黄昏の覇たる王・第1話『いつか時を環って』
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「さあ、ついたぞ」
ウールヴァーンは馬より降りると、馬屋の中へと入っていく。
戦の最中も馬の世話だけは自分で行っていた。
ウールヴァーンは馬を枠組みの中へ入れると、鞍やくつわをはずしてやる。
ぶるるる…馬が鼻を鳴らした。
「ん、どうした?」
馬の様子に首をさすってやりながら、ウールヴァーンは顔を上げる。
そこに、枠組みから馬を出して入口へと向かいかけている人物を見つけると、
ウールヴァーンは名を呼んだ。
「ディスレーンス!」
そして駆け寄る。
「ウールヴァーン…」
彼の表情が淡く何かを躊躇したかのようにかげった。
「探したんだぞ。ロッドと森へ遠乗りへ行こうとしたら姿がないから」
「すまぬな」
ディスレーンスは灰色の瞳をウールヴァーンから反らすと、前を向く。
「どうしても逃がせぬ獲物を追っていてね」
「狩りか? 珍しいな」
ウールヴァーンは自分の方を見ようとしない男を見上げた。
「あともう少し…」
ディスレーンスは手綱より右手を放すと、皮手袋をはめた手のひらをじっと見つめる。
「あともう少しというところで、この指の隙間より逃してしまった」
そうして、その手のひらをぐっと握りしめた。
そんなディスレーンスの姿は灰色の髪を背後で結び、馬の背には簡単な荷物も結わえられていた。
その身なりは…
「それよりディスレーンス、その服装は旅の装束じゃないのか? 今もどったところだと聞いたが」
「見ての通りだ。いささかの装備を取りに戻ったがね」
ディスレーンスのあっさりとした答えが返ってくる。
「こんな時にどこへ行くというのだ?」
ウールヴァーンの声が硬くなった。
「ディス!」
ウールヴァーンはディスレーンスの乗っている馬の手綱をつかむ。
「見逃せぬ獲物なのですよ」
灰色の瞳がウールヴァーンを見る。
「狩りなど明日でもできる!」
ウールヴァーンの口調は命令調になりかけていた。
「この都に明日が来ると思いますか?」
ディスレーンスの口調が、からかうかのようにやけに丁寧になっている。
「どういう意味だ?」
「明日は来ません。このままでは」
「何を言っているんだディスレーンス。今日はロッドが長になる晴れの舞台なんだぞ」
「赤の輪が動き出せば、誰にも止められません」
「なんだって」
ウールヴァーンはその衝撃につかんだ手綱を放す。一つの言葉がウールヴァーンの脳裏に
浮かんでいたが、彼はそれを口にすることはない。
そのまま、馬屋の外へ向かってディスレーンスは馬を進める。
「おまえがアレを動かしたのだな」
「これは…勇者殿の言葉とは思えぬな」
「勇者…? やめてくれ」
ウールヴァーンはその単語を振り払うように吐き出すと、ディスレーンスの背へとぶつけた。
「…では、聞くが今【闇の炎】はどこにある?」
それには答えずに、ディスレーンスは自分の右腕から腕輪を抜くとウールヴァーンへ向けて
放り投げる。が、ウールヴァーンはそれを受け止めもしない。
「その腕輪には力ある言葉が刻んである。守りくらいにはなるだろう」
「私にはまだ死なれては困るというわけか?」
冷えた金属音を立てて、腕輪は石床に落ちて転がる。
「あなたも納得の上で役割を負ったはず」
言い捨てると、ディスレーンスは手綱を引くと馬を走らせた。
「ディス!」
ウールヴァーンは追いかけるが、馬に乗って行ってしまった相手の姿はすぐに遠くなる。
「わあ?!」
馬屋の入り口でウールヴァーンは人とぶつかった。
大仰な声を上げて相手が倒れる。
「すまん!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。ウールヴァーン様」
謝って行きすぎようとするウールヴァーンを、地面に倒れたまま相手は呼び止めた。
赤毛に琥珀の瞳が印象的な青年は立ち上がると、ウールヴァーンの前に立つ。
「まーた。どこ行く気ですか」
陽気な口調だが、しっかりとウールヴァーンの前に立ちはだかるのは、何か言い出したら
止まらない彼の事をよく把握しているからだ。そして何気ないように立っていながら、
隙がないのは青年が武人である事を示している。
「フィルザーイ」
青年の手には、ロッドが乗っていた馬の手綱が握られている。おそらくロッドに言われて
手伝いに来てくれたのだろう。幸いにも鞍は乗ったままだ。
「ちょうどいい、その馬を借りるぞ」
「なにを言ってるんですか、あなたは」
青年の目が見開かれる。万事、大袈裟なのが彼…、フィルザーイの特徴だ。
「長の認が始まっちまう」
「それでもだ」
ウールヴァーンは、フィルザーイの手から手綱を奪おうと手を伸ばす。
「そんな簡単に奪われると…」
フィルザーイが構えたときだ、ウールヴァーンは青年へ足払いを掛けた。
「わあっ」
今度こそまともにフィルザーイは倒れた。
「許せ!」
言うとウールヴァーンは馬に跨る。
「馬屋の床に腕輪が落ちている。それをロッドに渡してくれ」
「先ほど、ディスレーンス殿が出て行きましたね。それと関係あるんですか!」
フィルザーイが倒れたまま叫ぶ。
ウールヴァーンはそれには答えない。
「ロッドへはかならずここへ帰ってくると伝えてといてくれ。おまえもロッドも私の気まぐれには
慣れているだろう。だが、約束は守る。すぐ帰ってくる」
「ロッドにそんなこと言えるか! 自分だって今日を楽しみにしてたんじゃ…」
フィルザーイの言葉を最後まで聞かずに、ウールヴァーンは馬を走らせた。
◆
湯浴みを終え、正装をし、その他もろもろのロッドに言わせるとめんどくさいという以外の
何者でもない儀式の準備をすませ…、塔の一室からロッドは街を見下ろしていた。
(すごい)
ペンドラドは塔から街を見てつぶやく。
街にともされている灯と空に浮かぶ月のひかりで、街はさらに白くその姿をさえざえと見せていた。
塔を中心に建造物が同心円状に並んでいる。注意深くみると、街がゆるやかなすりばち状になって
いるのがわかる。街並みの白壁が光を反射して、塔に集めているのだ。
(まるで幻想でも見ているみたい。きれい…)
ドアをノックする音に、ロッドは部屋の方へと視線を戻した。
「エルトアルナです」
ドアの向こうでその人物は名乗った。
「何の用だ。長の認の儀式は月が天頂に昇ってからだろう」
「それが…、フィルザーイ様がウールヴァーン様からの伝言があると」
「ウールヴァーンの?」
ぴくりとロッドが反応する。
「それに、ディスレーンス様の姿と馬も見当たらないんです」
「わかった。今行く」
ロッドはドアの向こうのエルトアルナへ返事をすると、今一度、月下のファグルリミの都へと
目を走らせた。
ロッドの心の中に沸き上がったざわめきが、ペンドラドにも伝わってくる…。
「よう。ロッドの正装見るのは初めてだな」
塔の部屋の一室へ通されていたフィルザーイは、ロッドの姿を見ると立ち上がった。
「見たって楽しくもないだろう」
からかうような口調のフィルザーイにロッドも応じる。
「あんたが女だったら、もうちょっとは楽しいんだけどな」
「よくいう」
軽口をたたきながら2人は視線を会せる。不真面目なのではない、そうでもしなくてはやり切れない
あの戦場でいつのまにかそうしていた。信頼の上でのことだ。
「何があった?」
ロッドはフィルザーイへ問う。
「これをお前に渡せと」
フィルザーイが差し出した腕輪をロッドは手に取る。
「ウールヴァーンが?」
「そしてすぐ帰ってくるからと言って、行ってしまった」
言うとフィルザーイは頭を下げた。
「すまん。あの人を止められなかった」
そんなフィルザーイにロッドは微笑む。
「誰もあの人を止められはしないさ。帰ってくるというのだから戻ってくるだろ」

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