ESSAY

このコーナーは今週のニュースから派生した話題、日々の雑多な感想などをまとめたエッセイのページです。

オウムの彼方へ

なぁんかこう「死刑の判決は出たけどよく分かりませんね、エヘヘ」みたいな報道が多く見られたのだけれど、そんなにまでしてTV各局は"彼方の"ことにしたかったんだろうかね。
 一番それを感じたのはTBSの「ニュース23」で、街頭インタビューにおばちゃんが「死刑は当然ですね、彼らは人間じゃないんですよ」って答えた時だけど、人間じゃないってのはどういう意味だろうね。
 大量の人間を殺したっていうことだろうけれど、たとえばブッシュ大統領が戦争犯罪を犯したってことになったら、麻原を支持した"ことになっている"信者を「人間じゃない」と切り捨てたおばちゃんは、ブッシュを支持した"ことになっている"小泉首相を、さらにそれを支持した"ことになっている"自分自身を「人間じゃない」と言えるだろうか。

2004 3/7 作成
2004 3/14 改変

神戸とサッカーとクリムソン

ヴィッセル神戸は市が経営から撤退し、インターネットモール「楽天」で有名なクリムソングループに経営母体が変わった。 早速トルコ代表FWのイルハンを獲得するなど豊富な資金力を生かして補強している。
そんな中、ユニフォームを現在の白黒縦縞から"クリムソンレッド(深紅)"に変更するという案が出されている。
んだけれども、私にはこれがちょっと気になるんだなぁ。
で、何が気になるかを説明するためにイタリアに話を飛ばしてみよう。 ご存じの通り、イタリアはサッカーの本場として、世界トップレベルのリーグを抱えているわけだが、南部北部で政治、経済的地位が大きく違う「南北問題」が大きな政治問題になっている国でもある。 それの証拠の1つとして、南部からサッカーの一部リーグ(セリエAっちゅうやつね)に入っているのは、中村俊輔が行っているレッジーナしかないというのがあるわけだ。 んで、レッジーナのユニホームというのは深紅な訳で、ということはヴィッセルのユニホームはイタリアに置き換えるとユベントス(白黒縦縞)からレッジーナ(深紅)へと変わるっちゅうことになるわけだ。 さて、神戸はいま、大阪市と全国自治体の借金高で1,2位を争っている。 このユニホームの案は(三木谷社長はそんなつもりないだろうが)神戸の地位の移り変わりを象徴しているような気がするんだよね。
と、ここまで考えてきて、そういえばローマも赤のユニホームだったなぁとか思い出したけれど、神戸の未来はどちらに転ぶだろうかね。

文春と田中真紀子とデモス

さて、文藝春秋が田中真紀子衆議院議員の長女の問題を記事にしたことについて、東京地裁が出版差止めの仮処分を下したわけだが、これがなんでTV等で大きなニュースになっているのかよう分からんという人も多かったんではないかなと思うわけだ。 まぁ、「プライバシーの権利と報道の自由を秤にかけたら報道の自由の方が重いんだ」みたいなコメントをした人もいたようだがこれじゃあやっぱりよく分からないと思うので、なんで「報道の自由」がそんなに大事なのか? ということを言ってみよう。
 そこで、民主主義とはなんじゃいな、というところまで遡らないとよく分からないんだけれど、民主主義(デモクラシー)というのはおおざっぱに言うと「みんなで決めたことはみんなで守りましょう」ということなんだよね。 で、それが起こった(とされる)ギリシアの都市国家では成人男子全員が参加する会議を開いて決めていたわけだが、もっと規模が大きくなって、近代の国民国家と呼ばれるような何千人、何万人の人がいるようなところでは全員を集めるわけに行かないので、その中の代表を選んで、その決議の方法も全員が納得することってのは難しいので多数決にしようと言うことで、近代の議員制民主主義というのは成り立っているんだな。 で、報道の自由に戻って言うと、そういう制度なんだから、本当は全員が政治的な判断について、情報をほとんど全て持っている必要があるわけだ。 ということは情報が事前に止められるという事態は非常によろしくない、ということなんだよね。 今回の件はまぁプライバシー侵害と言っていい事例だけれども、元々情報っていうのはどれが必要か不要かっていうことがとても分かりにくい代物な訳で、こういったボーダーライン上のものを全てプライバシーとして保護してしまうと、国民が政治的な判断をする上で必要な情報まで遮断されかねないということなんだよね。
しかも、この事例は今後、裁判所の前例として扱われるわけだから、年代が経つにつれてその内容がどうだったということよりも要件がどうだったかの方が重要になっていくわけだ。 つまり、情報統制の可能性を大きく開いた前例として使われるようになるってことをTV等は心配していたわけだね。
以上、今回はここまで。

イラクと国民国家と民主主義

しかしまぁ、日本人の一番悪いところが(というか日本のTVマスコミの一番悪いところが)出てしまったような報道が続きましたね。 ってイラクの人質事件の話なんですが、どの局も感情で煽りすぎ、結局訳の分からない自己責任論が出てすっとこどっこいな発言が増えたわけですが、中でも一番おかしかったのは公明党、冬柴幹事長の「なんぼかかっとると思ってるんですか」ですかね、国民国家の政治家として恥ずべきこんな発言をする議員を飼ってる税金の方が無駄遣いという気がしますが、とはいえ人質の家族もいくらパニくってたとはいえ「自衛隊は即時撤退してもらいたい」と絶叫するのはなぁ、引かれるし利用されるよなぁ。
 で、これで終わっても良いんですが、もう一つつっこんで、冬柴さん(はじめ自己責任論を言った政治家の皆さん)が"国民国家の政治家として恥ずべき"だというのはどういうことかを説明してみましょう。
 そもそも、と大上段に構えて話をさせてもらいますが、そもそも国民国家なるものはフランス革命に端を発する概念でありまして、おおざっぱに今回の話に関わるところを概略すると"国民は総動員されるかわりに政府は国民を最大限保護する"制度だといえるわけです。 ここでもう冬柴さんの発言がいかにトンチンカンかが分かるのですが、「でも捕まった人たちは反政府的だったん違ゃうん? そんな人たちまで保護せんでもいいやん」と思うかもしれませんので、もう一つ、"民主主義的な"国民国家というものを考えてみましょう。 民主主義というのは"みんなで決めたことはみんなで守りましょう"という仕組みです。 で、その中では政治的な情報は社会の人全てが知っていることが前提になっている、ということを前回のエッセイでも述べました(文春と真紀子とデモス)。 逆に言うと政治的な情報が制限されるような事態は極力避けなければならないわけです。 で、これらのことを総合しますと、冬柴さん達の発言は「政府の方針に逆らうやつは保護する必要はない」と言っているも同然なわけで、国民国家の国家の義務からいっても、反民主主義的な思想統制に当たる点からいってもスットコドッコイだった、ということが言えるわけです。

Winny開発者逮捕と「オタクの傲慢」

 なんてぇかな、まず、逮捕自体は正当であったことは強調しておこう、どう考えても著作権の侵害を助長していたからね。 と言っておいた上でしかし、警察の逮捕の主張も多少強引すぎたのではないかと思われる。 まぁいわゆる「見せしめ逮捕」で(日本という国は未だに逮捕されたこと自体で傷が付く社会なので)略式起訴か起訴猶予でも十分と判断したんだろうけれど、掲示板の書き込みのみを犯行動機の推定に使うのは問題がある。しかし、「長期間放っておいたこと」が要件に入っていることなどから、かなり考えて逮捕に踏み切ったんだろうね。 最後にちょっと個人的な見解やけど、容疑者はテープによるCDダビングみたいに、なし崩し的に課金システムが作られて逮捕はされないだろうという、甘い見通しやったんじゃないかと思う。 でもそれは「オタクの傲慢」(by唐沢俊一)だと思うよ、私は。

小泉さん再訪朝

小泉さんの訪朝について、私としては一応評価はするんだけれど。 しかし、成果は成果として、交渉の仕方はちょっとまずかったんでないかい?とは思うわけだ。 まず一点目、食料支援策と拉致問題を同時に話し合ったのはちょっとまずい、いくらバーターではないと言ったところで、人質交換の条件として出したように見えるからね。 次に、外交のカードを切りすぎたのではないかと思われる。 小泉さんが直接行ったこと、食料支援、当面は経済制裁しないこと、これだけ切って、向こうには核問題を話し合う、拉致被害者の家族5人は帰国させる、の2枚しかカードを切らせなかったんだから、明らかに失点だろうと思うわけだ、向こうだってアメリカとの接点は持ちたいから、「拉致被害者の残り10人の日本による再調査」「その他特定失踪者のできる限りの情報提供」ぐらいまでは手札を持って来ていたんだと思うけれど。
 しかし、今回の場合、首相ひとりを責めても仕方がなくて、シナリオを書いた人間が(外務省にいるんだと思うが)下手を打ったってことだろうね。 山崎拓さんが知らなかったことを見ると、山崎−平沢のラインでも、福田−田中均のラインでもないところを使ったんだろうけれど、今回のシナリオは、相手に同情することと、同調することを区別できていない気がするけれど、相手の立場に立って、しかし妥協してもらう点は妥協してもらうってのが交渉ごとだと思うんだけどねぇ。
 ・・・みんなで幸せになろうよ。ゼロサムじゃないんだから。

近鉄とオリックスとJリーグ

 雪印(ホッケー)、ニコニコ堂(マラソン)、ダイエー(バレー)・・・。 ここのところ次々とスポーツの現場から企業が撤退している。 そして、日本の第二の国技とも言える野球で、オリックスと近鉄が合併しようとしている。 しかしこれは、単にパリーグで1球団減ると言うことを意味しているのではない。 5球団ではリーグが組みにくいし、経営難の球団も多いので、すぐに10球団に、またそれ以下の球団数への合併が行われるだろう。 現に巨人の渡邉恒雄オーナーは「1リーグにするなら8球団が望ましい」と述べている。 翻って選手側から見るとこれは重大な雇用問題となる。 球団が減ると言うことはフロント、スコアラー、スカウト他、引退選手の受け皿が減ると言うことも意味している。 Jリーグが多少の経営難であっても球団数を増やす方策をとっているのは、そうした受け皿を用意しないと、結果的に競技人口が減るとの思いがあるからだ。 高校野球の人気は復調傾向にあるのに、その出口でのプロ野球球団は減る。 その先に待つのは全体の凋落に他ならない。 一度失った文化資本は簡単には元に戻らない。  てな訳で、今回は新聞の朝刊コラム調でお送りしました。

働く女性と不景気1

さあ、今回はヤバめの話題をふってしまいました。 ニュースの中で私は「低成長の経済の中で女性の雇用が促進されれば男性の雇用が抑制されて不景気が続くはず」ということをいったわけですが、このままでは世の女性の反感を買うことは必至です。 高校生のころの苦い思い出がよみがえってきます。 現代社会の授業でしたか、女性の社会進出に関する発表を聞いた後に「あんまり権利を言い過ぎるとろくなことにならん」みたいな発言をしてクラス中の女子から総スカンを食らったことを思い出します・・・。 まぁ私個人の思い出はともかくとして、今回はどうしてそんな不穏な発言をしたかの根拠と若干の言い訳を述べてみたいと思います。
 でね、まずその根拠なんですが、ILO(国際労働機関)の調査によると、1980年から97年の間に働く女性の割合はほぼすべての地域で上昇しています(日本もそう)。 一方で、男性の働く割合はほぼすべての地域で低下しています。(ちなみに日本はほぼ横ばい)これは性別ごとにデータがあるので、相対的な比率の話ではなく、働く女性の数が増えると、働く男性の数が減るということをあらわしています。  で、さらに、日本の女性の賃金は男性の7割弱が相場になっています。(2002年度、厚生労働省) つーことは、女性の労働者を増やすと、経営者(および上司のおじさん)側には3つの得があるわけです。 1つ、おんなじ仕事をさせても、男性社員の7割程度の賃金ですむ。 2つ、その雇った社員分男性のクビを切ってもたたかれにくい(だって男女均等に扱ってるんだしぃ、てな言い訳がきく)。 3つ、職場に華が増える(これは冗談)。  企業にとって見れば、こうやって職場の男女比を変えることで、リストラの非難を浴びることなく、実質上の賃下げが達成できるわけです。
 でね、こうやって女性をいったん雇うことにしますと、生産性はそんなに変わらずに賃下げが達成できますので、ますます男性は採用しにくくなるわけですな。 しかも、今度この女性が結婚して子供でも・・・と思っても共働きでもしなけりゃとてもやっていけないということに気が付くわけです。 でもきちんと働いている同世代の男性は年々減る一方・・・。 こうしてまた少子化に拍車をかける要因がまた1つ増えるわけで、今政府が少子化対策がどうのこうの言ってますけど、児童手当を増やすとかするよりもまずこの賃金格差をどうかしたほうがよほど子供を育てやすくなるんじゃないですかね。 主夫も楽になりそうだし。 うーん、不況との関係がまだですが、長くなりましたので今回はここまで。 

働く女性と不景気2

 では、前回の議論を受けて、女性の社会進出と不景気の話を続けさせてもらいましょうか。 とはいえ、私は、別に女性が働くのがいやだとか、そのせいで私が働けないんだとか(いや、まぁ仕事はあんまりないけれど)言うつもりはありません。 また、かといってきみたちは搾取されているんだから抵抗しろ、戦え、団結せよ!とか言うつもりもありません。 前者はともかく、後者についてはもう少し補足しておきましょう。 だって"戦って"いる限り、そのゲーム、経済的力のゲームからは逃れられないでしょう、前回の話の最後で、私が賃金格差を「無くせば」とは言わず「どうかすれば」というわけもここにあります。
 と、言い訳を述べておいて、しかしロジックとしては簡単なんです。 前回の話の中で、女性を多く雇うことは、企業にとっては雇用調整を行っているのと同じことになると私は言いました。 賃金が相対的に見て低い女性を雇って、同じ仕事をさせれば、実質上は賃下げをしているのと同じことになるわけです。 そうなると当然可処分所得(自由になるお金、小遣い)の総体は小さくなります。 そうすると需要が下がるわけで、値段が安くなる、それを増産でカバーしようとしてサービス残業を増やす、さらにそれが実質上の賃下げを加速して可処分所得を減らす・・・以下繰り返し。
 ここで注意すべき点が2つほどあります。 まず1つ目、私は今"増産"という言葉を使いましたが、これは具体的なものである必要はありません、およそ値段がついて、流通可能なものであれば(つまりほとんどのもの、人、サービスは)この現象が起こりうるのです。 それから2つ目は、この現象は企業の業績とは直接にはかかわりないということです、モノ(なりサービスなり)は売れればいいんですから、海外へ輸出したり、ほかのサービスと交換することで、企業の収益は上がることがあります。 しかも実質上の人件費は極限まで下げられているわけですから利益率がものすごく高くなるわけです。 したがって、社会が好況になっても、個人ベースで見た生活の苦しさが改善されないという事態が発生するわけです。
 以上見てきたように、本当は「実質上の賃下げ」が問題になるはずなのですが、前回の議論の因果関係を逆転させて、「女性が不当に安い賃金で(つまりダンピングして)働くから少子化も進むし、不景気も直らないんだ」といって、働く女性への風当たりが強くなることが予想されます。 気をつけましょう。

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