黄昏の覇たる王・第2話『幾千の悲しみと幾億の想いを懐いて』

8P

『血は流し足りないが、奴を刺激することぐらいは出来ただろうからな』
 その口調はルビュールの姿をして、すでにルビュールのものではなくなっていた。
「あなたは…誰なんだ」
 ペンドラドはつぶやく。が、剣を持ったそんな姿のルビュールでさえ、その顔といつかの彼女の 最後の姿とが重なってしまい、ペンドラドはただ首を振ることしか出来なかった。
『こんな小娘より【闇の炎】よ、わが手を選べ。さすればその身に血と騒乱を捧げようぞ』
「渡さない」
 ペンドラドは懐の【闇の炎】を、己の血にぬれた手で取り出した。
『渡さないと言っていまさら何が出来る?ただ、つぶやくのみで』
「それでも、踏みにじらせない」
 ペンドラドの言葉に、ルビュールが笑い声を漏らす。
『何をだ? そう、お前が願ったところで、言葉だけでは己すら守れぬぞ』
 ルビュールの手にした剣は、ペンドラドに向けられたまま動かない。
『そなたを踏みにじることなど簡単なこと。見ろ、現に【闇の炎】は血を欲している』
 ペンドラドの手の内で【闇の炎】が猛烈に発熱していた。少し前までは何の反応の色も 見せなかったのに。
「そんな」
『ペンドラド、お前の血に反応しているのだよ』
 ペンドラドは【闇の炎】の熱を我慢したまま握り締めた。腕からの血が手のひらを赤く染め、 ペンドラドの血の上に血の赤を持つ【闇の炎】がいた。
『光は闇を退ける、だが【闇の炎】の赤き光は闇を目覚めさせ、騒乱と流血を呼び寄せるもの』
 ルビュールの声はペンドラドに語りかけているというより、同時に【闇の炎】への呼びかけ にも聞こえた。
『【闇の炎】よ。我が提案を聞く気はないか?ペンドラドの手もとにいるよりも我が手に来い。 さすればお前はもっと血を浴びることが出来る』
「何を、何てことを言うの…」
『なんなら、お前にこのペンドラドの血を降り注いでやることも出来るというのに』
 ルビュールの握っている剣がすばやく動いた。
「うっ」
 剣先がペンドラドの頬をかする。頬で血がつたいだす。
『さあ、我が手に来い』
 ルビュールは剣を持っていない方の手を、【闇の炎】へ向けてと差し伸べた。
「駄目だ! 【闇の炎】」
 ペンドラドは叫ぶ。けれど【闇の炎】はルビュールの言葉の方に応えるように発熱し続ける。
「だめだ」
 【闇の炎】から赤い光が放たれたのと、ペンドラドが叫んだのは同時。
 ペンドラドは衝撃を感じて後方へと吹っ飛ばされていた。



 黒い闇の中を琥珀色の残像を残しながら、鳥が飛んでいく。
「あれが行く先にペンドラドがいる」
 ロッドの白い髪と姿がその部分だけ闇を退け、彼をふわりと包み込む。
 鳥の姿を追って荒野を東へ下った先…、鳥は今はロッドの頭上で円を描いて飛んでいた。
「ここいらへんなのか?」
 荒野の果てでロッドは立ち止まった。【苦難の運び手】との名を持つ、昔こそ精霊と 呼ばれた存在。そんなものがそうそう簡単に道を開いてくれる訳はないだろう。 当然のように辺りには何もみあたらない。
 不意にロッドは、背筋に冷やりとしたものを感じて神経を研ぎ澄ました。風が何が 起きるか読み取ったかざわめきだしていた。
「さて、どんな趣向で歓迎してくれる」
 白い淡い印象の髪と肌とは逆に、赤い瞳がその意思と力を得て急に輝き出す。
 そんな風の中で、白い影が気配とともに現れて人の形を取っていく。そして、その人は ロッドの前に立っていた。白い髪と赤いの瞳を持ったその人影はロッドに良く似た姿で…、 けれども女性のものである。
「アルテセーナ…」
 ロッドはその名を口にした。
「お前をひっぱり出してくるとは奴も悪趣味なことを」
 ロッドの強い視線は彼女を見ても変わらない。
 ロッドが愛した、そして【苦難の運び手】が奪ったそんな女がそこにいた。
「ロッド。私はここでまっていたわ」
 同族で唯一、ロッドを呼び捨てにしていた女性。そんなひとが優しげに彼に近づいていく。
「来るな、アルテセーナ。私とお前はすでに死に別れた間柄。再び逢えようはずはない」
 半眼を閉じてロッドは言う。女の姿は死んだ戦時とかわらない、軽い装備をまとった そのままの姿だった。
「何を言っているの、ロッド。私はこうしてここにいるというのに」
「なんと言おうとも、偽りのアルテセーナ。お前の声は私には届かない」
 駆け寄ってきたアルテセーナの脇を、ロッドはその姿を見ずにすり抜けた。二人の姿がすれ違う。
「どうして…、このアルテセーナを避けなさるのですか?」
 一瞬前まで軽やかだった彼女の声は、重いものへと変化していた。そうして彼女の手は 腰の剣へと伸びていた。
「ならば、ロッド。私と一緒に死にましょう」
 すれ違ったロッドの背へと、アルテセーナはうっとりとするような笑顔を投げかける。 そうして彼女は剣をすらりと引き抜いた。
 ロッドはアルテセーナの方を振り返ろうともしない。
 そして引き抜かれた剣はロッドの背に確かに突き刺さる。刃はロッドの体とあわさり、しかし本当で あれば引き裂かれているはずのロッドの体は、実体を持たぬように剣の刃を透過してしまっていた。
 そこでロッドは振り返る。
「私とお前が再び出逢える訳はないのだ。アルテセーナ」
「ロッド…?」
 剣を持ったままアルテセーナが立ち尽くしている。
「すべては一度きりだから意味がある。実体がないのは私ではなくアルテセーナお前の方だよ」
 実体のない剣で何が出来るだろうか。そこではじめてロッドはアルテセーナへ向けて微笑んだ。
「本当のアルテセーナであれば、私は何も出来ぬだろう。しかしお前は【苦難の運び手】によって つくられた幻影」
 ロッドの目が悲しげな色を帯びる。
「風よ。私に剣を。幻影を吹き消せ」
 ロッドの言葉とともに、風が彼の髪をなびかせた。生まれた風が剣となり、刃となって アルテセーナの上に落ちていった。
「きゃああ」
 絶叫があがった。
 せつない瞳がロッドを見た。
 血が飛び散る。流れる彼女の髪…、閉じていく瞳。
「これが幻だというのか」
 ロッドは今ひと時、かつてあった戦の中に放りこまれた気分だった。
「【苦難の運び手】よ、お前は人の心を引き裂くのが上手だ。わざとここにアルテセーナの幻影を置いたの だろう。あえて何の力もあたえず、ただ引き裂かせるためだけに」
 足止めを考えてというより、むしろ精神的ダメージそれだけを考えて。そしてそれは【苦難の運び手】 流の挨拶のようなもの。
「再会を祝ってか? 貴様…」
 そんなロッドの肩にふわりと舞い降りるものがあった。
「鳥」
 幻影といえばその鳥も幻影である。
「大丈夫だ。これぐらい。ちゃんとペンドラドを探し出す…」
 ロッドが言いながら、そっと鳥へと手を伸ばしたときだった。
 はたり…
 鳥は地に落ちた。

[BACK]  [INDEX]  [NEXT]


TOP PAGEへ