黄昏の覇たる王・第1話『いつか時を環って』

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 ふいに、風はいたずら心でも起こしたらしい。小さなつむじ風を出現させると、 行く旅人へとじゃれついた。
 水を忘れた荒野の砂が、まきあげられる。
 あたりに遮るもののない、荒野の風はヒリリと熱い。
旅人は熱い風と砂とを同時に吹きつけられると、手をかざして目を細めた。 そうして、手をかざしたまま空を見上げる。
「今日も雲ひとつない。こんな遠くまで、よく来たものね」
 強すぎる光線に、灼かれ荒れた大地。生命の気配はない。
 乾ききったこの地で、肌もあらわになるような服装をしていたのならば、体内の 水分は熱に奪われ生命の保証はないだろう。だから、行く旅人の姿は直射日光と砂 とを防ぐために、頭はターバンで、口元の方は首に巻かれた布で隠されていた。ま とっているマントだけが、風に命を与えられたかのようにはためいている。
「それにしても今日は風が強い」
 遠く地平線は、まきあげられた砂でけぶっていて、よく見ることができない。昨 日まではこんなに風は荒れていなかったというのに。
「どうしたのかな」
 ふとつぶやく口調に微かな不安がまじる。
 一陣の風が、旅人の背を押す追い風となって過ぎていった。
「風にちょっかいかけられている気分ね」
 風にあおられて、旅人は自分に向かって言う。何度目かの追い風に、背を押さ れて足がもつれた。
「それとも、なにか言いたいことでもあるの」
 歩きにくさに思わず湧き上った小さなかんしゃくを、風に向かってぶつける。
 言って、旅人は苦笑した。多分、独りが長くて自分は人恋しいのだろう。耳元で びゅうびゅうと鳴る風が、何かを自分に伝えたいことがあるように聞こえてくるの だから。
 苦笑を浮かべたまま、旅人は言う。
「いいえ、ものを尋ねるときはまず自分の名前を名乗るのが先かしら」
 人恋しさに身をまかせたまま、旅人は言葉を続けた。誰もいぬ荒野、この程度の 悪乗りは許されるだろう。
「私の名前は、ペンドラド」
 風音に小さなつぶやきはかき消されていく。だが、いままでにない突風が巻き起 こって走り抜けた。
 そんな拍子に長旅にゆるんでいたのか、ターバンがほどけて風にさらわれる。こ ぼれおちた髪を、慌てて手で押さえながらふりかえったときには、ターバンは手の 届かぬ上空へと飛ばされてしまっていた。あらわになったのは、艶やかな黒髪…、 いや強い日差しの下で光彩を放つのは濃い藍色の髪だ。少女の表情はあっとなり、 それからその瞳が笑う。
「ずいぶんな挨拶ね」
 風に向かって言って、ペンドラドは自分の向かおうとしていた方角へと足をかえす。
「残念ながら、私ではおまえたちのささやきは聞きとれない」
 見たことない昔をうらやむように、ペンドラドは目を伏せた。
「かつては精霊のささやきに耳を傾け、その声を聞き取ることができた一族がいたと いうけれども」
 そうつぶやいて視線を上げる。
 強風がかえって、視線の先の砂塵を吹き飛ばしてくれたのか、急に視界がひらけて 地平が見えていた。そのまま、立ち止まる。
「あれはなに?」
 視線の先に、大地に同化するかに、けれども自然にできたにしては不自然な、天に 向かって立つ突起を見る。
「塔?」
 間違えようもない、それは自然が造ったものではない。人工物だ。
「では、あそこがあの人が行けといっていた【ファグルリミの都】」
 朽ち果て、大地にかえりゆく塔。風が吹かなかったのならば気がつかなかったかも しれない。
「もしかして、教えようとしてくれていた? まさかね」
 自分以外の人影を見ることのできない荒野の、まるで目印のような塔へと向かって、 ペンドラドは歩き出した。
 その場に残された風が、少女へと自分の名を伝える術をもたぬのを悔しがるように、 砂を空中へとまきあげた。


 王都より続く【東の道】をたどっていくと、今は赤茶けた不毛の大地へとたどりつく。 ただ黙って立っているだけでは、命あるものは発見できない荒野に。
 【東の道】といっても、舗装された道があるわけではない。いや、かつてはあった。 【九大聖都】のひとつに数えられ、言霊を操り精霊と語った一族が治めた【ファグルリ ミの都】が、この世に存在した時には。
 けれども、かの一族ははるか昔に滅び去った。
 ここは今はなきものたちの忘れ形見の地。

 ペンドラドは、街の中へと入っていく。
 今度は風がぴたりとやんでいた。
「これは」
 石造りだっただろう街並みは赤茶け崩れつつある。長年の風にさらされ、完全になく なる日も遠くではなさそうだ。ただ、その崩れ方が塔へと近づくにつれて異様になって いくのだ。家々の名残と思われるものが、まるで溶けたかのようにひしゃげていた。 塔を中心として同心円状になぎ倒されている。
「【ファグルリミの都】は、都を取り囲むようにあった森ごと災厄にあったというけれども」
 そうして、この地は荒野となった。陽炎が街を包み込んで、見えている光景をゆらゆらと蜃気楼の ようにみせてくれている。
 【ファグルリミの都】の滅亡には謎が多い。ひとつの一族をひとり残らず消し去ってしまった 災厄とは…? とはいえ、それが起こったのは、今この大陸を治める王朝が興隆した頃、遠い昔の話しだ。
「なぜこの地を訪ねろといったのか、あの人は」




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