|
『そんな名だったかな。【闇の炎】が珍しくなついておったようだったが』
「その男に私は封じられた。おかげで、この島より出ることもかなわぬというわけだ」
再び驚きが少女の顔に浮かんだ。
『ウールヴァーンにとな。そなたらは、人が言う仲間とかいうやつではなかったかの…と』
言いかけて【苦難の運び手】は、ディスレーンスの顔を見ると黙った。
『何があったかは聞くまい、人は変わる生き物だそうだからの』
しかし、少女の顔には楽しそうな笑みがある。
「その少女の記憶を利用するがよい。そして舞台はここだ」
そんな【苦難の運び手】の反応を気にするでもなく、
ディスレーンスのひらいた右手の上に、どこかの景色らしい像が現れた。
『これは…、おもしろいの』
「そしてもうひとつ。今の使い手は【ファグルリミの都】にいるが、その傍らで私以上に懐かしい
奴に会えるかもしんぞ」
ディスレーンスの言葉に【苦難の運び手】は、その懐かしいという人物が誰かを悟ると
愉悦に似た笑みを浮かべた。
「【苦難の運び手】…、いやもう、その少女の名で呼ぶべきだろうな。ルビュールよ」
ディスレーンスはルビュールへと手を差し伸べた。
『そなたのしつらえた舞台、せいぜい彩ってやろうぞ』
ルビュールはディスレーンスの腕に支えられて、少し前まで自分が横たわっていた台を降り立つ。
『そなたは飽きさせぬからな。今は駒に甘んじるのも悪くない』
そんな発言と共に、ルビュールの姿がすいっとその場より消え去った。
「行ったか…」
突然、人の姿が消え去ったのにディスレーンスは驚きもしない。そして部屋の中は再び2人になる。
「あれは、あれは何なのです?」
背後の円陣の中でディスレーンスを見守っていたルディラズリは円から出ると、男の横へ立った。
「人はあれを【起屍鬼】と呼ぶ。その名を知るものも、もうあまり多くはないだろうが。人の屍に憑く
卑しきものだ」
「【起屍鬼】…」
ルディラズリは顔をしかめて、その名をつぶやく。
「お前もそんな顔をするものではない。とにかくしばらくは、楽しませてくれようからな」
「しかし」
ルディラズリは面白くなさそうに、ディスレーンスから目をそらす。
「あれは信用できぬか?」
「絶対安全な策など、面白くともなんともないとおっしゃるのでしょう」
小さな少女より【闇の炎】を取り返す…、そんなことは自分に命じてくれればいささかの時間も
かけずにやれように、そんな思いがルディラズリの中にはあった。
「まあ、今回は挨拶のようなものだ。ペンドラドへも…」
そこでディスレーンスは言葉を止めて、一瞬の間の後に言葉を続ける。
「ロッドへもな」
◆
ペンドラドは頭を軽く振ると、ため息をついた。
考えてもしかたがないことを、頭から追い出すために行った無意識の動作だ。しかし、それもむなしく
自分を呼ぶ過去からの声から耳をふさぐことは出来なかった。
ペン…ペンドラド…。
ペンドラドの頭の中でひとつの声が自分を呼んでいた。自分はいつまでも呼びつづけられている。
命の最後を賭して自分の名を呼んだあの人の声に。
それは責める声ではない。そのことがかえってペンドラドを引き裂くのだ。
「ごめんなさい。ごめんね」
血に染まったあの人の手に自分の手を重ねて、何度つぶやいたことか。
そして今も心の中で唱えつぶやき続けている。
その呼び声を自分は消せない。そうこんな何も行動することができずに、ただ時間だけが過ぎて
行ってしまう時には。
ペンドラドは何とはなしに手を見た。赤い…、手が赤く染まっていた。
「なっ…」
ぎょっとして今度こそ現実に引き戻される。
はっとして見れば、ペンドラドが手に握っているのは【闇の炎】だ。それは移ろいゆく空の光をうけて、
手の内で赤い光彩を虚ろに照らし返していた。
「あは、自分で手に取っておいて」
自分で自分が馬鹿らしくなってくる。それと同時に、苛立ちがペンドラドのうちに沸きあがった。
【闇の炎】は今日に限って、まるで力を無くしたかのようにペンドラドの呼び声には答えてはくれない。
いや、ペンドラドには自分が本当の最後の手段としては、【闇の炎】の力を引き出すことが出来るだろう
ことは分かっていた。だがそれは自分の名を呼び続ける、あの人の願いに反することに違いないのだ。
ペンドラドは【闇の炎】をしまい込むと立ち上がる。
むらむらとした不条理な腹立ちに声を上げた。もとい【闇の炎】へではない。
「ロッド、姿を出せ!いつまでこんなところへ人を閉じ込めておくつもりだ!」
そこは【ファグルリミの都】、かつて精霊と語った一族が住まっていた場所である。
今はもうその住人はいない…、ペンドラドが名を呼んでいるそのひとりだけを残して。
「いいかげんにしないと【真なる名】を叫んでやるぞ!」
場所は塔の一室。滅びの時に炎にさらされ、長い年月とでその場所は見た目にはとても風通しが
よさそうである。が、そんな塔の一室でペンドラドは立ち往生をしていた。
ペンドラドの目前の空間が歪んで、珍しい白髪とよく目立つ赤い瞳の男が現れる。
「機嫌は見事になおっていないようだな」
ペンドラドとはまったく反対の表情をして…、つまりにこやかにロッドは言う。
とたん、ペンドラドの顔はますます不機嫌になった。そしてロッドをにらみつける。
「直るわけないでしょ。だいたいやりかたが公平じゃない!大人げないと思わないのか」
「ペンドラドのお説教を聞く気はないよ。こっちがお説教したいぐらいなんだからな」
ロッドの言い分にペンドラドの顔はますます険しくなった。
「お…、お説教?! なんで私が…!」
「まあまあ、落ち着いて」
むちゃくちゃ非難がましいペンドラドの視線をうけながら、ロッドはしれっとしたものだ。
「だいたいね。この部屋から出れないところからして、ペンドラドは力が足りない。つまり実力不足な
訳だよ」
「力不足で悪かったわね。そのうち何とかするわよ」
心なしかペンドラドの声が震える。
「そしてここからでれないのは、その顔に似合わず強情なせいだよ。ひとこと言ってくれれば解決なのに」
「言ったはず。私は誰の同行も認めない!」
それはペンドラドが明日ここを出ると告げたことからはじまった。
もちろん自分もついていくと宣言したロッドをペンドラドがつっぱねたのが、ふたりの口論の発端。
「ではここにずっといるといい。そうすれば私もここにいれるしな。結界は解くわけにいかない」
ペンドラドに負けぬ強情さをこの相手は持っているようだ。しかもにこやかな顔をして。
ペンドラドは今日、2度目のため息をついた。
[BACK]
[INDEX]
[NEXT]
|