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ルビュールの中から【苦難の運び手】は見ていた。宿主であるルビュールの記憶を。
その娘は本当にペンドラドをまるで自分の妹のように思っていたこと。
その事実は【苦難の運び手】の心を高ぶらせた。こうして戯言としてペンドラドと向き合うときの
格好の材料となるので…。
また、この娘が恋した男の姿すら見た。それでいながらペンドラドが言ったような記憶は、娘の中には
見当たらないのだった。
『そなた、何かカマでもかけているつもりか?』
苛立ちを隠しもせずに【苦難の運び手】は告げた。
ペンドラドと【闇の炎】の血による契約ではない、そのつながりの理由が分かれば、それは【苦難の運び手】
自身が【闇の炎】を支配できるかもしれないということだった。
ペンドラドは無防備なままに首を振った。
「そんなことはしていない」
勝負は目に見えていた。【苦難の運び手】は、ただこの力ない少女から【闇の炎】をもぎ取ればいいのだ。
『私がこの閉ざされた空間から出ようと思ったら、その宝玉を手にしなければ出れぬというわけだろう』
【闇の炎】により閉ざされた空間から出るためには、その封は【闇の炎】で解くしかない。
そして【苦難の運び手】は【闇の炎】をこそ手中にしなくてはならなかった。
ディスレーンスに命じられたからではなく、【闇の炎】をもしかしたら自分のものとして手にできる
かもしれないという、そんな気持ちですらが【苦難の運び手】の中には沸きあがっていた。
前回のように【闇の炎】を使われるのはいささか厄介だったが、それでも方法がない訳でもない。
【苦難の運び手】はペンドラドの最大の弱点を有していた。
なにしろ、【苦難の運び手】が宿る肉体自身がペンドラドの最大の弱点だったから。
このおいしい、美味しすぎる手を【苦難の運び手】が利用しない訳はない。
大切な存在。それは最大の弱点へもなる。
『しかも、剣まで捨ててどう立ち向かってくれるというのだ?』
楽しげに【苦難の運び手】は、ルビュールのものであるはずの口元をゆがめさせた。
「剣なんかいらない」
きっぱりとそう言い切った少女の声に【苦難の運び手】はペンドラドを見た。
その視線を受け止めて、ペンドラドが言葉を続ける。
「私は…、私とルビュールの方法でお前からルビュールを取り返そう」
『今のそなたに何が出来る? どうしようというのだ、見せてもらおうではないか』
口で踏みにじらせないという、取り返そうという。しかし、力が伴わねばなにも果たせはしないのだ。
やってみろとばかしに【苦難の運び手】はペンドラドを見た。
「私はルビュールの言葉と約束を守るために生きている。【闇の炎】と共に」
記憶そして約束。約束という言葉が【苦難の運び手】へと再び苛立ちを呼び込んだ。
どんなにルビュールの記憶をまさぐったところで、それは見つけられないのだ。ペンドラドとルビュール
の約束など…。
『その視線はなんなのだ?』
【苦難の運び手】はまっすぐに視線を向けてくるペンドラドへと、不快気に言葉を投げつけた。
その視線はどこか痛々しげだった。この自分を見る視線がだ。
『そなた、まさか私に同情しているのではあるまいな?』
「1つのすでに死した体に魂が再び宿る。生と死という、矛盾する2つが存在するものに何を感じろというんだ」
『小賢しい。そなたに何が分かる…』
言いかけて【苦難の運び手】は言葉を止めた。
【起屍鬼】と呼ばれる存在に己がなったのはいつの時代だったのか。それは【苦難の運び手】にも分からない。
なぜなら、本来あった【真なる名】にかわって別の名を与えられたそのときにそれ以前の記憶は忘れさられた
からだ。
かつては己が【精霊】と呼ばれる存在だったなど。それはむしろ【苦難の運び手】にとって触れるべきでは
ない昔だった。
【起屍鬼】とは人の欲望によって造られた使い魔。術者により【真なる名】を奪われ、人の欲望を
果たすために歪んだ名を与えられた。そして術者が死んだ後も己だけが残された。時という感覚が薄い
【苦難の運び手】には、あれからどれだけたったのかは無意味だった。
『人はすぐ、簡単に死ぬからな』
むしろそれがうれしいことのように【苦難の運び手】はつぶやいた。
思わず泣き言のような言葉を、この少女にはきそうになってしまうなどとは。いったい何がそなたに
分かるのかなどと…。
『むしろ哀れむべきはそなたの方だろう。何の力もない』
【苦難の運び手】は先ほどから感じている苛立ちを、自分の中から追い出そうと言葉を吐き出す。
そしてそれを追い出すためには、この少女と戦い勝利することしかないと【苦難の運び手】の本能が
教えてくれていた。
動作さえ優雅に【苦難の運び手】はペンドラドへと手を向けた。
『剣は要らぬと言ったな。ならば我も剣など要らぬ』
嘲笑うような【苦難の運び手】の声、それでも彼女の声はペンドラドには懐かしく聞こえてしまう。
生前、その人はそんな口調でしゃべることはなかったけれども。
「言ったわ。剣は必要ない。いつかはお前に剣を取らされたけれど、もう取らない」
どんな言葉でもいい。もっと聞いていたいとさえペンドラドは思ってしまう。
「もう、ルビュールの体が傷つくのは見たくはないから」
『それは、私のことを見くびっているのか?』
ペンドラドへと向けた、ルビュールの手のひら辺りの空間が変化する。
『ペンドラド、お前が空間を閉じたように、我も空間を少々いじってみせよう』
【苦難の運び手】の手の上でぐにゃりと空間が歪んだ。
『<破壊>!』
【苦難の運び手】の言葉と共に歪んだものが消え去る。
消えた歪みはペンドラドの真上に現れると、空間はそのまま牙となりペンドラドへと向かって落ちた。
【苦難の運び手】というその名のままに、存在自体が人を傷つける牙が。
しかし、次の場面で起こったことに【苦難の運び手】は目を見開いた。
『き…きさまという奴は』
牙は確実にペンドラドを切り裂いていた。
牙が肉に食い込み、血が飛び散る。
攻撃するために【苦難の運び手】はそれを放った。だからその牙がペンドラドにどのような傷を与えようと
何を驚くのか。
『愚弄しているのか我のことを! 【闇の炎】を使えばあのような牙、砕く事など簡単なはず!』
「私はルビュールのやり方を選び取った」
切り裂かれた肩を押さえることもペンドラドはしなかった。
牙が体に当たった衝撃に膝が落ちそうになるのを耐えて、ペンドラドは改めて【苦難の運び手】へと
向き直った。
「むしろ逆に問おう。あなたをそんな風にしたのはいったい誰なのかと」
『そんなに死にたいのか?』
向かえば向かうほど、なぜこれほどただの人間が目障りに感じるのか。
『この娘の最後の時のように、そのままずたずたにしてやろう』
【苦難の運び手】は手に次なる牙を宿した。
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