2000年12月31日(日) 『不器用な儀式』
20世紀の終わりの日をどのように過ごすかということについて、不思議と迷いはありませんでした。どのように過ごしたかというと、当然のようにゲーセンへ行ったのです。21世紀をゲーセンで迎えるために。カウントダウンとか初詣とかの一般的な新年を迎える儀式には全く関心はないのですが、これは個人的な儀式のつもりだったんですよ。客観的に見てバカみたいな行為だということは分かっているのですが、これ以外に20世紀を締めくくる方法を思いつかなかったもので。
昼の2時頃から12時過ぎまで、食事も摂らずに約10時間ゲームやってまして、こんなにゲーセンに居たのも久しぶりだなぁといった感じ。100円のゲーセンだったので、4000円弱使いましたけどね。これくらいなら必要経費ってことで。
因みに20世紀最後のゲームは「デスクリムゾンOX」でした(笑)。ホントはゲーム中に年を越す目論見だったのですが、いつもだったら問題なく倒せる2面のザコに殺られまして21世紀30秒前でゲームオーバー。結局、フロアでウロウロしながら21世紀を迎えてしまったのです。ああ、思い通りにならないなぁ。
でも、思い通りにならないのがゲームだし、だからこそボクらはこんなにゲームが好きなんですぜ?って考え直したら、そんな新世紀の迎え方も悪くないように思えてきたのでありますよ。
そんなワケで、オイラの20世紀のゲームライフは小学生の頃に近所の駄菓子屋でやった「パックマン」に始まり「デスクリムゾンOX」で終わったのです。つーかデスクリ今日だけで15プレイはしたので両腕がだるいっす。
蛇足ですが、その後、電車を逃しまして1駅分を歩く羽目に陥りました。計画性がないのは世紀が変わっても相変わらずのようです。
2000年12月30日(土) 『点で触れ合うよりも、面で密着していたい』
19日の個人的テレビアニメベスト5に続いて、映画とOVAのベスト5も考えてみました。こんな暮れの時期に何故考えたかっつーと、ニュータイプの投票の〆切はまだだけど、録画亭(いつもお世話になってます)の〆切が迫ってきているということとか、あと、やっぱり20世紀を総括する意味で年内に気持ちをまとめておくべきだろうと思ったこととかが理由です。まあ、ぶっちゃけた話、休みでヒマだったとゆーのが一番大きな理由であり(身も蓋もない)。
アルカディア大賞もそうだけど、基本的にこのような投票に参加するのは好きなのです。やはり自分以外のアニメファン、ゲームファンの嗜好というのは気になりますよね。他人の意見に左右されないで我が道を行くのも良いのですが、それでも独善に陥らないために多少の「聞く耳」は持っておいた方が良いと思うのです。自戒の念を込めつつね。
そんなワケでまず劇場用アニメの方から。
第5位・・・「オネアミスの翼 王立宇宙軍」(別に劇場で見たのではなく、後でビデオで見たのですが)
周囲の無理解と戦いながら、宇宙に行くという目的のために必死になるシロツグたちを、当時アニメやゲームに夢中になっていた自分に重ね合わせるとやっぱり泣けてしまいます。その行為自体の意味を考えるよりも先に、やりたいことをやり遂げるということはそれはそれで素晴らしいことだと思わせてくれました。森本レオの声もステキだし。
第4位・・・「ルパン三世 カリオストロの城」
宮崎作品で挙げるならこれ。ラストのセリフ、「泥棒はまだできないけどきっと覚えます」とか「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました・・・あなたの心です」とかはもちろんですが、他にも、不二子の「時には味方、時には敵、恋人だったこともあったかな・・・」、銭形の「ルパンを追っててとんでもないものを見つけてしまった。どうしよう」とか細かいセリフ回しが印象的です。つーか、オイラのペンネーム&ハンドルネームはクラリスから取ったんですよね(苦笑)。もう10年以上前の話なのですが。
第3位・・・「機動戦士ガンダムV めぐりあい宇宙」
最初に見たのは小学校低学年の頃でしたので、当時の気持ちは思い出せないのですが。凄く混んでいて、立ち見だったことは覚えています。立ち見で映画を見たのって後にも先にもこれっきり。当時の一般人も巻き込んでしまうパワーを考慮すると入れないワケにはいかないような。もちろん3作とも良いのですが、一つ挙げるならこれでしょう。ラストが感動的なので。「ごめんよ・・・まだ、ボクには帰れるところがあるんだ」
第2位・・・「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー」
子供心に「押井守」の名前を強烈に印象づけた作品。原作のキャラクターを生かしつつ、原作とは違う「うる星」を見せつけられたというか。学園祭の前日がいつまでも続き、いなくなっていく登場人物。日常が少しずつズレて行く様子が怖かったなぁ。
第1位・・・「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」
「もうひとりぼっちじゃない/あなたがいるから」。バックに流れる「愛・おぼえていますか」は単なるBGM以上の力を持っていました。だって実際にミンメイが歌ってるんですぜ?ラストの「天使の絵の具」への繋ぎも泣きそうにラヴ。
最近の「アキハバラ電脳組2011年の夏休み」「カードキャプターさくら封印されたカード」「ああっ女神さまっ」あたりを入れても良かったのですが、結局は昔のアニメ中心になってしまいました。オネアミス以外はみんな小学生時代に見たヤツだもんなぁ。ナウシカ以降の宮崎作品も好きなんですけどね〜。
さて、次はOVA。エルハザード見てない人はネタバレしてるので読まない方が良いかも知れません。
第5位・・・「魔法使いTai!」
「まほたい」です。小西寛子さんの初々しさと沙絵のしどろもどろっぷりが妙に重なって、今になって思い返すと何か切ないです。魔法使い隊が歌う「背伸びをしてFollow You」もラヴ。CMで鉄棒にブルマ姿で跨る沙絵を見てワケが分からないながら、「うぉぉぉ、見るしか!」と思った人はオイラも含めて多いと思う(笑)。なんだなんだ言ってもこーゆーのには弱いです。イヤな感じの選考基準ですね。すいません。
第4位・・・「神秘の世界エルハザード」
ラストシーンが冒頭に来るという構成がラヴです。1話で見たときは何が何やら分からなかったイフリータが誠と出会う(あるいは再会すると言った方が良いのかな?)シーンが、最終回では涙なくしては見られないシーンになってしまう。それは最終話までの積み重ねが流させた涙なのでした。続いて、校内を彷徨うイフリータ、朝日の中でイフリータを迎えに来る誠。もう泣きっぱなしです。瞳が乾くヒマがねぇ!話としてちゃんとまとまっていて完成品と言った感がありますね。イフリータはTV版のボケボケした感じも悪くないけど、個人的にはやっぱりOVAの方が良いと思うのでした。
第3位・・・「ジャイアントロボ-THE ANIMATION-地球が静止する日」
横山キャラが次々に出てくるのが凄ぇ楽しい。マスク・ザ・レッドとかサニー・ザ・マジシャンとか。あと中条長官が大怪球フォーグラーに素手で立ち向かいシャドーボクシングをするトコロが良いです。「貴様なぞ、この『静かなる中条』一人で充分だ!」・・・最高っスよ長官!
第2位・・・「トップをねらえ!」
ラストの「オカエリナサイ」にはやっぱり泣きました。あと「トップをねらえ!-FLY HIGH-」をBGMにガンバスター大暴れの戦闘シーンは燃えの一言に尽きます。「ホォォォミングレーザーァァァ!」とかね。ヒソカに酒井法子のオープニングも好き(笑)当時のノリピーの可愛さと来たら!ヒロスエなんて目じゃねぇっつぅの!
第1位・・・「天地無用!魎皇鬼」
天地無用に関してはTV版でも劇場版でもなくて、OVAの方が断然好みです。7話「お祭り前日の夜!」の何気ない日常の描き方とか、樹雷王家や光皇翼や鷲羽&津名魅の謎めいた思わせぶりな設定とかが、物語に深みを感じさせて上手いなぁと思います。あと、何度でも書きますが「月のTRAGEDY」は数あるアニメソングの中でも一番好きなので。その辺も含めて第1位。つーか早く第三期を!
次点としては「御先祖様万々歳」「フォトン」あたりでしょうかね〜。「フリクリ」はまだ全部終わってないので作品としての評価はできない感じ。つーかまだ5話見てねぇ!買ったのに!
そんなこんなで20世紀のアニメ総括もおしまい(アダルトアニメ除く)。オイラは来年もしっかりとアニメを見て行きます!とか高らかに宣言してみる。だって、好きなものには密着していた方が気持ちが良いに決まってますぜ?
2000年12月29日(金) 『二度目のキスが遅すぎたなんて思わない』
ゲーセンへ(この書き出し、久しぶりだなぁ)。ガンスパイクを何とかクリアしたいと思ったのですが、9面へ行くのがやっとでアルカディアの攻略を試すヒマもねぇ。もう一回攻略を練り直さないと。
ところで斉藤由貴の「初戀」(はつこい)はご存じかしら?その中の一節「触れ合った肩が熱いから/銀幕がかすんで見えない」とか「どんな言葉も違う気がする/初めての気持ち」とかが、ちょっと恥ずかしいながら大好きな歌詞で、加えて儚げに歌う斉藤由貴も当時はラヴで、ずっと聞きたくて探していたのです。遂に買いました。アルバム「ガラスの鼓動」の中に入ってましたので。
子供の頃は特に意識して聞いていたワケではないのですが、メロディーに言葉がピタリとハマるような五七調(つーか5・8か)の歌詞のリズムが聞いていて心地良かったんだなぁと再確認。ちなみに作詞は松本隆。斉藤由貴で言うと「卒業」もそう。男の子の萌えドコロが分かるのはやっぱり男性なんですよね。リスペクトだなぁ。
さて、今日から6連休です。いつも何もしないまま過ぎていってしまうので、連休じゃなきゃできないことをしたいと思います。まあ、HPの更新とかアニメを見たりとかゲーセン行ったりで終わってしまいそうな予感もしますけどね。その前に年賀状を何とかしなければ・・・
○本日のお買いモノ
CD「ガラスの鼓動」(斉藤由貴)
「優美なおさかな」(井上喜久子)
「不思議なおまじない」(井上喜久子)
「おさかなペンギンCD」(井上喜久子&岩男潤子)
「Noblerot」(ALI PROJECT)
「ウルトラ・サウンド・コレクション トップをねらえ!-田中公平の世界-」
「PUNCH THE MONKEY」
2000年12月28日(木) 『星降る夜空の代わりの嘘みたいに高い青空の下で』
当たりました。何がってーと「藤島じゅんさんの直筆クリスマスカード」が!まんがくらぶオリジナル12月号の懸賞なのですが、コマメにアンケートハガキを出していた甲斐があったってもんです。キミ、分かるかね?この価値が。
24日の日記に書いたように、クリスマスイヴは特に変わったこともなくいつもの日曜日だったのですけれど、イヴは周りが幸せそうな分だけ、こっちが不幸に思えてしまうものですね。幸せは他人と比べるような相対的なモノではなく、あくまでも個人の主観による絶対的なモノであるべきですが、そこまで悟りきれる筈もない。ぶっちゃけたハナシ、ゲーセン帰りの車の中で「やっぱり一人はイヤだよう」とか思ったりしちゃったんですよ。若いね。オイラも。こんなコトを正直に書いてしまうことも含めて。
さて、本来であればこのプレゼントもイヴの前後に届くはずのものなのでしょうが、届いたのは何故か27日でありました(まあ消印が25日だし)。既にクリスマス気分は抜けきっていたのですが、ハガキの絵柄がクリスマスなモノだから、どうもクリスマスムードが再燃してしまって、イヴの気持ちが蘇るのを止めようもなく、すげぇセンチメンタル。嬉しかったのはもちろんなのですが、ちょっと困りました。センチメンタルな気分に浸るのも悪くないのですが、現実的な実務がサッパリ進まなくなってしまうので。かえって3日遅れだったのが意表を突かれたんだなぁ。不意打ちだよぅ。まあ、お陰で今年を良い気分で締めくくれそうですよ。
あ、言うまでもないことですが、藤島じゅんさんはゲーメストアイランド等でご活躍つーか大暴れされた、しろくろさんと同一人物であります。メスト廃刊からもう一年以上経つのでサスガにメスト廃刊のショックからは立ち直りましたが、ゲーメストバタケの人はやっぱり応援してしまうのです。そんなこんなで、これからもこっそりと応援していく所存。あたかもストーカーの様に!(イヤだなぁ・・・)
2000年12月27日(水) 『夕焼けの赤はキミの嘘より胸に染む』
休みの日は過ぎるのが早いですね。ええ、今日は仕事を休んでしまったのです。しかし早起きしてやろうと思ってた、年賀状の作成とか風呂場の掃除とかは何一つできないままでもう夜。アルカディアを買いに行ったり、昼御飯を作ったり、ブラブラと近所を散歩してたりしてたら夜ですよ。そして今は日記を書いてるですよ(このダメ人間め!)。電童のサントラ聞きながら。
つーか今月は日記の文字数が増えてしまって、それ以外のことがあまり出来ない状態です。来月はもう少し短くして、他の文章書きたいです。アルカディアへの投稿とかね。
ところで、最近は風邪が流行ってるようです。マスク姿の人をよく見かけるのですが、そこで発見!「メガネっ娘のマスク姿は良い!」ですぜ?つまり鼻と口がマスクで覆い隠されているので、メガネ以外の要素が捨てられるトコロがステキなのです。それは、メガネ(そしてその奥の瞳)の一本勝負!この純化された魅力と来たら!
あとマスクの野暮ったいトコロが逆に良いよね。防御力の高そうな冬の服装とも相まって「身持ちの堅そうなメガネっ娘の魅力」が増幅されていくような気がするですよ?ああ、風邪の季節も悪くないですね。
○本日のお買いモノ
雑誌「ARCADIA2月号」(エンターブレイン)
「週刊プロレス1011」(ベースボール・マガジン社)
2000年12月26日(火) 『今日の気持ちを抱きしめて、ずっと先まで持っていこう』
飯島真理(=リン・ミンメイ)の歌「やさしさSAYONARA」の中に「あなたのやさしさ、弱さの裏返し」という歌詞がありました。当時それを聞いたオイラは、子供心に随分厳しいことを言うなあと感じたものです。だって弱さを優しさに転化できただけでも上等じゃん?弱さを隠すために必要以上に攻撃的になったり、人との触れ合いを拒んだりするよりも、それこそ歌詞の中の彼は、弱さを優しさに変えるという「優しい選択肢」を選んだと思ったのです(だからそんな優しい選択を「弱さの裏返し」だなんて残酷に歌ってほしくはなかった)。
確かに「優しさは弱いものが生きて行くための処世術」だっていうのは真実の一側面ではあるのでしょう。でも、弱いうちはそうしていくしか仕方がないじゃない。ずっと弱いままで良いとは言わないし、強くなるための努力は続けた方が良いとは思いますけどね。でも弱い人を弱いことを理由として責めるのはちょっと厳しいなぁと感じたんですよ。そう感じたのはもちろん、オイラ自身が弱かったから。自分自身が責められているような気がしたからという部分も大いにあります。やっぱりアイドルであるミンメイに「優しいだけじゃダメなのよ」って言われたのは悔しかったし痛かったんです。
何となく、その時の悔しかったり痛かったりした気持ちがしばらくは残っていて、その後の人生に影響を与えた(っつーと大袈裟だけど)ような気がします。
そして、その延長線上にオイラは立っていて、今はと言いますと「弱いときの気持ちを忘れないまま強くありたい」と思っています。つまり(弱さの裏返しであるトコロの)優しさを抱いたまま、強くなるのです。将来オイラが「強さに裏付けられた優しさ」を得ることがあるにしても、自分が弱かったときに得たものを忘れたくはないのです。じゃないと弱かったときのオイラに意味を見出せないし、そんなのあまりにもミジメですぜ?
ちなみにその強さというのは精神的な強さであったり、知識を身につけることであったり、食うに困らない程度の財産的な余裕であったり、様々な意味での強さですが。
つーか、こんな気持ちの発端が「ミンメイを見返したい」という気持ちだったとすれば、オイラの人生はかなり早い時期からアニメに揺さぶられているんですよね。ああ、ミンメイはやっぱり罪深い。
○本日のお買いモノ
CD「GEAR戦士電童オリジナルサウンドトラックvol.1」
2000年12月25日(月) 『ペシミスティック・オプティミスト』
「21世紀なのに車は空飛ばないし、アトムもいないし、宇宙旅行も実現してないし、どーなってんのヨ!」とか言って、理不尽に憤ってる人を最近は良く見かけますが、そーゆー人は贅沢だと思います。いきなりですが。
科学万能つーか右肩上がりの技術革新つーか、そんな感じの楽観的な未来観は多分日本においては高度経済成長の終焉と共に崩壊してしまって、その後の悲観的な未来観が支配的な時代に育ったボクにしてみると「核戦争が起こってなくて良かったね」みたいに思ってしまうのです。
他にも、世界的な食糧危機とか環境破壊とか疫病とか温室効果による大洪水とか砂漠化とか宇宙人の襲来とか、子供の頃のボクらの未来は不安に満ちていてそれを思えば、イロイロと問題はあるものの今のトコロはまあ平和な社会じゃん?将来的にはどうだか知らないけどさ。まあ、最近はその辺の問題については重く考えないようにしてるんで。だって、子や孫やその先に繋がる世代のために美しい地球を残しておこうなんてお題目を良く聞くけど、ハッキリ本音を言わせてもらえば、自分の死んだ後のことを心配なんかできないですよ。実際に子供でもできれば違うんでしょうけどね。「我亡き後に洪水来たれ」の精神つーと言い過ぎだけど、自暴自棄にならない程度に気楽に行くですよ。
それに心配だけしてても、どんなに環境について考えても、行動が伴わないと何にもしてないのと同じですぜ?病的に考え込むよりも、笑ってレジ袋を断れば良いじゃない。
未来は必ずしも素晴らしいものではなくて、多分、大変なことはたくさん起こるんでしょう。人間はどこまで行っても人間だから、初めからそんなに期待をかけて良い存在ではなくて・・・それでも、そう思っていればこそ何とかなるんじゃないのかなぁ?最善の結果は望むべくもないけど、最悪の結果は起こらないんじゃないかって思います。寸前で踏みとどまるんじゃないかって。(それすらも期待しすぎですかね?)
未来の期待の下方修正。決して輝かしくない未来。悲観的な楽観。個人的には現状維持で十分って気分ですぜ?まあ、マルチのことだけは心残りですけど。
「もうすぐ21世紀」とは言うけど100年単位で物事を考えられるほどボクらは超越してないんだなぁ。だって、来年のことを話すだけで鬼が笑うんですよ。・・・まあ、笑われるくらいなら良いですよね。とりあえず来年もよろしく。
○本日のお買いモノ
コミック「羊のうた5巻」(冬目景・ソニーマガジンズ)
2000年12月24日(日) 『神様の寵愛なんていらないと言ったキミの涙』
ここんとこ妄想系(つーかダジャレ)の日記ばかりで「実際にその日何をしていたか」という日記本来のカタチからはかけ離れていたので、今日くらいはマジメに書きますよう。
さて、みなさんメリークリスマス?七面鳥とか喰ってますか?レディサンタの格好で彼氏を喜ばせたりしてますか?オイラは横浜に行って、イロイロと買い物をして、ゲーセンに寄って、帰ってきて日記を書いてます。結局はいつもの日曜日だなぁといった感じ。
ゲーセンでは「ギガウイング2」の予習のつもりで久々に「ギガウイング」をやったのですが、どうも「マーズマトリックス」のクセが抜けずに3面で終了(ダメすぎ、つーか初プレイ時よりも悪いじゃん)。改めてリフレクトフォースと吸着バリアとは似て非なるモノなのだなぁと思いました。リフレクトフォースは発動したらゲージを全部使い切るし、吸着バリアは自分で分量を加減して使うモノだし。跳ね返し方も違いますしね。実際、両者を交互にやると混乱しますぜ?
その後さらに久しぶりに「19XX」をプレイ。一応、ラスボスまでは行きました。このゲームこんなに簡単だったかなぁ?とか思ったんだけど、それは多少なりともこちらのゲームの腕が上がっていると解釈して良いのかも知れません。まあ、エクステンドも多いしボムも結構出るし、親切設計であることは確かなのですが。しかし今さら「19XX」やってるのも何ですし、「婆沙羅」も「ドラゴンブレイズ」もなんとなく挫折したっぽいので、ギガ2が出なければやるゲームがねぇですよ!来年になっちゃうのかなぁ・・・
ところで、今さらながら「夢のマント」は良い曲ですね。この前買った大森玲子のアルバムに入っていたのです。そのとき初めて聞いたのです。ご存じのように「ニャンダーかめん」の主題歌なのですが、ノーチェックだったものですからね。「なんでもない、ほら、なんでもない」っつートコロが泣きそうにラヴです。作詞はやなせたかしっつーことで、原作者自ら書いてらっしゃる。うーん、あなどれねぇ。
あとは「Setsu・Getsu・Ka」(榎本温子・渡邉由紀・山本麻里安)、「http://www.gfc-best.com GODDESS FAMILY CLUB」(井上喜久子・冬馬由美・久川綾)、「ベストアルバム大銀幕」(中島みゆき)あたりが良かったです。特に「井上喜久子、16歳ですっ!」つーのは反則だよなぁとか思いました。つーか今日の堀江由衣で今月32枚目のCD・・・
○本日のお買いモノ
DVD「フリクリD」
CD「水たまりに映るセカイ」(堀江由衣)
コミック「クロノアイズ3巻」(長谷川裕一・講談社)
「ミルククローゼット2巻」(富沢ひとし・講談社)
「なるたる6巻」(鬼頭莫宏・講談社)
「黒蘭2巻」(近藤るるる・角川書店)
小説「ヴァンドレッド1〜3巻」(もりたけし・角川書店)
2000年12月23日(土) 『制服のままで戦士のつもりだった』
受験生のみなさんにおかれましては、そろそろ追い込みの時期でありまして絵馬を神社に奉納したりして神だのみとかしてますか?今は絵馬を奉納するだけですが、昔は馬そのものや木馬を奉納したそうで、現代では随分と簡略化されてきたという話。
しかし、ちょっと考えてみてくださいよ?そんな画一的な絵馬で神様が願いを聞きいれてくれると思いますかい?日本における「神」の概念はキリスト教その他の一神教におけるそれとは意味合いが違う。何つっても「八百万の神」なんてゆーくらいだし、そりゃもうたくさんいるんですよ。日陰の平べったい石の下のダンゴムシみたいに(喩えが失礼)。だから日本の神様ってのは「ちょっと普通の人より、優れた力を有した存在」くらいの捉え方がちょうど良い。全知全能の存在じゃあないんですぜ?従って、みんなと同じような絵馬を奉納したのではキミの願いなどその他の願いに埋没してしまって聞きいれられるかどうかなんて甚だ怪しいと言わざるを得ねぇ!
そこでいきなりアウグスチヌスのようにキリスト教に改宗するのは間違ってるとは言わないが、まあそう焦ってはいけません。日本神道もそう捨てたもんじゃあないっす。やっぱりボクらは日本人だしね。要は神様へのアピールの仕方が重要ってことなんだと思うのですよ。まず、みんなと同じ形の絵馬を使うやり方はノーグッド。個性的な形で勝負すると良いかも知れません。例えば、丸型、雲形、円柱、三角錐など(もちろん自作。一木造りで)。これで神様が絵馬を見落とす確率は随分と減る筈ですよ。
しかし願いが目に止まったとしても、その願いが叶うかどうかは別問題。絵馬1枚ごときで合格判定Dの大学に入ろうなんて甘すぎ。また、「Yセンパイと同じ高校に行けますように」なんて甘すぎ(Yセンパイは成績優秀で県下でも屈指の進学校に入学したという設定)。そんな願いばかりだったら、しまいにゃ神様だって怒ってしまいます。つまり、大それた願い事は逆に神様の不興を買う可能性もあるってことですぜ?
でも、それじゃあ奉納するだけ損ってことですか?・・・おっと、諦めるのはまだ早い。そんなときは、絵馬よりもっと豪華なものを奉納すべし!そうすりゃ神様だって悪いようにはしない筈です。
冒頭でも書いたように昔は馬そのものや木馬を奉納したんだから、絵馬じゃなければいけないワケじゃないということに注目。要は神様が喜ぶものなら何でも良いってことです。だって、固定観念にとらわれていたらボクらはいつも大事なことを見逃してばかりですよ。柔軟な思考でライバル達に差をつけろ!四角い頭を丸くしろ(日能研)!日々是決戦(代ゼミ)!四当五落!
具体的には、子供を奉納するってのはどうかしら?もちろん実物の子供を奉納するのは現代社会ではサスガにヤバいので、人形ということになりますが。神様は子供好きだし、バッチリですよ(命名「絵馬ニエル坊や」)。
さらに「大は小を兼ねる」「大きいことは良いことだ」「江戸っ子は宵越しの金は持たねぇ」の格言通りに1/1スケールの巨大な汎用人型決戦兵器のフィギュアを奉納するというのも良い。もちろん名前は「絵馬ンゲリオン」以外にはちょっと考えられない。神様だって(多分)アニメ好きだし、バッチリですよ。まあ、冷静に考えれば、そんなものを用意するくらいなら英単語の一つも憶えた方が合格確率は上がると思いますがね!(台無し)
最後に一つ。とりあえず試験前はトイレにちゃんと行っておくこと。何故ならどんなに優秀な頭も便意には勝てないから。オイラに言えるのはこれだけです。健闘を祈ります。
○本日のお買いモノ
雑誌「月刊サンデーGX1月号」(小学館)
2000年12月22日(金) 『一歩でも先の未来を創って』
巷間では「ロボット犬」と言うのが流行ってるらしいですね?だけど、オイラは別に関心はないっすよ。やっぱり人型ロボットでないと満足できないですよ。だって、ペットごときにできることなんて限られてるんですぜ?精々、芸をして家族を和ませるくらいで。どう考えてもマルチばりに耳パーツ以外は人間と区別がつかねぇ!みたいなのが良いです。みんなもそうだべ?
さらに人型ロボットの中でも、今世間的に一番求められているのは「お母さん型ロボット」ではないかと思います。母性を失っている現代女性に代わる存在として。共働きの家庭を守る優しいお母さん。単身赴任のお父さんの晩酌の相手をする奥さん。寂しいなんてもう言わせません。
そんな「お母さんロボット」の名前ですが、「愛母(アイボ)」以外にはちょっと考えられねぇ。母性に飢えた人々に愛と言う名の潤いを与える奇蹟のロボットとして位置づける所存。
しかし!「愛母」1種類だけだと多様化する嗜好から繰り出されるニーズに対応できないことも考えられます。何も全ての人が母性に飢えてるわけじゃないですからね。例えば「ちょっと待って、それじゃあ年下好きはどうなるよ?不公平だっぜ!」と騒ぎ出す輩がいるに決まっているのです。ご安心ください。そーゆー人には低年齢バージョン「愛妹(アイモ)」を御用意!しかも16歳バージョンの「アイモ16歳」を上限に8歳まで1歳きざみで。この顧客のニーズを余すトコロなく吸い上げる、きめ細かな対応ときたら!
そして、やはりそうなると女性側だって黙っていない。きっと女性差別とか言って騒ぎ出すんですぜ?従いまして当然の如く、さわやかなスポーツマンの男性タイプロボットの開発も同時に進める必要がありそうです。名前は「愛ボゥイ(アイボゥイ)」あるいは「ダッチボーイ伊集院ケン」に敬意を表して「ロボット・ケン」でどうよ?
・・・ああ、あと何年待てばこんな未来がやってくるのかしら?各メーカー様におかれましては可及的速やかに開発を急いでいただくようお願い申しあげる次第。
だからオイラはできるだけ長生きしてボクらの妄想の帰結を見届けたいと思うのでした。しかし、どーでも良いけど「アイボ」で検索して、このページが出てきたらイヤだなぁ。いや、ボクの方はむしろ大歓迎ですけどね。ようこそ!ようこそ!くらりのふでーすよう。
おしまい。
2000年12月21日(木) 『悔しいから力尽きたりしてあげない』
「召集令嬢というのはどうか?」
・・・最早、戦局は困窮を極めていた。我が国と敵国との戦力比は控えめに見積もっても1:10と言われ、現実にはそれよりもさらに絶望的な状況にある。特に兵士数の不足は目を覆わんばかりで、数的不利により撤退を余儀なくされた戦場は枚挙に暇がない。従って、兵士の絶対数の確保が現状を打破するにあたって最良にして唯一の策と言えるのだが、相次ぐ徴兵拒否の問題がネックになって机上の計算ほどには対策は進んでいなかった。急遽、対策委員会が開かれたが、会議は踊るばかりで建設的な意見が出ないまま予定時刻終了間近・・・そんなときに一人の委員がぽつりと漏らした一言。
訝るような目つきで、その委員を他の出席者達が見つめる。その顔には例外なく疲労の色が浮かんでいる。妙案があるならば提案者が誰であろうと構わない。派閥の対立を越えて、誰もがこの問題の解決を願っていた。
「君・・・召集令状がどうしたのかね?」
「いや私が言うのは「召集令状」ではなく、令嬢です。「深窓の令嬢」の令嬢。召集令までは同じですが、ジョウが「お嬢」の嬢!」
委員は周囲の視線に幾分気圧されながらも、胸を張って答えた。しかし、これだけでは字面の説明をしたに過ぎない。全く合点のいかない出席者達は無言で続きを促す。
「・・・よろしいですか?徴兵拒否などする軟弱者は婦女子と触れ合う機会が少ないに違いないという推論に基づいた策なのですが、つまり、従来の味気ない「召集令状」ではなく、現実のうら若き女性に迎えに行かせるのです。なるべく扇情的な格好で、いやあるいは清楚な格好の方が令嬢らしくて良いかもしれません。この辺は熟考しなければならないと考えますが・・・」
不思議顔で聞いていた出席者達も発言の意図を読み取るにつれ「いけるヨ!それ」という顔つきになってきた。その反応に気をよくして、委員はなおも続ける。
「・・・女性が迎えに来たとなれば男としては虚勢を張りたくなるものです。徴兵拒否者の半分はこれで兵役に就くと思われますが、それでも渋る輩には『それでも男ですか!軟弱者!あなたみたいな人、サイド7にひとりで残ってるといいんです!』とでもアルテイシアばりに頬を張りながら言えば、万事OK!OK!の栗林みえシステムみたいな〜?」
委員は誇らしげに疑問形で締めくくった。
「な〜るへそ!それで行くべぇじぇんよ〜!(神奈川県南部地方の方言)」
全員が口を揃えて言う。それこそすなわち満場一致!拍手で包まれた会議室は我が国の明るい未来を象徴しているかのようだった。
○本日のお買いモノ
雑誌「週刊プロレス1010」(ベースボール・マガジン社)
2000年12月20日(水) 『想い出は変えられないから悲しくて』
先日、恐れ多くも「よつばスタジオ」のトップページの誤字をメールで指摘させていただいたのですが、すぐさま、よつばスタジオの管理人さん(「めぞん一刻」みたい)である里見英樹さんからお返事をいただいて嬉しかったり、一安心だったりのくらりのふでーすよう。
何故、一安心かってゆーと、こーゆー誤字の指摘って、何となく重箱の隅をつつくような感覚がありますし、また、個人的にも文意が伝わっていれば多少の誤字なんて問題はないとも思いますし、そのような細かい指摘に里見さんはもしかしたら、気を悪くされるのではないかと危惧していたので。まあ、杞憂に終わったようなので良かったです。