黄昏の覇たる王・第2話『幾千の悲しみと幾億の想いを懐いて』

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 しかし空間は別々のまま、お互いの声は聞こえはしない。 けれどお互いの名前を呼び合ったということは、口の動きで分かった。
「【苦難の運び手】、貴様…」
 ロッドはペンドラドの姿が、あまりに予想していたとおりなので絶句する。
 傷だらけの少女−−−。
 ロッドの赤い瞳が不気味なほどの気迫に満ちた。
「この前会った時に言ったはずだ、私の想うものを傷つけたりすれば、今度こそ封じるどころ ではないと」
 ロッドの、そんな言葉も空間の向こうの2人には届きはしない。  ロッドはペンドラドへと手を伸ばす。しかしロッドの腕は、ペンドラドの体へは触れる ことなく突き抜けていた。
「まだ空間閉鎖は解けてないのね」
 ほっとしてペンドラドはつぶやく。この状況でロッドが加わったりしたら…。
「ペンドラド、前を見ろ!」
 ロッドは叫ぶ。自分が現れたことで、ペンドラドの気がそれてしまっている。【苦難の運び手】 の放った牙はペンドラドに落ちつつあるのだ。
「何も出来ないのか!」
 キィィ−−ン。
 ロッドの手の内でウールヴァーンの剣が振動を続けている。
「ウールヴァーン、力を貸してくれ!」
 ロッドは、ウールヴァーンが眠る霊廟を思い出しながら叫んでいた。
 【闇の炎】の光をあびて、水晶の中から現れたウールヴァーンの剣。
 お互いの空間が別々だと分かっているのに、ロッドは【苦難の運び手】に背を向けて、 ペンドラドを庇うように体へ腕を回していた。
「ロッド!」
 声は聞こえなくても、少女が自分の名を呼んでいるのが分かった。
「ペンドラド」
 空間は別々のはずだった。だがその時、ロッドの腕は確かにペンドラドの体を捉えていた。
「ロッド」
 ロッドの耳に、今度は少女の自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ロッド!!」
 ペンドラドが感じるのはロッドの体。そして自分に向かってくる牙。だがそれが今、 自分ではない人間の背に落ちようとしている。
 敵に背を向けながら、ロッドはひとつのことを思い出していた。
 ウールヴァーンの背中から胸と突き抜けて刺さっていた剣。
「ウールヴァーン、そうなのか」
 思わずこんな風に、無防備な姿をさらけだしてしまうほど大切な誰かが…、もしかして ウールヴァーンお前にもいたのか。でなくて、ウールヴァーンほどの奴が背から件で刺されたりするだろうか。
 何か硬質なものが砕けるような音が響く。
 ピキッ…、ピキーン。
 空間が元に戻りつつある音。
「もうあんな現実をを見せないで…!」
 ペンドラドは、自分を庇うように立つロッドの肩越しに牙を見ていた。
 もう誰も傷つくのは嫌だと思って、だからこそ一人で【ファグルリミの都】を出たはずだった。 本当ならそばにいて、話したいことだっていっぱいあった。
 衝撃と共に突然、視界が赤く染まる。
「嫌だ!!」
 【闇の炎】の放つ光でなのか…、それとも血の赤だろうか…。ゆるりと世界が染まってゆく。


 赤い、紅い…、そんな闇。
 背に痛みなのか熱さなのか、大きなショックを受けてロッドの意識は遠くなった。
−ロッド、ロッド!
 少女が叫んでいる。
「ペン」
 少女に応えようとロッドは口を開こうとしたが、喉に何かが詰まったように声が出ない。
−嫌だ! こんなことのために離れたんだじゃない。
 そんな声と同時だろうか、ロッドは本当の闇の中へと放り込まれていた。

 暗い、暗い…暗黒の中。
 ポツン、ポツンと水滴の垂れる音がさびしく反響している。寒くて、ひどく湿気がある。 そして空気も悪い。
 おそらくどこかさして広くもない、しかも閉鎖された塔の一室だろうか。
 ロッドはそんな情景を見下ろすように眺めていた。
「誰かいるの?」
 ふいに声がした。ためらいながら尋ねているそんな口調だった。
 ロッドは声の方を向く。
「何か気配がしたような気がしたんだけど」
 今度は声が自嘲気味な笑いを帯びた。
「そんなわけないか。ここは人の出入りが禁じられた場所だものね」
 声がした方の上方に小さな窓があって、外からのぼんやりとした月の光が差し込んできてていて、 声の人物を照らしだす。時間は夜らしかった。
 石の寝台の上に少女が腰掛けている。その手首には手枷として鎖がつながれていた。 そして、青白い頬に赤い擦り傷のような線が走っている。濃い疲労の影が少女の表情をいろどっており、 だからロッドがそれがペンドラドだと気が付くまでしばしの時間が必要だった。 闇に目が慣れるまで…。
「ペンドラド…、お前、拷問でもされているのか」
 ペンドラドが上を見上げる。ロッドは一瞬、ペンドラドと目があったかと思うが、ペンドラドの 視線はロッドを通り越し上方の窓を見ているようだった。
「今日は風が強くて風もないてるのに、この部屋へは風は少しも吹き込んでこない」
 どうやらロッドの姿は向こうには、見えていないないらしかった。
「あたりまえだこんな場所…!」
 ロッドの口調は思わず強まってしまう。
「こんな汚れた場に【風霊】が近づくものか」
 部屋のよどんだ空気はどこか血生臭い。
 きっとここはそういう場所なのだ。罪人を幽閉したり、拷問するようなそういう場所なのだ。 ここで命を落とした人間がこれまでいかほどいたことか…。
「なんなんだここは。ここが【王都】だっていうのか」
 呆然とロッドは言って、【風精霊姫】の言葉を思い出す。
−ながされた血が多すぎて、【王都】に近づく精霊はいないと…。

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