黄昏の覇たる王・第2話『幾千の悲しみと幾億の想いを懐いて』

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 青白い光だ。立ち上がったペンドラドの影もどこか青を含んで床に落ちた。
「違う、紫の光?」
 目を向けた先に壁が立ちふさがっている。その壁が薄ぼんやりと光を放っていた。  壁、しかもそれは紫水晶の壁だった。
 ペンドラドは壁に近づいていった。自分の足音が妙に響いて聞こえてくる。それ以外 に音はなかった。
「ここは…?」
 ペンドラドは壁へとたどり着くと、そのすべらかな表面へと手を触れた。
 淡い紫の光がペンドラドへと降り注ぐ。紫の透明な空間が広がっていた。紫水晶のこの壁の奥行きは どのくらいなのだろう。のぞき込むようにしてペンドラドは水晶を見つめた。
「えっ?」
 水晶の中に浮くようにしてある人影をペンドラドの瞳は捉えた。
「う…、ウールヴァーン…」
 過去で出逢ったその人が、水晶の中に固まっていた。
 ロッドの隣にいたその人が命なくそこにある。
「ここはなんなの」
 ペンドラドはつぶやく。
 しかも水晶の中のウールヴァーンは、背中から心臓へと向けて1本の剣によって刺し貫かれ ていた。
 ウールヴァーンは、九つの民がばらばらにしか存在出来なかったこのブール大陸の、 はじめての統一王。そしてこの大陸を現在治めている王族の、いわば祖にあたる人物だ。 そんな人がそんな姿でそこにいた。
 いや、それよりもペンドラドの脳裏にはロッドの姿が浮かんでくる。友として王として、 あんなにもウールヴァーンのことを思っていたロッドの姿が。 【ファグルリミの都】を滅亡させた炎の中へ、何かを追って行ってしまったウールヴァーン…。
「あの炎の中であなたは何を見たの」
 ペンドラドは水晶の中で目を閉じているウールヴァーンを見つめた。
「もしかして、ウールヴァーンあなたは知っていたのか? 【ファグルリミの都】を 滅亡させたその人を」
 そしてあの滅びの炎の中で使われた【闇の炎】。 今はペンドラドの手の元にある【闇の炎】も、かつてはその誰かの手の元にあった はずなのだ。ペンドラドは水晶の中のウールヴァーンへ尋ねるようにつぶやいたが、 けれどもその口も、その目も開くことはもうない。
『仮にも王族の血筋に名を連ね生まれたあなた。ウールヴァーンがねむる霊廟の存在を 聞いたことがない訳でもないでしょう。ここが再会の地』
 声がした。
「え…?」
 ペンドラドは顔を上げて周囲を見るが姿は見あたらない。顔だけ振り返った背後には 誰もいなくてがらんどうの空間と、それを支える柱が目に入ってくるだけだった。
『そして、ペンドラド。死んだ人間が、その目を開くなんてことはもう二度とないわ』
 ペンドラドは視線を水晶の方へともどした。鏡のように磨かれた水晶の表面にうつった 自分の姿が、自分を見返してくる。
『そうでなければ私はいまここにあることは出来ないのよ。私の姿を見てペンドラド』
 その声は耳に届くというより、心に響いてくる。
「何?」
 再び見た水晶の表面には、自分の姿がうつってはいなかった。そこにあったのは あるべき自分の影ではなく…。
「ル、ルビュール」
 水晶に手をついて、影もまた水晶の中から外へ手をついて。そのポーズはうつった 通りに同じだった。けれどもその姿はペンドラドのそれではなく、ルビュールのもの となっていた。
 水晶の壁についていた手が鉱石の冷たさではなく、人の手の感触へと変化していく。 蜜色の金髪も水晶にうつっている虚像ではなく本物へとなっていく。
 即座に壁から手を引いて、ペンドラドは壁から後ずさる。
「本当にそこにいて、私を見てる?」
 後ずさるペンドラドは背後の柱へ背中をぶつけて立どまる。それはもうペンドラドの 目の前に立つ実体として、そこにあった。
 夢ではなく、本当に憎しみの瞳をルビュールはペンドラドへと向けていた。
『はじめからこうしていればよかったのよね。そうすれば私は死なずにすんでいたで しょうから』
 ペンドラドの心に突き立てるようにルビュールの声がしじまに響いた。同じように 鋭い瞳と表情。ペンドラドはただただ相手を見つめ返した。
『ほら見て』
 ルビュールの右手にぽつんと火が灯った。まるで今夜の月の光をそのまま集めたかの 青白い、無機質な光だった。
『私はあなたに殺されたのだから。だから今度は私がね』
 手の中のまあるい光は、そんなルビュールの言葉と共にすうっと細く伸びて まるで欠けた月のような細い剣となった。幻ではなく、金属のさめざめとした剣へと。
『何を驚いているの?死ぬのが怖いの?』
 沈黙に落ちたまま声もないペンドラドを、ルビュールはクスリと笑う。
『ならば、それを手にとるといいわ』
 ルビュールの声と共に、ペンドラドの目の前の空中に同じような剣が姿を現した。
 死にたくなければその剣で対抗せよ。ルビュールの瞳がそう物語っている。
「出来ない、そんなこと出来るわけがない!この剣を取れとあなたが言う?血を嫌った あなたが何でそんなことを言うんだ」
 ペンドラドは剣から目をそらした。
『きれいごとだわ。それはきれいごとよ…』
「きれいごと?ルビュール、あなたの言葉と行動がどれだけ支えになっていたか」
 吐き出すようにペンドラドは言う。
『そんなことを言っているから、私は死んだのよ』
 ペンドラドに宣言するかにルビュールは剣を握り直した。
「ルビュール」
 ペンドラドに出来たのは、ただその名を呼んでみるだけだった。
『いいわ、すぐ決着をつける気はないわ。大丈夫、ちゃんと剣を握れるようにしてあげるから』
 にっこりとルビュールが言ったと思った瞬間、攻撃は繰り出されていた。ペンドラドは よろめくようにその切っ先を避ける。
『逃げてどうしようというの』
 ペンドラドの後を追って剣が走る。その剣がペンドラドの背に落ちる…、その時。 ペンドラドは本能の行動だった。空中の剣を手に取り、その刃を受け止めていた。
 鈍く、剣の刃と刃のぶつかる音が響いた。
『ねえ、握れるようにしてあげると言ったでしょう。しょせん、人間はその身を守るために 剣を取らざるを得ないものなのよ』
 ルビュールの細い体のどこからそんな力を出しているのか。ルビュールの剣がぎりぎりと ペンドラドを押す。
「くっ」
 ペンドラドは耐えながらルビュールの顔をみた。
『そして私は教えてあげたのよ。人間であるペンドラド、あなたは何を言ったところで 最終的には私に剣を向けるということを』
 ルビュールの言葉に、ペンドラドは耐えきれなくなったように剣を落とした。
『きれいごと。ペン、あなたの思いはきれいごとでしかないのよ』
 勝ち誇ったようにルビュールの瞳がにいと笑う。
 そしてそのままルビュールの手の剣は、ペンドラドの剣の抑えを失って振り下ろされていた。
 血が、こまかいしぶきとなって空中に飛び散った。
「うぐっ」
 右腕をペンドラドは左腕で押さえ込む。かすっただけとはいえ、剣の傷は剣の傷だ。 痛みがそれが現実であることを教えてくれた。
『落とした剣はまた拾えばいいのよ。まだ、血は流されなくてはいけないわ』
「嫌だ」
 ペンドラドは剣を取ることを即座に否定した。
『ではしかたあるまい』
 ルビュールはその剣先をペンドラドの心臓の真上に合わせる。

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