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| 獅子山(下町) |
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★可愛らしい獅子山が下町の担当です。★
■全国的に珍しい、2連の山車と操り獅子
軽快なお囃子のリズムにのって、可愛い親子獅子が前面で踊ります。側面に4匹、正面に親子獅子が踊ります。
1匹につき1名の獅子方が2本の糸によって動かします。首、体を上下左右に動かし、お囃子の軽快なリズムに乗って、愛嬌よく踊りお囃子をよく知っている人たちが操作します。
顔部分は紙粘土で出来ており、可動部分は鯨のひげで作られていたそうです。現在は時計の「ぜんまい」を使っています。
このように人が紐などを操作して動く、操り獅子は全国的に珍しいものと思われます。
昭和28年の水害で「獅子」が水に漬かり、壊れため、現在の獅子は博多の人形師につくってもらったものです。29年の祇園の下町の山車は急きょ大蛇を作って参加したそうです。私と同じ年です。
大蛇山の為、鐘は火の見やぐらの鐘で、太鼓は急きょ作ったそうです
下町の山車は、全国的に珍しい2連の山車です。
前が前記の獅子が乗る山車で、後ろが私たち囃子方が乗る山車です。2台は鎖で繋がれ皆で引きます。
後ろの山車には、太鼓・笛・三味線などを受け持つお囃子方が、乗ります。太鼓一人、笛3人、三味線3人が演奏します。
■お囃子の由来
このお囃子は,平家の落人がこの地に逃げ延びこのお囃子を作ったといわれています。
柳川地方には平家の落人、六騎伝説というのがあります。この平家の落人たちがこっそり有明海沿岸で暮らし、有明海の魚介類を久留米あたりに行商に行き、客寄せのため囃子しながら買って貰っていたとも言われています。
お囃子は全部で3曲あり、祇園の時は「でわ」「おしぐるま」が演奏されます。「じゅうぜんじ」は完全に継承されておらず、現在練習中です。
曲の由来、書き方は定かではありません。「では」は「出羽」、「おしぐるま」は「押し車」、「じゅうぜんじ」は「受膳時」と書くのではないかと思われます。「出羽」は行事のはじめに安全と成功を願った曲で、「押し車」は途中の力水の曲、「受膳時」は行事の成功の慰労の曲ではないかと思います。
■山車の組み立て
獅子山は1872(明治5)年から祇園祭に加わったとされるが、山車は柱や屋台骨の差し替えなどで様変わりしている。
山車は土曜日夜6時から町内を練り歩くため、朝の10時くらいから子供たちを含め大人たちで、飾り付けを始めます。1ヶ月ほど前から花とか、飾り幕の準備、山車の補修点検などをして当日柳、飾り花、赤白の幕で、汗だくになりながら飾り付けをします。
■昔の写真

昭和38年の出発前の写真です。当時の青年団で、当然モノクロです。こんなに暗くなって、多分8時前ぐらいではないでしょうか。
昔は獅子山が終わるのは午前2時ぐらいだったそうです。
■練習風景
■練習は、祗園の1ヶ月前から、公民館で前日まで夜練習します
小学生4年生から中学生まで、夜9時ぐらいまで練習します。小学生4年生から、中学生1年までの子供達が練習します。それ以上の子供達は、もう覚えているので、時々来て、年下の子供達に教えます。
太鼓は1セットしかないため、ゴザをまるめて正面、側面からいっしょに叩いて、練習します。三味線も小学生から習っています。低学年が体が小さいので、ちょっと難しいですが、中学生にもなれば覚えるのが早くだいたい1年ぐらいで弾けるようになります。
笛は私が子供達に教えています。
笛は現在女の子1人、男の子4人です。音が出るのに暫くかかり、そのまま止めてししまう子もいますが、音が出れば覚えるのが早いです。
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