黄昏の覇たる王・第2話『幾千の悲しみと幾億の想いを懐いて』

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「かつて私が封印じたものを召喚する。円からは出るな。まあ、お前は土の座のソードマスター たる者、大丈夫かとは思うが」
 ディスレーンスの声と共に、部屋の中の空気がざわめきだす。ルディラズリは揺れる空気の流れに 頬をなでられるのを感じた。が、それは即座に遮断される。2人が輪の中に立つと、淡い光の壁が 円の淵から立ち上がって周囲から2人を遮断した。
「これは…、何をお封じになったのです」
 ろうそくではないはずの明かりが、揺らめきだしていた。そして消え去る。
 部屋の中は闇におちた。
 一瞬の間の後…、2人は光渦巻く中にいる。2人に敵意を持つように、火花が生まれては 円陣の見えぬ壁に衝突して消えていく。
「そして、何に縛られているのです?」
「ある者と、言霊により封印を解かぬと盟約を交わしてな」
 ディスレーンスの顔に、どこか懐かしむような表情が浮かんで消えた。
「ではその煩わしさ、私が断ち切って差し上げるましょう」
 ルディラズリにとってその盟約がどうして成されたのか、それは問題ではない。主人の言葉こそが すべて。
「特に言霊の場合は契約なさった本人が動くよりも、第三者の方がいくぶん自由がききますから」
 つまり第三者とはルディラズリ自身のことだ。
 自分の力を発揮する場所を見つけて、彼女の琥珀色の目は円の外をみすえる。この円陣の外で起こって いる事象は、その言霊の守りがはたらいているせいだ。それは封じられているもの以前の問題。それすらにも 対応できなくて、どうしてこの人の横に立っていられようか。命令されるまでもなく、ルディラズリは 行動に移っていた。
 ルディラズリは自分の右手首に左手を添えて、精神を集中した。自分の中にあるもう一つの魂に呼びかける。
 それはルディラズリの内よりゆっくりと身をもたげた。白い光の線がルディラズリの右腕に巻きつく ような形で現れた。光の線の先端はそのままするどくのびて、右手に装着したような剣の姿となる。
「白の土の座の【霊魂剣】よ」
 ルディラズリは呼びかけた。それこそが霊魂剣、アストラルソードとも呼ばれ、ルディラズリの一族である ソシティリアの民に伝わる人の体にこそ宿る剣。そしてルディラズリは四大ある霊魂剣のソードマスターのひとり だった。
「我らを害するこの言霊を破らん!」
 ルディラズリは気合と共に剣を大地へと突き刺した。
 土に一番近い床へと大地の気が流れ込む。床はルディラズリの右手の剣と同じ白い光で満たされた。 光は床からあふれかえるかと見えた瞬間、それを押さえ込もうとしているものとぶつかって弾けた。 けれども大地の勢いがまさったのか、空中を飛び散っていた火花が消えていく。
「あいかわらず力で押す癖はなおっていないようだな」
「すみません、つい」
 ルディラズリは、あやっまているとは思えない口調で答える。結果として主人が満足すればいいのだ。 その右手首より白い光が消えていく。
「これでよい。よけいなしがらみは消えた。今度は私が見せる番。そこで見ておれ、我が技をな」
 そうしてディスレーンスは円陣より外へと足を踏み出す。かつて自分が封印した存在を呼び出す ために。
「かつて【空界】に住みしものよ。汝の封印は退けし。我はその【真なる名】を呼びて、大地に 引き寄せん」
 そしてその名をディスレーンスは空中に放つ。
「【苦難の運び手】よ。この汝の名をこの肉体に刻み込む。我が声に応じ、行動をもって従え」
 2人の頭上に、いつのまにか光球があった。その気まぐれさをあらわすように、くるくると色を変え、 大きさを変えながら。
 光球は少女の額の上まで降りてくると、そこで止まった。まるで、少女の肉体を見定めているような ぐあいだ。やがて騒がしく色を変えていた光球は、少女の金髪と同じ金色に身を染めると ゆっくりと少女の肉体中に身を沈めていく。
 ふっと…、消えていた薄ぼんやりとした部屋の明りがかえってくる。
『ん…』
 台の上で微かなうめき声が上がった。そしてそれは今はもう亡くなってしまったはずの肉体と、 逝ってしまったはずの声をもって言葉をつむいだ。
『今頃、我の眠りを解いた勇気あるものは誰ぞ』
 少女は優雅に上半身を起こし上げると、不機嫌な声をディスレーンスへと投げかけた。 少女が生前に持っていたとは思えない妖艶さを身につけて。
「苛立つ声も美しいものだ。【苦難の運び手】よ」
 ディスレーンスは、不機嫌を隠そうともしない少女へ楽しげに笑いかけた。
 声音は元々少女のものであるのだから、【苦難の運び手】の声が美しいわけではない。だが、 【苦難の運び手】が少女へと宿ったことで、はじめからの美しさを損なったようなところは一つも なかった。ディスレーンスはこの少女へ宿らせるのを、【苦難の運び手】にして間違ってなかったと 思う。
『お前は…』
 少女の視線がディスレーンスをみて止まった。
「【苦難の運び手】よ。私の名を忘れたか?」
 ディスレーンスは問うた。昔馴染みにでも聞いているように、感慨深かげに。
 少女は今一度、ディスレーンスの顔を見つめると苦笑しながら口を開いた。
『忘れることなどあり得ぬわ。自分を封じたものの顔も名も。そう、ディスレーンス殿』
 【苦難の運び手】の方も同じ感情を懐いたのか、懐かしげに言葉を継ぐ。
『それに見えぬように張っている守りを、もうそろそろ解いてくれてもいいのではないか。我がそなたを 傷つけるとでもお思いか?』
 やんわりとした声が続く。
 【苦難の運び手】の言葉に、ルディラズリは気取られないように身構えた。護符でも身につけて いるのだろうか…、ルディラズリにはディスレーンスの見えない守りの気配すら分からなかった。
「本当に、そう思っているのやら?あなたの気まぐれさは私がよく知っている」
 ディスレーンスの口から呪言が唱えられた。たった2、3言。
『な、なにをする!』
 突如として異様な圧力に、少女の体は抑えつけられた。
「上下関係を良くわかって頂かないと。いったい誰が主人なのか?」
 ぎりぎりと見えない鎖で少女の体はしめあげられた。
 隙あらばこの体を掻っさらって、逃げ出そうとしていたのは事実だった。【苦難の運び手】の中に怒りが 湧き上がる。自分の意志がねじまげられている屈辱。自分は常にそれとは反対の立場に立っていたのでは ないのか。
 純粋な怒りが、らんらんとしたものを少女の瞳に宿らせた。
『そんなもので我が縛るつもりか?この肉体を捨てる気になればたやすいこと…』
 生前の少女が決してすることのなかったであろう目をして、ディスレーンスをにらみつける。
 そしてそれは美しかった。

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