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西の空が真っ赤な夕焼けに染まり、その一方側である東の空には紫の夕闇が濃く、
忍び込みはじめていた。空が光を失い、あとは密かに燈る月と星々のみとなる
まであともう少しという時刻。
刻々と変化していく空を神殿の柱に寄りかかり眺めていた彼は、ひとつの声によって
現実に呼びもどされていた。
「ディスレーンス様」
あきらかに女性とわかる影が、白い神殿の床にのびて近づいてくる。とはいっても、神殿は今は
その姿を空と同じ色に染められていたが。
「ああ、お前か。ここのところ姿を見せなかったな」
彼は自分に向かって敬意を示すように、頭を軽く下げ礼を取る女の方へと一度目を走らす。
「はい。ちょっと大陸の方へ渡っていたもので」
「ルディラズリ。お前のことだ、何か楽しめそうなものでも見つけてきたのだろう」
そうしてディスレーンスは、今度は大陸の方へと目を走らせた。
もちろんここからは大陸の姿など見えない。ただ、波の音が遠く聞こえてくる。
「かの者は、今は【ファグルリミの都】に滞在しているようです」
ルディラズリと呼ばれた女の方も、ディスレーンスの視線をたどるように顔を海の向こうの
ブール大陸へと向けた。
「そうか…、あの地におるのか」
そうつぶやくディスレーンスの容貌は、【ファグルリミの都】の滅亡の時とまるで変わらない
ままある。
「ちょうどよい。感動の再会でもさせてやろうぞ」
ディスレーンスの灰色の瞳が急に輝きだす。失せていた玩具を見出した子供のように。
「お前もくるか?」
「え…? いいえ、私ごときがあの離殿へ足を踏み入れるなど」
謙遜した様子で、ルディラズリは身をひこうとする。
「かまわん。もはや、この島にいるのは私とお前のみ。遠慮などらしくもない」
くつくつと笑ってディスレーンスは神殿の渡り廊下を歩き出す。
「はい」
うなずいてルディラズリは後へと続いた。
そして、二人の目の前に現れたのは、今までの建物とは一風変わった雰囲気をかもしだして
いる建物だ。
大きさではもちろん先ほどの神殿にはかなわないが、どちらがいっそう人の心の中に強い印象
を与えるかといえば、この離殿の方であるといってよい。
ルディラズリはディスレーンスのすぐ横で足を止めると、ほうっ…と息を付く。
「はじめてこの離殿を目にしたときから、ずっと私のなかからこの姿が消えることはありません。
そのレリーフの隅から隅まで」
神殿の壁のレリーフにはあまりに生々しく人の像が掘り込まれている。
苦しみに歪んだ表情、悲しみの図…そして怒り、あるいは憎しみのそれ。レリーフには特徴とも
いえるものがあった。それは人の喜びや楽の表情がたったのひとつもないという。
「なにしろ禁呪の神殿だからな。封印を解くなと警告を込めて、このようなデザインにしたそうだ。
何でも、不死の法までが封じられているとかなんとか。くだらなすぎて何が封じられているのか
確認してもいないが」
青年のままの姿で、見てきたようにディスレーンスが言う。
「だが力ある地ゆえに儀式の場としては最良の土地」
神殿の扉をディスレーンスは押し開けた。ずず…と重い音と共に扉が開かれる。中は真っ暗だ。
これから来る夜の黒が一歩先に神殿の中にだけは訪れていて、待ち伏せているようにも見えた。
「何か明かりを…」
ルディラズリがディスレーンスに続いて、神殿へと足を踏み入れたときだ。真っ黒のなかに点々と
明かりが灯っていく。
「え…?」
奥へと向かう廊下の両脇に、一定間隔を置いてぼんやりとした明かりがわずかな間に点いていた。
ふたりが入り込んで乱した神殿の空気の流れにも、光が揺れないところをみるとろうそくでは決してない。
「ああ、見たことなかったか?本殿の系統部はすでに死んでろうそくだが、ここはまだ生きてるからな」
「アルスの方々が得意とするというカラクリですか?」
純粋な興味にルディラズリは琥珀の瞳を輝かす。
ここ東の海に散らばる群島に住まうアルスの民。灰色の髪に鈍色の瞳を持つ一族。それはディスレーンス
の体色とあてはまる。対して、赤毛に琥珀の瞳のルディラズリはあきらかに違う民である。
「もはや修復出来るほどの技の持ち主も存在しないだろう」
消え行く技を惜しむ風もなくディスレーンスはさらりという。
「ついてくるがいい」
そんなディスレーンスの言葉の後は、ただ離殿に二人の足音のみが響いた。
やがて一番奥の間にたどりつく。
部屋の中はこれといって明かりはない。だが、部屋の壁全体が薄ぼんやりと発光しているのか、
目がなれてしまえばさほど不自由はない。
ディスレーンスは奥の間の中央にある石の台の前に立った。ちょうど、人ひとり寝れるほどの大きさ…。
その上には穏やかな表情の、そう…離殿のレリーフの表情とは正反対をしている少女の体が横たえ
られていた。
「この方は?」
ルディラズリは尋ねた。自分の主人たる人に。
「これは道先案内人。案内してやりたい場所があってな」
ディスレーンスのまぶたが細められた。その奥の感情は読み取れない。
「この方を差し向けなさる。なるほど、感動の再会になるとはこのことですね」
ルディラズリは一度だけ、この少女を見たことがあった。それはまだ王宮に出入りしていたころ。
たいそう美しい娘だった。まだ幼さが顔には残っていたが、それが消えたとき…、きっと王宮の
騎士たちのあこがれになりそうな、そんな予感と共にあの時は眺めていた。
けれど、その時がもう訪れることがないことは、ルディラズリには分かっている。
少女の顔はあまりに蒼白すぎて、生命が宿っているようには思えない。薄暗いなかでも、少女の
波打つ金髪だけが豊かさをたもって金の光を漂わせていた。
「この憎しみの間で目覚めたものは、新たなる憎しみの種を蒔く。それにはそれ相応の牙を身につけ
ねばな」
金の髪と白い肌には赤い血が似合いそうだった。否定したくとも、少女に否定の声を上げることは出来ない。
「生前、そなたが持ち得なかった憎しみの刃をやろう」
そこでディスレーンスは何かを短くつぶやく。
床に小さな円が浮かびあがり、ルディラズリに中に入るように命じる。そうして自分もその内へと立った。
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