黄昏の覇たる王・外伝1『伝えゆくべきもの』

3P

「なんだと」
「正当ならば表でやれば…」
 ルヴェンは言いかけたが、最後まで言葉を続けることは出来なかった。
 頬に強烈な衝撃が走って、そのまま路地の壁に叩きつけられていた。
「馬鹿が。お前のような半端者に何が分かる!」
「すぐに力に訴える方がどうかと思うがな」
 ローブの男が素っ気無く言う。
「いますぐに縛に就かせてやるからおとなしくしていてもらおう。これは我が家の問題、 他人に口出しはさせぬ」
 ハンヘルドは男に言うと、青年達に男を押さえるように命じた。
「暴力は躾とはいわんぞ」
 男は抵抗する様子は見せなかったが、一言ハンヘルドへ付け足した。
「ふん、何度言ってもわからぬ者へは最後にはこうして教えてやるしかあるまい」
 ハンヘルドは鼻を鳴らすと、平手を喰らったまま立ち上がらないルヴェンを見下ろす。
「我が家にお前など不要なのだ。お前なんか生まれなくてもよかったんだ」
「兄さんの弟になることを選べたんなら、僕もここへ生まれてきはしなかったよ」
 切れた唇の端から流れる血を、ルヴェンは無造作に袖で拭う。
「お前さえ生まれなかったら母も死なずにすんだしな」
 ハンヘルドの言葉にルヴェンの瞳が暗い光を帯びた。
「お前のことを街の人々がなんと呼んでいるのか知っているか【取りかえっ子】だ」
 ルヴェンは兄を睨みつけたまま、壁を支えにして立ち上がる。
「見た目はソシアスの民だが、中身あやかしにでもすりかえられた…、なんだ」
 睨み付けてくる弟をハンヘルドもねめつけた。
「またやる気か?」
「黙れ」
 兄に対してルヴェンは一言そう告げる。
「なんだと」
「【黙れ】とそう言ったんだ。僕のことはともかく母さんのことを言うな」
「そんな口をまだ…」
 まだ利くのかと、そうハンヘルドは続けようとした。が、そのまま後の声が続かない。
 口をぱくぱくしたまま、ハンヘルドの口からは声は発せられなかった。
「ハンヘルド様…」
 周囲の青年達にも動揺が広がる。
 ハンヘルドは顔を真っ赤にさせて魚のように口を動かしていた。何か怒鳴っているらしい。
「お前達もだ」
 ルヴェンは青年達を見やった。
 青年達は後ろ手に押さえていた男の手を離すと後づさる。
「駄目だ、ルヴェンそのぐらいにしておけ!」
 男はハンヘルドを楽しそうに眺めていたが、ルヴェンの視線が周囲へと向くにあたって声を発した。
「お前達もはやく、イリフを呼んで来い!」
 男の言葉に青年達がはじかれたように、われ先にと路地から出て行く。
 イリフとはこの街の長である男の名前である。それを男は呼び捨てにしていた。
「ルヴェン!【言霊】とは憎しみに駆られて操るものではない」
 男の赤い瞳がルヴェンを射た。やっとふたりは本当に向かい合っていた。
「もういいんだ。今は【眠り】なさい」
 男の言葉にルヴェンはゆっくりと眠りに落ちていく。その体をあたかく支えてくれているのは…。


「まったく、お前達は自分たちの命の恩人に手を上げたことになるんだぞ!」
 執務室のテーブルにどんとこぶしが打ちつけられる。
 街中央の執政館の一室でイリフの怒りは頂点に達していた。
「あの10年前の冬に流行病に襲われたとき、リアイダが通りかかって調合した薬を 分けてくれなんだら、あの年生まれた赤子と1〜10歳の幼子のすべてを我らは失う ところだったんだからな」
 お前達もそのときの子供だったんだぞ…、息子を含む青年達へのイリフのお小言は 止まりそうもなかった。
「まあまあ」
 ローブの男こと名をリアイダという…は、ちょっとはうさが晴れたのかいやに すっきりした顔でイリフを止めにかかった。
「そんな昔のこと彼等に分かるわけないんですから、それにまあ恩は忘れられやすいって言うし」
 リアイダはにっこりと、そうイリフへと言ってのけた。
「まったく、リアイダも人が悪いぞ。わざとあおったりしなかったろうな」
 リアイダの態度にイリフは毒気を抜かれたのか、ため息をついて恩人であり旧友を見やった。
「まさか」
 肩をすくめるリアイダを見て、ハンヘルドが口をぱくぱくさせている。
「リアイダ、もうそろそろいいだろう。ハンヘルドを何とかしてやってくれ」
 反論も許されずに…というより出来ずに、ただ父親から言われっぱなしだったこの時間は、 ハンヘルドにとっていかほどの苦痛だったか。想像だにかたくない。
「【言霊】だよ。我が一族が精霊と語るのに使う力ある言語。いや、力そのもの」
 それは時に他人に行動を強制できるほどの力を発する。
 リアイダはにっこりとした笑みを絶やさぬまま、ハンヘルドへと近づくとたった一言を呟いた。
「【解放】」
 その音はハンヘルドには言語とは捉えられない。むしろ音楽に近い響きだった。
「じょ、冗談ではありません!」
「まだ、何か言うか」
 うんざりとした表情のイリフにハンヘルドは喰ってかかる。
「つまり、こんな怪しい技をルヴェンは操れるということですよね」
「怪しいとはなんだ」
 横でリアイダがむっとしている。
「お前はそう言うがな、逆に言えばルヴェンはソシアスとしての血が濃いともいえるのだぞ」
「どういう意味です」
 ハンヘルドの表情は納得がいかないというように歪んだ。
「都におわす我らが明主はその身に四大なるアストラルソード、【霊魂剣】を宿す方々」
「そんな事は子供でも知っています」
 今度はハンヘルドの顔がむっとなった。
「だったらもっと頭を使うんだな」
 父は容赦がない。

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