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| 八剣神社 |
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■神社創設のよもや話
中島の八剣(やつるぎ)神社には、神社創設にまつわる次のような話が残されています。
天保14年(1843)9月22日夜のことです。
・・・東上町の恵介さんの方の家の戸をドンドン叩く者が居ました。「こんな夜中に誰だろう」、不審の思った恵介さんが「家の者は留守だ」と言うとますます強く戸をたたき、「大切な宝を頼みに来たのに留守とは何事か」と戸を蹴破って、男が家の中に入ってきました。
恵介さんはますます怪しく思い、軍太を見ると、手には何かの扉と思われる板戸の上にのせた2つの像を持っています。
新村の軍太というその男は、その像を差し出、「この宝物を預かるのは、あなた以外いない」と恵介さんににじり寄りました恵介さんはますます怪しく思い、軍太をなだめすかし、像をもって帰るように、すすめました。
しかし軍太は、一層大きな声を出し、わめきたてました。それで恵介さんは、しかたなく像を預かり、翌朝この一部始終を隣の人に話しました。そんなことがあったある日のこと、江浦の祇園宮並びに秋葉宮の尊像がないということが人々の中で噂されるようになりました。
恵介さんの方での夜の出来事を聞いていた東上町の人々が、その出来事を江浦の人たちに話すと、「それは江浦の尊像に違いない。早くお迎えせねば・・・」と言い出しました。
ところが、東上町の人々は、東上町の繁栄を守るために、神がそうさせたのだから」とみんなで喜び、神鏡を設けて祠に神霊を移して祀りました。そして神霊を移された空象が江浦に返されたのです。
中島祇園社の尊像が作られ、11月16日、宝殿が完成しました。
この時は矢部川沿いに、建てられていましたが水害で流失したとされる。
流失した後、福岡銀工中島支店の横に立て直せるもその後、昭和24年(1949年)の中島地区の大火で消失したので、新しく再建されました。下の写真は消失後建て直しの写真です。
| ▽完成祝い(1949年) |
▽取り壊し前(2004年) |
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しかし今年2005年に、道路拡張のため又移転することになりました。
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| 今年5月に完成した八剣神社。以前のものより一回り大きく立派です。 |
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