黄昏の覇たる王・第1話『いつか時を環って』

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 ペンドラドには風が柔らかく、自分を包んでくれているのが分かった。けれども、風の言葉は 分からなかった。温かさは伝わってくるが、自分はやはりここでは異質の存在なのだ。
「なぐさめるだけなら私にもできるが」
 そんな声が背後でした。
 ペンドラドは振り返る。そして驚く。
 緑の森に淡い、淡すぎるその男の風貌。白い髪に白すぎる肌。色がない。
「私の顔になにかついているかい」
 男はペンドラドの視線が、自分の顔に固定されているのを見ると言う。
 そして、なんて印象的な瞳なのだろうか。赤い瞳が、ペンドラドをみていた。
「あなたには私がわかるのね」
 堰を切ったようにペンドラドは男へ言葉を投げかけていた。  言葉が伝わるといううれしさと、不安に心が騒ぐ。  風が突然あらわれた彼を歓迎するように、白い髪をそよがせる。風のそんないたずらに男は 表情を和ませると、視線を空中へと移した。
「風が騒ぐので来てみれば、この森で私のほかに風と心を通じる者がいるとは。きまぐれな、風霊達よ。 お前達がみつけたこの人は、お前達の仲間ではないのだよ。よく似ているが」
 そう言って視線をペンドラドの方へ戻すと、黒馬の手綱を引いて近づいてくる。
「私は…?」
 不安気につぶやくペンドラドの体を包むと、風は男の方へと押しやった。
 すべてをこの男にまかせろというの? ペンドラドは心の中でささやいた。
「やはり、風霊と心を交わしているようだな」
 その様子を見て、男は微笑んだ。
「今、君は迷い魂になっているのだよ。体から魂だけが抜け出してしまったようだ」
「そんな…」
 そしてペンドラドはひとつの現実に気がついて、愕然とする。
「その様子だと自分がどうして体から抜け出してきてしまったか、分からぬようだな」
 男が指摘したように、ペンドラドにはそれが分からなかった。
「記憶は体の方に置き忘れてきてしまったか…」
 分かるのは、ペンドラドという自分の名前だけだった。
「ロッド! どこにいるんだ!」
 ふと大気はかすかに震え、森に声を響かせる。
「ウールヴァーン?」
 男は自分が来た方を振りかえった。
 下生えを飛び越えて白馬があらわれる。騎手はロッドと呼んだ男の前で馬を止めた。
「ロッド。風がお前に何を教えたのか知らないが、なにも人を置いていくことはないだろう」
 彼は少し非難めいた口調でそう言うと、馬より降り立つ。
 ペンドラドは新たにあらわれた男の方にも目を奪われた。ロッドのまっすぐな白い髪に対して、 ウールヴァーンという名らしいこの青年の髪は黒、そして軽く波打ちながら肩へと流れている。なにか 対照的な一対だった。
「ウールヴァーン様、私はただあなたの行動をマネてみただけのこと」
 不機嫌そうなウールヴァーンへ、ロッドがたのしげに答える。
「いつも周囲のことなど何も考えずに、思う道を突き進んでしまうあなたのね」
「わざとらしく、人の名前に様などつけるな」
 ウールヴァーンは少し口調を強めるが、穏やかな表情から怒っているわけではないことが読みとれた。
「少しはね、後ろから追いかけていく人間の身にもなって欲しいので、先にこさせてもらっただけさ」
 戦場でつっぱしられた日にはこっちの命がいくつあってもたりんよ…続けてロッドはそうつぶやく。
「だが、何もなかっただろう」
 平然とウールヴァーンはいう。いままでもこれからも、その身の無事を確信するように。
「それに背後にロッドがいてくれて、守りになにをためらう必要がある」
「私はいつもあなたの背後にいられるわけではない。ましてや、これからは…」
 今度はロッドの口調が強められた。が、ウールヴァーンはそれをさらりと流すとペンドラドの方を向く。
「ほう。これが風が見つけたとかいう、何かと思えば…人の魂ではないか」
 彼にはペンドラドの姿が見えるらしい。
「なかなか見事だろう。とても迷い魂には見えない」
「そうだな。迷い魂というのはどんなものにせよ、それなりの衝撃を体なり精神なりにうけた拍子に なるという。なのにこの魂はまるで傷をうけていない」
 生者でもなければ、死者でもない。その存在のあいまいさが、逆に2人の目を引いた。
 そして、その不安定さ不確かさが風という目に見えぬ存在に通じる。
「だが、記憶がないそうだ。…風がつめたくなってきたな」
 ロッドは自分の馬の鞍にかけてあったマントを手にとると、少女に渡そうとして受け取れないこと に気がつく。
「私の体は無事なのでしょうか?」
 分かるはずがないと思いつつも、ペンドラドはそう尋ねないではいられなかった。
「君の体は死んでいない。魂がこれだけ生気を放っているくらいだ、体を見つけさえすれば もとに戻れるはずだ。ただ、何があったのかは分からないが」
 ロッドはペンドラドに向っていうと、言葉を続ける。
「それまで、私の招きを受ける気はないか?」
 ロッドのその申し出に、ペンドラドは居所を見つけて急にほっとしつつも戸惑う。多分、このひとは 自分の不安を読み取って言ってくれている…そんな確信があった。
「大丈夫だ。ロッドのいうことは聞いておいたほうがいいぞ。悪いようにはならないはずだから。 それに夕暮れも近い」
 ウールヴァーンは言うと、どこかせかすように馬へと跨った。
 沈みゆく日の光がウールヴァーンの髪を照らす。黒髪に見えた髪が、光彩を放った。黒ではない、 その髪の色は深い藍であることにペンドラドは気が付く。
「ほら、風もせかしているぞ」
 風でロッドの髪がなびいた。
 ペンドラドはそれを見てうなずくが、
「でも、どうすればいいの」
 幽体のまま立ちつくす。いまの自分はロッドに触ることすらできないのだ。
「では、私の客人」
 ロッドはにっこり笑うと、服の下から首飾り…トルクを取り出した。  トルクは銀色の台の中央に琥珀色の石がすえられ、それを彩るように周囲は細かい銀細工で 縁取られている。
「…?」
「おい、ロッド。その娘、良く分かってないようだぞ。ちゃんと説明してやった方がいいんじゃないのか」
 ウールヴァーンが馬上から声をかけた。
「ふむ」
 トルクをいじりながらロッドが説明しだす。
「この琥珀の石は感応力が非常に強くてね。簡単にいうと、体に戻るまでの間、 この石に宿ってもらおうと思ったわけだ」
 無言のペンドラドにロッドは言葉を継ぐ。
「誰もが今の君の姿を見ることができるわけではない。むしろ見ることができない者の 方が多い。けれど、やはり空中をさまよう魂を見るのは、人によっては心臓に悪いと思わないか」
 そういえば君の名をまだ聞いてなかった、とロッドが付けたす。
「ペンドラド。ペンドラドよ。でも、あなたの心臓は私を見ても止まる気配もなかったわね」
 ペンドラドは自分の姿をみても驚きもしない男に、何か言ってやりたくなった。
「人によってはといったろう。」
 ロッドとペンドラドのやりとりに、ウールヴァーンが笑い声を上げる。
「そりゃあいい。よかったなロッド誉めてもらって」
「ウールヴァーンだって、心臓止まらない口だろう」
 ロッドは一言やり返すと、ペンドラドへ向き直った。
「本当なら私の体へ入ってしまえといいたいところだが、それにはお互いの【真なる名】 を知る必要がある。だがペンドラド、君は自分の【真なる名】を私に教えられるほど信用しては くれていないだろう」
 【真なる名】は通常呼ばれる通り名とは別に、生まれた時などに与えられる隠し名で、 それを知れば他人を支配することすらできる。それをロッドはどちらでもかまわないという ような顔をしていう。
 ペンドラドはためらいがいに首を振る。
「やっぱり本当に戻りたいのは自分の体だから」
 正確には【真なる名】すら記憶になくて言えないからなのだが、自分の【真なる名】に対して ペンドラドの心の中では警鐘が鳴り響いていた。決して他人に告げてはならない。記憶がないのにそんな 気持ちがわきあがってきて、ペンドラドは自分に驚く。あるいは、今の状況と何か関係あるのだろうか。
「ああ、そうだな」
 ロッドは優しくいうと、トルクをいじっていた手をペンドラドの額にかざして2、3言 つぶやいた。ペンドラドには何と言っているのかは分からない。聞いたことのない音だ。 【全知の言葉】という、ロッドの一族が精霊と語るためなどに使う言霊だという。
 硬質な音の響きを聞くうちに、ペンドラドはいままで広かった視界、風の視点が狭まるのを感じた。




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