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鳥が落ちたのは、それはおおもとであるペンドラドの身に何かが起きたことをしめしていた。
ペンドラドの受けたダメージの余波が幻影にも伝わって来たに違いない。そして幻影を乱した。
ロッドはぎりっと唇をかみ締める。その手元で鳥は琥珀色の石の破片に戻っていった。
役目を終えた破片はもはや破片ですらなく、ロッドの手のひらの上で砕けて、琥珀色の粒の山と
なっている。
「ここが最終地点なのか?何もあるようには見えないが…」
ロッドの手の上の粒を風が吹き流しはじめた。
「いいだろう。外から押すばかりが扉を開く方法というわけではない」
そしてロッドは空中に粒をばら撒く。
「風よ、描け。力ある紋様を!」
◆
ペンドラドの手から【闇の炎】はすべり落ちてころがった。
「うぐっ!」
【闇の炎】から放たれた赤い光がペンドラドの右肩を射抜いていた。ペンドラド自身も
そのまま床へところがるように倒れる。
「【闇の炎】」
倒れたままペンドラドは、顔だけ上げて腕の先におちている宝玉へと届かぬ手を伸ばす。
【闇の炎】は今は穏やかな光をただよわせて床に転がっていた。
『【闇の炎】はそなたの血を欲しているようだぞ』
ルビュールはペンドラドを見下ろして、笑う。
「私の血しか欲しないというのなら、いくらでもくれてやる」
ペンドラドは肩を押さえて立ち上がるが、痛みによろめいてそのまま柱へ寄りかかった。
右腕が動かせなかった、いや動かない。
『そなたも、このような石など手放してしまえばよかろうに、そこまでして【闇の炎】
を背負い込んで何の利益がある? こんな荒野に来てまで』
ルビュールはすべてを確信したように、ころがっている【闇の炎】を拾おうともしない。
「あの石はいつ人に牙を向け、血肉を貪るかわからない。そんなものを放つ訳には…」
『おりこうさんなのだな』
侮蔑がルビュールの顔に浮かんだ。
ルビュールの言葉にペンドラドはカッと視線を上げる。
「ファグルリミへ行けというのはルビュールの言葉だ。私はそれを守っているにすぎない」
いささかの沈黙が2人の間に落ちた。
『そのような記憶、この娘の中にはない』
そんなルビュールのつぶやきをペンドラドは聞き漏らさない。
「あなたは誰なんだ。ルビュールの中に入ってこんなことをして!」
ペンドラドの視線だけが生気を失わずにいた。
しまったなというようにルビュールが舌打ちをする。
『まあよい。もう終わりだからな』
今度こそ本当にルビュールの手の剣がペンドラドへ狙いを定めた。
『来い【闇の炎】よ。この娘の血と肉を贄として捧げよう。我が手の来よ!』
ルビュールの言葉にペンドラドは目を閉じる。
『なんと! 観念でもしたか』
「違う」
静かに、ペンドラドは声を出す。
「【闇の炎】よ。私がお前に攻撃の命令を出したのはたったの一度だけ」
それは【ファグルリミの都】の塔を守ろうとした、あの時。
そしてペンドラドは決心したように目を開く。
「再び私に命令させたいか。私とお前は離れられぬ」
『【闇の炎】は血塗られた手の方を選ぶ。その身に血を浴びたくないのか』
ペンドラドとルビュール、二人の呼びかけが【闇の炎】を呼んだ。
「唯一にして絶対なる理で私と【闇の炎】は結ばれている。【闇の炎】よ、この手に戻れ!」
ペンドラドの声は命令となる。
『【闇の炎】よ。我が手のこそ来い!』
ペンドラドの声にルビュールの声が重なる。
穏やかだった【闇の炎】の光が再び強くなっていく。
やがて【闇の炎】の光は再び力を帯びると、赤い光線を放った。先にペンドラドを射たものと
同じ光を。そして、その光の向かう先は……
『なぜだ、【闇の炎】よ』
ルビュールが声を上げた。【闇の炎】がペンドラドの方を選んだから。
光線はひとつだけではなかった。次々とルビュールの体へ向けて降り注ぐ。
ルビュールの体をかすり、体を射る。あたらなかった光は背後の水晶の壁に、大理石の床に
突き刺さって、破壊した。
「駄目だ【闇の炎】。ルビュールを、ウールヴァーンを傷つけてはいけない!」
ペンドラドが命じたのは、ただ自分の手に【闇の炎】がかえってくることだけだった。
なのにそれはそれ以上の行為を行っている。ペンドラドは【闇の炎】へ駆け寄ると、
動く左手でその宝玉を抱え込んだ。
とたんにペンドラドの体は赤い炎に包まれた。
今度は声すら上げられなかった。
『はあ、はあ。【闇の炎】があわてて消したか』
ルビュールは射ぬかれた腹部を押さえる。けれども血は流れない。
ペンドラドはルビュールの前で声も上げずに倒れ込んでいた。少女を包んだ炎は
しかし瞬間にして消え去っていた。けれどもペンドラドが起き上がる気配はない。
『愚か者が…。放っておけば、我は消滅していたかもしれぬというのに』
なんというお人よしなのか…、ルビュールは剣をペンドラドへと向ける。ペンドラドのその手
にはしっかりと【闇の炎】が握られていた。
ルビュールは、いや【苦難の運び手】は危険を感じはじめていた。ペンドラドという存在に。
『【闇の炎】をあそこまで変えてしまったのは、お前か』
【苦難の運び手】が見てきた【闇の炎】は、力の代償に大きな災厄と血を求むるものだった。そうやって
【闇の炎】は使い手を選び、また新たな主人へと乗換えて来たのだ。より大きな災いのために。
ペンドラドと【闇の炎】には、今までの使い手以上の絆がある。【闇の炎】が血を拒むほどの。
それはいったい何なのか。
『【闇の炎】よ。今、目の前の血よりも、目の前の人間の生を選ぶとは…な』
お前は【闇の炎】を持って還ってこれるか…、そう命じたディスレーンスの言葉が
ルビュールの中で蘇る。
『だが、この宝玉を持つにはペンドラド、お前はおろかすぎた』
ルビュールの剣が振り下ろされる、かというときだ。ペンドラドの首の首飾りがすさまじい
光を放って砕け散った。
それは細かく、こまかく舞う光の粒子となり琥珀色に、金にも似た輝きを放って外へと向かって
行く。さながら小さな爆発だった。
からみつくような粒子の嵐にルビュールは体を傷つけられながらも、体をかばうことはしない。
ルビュールの金の髪が金の光の中で舞った。
「いいだろう、ロッドここはそなたの顔を立ててやろう。この美しい光の乱舞をいましばらく
見ていたい気もするが、今は引いてやろう」
狩人に深追いは禁物、ルビュールは最後に光の舞に更なる演出を加えるように、光の残像を
残して姿を消した。
もっとも、その演出を見るものは誰もいなかったのだが…
◆
風の動きが激しくなる。さらに激しく…、そう思ったとき、いきなり辺りがロッドの目の前
で無風状態になった。
護りが瞬時にして消え去り、目隠しされていたものが大地に出現する。
大地に魔方陣が描きだされていた。
「転移陣?」
ロッドは魔方陣に刻まれている文字を読み取ってつぶやく。そしてためらいもせずにその中央
へと立った。そしてロッドの姿は大地から消え去った。
「ここは…?」
ロッドが立ったそこは無残な姿で荒れ果てていた。敷石は欠け、柱が傾いている。
その中で同じく無残な様子で、ペンドラドが倒れていた。
ペンドラドはロッドに支えられて、近くの柱に上半身を寄りかからせた。
「ルビュールは?」
あまりはっきりとしない意識のなかでペンドラドがロッドに向かって言った、それが第一声だった。
「ルビュール? あの女のことか」
ロッドは【苦難の運び手】に操られていた少女の顔を思い出す。
「いまはもういないようだ」
ロッドが【苦難の運び手】に心を引き裂かれたように、ペンドラドの心も引き裂かれたのだろう。
ロッドは言霊を唱えると、ペンドラドの体へと触れる。淡い光が指先に宿って、触れた傷口を癒してゆく。
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