド!」
ロッドは叫ぶ。もう炎の中で見ることのできぬ少女へ向かって。
ばしっと音がして、ロッドの腕の腕輪がとうとうという感じで崩れ去る。いれかわるように精霊が
守護結界を張った。そんなことも気づかずにロッドはつぶやく。
「精霊よ。頼みたいことがある…」
その先は轟音にかき消されて聞こえない。
炎の柱は一昼夜立ち続けた。こうして塔は歪みはしたものの、崩壊はまぬがれたわけである。
しかし、炎の柱が消え去った後には、ペンドラドの姿はなかった。

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