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「四大…、火水土風。それら純粋なる四大からなる【霊魂剣】をその身に宿せる
とはつまり、むしろ自然に近いのだ。四大剣は精霊とは違うが、遠いものでもない。
ソードマスターの方々に尋ねてみたことはないが、【言霊】くらい聴いている
かもしれんぞあの方々は」
イリフは机から立つと、彼等へは背を向けて背後の窓辺へと立った。そこからは街が見渡せた。
「ハンヘルド」
イリフは息子の名を呼んで振り返る。
「私は街の警備をお前にまかせたが、街の人々を支配しろと命じたつもりはない。分かったか」
窓からの光の逆光となってイリフの表情は黒い影となって見えなかった。
「…はい」
ハンヘルドは苦しげにうなずいた。
「ならばもう行け」
「はい」
青年達が執務室から出て行く。
「かっこいいね、お父さんは」
「リアイダ…、からかうのはやめてくれ。頭が痛いんだ、あの馬鹿息子には。いい薬になったろう」
疲れた表情を隠そうともせずにイリフは椅子へと腰を下ろした。
「いや、感心してるんだぞ。あの10年前には木造の建物ばかりで街というより村
だったからな。今じゃ石造りの家々の建ち並ぶ立派な街じゃないか」
「似合わん世辞はやめておけ。お前だって都に帰れば為政者側の人間だろう」
「どうだろうな。私ははぐれ者だからね」
お互いの肩や後姿に10年分の澱がそれなりに積もっているようだった。
「しかし、よく来てくれたと思っているよ」
イリフは言うと部屋のソファーに寝かされたままのルヴェンを見る。
「10年前にも言ったはずだぞ。この子供には、はやめに【真なる名】を与えた方がいいとね」
リアイダもルヴェンを見やるとその傍らに腰を下ろした。
「この子は自分の居場所に戸惑っている。名は何を与えてくれるわけでもないが、
広い海を漂う船の錨のようなものだ。時に流されぬように楔にもなってくれる」
「この紛争でソシアスはそれどころではなくなっているんだ」
「この街には戦の影響がそんなにあるようには思えないが」
「都の【名付け師】はてんやわんやだ。戦地へ向かう若者から順順に【真なる名】を
与えて出征させてるのさ」
イリフの表情により濃い疲れが落ちた。
「不便なもんだな、我らサークアの民は自ら時がくれば悟るがね」
【真なる名】の得かたはその一族によってそれぞれ違う。
【真なる名】とは本質。その人間の最も無垢にして根本なる部分の名称だという。
理性や感情を超えた、それぞれの魂が奥底に隠した何か。それが【真なる名】。
死すときに、あるいは己の役目を終えた瞬間にこそ、【真なる名】の意味を知るとも
悟るとも言われている。そして他人のそれを知れば、その人間を支配することも
出来る重要なものだ。
【真なる名】を与えられることによって、成人と認める一族はソシアスの民だけではない。
「【言霊】を操る一族のようにはいかないさ」
「なにやら声が聞こえると小さい頃言っていたそうだが、あれは風霊の声だな。
今日逢ってみて分かった」
リアイダは自分を助けようとしてくれた少年へ我知らず笑みを向けた。
しかしすぐにその表情を引き締める。
「とはいえどうにかしたほうがいい。精霊の声に通ずるものが半端な知識でいれば、
今日のように感情にまかせて、普段の会話に【言霊】を知らずに織り込んで発して
しまうというようなことがまた起こる」
「そうだな」
父親として苦渋の決断の時が迫ってきているのをイリフは知った。
「口封じの言霊くらいですんだからよいが、彼が【死ね】と言ったら死ぬ人間
が出るかもしれないということだぞ」
「生後まもないあれを見て言っていたな」
イリフは目を細めた。
「泣く気力もなくなったあれを抱き上げて、同族を見つけたのかと思ったと」
イリフのまぶたの裏側にはその時の光景が浮かんでいるのかもしれなかった。
「そう、そしてお前に請われて私はこの子の頭に見えぬ輪をはめたのだ。封じの輪を」
リアイダの手がルヴェンの額を撫でる。
「その輪は綻びかけている。風霊の声が聴けたということは、すでに年少のころより輪
を破りかけていたのだろう」
「なんでだ。なんで、この子にそんな力がある…」
イリフが呟く。
リアイダはそれには答えずに言葉を続けた。
「また封ずるかね。それとも…」
沈黙がふたりに落ちた。
「それは、それはルヴェン自身に選ばせよう…」
長い沈黙のあとにイリフはリアイダへとやっと答えを返した。
◆
時間がなくて問い返せなかったけれども、青年達に囲まれていたあの輪のなかで…男の声が言っていた。
『また、逢えたな』と…
それはあの木の上でのルヴェンのいたずらを知っててなのか、それとももっとずっと
前に逢っていたことがあったのか。
(どこでだろう?)
−−ルヴェン、ルヴェン。行こうよ。
声が囁く。いつも一緒にいてくれた声。
−−だから今度は一緒に行こう。
「ルヴェン。我らサークアの民の都【ファグルリミ】へ来ないか」
リアイダの告げた言葉に、ルヴェンとそしてイリフも目を見開いた。
「他部族を受け入れるのか?」
「なぜ、精霊がルヴェンを受け入れたなら何の問題もない」
あけらかんとリアイダは答えた。
「しかし、お前…」
唖然としてイリフは呟くと、後を続けた。
「お前、私から息子を奪う気か」
「そうさ、私には息子はいないからね」
まったく私はしばらくリアイダ、お前に滞在してもらってルヴェンに【言霊】
とやらを教えてもらって、すませようかと思っていたよ。とはイリフの嘆きだ。
「ルヴェン、これを持っていくといい」
イリフは包みをルヴェンへと渡した。
「父さん、これは…」
ルヴェンが開いた包みの中からは短剣が出て来る。
金の装飾に柄の部分に真っ赤な石が埋め込まれた、実用というより装飾的な剣だった。
「これはお前の母の形見だ」
「けれど…」
兄や姉も同じく母の子であるはずだった。そして父にとっても形見なはずだった。
「かまわん。持っていけ、わしらにはここという故郷があるが、お前の故郷はここ
ではなくなる。もうここへは帰ってこられないことを覚悟しろよ」
「父さん…」
ルヴェンは父を見つめて、それからゆっくりとうなずいた。
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