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「どういうことなの」
ペンドラドは、よろよろと壁を支えに立ち上がった。
『迎えに来たのよ、今度は私が私の望みをかなえる番だから。導き手として蘇ったの』
「ルビュール、何を言っているの」
夕日は沈み、今は窓からそして崩れかけた壁の隙間から月光が二人を照らしだす。
月の光は人を狂わすという。自分は気が変になったのだろうか、ぼんやりとペンドラドは思った。
止まったように思考が働かなかった。
月光にルビュールの金の髪が映えている。ペンドラドはそれをただ眺め続けた。
『私の手を取って、ペンドラド』
ルビュールは白くて細い指の手を、ペンドラドへと差し出した。
その手の導く先とはどこなのか…?
『あの時2人で血に染まった手を重ねあわせたわね』
白い手と言葉がペンドラドの心を絡め取る。
『でも、もう私が血を流すことはないわ』
「ルビュール…本当にあなたなの?」
ペンドラドはルビュールの差し出す手から逃れられなかった。おずおずと自分の手をルビュールの
手へと伸ばしかかけた。
『ペンドラド、私達はまた出会えたのよ。あなたは私のものだから』
「その手を取るな、ペンドラド!」
ルビュールの声と、もう一つよく聞きなれた別の声が重なる。
「え…、ロッド?」
混乱した表情のまま、ペンドラドは声の方へと顔をあげかけた。その手が合わさる瞬間の事…、
ルビュールの顔が満ち足りた表情で染まる。
『私がここへ来たのは、ペンドラドを宴へ招待するため。そしてもう一つはペンドラドとお前
を引き離すため』
ルビュールは言葉の前半をペンドラドへ、後半をロッドへと向かって放つ。
『もう、遅い!』
ルビュールの声はあざ笑うように変わる。
『結界を織るのに使っていた言霊が昔と変わっていなかったぞ。おかげで進入するのに
苦労がなくてよかったがの』
現れたロッドの手がペンドラドに届くかという時、ペンドラドの体が掻き消えた。
「どこへ転移させた」
『どんな気分だ?自分の結界の中に進入され、そして失われるのは』
ロッドの問いにはお構いなしに少女が言い放つ。
「【苦難の運び手】!」
ロッドは少女の中にいるものの名を呼んだ。
『やっと名を呼んでくれたか。私は封じられた時から、想い浮かぶのはお前のことばかり
だったというのに』
「誰に封印を解かれた」
ロッドはルビュールの体を、かまわずに乱雑に押さえつけた。
『言うと思うか?』
くすくすとルビュールは笑む。
「言わぬつもりならば、今ここでこの体を引き裂いてやってもよいのだぞ」
やっと得た憑代のはずだった。
『やってみろ。体は引き裂かれようと、どうせ痛みなど感じないのだ。それにそのぐらい刺激的な
セリフでも耳にせぬことには、目も覚めぬわ。長き封印だったからの』
ロッドのルビュールの腕をつかむ手に力が込められる。
『まあ、そのようなことになれば、ペンドラドのことも保証しかねるがな?』
それでもやるかえ…? 心底楽しんでいるそんな瞳をルビュールはロッドへと向ける。
ロッドの表情はいつのまにか顔から消えている。ロッドにはルビュールを押さえつけている手を
無言で離すしかなかった。
『見てみろロッド、月が細くてまるで死神の鎌のようだ』
ルビュールはロッドにつかまれていた腕をさすりながら窓辺へと立つ。その体は痛みなど感じぬはず
なのにだ。
「【苦難の運び手】…」
そのしぐさのひとつひとつがロッドの神経を逆なでする。しかし、今は怒りを飲み込むしかない。
『あの鎌が振り下ろされたとき、命をなくすのは誰であろうな』
「ペンドラドを傷つけてみろ、今度は封じるどころではないのだからな」
ロッドの言葉が届いているのかいないのか、ルビュールは窓辺から月を見上げる。
『次に呼ぶときはルビュールと呼んで欲しいものだ。それが今の名』
流れる金髪。そして月光に溶け込むように、その姿はそこから消えていた。
無言のままロッドは手を握り締めた。あからさまな一方的な優位だった。
「不覚…」
つぶやくとロッドは握り締めていた手を開いた。そこには小さな琥珀色のカケラがある。
「こんなところで使うことになるとはな」
思わず口調が自虐的になる。それはあの首飾りの破片。これがあればペンドラドが首飾りを
身につけている限り、居場所は分かる。万が一に結界からペンドラドが逃げ出せた場合に使おうと思っていたものだ。
お互いに呼び合うこの石の感応力を利用して居場所を探す。
「さあ、案内するといい」
かつてペンドラドの魂が宿っていて、その霊波をもっとも良くしっている石にロッドは
ささやきかけた。変化の言霊を。
そして思い出す。念じるようにペンドラドの姿を、その在りようを。想いは強ければ強いほど、
どんな妨害にも負けぬ道しるべが出来上がる。
手のひらの上で石の破片は、ロッドの想いに応えるように琥珀色の翼を広げようとしていた。
そして宙に舞い上がる。破片は鳥の姿を取っていた。舞い上がった体はふわりと先ほど
ルビュールが月を見ていた窓辺へととまり、ロッドの方を振り返った。ふと、実体のない
その鳥に手を触れようとロッドは手を伸ばす。
「見失なわずついていく」
けれども鳥は、ロッドの手に触れられるのを避けるかのように窓辺から飛び立った。
「さてと、行くとするか」
出しかけた手を引っ込めて、ロッドは塔の窓から冷たい夜の底に飛び降りる。
「ペン。もうどんなに拒もうとお前だけの問題ではない」
そう【苦難の運び手】の封印が解かれたとあっては…。その封印が成されたのはロッドが、
最愛の人を【苦難の運び手】によって亡くしたとき。そしてその封印を成した人物を
言霊によって契約させたのはロッド自身だったから。
◆
『私はペンドラドのために死んだのよ。だから、今度は私が私の望みをかなえる番』
さしのべられたルビュールの手に、ペンドラドは自分のそれを重ねる。
『私の手を選んでくれたのね。私はあなたを……まで連れていってあげる』
聞こえない。それはどこ?
ルビュールのその瞳は憎しみで輝いていた。死ぬ間際でさえ、そんな感情に瞳を染める
ことのない人だったというのに。
「うん…」
ペンドラドは微かにうめくと目をそっと開いた。けれどそこは塔ではない。
あわてて上半身を起き上がらせた。頭がくらくらする。
どのくらい意識を失っていたのか。ペンドラドは右手をじっとみる。そこにはルビュールの
手に触れた感覚が残っていたから。冷たい手だった。
「夢…?」
ではないのだろう。ここが塔ではないところを見ると。
ペンドラドはあたりを見渡す。大理石の床が手の平だけではなく、服を通してひんやり
とした感覚を伝えてくる。かなり広いホールだ。ところどころに床と同じ大理石の柱が
たっている。
光源はどこなのだろう。窓もないのに、あたりはぼんやりと明るい。
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