黄昏の覇たる王・第1話『いつか時を環って』
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数々のたいまつに照らされて、白い石自体が発光しているようにも見える。その中でも中央の
塔は、街の光を浴びて今はすっかり暗くなった夜空に、白い姿を浮かびあがらせていた。
(自画自賛になってしまうが、美しい街だと思う。だが、何か足りないと思わないか?)
(なんだろう…?)
人々は確かに行き交っている。だが、ロッドと同じく街の人たちも薄いカラーをしていて、
そのまま白く光る街に消えてしまいそうにも見えた。緑の葉に白き民の白き街。なにか、
印象が散漫としていて、とらえきれない。
(あえて言えば活気がない…?)
(男手がほとんどないんだ)
ロッドの言葉にペンドラドは周囲をのぞき込んだ。
(あ…れ?どうして)
街を過ぎていくのは女の人、あるいは男でもまだ小さな子供か老人のどちらか。
(私くらいの年齢から、ちょうど働き手である年齢のものがね、いなくなってしまった
といえば…)
そのまま途切れたロッドの言葉の後を、ペンドラドが後を継ぐ。
(戦があったのね)
(さっきのエルトアルナの兄なども、その犠牲者の1人だ)
ペンドラドは、ロッドのひとの良さそうな従者の顔を思い浮かべた。
(でも、もう終わったんでしょ。女の人の顔も穏やかだし)
なぐさめるような気持ちと一緒に、ペンドラドの言葉が伝わってくる。
(ああ。けれども、皮肉なものでね。当時より、戦が終わった今の方が人口の減少が
ひどい)
ロッドは塔を見上げた。
(もともと人口の多くない我が一族と【ファグルリミの都】にとって、まさに【大いなる戦】
だったわけだ…)
(【大いなる戦】…? 【ファグルリミ】?)
ペンドラドはロッドの言葉を繰り返した。
(その記憶もないのか? この大陸を支配した終わらぬ騒乱を)
その辛い記憶のせいか、ロッドの言葉はどことなくきつい。
(ごめんなさい。けれど…なにか)
(いや、すまない。きつくなったな)
復興に力を入れ、吹っ切って前に進もうとしつつも、割り切れないものが出てしまったらしい。
(平気。でも、【ファグルリミ】という言葉がなにか気になるの)
ペンドラドは、自分の【真なる名】のことを思ったときと同じような胸の高鳴りに再び襲われて、
動揺する。その不安感はかくしようもなく、ロッドへ伝わってしまっているのだろう。
(大丈夫か?)
ロッドはトルクに手を触れる。
(しかし、【ファグルリミ】が気になるとは…記憶喪失と我が都が関係あるのか)
(分からないけど、すごく不安なの。はやく思い出さないといけない気がする)
苦し気なペンドラドのつぶやきに、ロッドはトルクを握り締めた。
(なんにせよ、ペンドラドは私の客人。私に出来るだけのことはするから)
(ありがとう)
思い出さないといけない…、けれども今はそのことにこれ以上、ペンドラドは触れたくなかった。
めでたいはずの祭事にふさわしくない気がした。月に差しかかる雲のような。
(でも、【大いなる戦】とウールヴァーンとが何か関係あるの?)
だから、ペンドラドは話をそらした。
(ああ、その話しをしていたのだな)
ロッドは、塔までたどりつくと中へと入っていく。塔のなかは真っ暗で、螺旋状の階段にそって
ランプが点々と灯されていた。ロッドは、そのうちの一つランプを開けるとペンドラドには
分からない言葉をつぶやいている。
「火霊に灯を借りた」
ロッドの両手の間に、青白い光が出現していた。そうしてそれを空中へと放ってやる。
蛍に似たひかりが、螺旋階段の円形のドームのような空間を昇っていく。
石壁に塗られた何かが浮かび上がる。
(壁画?)
「創世の壁画だ」
ロッドは言うと朗読するように語りはじめた。
「八つにして神聖なる神、すべてを支えつなぐ八つの環を鍛えて世界を創造した」
上昇する光はやがて天井にたどり着くと、天井の絵を照らしだした。
八つの環が、重なるようにそして少しづつずらされ…さらに環が環を造るように
丸く絵がれている。
「そののちに【覇たるもの】に創造した世界を運行するべき法を与えた」
伝説は語る。なぜなら、神々は世界を去らねばならず、残るべき【覇たるもの】に
世界をゆだねたと。しかし、なぜ神々が去らねばならなかったを伝説は語らない。
「大地に生まれた人は、いつしか力の違いにより八つの一族に別れた」
そして、八つの一族は大地に境界を引き争った。それは長い長い殺し合いの歴史の始まりだった。
やがて【大いなる戦】と呼ばれるようになるほどの。
「私が生まれる前からその戦は続き、だが戦に終止符を打つことが出来た男がひとり
だけいた」
(それが…)
「そうだ、ウールヴァーンだ」
ロッドは彼の姿を思い浮かべるように目を閉じる。
黒と見違うような藍の髪と、古代紫の瞳を持つ親友の姿を。
「まだ小競り合いが起きそうな地方もあるが、それもおさまりつつある」
(あれ…? ではウールヴァーンはどの一族の人なの)
ペンドラドの問いにロッドは目を開いた。
「どの一族のものでもない。誰もあいつのような古代紫の目を持たない。やつの弟でさえ、ただの紫で
あのような瞳の色は持たぬのだから」
そんなロッドにペンドラドは言葉を紡いだ。
(分かった…)
「え?」
(ロッド、あなたは知りたくて苛立っているんだわ。ウールヴァーンが何者なのか。
共に戦い、心を共にした、彼のことを)
いささかの沈黙の後、ロッドはうなずく。
「そうだな」
そして微苦笑を浮かべながら、塔の階段を歩き出した。
「事実、私は彼のことを何も知らない。少しでも知りたくて、今日は遠乗りに森へなど
誘い出した。もっとも、雑談をしただけで何が分かったわけでもないが」
階段の壁画が目に入ってきた。伝説の一節なのか、争う人々の画だ。長い争いの歴史。それだけに
もし、それを終わらせる人物がいたとしたらその存在は重い。
(彼のことが知りたくてなんて、変なの)
真面目なロッドの口調をからかうように、ペンドラドのそれはロッドへと届いた。
「変とはなんだ!」
(怒らないでよ。だって、そうじゃない。あなたは共に毎日を過ごして、毎日の彼を知って
いるのではないの)
ペンドラドの言い分にロッドは無言のままだ。
(彼がどこから来たかなんていう過去のことではなくて、今のウールヴァーンを知っている。
彼のクセや笑い方。こんな大切なことが分かっているのに…)
突然、ロッドの方が笑いだす。
「確かに、確かにそう」
(そんなに笑うようなこと言ってないけど)
笑われて今度はペンドラドの方がムっとなる。
「いや、自分にあきれているのさ。まったく、君の魂ではなく体に入った姿というのもみてみたい
ものだと思ってね」
そうしてロッドは創始の間を抜けて、さらに上の階へと続く階段をのぼりはじめた。
「ましてや、ファグルリミが関わっているかもしれないとなれば、この出逢い偶然ではない
のかもしれないしな」
(そんな大袈裟な)
しかし、風が二人を巡り合わせた。
(そう、さっき話しに出てたディス…)
「ディスレーンスか?友人だよ。一緒に戦ってきたウールヴァーンと同じくらいの」
ロッドが出会ったとき、ウールヴァーンの横にはすでに彼はいた。
「それが何か?」
(ううん。誰かなと思って)
しかし、ペンドラドはその名を知っているような気がした。
二人が通り過ぎた創始の間で、ロッドが借りた火霊の明かりが消えて、闇に壁画は溶け込んだ。
◆
ウールヴァーンはファグルリミの街並みを歩き出す。ふと、思い出し笑いが浮かぶ。
ロッドが突然、彼の部屋へと正装でやってきて、
「息抜きに森へ遠乗りに行くんだ。ウールヴァーンも行くだろう。ああ、この正装じゃ
動きにくいな。お前の服を貸してくれないか」
なんて言い出したときには驚いた。
「それと、ディスレーンスも誘ってな」
人がまだ行くとも言っていないのに話しを進めてしまう強引さが、いつものロッド
らしくなかった。
「最後のわがままか…」
ウールヴァーンはつぶやく。でも、今日からは違う。しかし、きっとあれは良い長に
なる。ウールヴァーンにはそんな予感があった。

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