黄昏の覇たる王・第1話『いつか時を環って』
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ペンドラドは塔を見上げた。古代紫という色を持つその目が、何かを感じてか辺りを
見渡す。急に無風になったせいか息苦しくなる。
「なんだろう、気のせい?」
辺りは太陽があいも変わらずに廃虚を照りつけ、陽炎をのぼらせ続けているのみだ。
ひとつ気がつくのは、街が荒れ果てているのに比べて塔が無傷なことだ。
動悸がなぜか高まっていく。
「なに…?」
ペンドラドの視線の先、塔の下に音もなく出現している白い影があった。
ペンドラドは目をこする。陽炎という大気のゆらめきが創り出した、幻のような淡い
人影だ。
ペンドラドと人影が向かい合ったとたん、止まっていた風が再び動きだしていた。
ザザザザザ……
砂と共に風が二人の間を過ぎていく。
風によって二人の髪や衣服が同じ方向になびく。その事実が白い影が幻などではなく、
確かに存在するものだという事を教えてくれていた。
「あなたは誰」
ペンドラドが思わず踏み出した一歩が、乾いた砂にのめり込んで、きしむような音を
たてた。対して近づいてくる白い影は、現れた時と同じく歩みにも音がない。
白い影は間違いなく、ペンドラドの方へと近づいてきている。
やがて近づいてくるにつれて、その影が白いローブで身を覆い、顔ですらもフードで
隠されているのだと分かる。ペンドラドがターバンを巻いていたように、それは荒野
では珍しい格好ではない。
そうしてペンドラドはもう2、3歩を影の方へと歩みよって、すぐに立ち止まる。なぜなら、
影はすでにペンドラドの目の前にあったから。そしてペンドラドはのぞき込むようにして、フードの
奥を見上げた。
「お前は、私のあの人ではないのか?」
影の静かな声だった。
「あの人はよく風と共にいた。今日は風が騒ぐので、やっと帰ってきてくれたのだと思った
のだ。あの人が…」
影は、視線をふいと雲も見あたらない快晴の空へと向ける。
ペンドラドもつられて青い空を見上げた。
「あの時、あの夜というべきか、空から火と熱の塊が降りてきて街にひろがると、炎は
なめるように家々を燃やしつくしたのだ。森も、人も、すべてを。そして塔だけが残った」
影の声をききながらペンドラドは、空が暗転して降りそそぐ炎に彩られたのを見た気がする。
が、はっとして凝らした空は青く晴れ渡っている。
「この都が滅したのは遥か昔のことなのに、まるで自分がみてきたように語るのね」
「私は、その時より待ち続けているのだ。生きろと、そうすればまた逢えるといったあの人の
ことばを守るために」
とたんその言葉に反応したかのように、ペンドラドの脳裏へとなにかが流れ込んできて
フラッシュバックした。
照らし出されるかのように浮かぶ映像に、ペンドラドの意識は瞬間とおのいて、目眩におそわれる。
それは風景。緑色のながめ。そしてその中に立っている何者かの姿。
己の記憶ではなかったし、ましてや今目の前に広がっている光景ではそれはありえない。
「これは…誰の記憶なの」
ペンドラドは何故か胸が痛みだすのを止められなかった。
「なんなの、この気持ちは」
そのまま苦しくてせつないような胸へと手を持っていき、服の上から胸をつかむ。
「もしかして、これは…この子の記憶?」
ペンドラドの手のひらが懐にしまわれている【それ】にふれていた。
そうして【それ】を外へと取り出す。
「それは…。そいつをどうしてお前が持っているのだ?」
ペンドラドの手の上にある【それ】を見て、影の声色が始めて変化した。
その手の上にあるのは、握りこぶしより少し大きいくらい宝玉だった。
「お前は何者なのだ」
影の声が感情をはらむ。
「あなたの方こそ、この宝玉のことを知っているなんて」
ただの宝玉ではない。赤い…鮮血のような色を持つ珠である。それを懐から取り出すのは、今しも
己の心臓を取り出すかのようにも見えた。
太陽の光をあびて【それ】は、血をしたたらせる変わりに反射光を朱に染めあげた。宝石としての価値は
もちろんのこと、しかしその輝きは人に暗い欲望を幾つも抱かせてきたはずだ。容易にそれが想像できるほどの
見事な宝玉である。
「お前は…」
影がつぶやき、
「あなたは?」
ペンドラドが問う。
その時、二度目の異変が起きた。
「…!?」
ペンドラドの手の内より、一条の光が立ち上がり空中へと放たれた。天頂より陽はいささか傾いた
とはいえ、それは太陽の光にも負けぬほどの赤い光線だった。
やがて光線はふくらみ、完全にふたりを包み込む。
「この宝玉もあなたのことを知っているのね。だって、この宝玉…まるで、あなたの言葉に
反応しているよう…」
ペンドラドの声の後半部分は切れ切れとなり、光の中で霧散した。
どうしてか、再び映像がペンドラドの中へと流れこんでくる。今度のはなだれ込んでくるといった方が
いい。あまりの量のそれにペンドラドの意識は四散していく。
緑・緑・緑、頭の中が摩擦熱を起こすかに白熱した。
そのながめは、荒野の赤茶けた大地しか見ることのなかったペンドラドには、懐かしい色でもあった。
風は吹く…
◆
風…、私は風になったのだろうか…。ペンドラドは時間もたつのも忘れて、ぼんやりと
そんなことを考えていた。なぜなら自分の感じているその感覚を、どう言葉にすればよいのか
分からなかったからだ。
それは自分の視界の外までも続いている緑の森を、風になって見下ろしている、そんな表現が
一番しっくりとくるのではないだろうか。これは地上を這いずる人の視点ではない。
木の葉がそよぎ、小鳥がさえずりながら飛んでいく。木の梢をリスが足早に過ぎ去っていくのが
分かった。鳥たちは自分のねぐらへ、リスは幹にある小さなうろへと帰って行く。
流れる映像として周辺の様子が分かる。だから、これは風の視点。自分は宙にいる。
時は夕刻。生き物たちの気配が夜のものへと変化していく。森のざわめきが、棲家へ 帰っていく
生き物達といっしょに静まっていくのを感じる。
ふと、自分はどこへ行けばいいのだろう…そんな感情が浮かんだ。このまま、どうなってしまう
のだろうか。なにより人に私の声は届くのか…。ゆらゆらとただよいながら、そんな気持ちが
生じる。
風がそんなペンドラドの心を読むように、彼女のまわりでざわめいた。
「なぐさめてくれているの?」
そうつぶやくペンドラドを、風は上空から大地の上へと運ぶ。ふわりとたよりなく、逆らおう
にも出来ずそうするしかなかったのだが、風に身をまかせペンドラドは大地に降り立った。

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