この「真夜中のタクシー」という作品は、特に話題になったわけでもなく、雑誌等でも全く取り上げられずに終わりました。この手の怪談集はヴィジットの得意分野で、実際、年に一作の割合で、「大幽霊屋敷〜浜村淳の実話怪談」「稲川淳二 恐怖の屋敷」といった作品が出ているのですが、いずれも話題になったものはありません。

 これはゲームとしての出来映えがどうのこうのという話ではなく、これら一連の怪談集が、元来ゲームと呼べるようなものではないことを考えれば、至極当然の結果だと思われます。基本的にこれらの作品は、あくまで怪談を聴く(あるいは読む)ためだけに作られたものに過ぎません。ゲームとして評価され、多くのユーザーの支持を集めるというのは、作品の性質上、無理な話なのです。

 もっとも、この「真夜中のタクシー」は、多少、ゲームとしての要素もあるのですが、はっきり言って単なる付け足しです。やはり、作品自体は、これまで発売されたヴィジットの怪談集の流れを、そのまま受け継いだものと見るのが、妥当でしょう。

 こういった怪談集は、決してメジャーなタイトルにこそなりませんが、SFCで「学校であった怖い話」が出て以来、細々とではあっても、絶えること無く続いている分野です。これはこういった作品を愛好するゲーマーが、数こそ多くはなくても、確実に存在するということ。そういう意味では、メーカーにとって、手堅い分野になるのかも知れません。

 実際、人間には誰しも怖いもの見たさという感情があります。昨今、ホラー映画がちょっとしたブームになっており、いくつもの名作秀作が出ていますが、ゲームにおいても、ホラーをテーマにした作品は、かなりの数が出ており、その中には名作も少なくないのです。

 ただ、そういったホラーゲームとなると、どうしても「バイオハザード」に代表される3Dアクションか、「弟切草」に代表されるサウンドノベルが有名で、この「真夜中のタクシー」のような怪談集は、どちらかと言えば、日陰の存在に過ぎません。まあ、ゲームと呼べるものでない以上、ゲーマーの支持を集められないのは当然なのですがね。

 しかし、それならこの種の怪談集は、なんら存在価値が無いものなのかといえば、これはそうではありません。数こそ多くはなくとも、一定のファンがいるということは、作品自体も一定の存在価値はあるということです。そして、その存在価値、それは、現実性のある怖い話を手軽に楽しめるということでしょう。

 今更、言うまでもありませんが、「バイオハザード」に代表される3Dアクションは、決して易しいゲームではありません。それなりにアクションをこなせる人でなければ、到底クリアは覚束ないのです。そして、「弟切草」に代表されるサウンドノベルも、アクションこそ不要ですが、選択肢のつながり等がわかりづらく、新たなストーリーを見つけようと思えば、それなりの苦労は必要となります。

 その点、怪談集というものは、そういった苦労無しで、誰でも気軽に怖い話を楽しむことができます。世の中には、怖い話は好きだが、アクションや面倒なフラグ探しは苦手という人は、いくらでもいます。そういった人たちにとって、この種の怪談集は、実に願い叶ったりのものでしょう。

 そして、もう一点。この種の怪談集は、各怪談によってばらつきはあるにせよ、あくまで現実性のある恐怖を、取り扱っているというのを、見逃すことはできません。無論、これは必ずしも実話を取り扱っているという意味ではなく、実話と考えることが可能な話を、取り扱っているという意味ですが、何にせよ、最初から100%作り話とわかっている作品に比べて、ある種の独特の恐怖感があることは、間違いないのです。

 いくら良く出来たホラーでも、それが作り話とわかっていれば、その恐怖は、映画やゲームの中だけで終わります。が、現実性のある怪談となると、そうはいきません。夜道をドライブしている時、夕暮れの学校に独りで残った時、あるいは夜中に目が覚めた時、およそ日常生活のあらゆる場面で、その恐怖を思い起こすことができるのです。実際、世の中に幽霊を見たという人が幾人もいて、いわゆる都市伝説が生まれてしまうのは、この種の恐怖感のせいなのかも知れません。

 3Dアクションともサウンドノベルとも違う、一種独特の恐怖を有する怪談集。この「真夜中のタクシー」は、その分野では正統的とも言える作品です。限られたユーザーにしか支持されずとも、立派に存在価値のある作品と言えるでしょう。


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