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「会ったことがあるのか?」
『あの頃の王都【フリュールニル】の守護は、決して精霊を阻むものではなかった。むしろ力ある土地とは
そういった守護をこそ持つもの』
風姫の瞳が、語るのを嫌がっていたはずなのに楽しげにロッドを見た。
『我ら、この世界を自由に彷徨う風霊の一族。見せてやろう、風の視点を』
姫のまとう薄絹の衣がふわりとロッドを包んだ。よける間もなくロッドの視界が変わる。
ロッドの真下に都があった。自身が駆け巡る風となって王都を見下ろしているようだ。
夜なのだろうか、都は灯を撒き散らして闇をちらちらと飾っていた。
「王都【フリュールニル】…?」
【星の撒き散らされたる】との意を冠した都。【ファグルリミの都】などとは比較にならないほど大きい。
幾つもの尖塔が夜の空に突き刺さっていた。そのすぐ脇をすり抜ける。
ロッドは肌に風を感じる。
『この感覚、いつだったか迷い魂になっていた、あの娘のものに近いかもな』
風姫の声が耳元でした。しかしその姿はロッドの視界には入ってこない。
ロッドは肌があわ立った。恐怖からではない。
「これが王都…」
ロッドが見たこともない街並が眼下に広がっていた。
統一を夢みたウールヴァーン。彼がその礎を築き、弟スグルヴァーンが築いた都。
かつての仲間たちが夢みた、その一つの結果が視界にあった。
『ただしこれは今の王都ではなく、かつてのではあるがな。まだ風霊たちがめぐっていた頃の』
風姫のそんな言葉と共に衣が引かれた。とたんに現実の大地の上に放りだされる。
「このようなものを見せて頂けるとは…」
ロッドは本気で感謝した。
『じゃが、今は精霊も近づかぬ都じゃ。目に映る景色は同じであろうともな』
「何があったのです」
それこそが血の柵。流された血なのだ。
『かつて、王位には女がついた例がないわけではない。そしてそれが問題だったのだ』
精霊は先ほど語ったのではなかったか。ペンドラドは現王グラッドロスが姉であるレフィロスの娘と。レフィロスはグラッドロスの妹ではなく姉だったと。
「つまり、本来は弟ではなく姉が王位につくべきだったと?」
『先王が病に倒れたとき、そういう動きがあったのじゃ。それをあの人の子の娘…』
そして精霊が痛快とばかりにくすりと笑う。
『だから自ら先に継承位を放棄し、神殿へと入ったのだ』
「しかしそれでは何の問題もないのでは」
姉弟間の争いを避けるため、姉は身を引いたのだ。
『そうじゃな』
息を付くようにひとつ精霊は間を取った。
『そう問題はない。弟が必要以上に野心家でさえなかったのならばな』
「神殿へと下った姉ですら恐れたのか」
グラッドロスの人となりを知らないロッドには想像するしかない。
『そうじゃな。先王は弟を後継として指名していながら、それですら周囲から姉の方をとの囁きが上がった。
それぼど、激しい性格じゃなあの男は』
精霊に人を敬う気持ちなどない。風姫は現在の大地の王をあの男と呼び捨てる。
『そして【闇の炎】じゃ』
風姫の口より、その名が上がった。【ファグルリミの都】を燃やし尽くした宝玉。
『あの石。神殿に納められておった…』
血の赤を持つ【闇の炎】。そして赤い災いを周囲に撒き散らす。
「【闇の炎】は王都にあったのか」
【ファグルリミの都】は何者かの手により【闇の炎】により焼き払われた。そしてその炎の中で見失って
しまったウールヴァーン。その過程でどのような流れをたどったというのか、王都に宝玉は流れついていたと。
『その野心ゆえに禁忌たる【闇の炎】にグラッドロスは手をつけたのじゃ』
「そして血が流されたのか?」
血を好む宝玉。血と引き換えに力をもたらす【闇の炎】。
『そう、それはそれはたくさんの。まずは【闇の炎】に触れることに反対したレフィロスを』
精霊は再び言葉を濁し出す。
『後はもう血が濃すぎて覗き見出来ぬわ』
「まただんまりですか。本当に知らないのですか」
『見たくもないものを見ようとは思わぬ。ましてや人の世のこと、我らとは交わらぬ世の話しじゃ』
他人事のように風姫は言い放った。
「そうですか」
『言ったであろう、我ら不要に流された血は好かぬ。あの宝玉は血生臭い。我ら精霊がどれだけのいにしえ
より大地におるか知っておるかの?』
今度は逆に精霊がロッドへと問うた。
「私には人より古くとしか答えられませんが」
『それで充分よ。それでいながら我らですら、あの【闇の炎】がいつ何者の手により創り出されたのかを
推し量ることすら出来ぬのだから』
風姫は己が理解できぬものへの苛立ちを、隠そうともしなかった。
『そう、神の忘れ物などとも呼ばれているようだが、しかし我らの本当の主であった御方が創り出された
のだとしても、精霊はあの宝玉は好かぬ』
精霊は言い切るとロッドを見やった。
『我ら主人のことを第一に思うゆえ、危険に近づけとうはない』
「主人?本気で私のことをそう言っているのですか?」
ロッドが苦笑まじりに風姫へ返事を返したときだ…。
はっと、ロッドはファグルリミの外へと目をやった。
『あの娘の気配が消えたようだの』
風姫は微かな笑いを含んだ声で荒野の方へと視線を向ける。
「知っていましたね。ペンドラドがこのような行動に出ることを」
ロッドは風姫に一本取られたと思う。
【ファグルリミの都】の西。いかにも不自然に空間が2重に重なっていた。
今、ロッドが立っている大地と、影のような荒野。普通の人間ならばその場所を通ったとしても、
そこにもう一つの空間が開かれていることにすら気づくまい。
『我らは自分のいいように物を言う。まして尋ねられてもいないことを、わざわざ言うと思うかえ』
「思いませんね」
ぼそりとロッドは呟いた。
「風姫殿、これはやはりペンドラドと【苦難の運び手】が接触したと考えるべきなのでしょうね」
『さあ…のう』
曖昧な声だが、その風姫の楽しそうな瞳がその答えとなっていた。
そしてそのままロッドは、何も言わずにその方向へ向かって走り出した。
その背を見送りながら風姫は言う。
『まったく、礼の一つくらい言えんかのう。色々教えてやったというのに』
その顔が笑っていた事をロッドは知らない。
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