|
「ありがとう」
ぼそっというペンドラドにロッドは笑みを見せた。
「無事でよかった」
本当にロッドはそう思う。これで終わったわけではないが、相手が分かれば次はまだ考えようが
ある。
「しかし、ここは何なのだ。なんだって【苦難の運び手】はこんなところを選んだんだ」
治癒を終えたロッドは、辺りを見渡して歩き出した。
「ロッド、そっちは…」
あわててペンドラドはロッドを追う。ロッドにあんなウールヴァーンの姿を見せたくはなかった。もちろん
隠せるものでもないことは分かっている。しかし、それでも…。
「お前、こんなところにいたのか?」
ウールヴァーンを閉じ込めた水晶の壁。先ほどの【闇の炎】の暴走によってそれは崩れ落ちている。
氷の柱のように砕けた水晶の中にウールヴァーンが固まっていた。背後から剣で胸を貫かれて。
「かならず帰ってくると言ったのだろう」
怒ったようなロッドの声だった。
「ロッド。何でこんなところにウールヴァーンが葬られているのか、私にも分からない」
ウールヴァーンと同じ古代紫の瞳を持つ少女が言う。
お前は王族ゆかりのものなのか、と言いかけてロッドはその言葉を飲み込んだ。
ふたりで並んでウールヴァーンを見上げる。
その時だ。ペンドラドの手の内にある【闇の炎】から一条の光が立ち上がった。
「何?」
光はまっすぐとウールヴァーンまで伸びる。そしてウールヴァーンをつらぬく剣を
照らした。剣の刃が光をあびてきらめく。赤い光に剣が血塗られたようにも見える。
「剣が…」
光をあびたとたん剣の存在が消え去った。ふたりの視界から、ウールヴァーンの胸の
剣がなくなっていた。
そして消えた剣は、ウールヴァーンの眠る水晶の柱の根元へと突き立つように現れていた。
「これは、剣を取れと?」
ペンドラドの手の【闇の炎】から光が消えていく。
水晶の中のウールヴァーンは何も語ってはくれない。
「ペンドラド、それはウールヴァーンの剣だ」
ロッドは剣を見て言う。
「かつての戦火の中でナイアスの民と和解したとき、ナイアスの王がウールヴァーンに贈った
ものに間違いない」
ロッドの民が精霊と語ったように、幻獣と呼ばれる存在を操る一族。
「お前が取ればいい」
「私がウールヴァーンの剣を?」
ロッドに言われてペンドラドは小さく首を振る。
「【ファグルリミの都】を何かを追うように出ていってしまったウールヴァーン。そして都は
【闇の炎】に滅ぼされた。さらに今、【闇の炎】にウールヴァーンの剣が反応した。ウールヴァーンは
【闇の炎】と何か関係があったのかもしれない」
ロッドは矢継ぎ早に言ってペンドラドを見る。
「もう、私にも無関係な話ではないのだ」
一族と都を【闇の炎】に滅ぼされた男が言う。
そして【苦難の運び手】の存在。
「私は【苦難の運び手】に愛したひとを殺された」
「え?」
「ペンドラドの多分大切なひとなのだろう? そんな女性に憑依している存在に」
ロッドは水晶に手を触れるとウールヴァーンをもう一度見上げた。
「その封印を解いた存在を確かめなければならない。だから」
そこまで言って、ロッドはペンドラドを振り返った。
「今度こそ一緒に行こう」
「ロッド」
ペンドラドは男の名をつぶやく。
「どんなに逃げられたって、こんな風にこんな姿の友と再会するのはやりきれない。一緒に行こう」
行ってしまったウールヴァーンにロッドはついていかなかった。だが、そんな間違いはもうしない。
「ありがとう。ロッド」
ペンドラドは同意の言葉ではなく、感謝の気持ちを言葉にした。
「これからどうするかは一度【ファグルリミの都】に戻ってから考えよう」
そしてロッドはペンドラドの言葉を同行の同意と受け取った。
「さあ、剣を取れ」
ロッドに促されてペンドラドは剣の柄に手をかけた。
◆
地上はすでに朝だった。永い夜が明けていた。
朝日に照らされてふたりの影が荒野に伸びる。
「ロッド」
「なんだ?」
ロッドはペンドラドを振り返る。
「ごめんなさい。私はロッドの同行を認められない」
「お前、まだそんなこと言って」
ロッドはペンドラドの方へ手を伸ばしかけた。自分の方へと来かけたロッドへ、ペンドラドはキッとした
視線を向ける。
「私はあなたの【真なる名】を知っている」
「おい、ペンドラド」
ロッドの体が突然拘束された。
「言霊を操るサークアの民の、しかも長をそう長い時間の足止めが出来るとは思わないけど」
「何考えてるんだ。お前、あの女に手を上げられないだろう。死ぬ気か!」
ロッドは体を動かすことが出来なかった。
「何であれ、ルビュールは傷つけさせない」
決意を込めてペンドラドは言う。
「何があったかは知らんが、あの女の中にいるのは…」
その存在はロッドにとって仇でもあるのだ。が、しゃべることですら苦痛になってきていた。
「ロッド。私は自分の命か、ルビュールの命かという選択の時に自分の命を取って、ルビュール
を見捨てたんだ」
「だから近づくなというのか」
「私はロッドを見捨てるかもしれないよ」
ペンドラドはあっさりと、わざと軽薄そうに言う。
【真なる名】による呪縛。表情すら変えがたい縛りのなかで、ロッドはそれでも自分に出来る
ことはないかと考えていた。
「だから、さようなら」
背を向けかけたペンドラドへ、ロッドは微笑みをなげかけた。
「どうして、私にそんな表情が出来る…?」
優しすぎるロッドの顔にペンドラドの肩が揺れた。表情はロッドから背を向けているので伺えない。
ペンドラドは背を向けたそのまま荒野を駆け出した。
ペンドラドは走り抜ける。大地の上を、ただすこしでもロッドとの距離を広げるために。
[BACK]
[INDEX]
[NEXT]
|