黄昏の覇たる王・外伝1『伝えゆくべきもの』

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 誰もからもなんとなく遠ざけられている自分をルヴェンは知っている。
 そして聞こえた声のことを他人へ話すことをルヴェンはやめたのだった。
 どう触れていいのか悩んでいるような姉の視線。嫌悪感しかあらわさない兄。
 不在しがちで自分のことを振り返りもしない父。
 では自分はかまって欲しいのか?
 それはどうだろう。疑問符が付く。
 ひとりですごす時間だけが増えていった。

−−ルヴェン!ルヴェン!!
 声だけが彼をいつだって呼んでくれる。
−−ねえ、助けて。彼を助けてあげて。
(なんだよ。つばめのヒナが巣からでも落ちたのか?)
 自分にしか聞こえない声にルヴェンは答えた。
 嵐の後に声に呼ばれて街の外の森へ行ったら、怪我をした鹿がいたこともある。
  −−我らが友を助けてあげて。
(友…?)
 声が何らかの存在を友と呼ぶのをルヴェンは初めて聞いた。
 声が何なのかルヴェンは知らない。けれども、見えない存在はいつもルヴェンの そばにいてくれたし、ルヴェンに色々なことを変わらずに教えてくれた。たとえば 喧嘩でだれが背後から近づいてきたかなんてことも。もう、聞いた内容を口にする ことはしなくなってしまったけれども。
 ルヴェンは好奇心も手伝って街並みを駆け出した。頭から昼寝の後を引くように 居座っている眠気を追い出す。
 自分と同じ髪とそして目の色を持つ人々の間を駆け抜けていく。赤毛と琥珀の瞳 を持つ一族。四大なる【霊魂剣】をその身に宿す4人をリーダーとして、その一族 も剣を扱うのが得意とされる、それがルヴェンの属するソシアスの一族だった。
 ごくごく当たり前のように同じ色の人間しかいない街並み。そしてそれが当然である世界。
 今、大陸には紛争が絶えない。
 現にルヴェンの属するソシアスの民は領土を接する、イリスの民と境界線をめぐって争っている。
 ブール大陸の海岸線に領土を持ち航海術で海を渡り、時に海辺の他族の村を略奪 する海賊のような戦士の民。日に焼けたような褐色の肌と海の青の瞳を持つという−−、 がその姿すらルヴェンは見たことがなかった。
 争いとは行ってもまだ10歳のルヴェンには遠い話だった。ましてやこの街は海からは遠い。
 父の友人が戦死したのはいまよりもさらに昔のまた別の紛争でだ。

−−ルヴェン、そこ。そこの路地の奥。
 声に言われてルヴェンは路地へと足を踏み込んだ。

「ひどいな。たかだか髪の色と目の色が違うだけではないのかね」
 路地の奥で男が人影に囲まれていた。
「私と君達、その他に何が違う?」
 どこか剣呑でない雰囲気の青年たちに囲まれながら、その男はどこかのんびりした風だった。
 ルヴェンは囲まれている男を見てはっとする。
 男のその髪は白い。そして目は赤かった。
「信じられるか、このような時期に他の一族のものなど」
 青年の中のひとりが吐き出すように言う。
 ルヴェンは彼の親族が、イリスとの紛争のうちに亡くなっていることを知っていた。
 今はどこの一族の者も他の一族の動向には敏感になっている。こんな時期に、 他の一族の領域を歩いている方も歩いている方だ。この男がイリスの民では ないことは一目瞭然なのだが、もはや事態は他部族であればすべて信じられな いというようなところまできている…。

−−ルヴェン、彼を助けてあげて。
 声がルヴェンに訴える。
(またまた難題だな)
 どうしたものか、ルヴェンは考え込んだ。いいや、考えてもしょうがないやるしかないだろう。
「他部族だからこそ気をつけた方がいいんじゃないのか?」
 自分には何もない、ならばこれしかない。この口だけだ。
 ルヴェンはそういうと集団へと近づいていった。
 青年達はルヴェンを見るとざわめいた。
「他部族に対して何かおこせばかえって、その他部族をこのソシアスの領内に進入させる 理由になるんじゃないのかな」
 そして自分たちより年少のルヴェンに、そんなことを言われて青年達は鼻白む。 が、それ以上は何も言おうとはしなせずに、憎しみと蔑むような視線だけがルヴェンへと 返ってきていた。しかし、それはルヴェンにとってよくなれた馴染みあるものでしかない。
 ルヴェンは青年達の真中を割って入るように歩を進めると、その旅人を見上げた。
−−ルヴェン。
 声が友と言った人。それだけでルヴェンには意味があった。
 男がルヴェンへと囁く。
「え?」
 よく聞き取れずにルヴェンが問い返そうとしたとき、背後からもう一つの声がした。
 路地の入り口の方へと全員の視線が向く。
「よくそのような詭弁を恥ずかしげもなく述べられるな」
 ルヴェンは声の方を振り返った。
「兄さん…、ハンヘルド兄さん」
 ルヴェンはそこに兄の姿を認めると目を伏せた。
 逆に青年達の表情は、ほっとしたようになっている。
「まったく学び舎をほっぽりだして何をしているのかと思えば、このようなところで…。 我が弟ながら情けない」
 吐き出すような口調だ。
「私はこの街の長殿に面会させて欲しいと、そう申し出ただけなのだが」
 ことの発端の当事者たる男は、ルヴェンの横に立つと言う。
「黙れ、そんな言い分が信じられるか」
 兄の目からもルヴェンは他部族への嫌悪感しか見つけることが出来なかった。
「…なぜ? 君達の長を害するつもりならば、わざわざ正門から入ったりしないがね」
 そしてどういうつもりなのかこのローブの男、いまいち緊張感に欠けている。 そしてその態度がさらに兄を逆なでしているに違いなかった。
「それはそうしようと思えばそうできるということか?」
「そうだ」
 あっさりと男は兄へと答えていた。
「やろうと思えば出来る。が、しなかったことが私の誠意のつもりなのだが」
 ルヴェンは何てことを言うんだと男を見る。兄をもっと逆なでするようなことを言うなんて。
「このような男、父に会わせるわけにはいかぬ」
 兄はきっぱりと言い切った。こうなってしまった兄をひるがえさせるのは、 ほぼ無理と考えた方が良いだろう。
「兄さん、父さんの指示をあおごうよ」
 ルヴェンは小さく呟いた。もう、自分に出来ることは少ない。
 街の長たる父。そしてその息子たる兄と自分。
 だからはじめにルヴェンが現われたときに、青年たちは慌てたのだ。 反感を懐きつつも、長の血統につらなるものだから。
「街の警備を父からから任されているのはこの私だ。逆らうのか」
「だったらなんでこんな路地の裏に、この人を連れ込んだりしてるのさ」
 駄目だ。いくら声の頼みだって、こんな風に兄に逆らうなんて自分になんの利益もありやしない。 なのにルヴェンは兄に向かってそう言い放っていた。

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