いったん演技に入ると、役に完璧に没入し、それ以外の何も考えられなくなる少女。萌というのは、確かに天才で、その演技力は演技という言葉を使うのがはばかられるほど、完全無欠なものでした。なにしろ、狂人の役をやれば、本当に狂って、相手役を刺すところまで行くのですから・・・。これはもう演技ではなく、本当の狂人が生まれたようなものですよね。
まあ、それだけに萌の演技の迫力は、見る人の度肝を抜くわけですが、この完全無欠な演技、使い方によっては、大変な事態につながる危険性があるのです。それが証明されたのが、翌日の事件。この日、主人公は萌が映画のリハーサルをやっていたスタジオへ、様子を見に行ってみたのです。すると、そこではちょうど、昨夜、萌が演じてくれたシーンをやっている真っ最中。萌は例によって役に没入し、昨夜、主人公にしたのと同様、玩具のナイフで相手役の男優篠崎を刺したのです。この篠崎、今売り出し中のアイドルだとかで、何だかいかにも軽薄そうな奴でして。萌に刺されて、悲鳴を上げておりますが、何か様子が変。刺されて悲鳴を上げるのは当然として、その悲鳴が
「痛い、痛い、うわぁ〜!」
てな、感じのものなのです。確かに刺されて痛いのはわかりますが、こんな変てこな悲鳴を上げたのでは、せっかくの鬼気迫るシーンが、台無しになりますよね。
と、思ったら。何と篠崎は本当に刺されておりまして。萌は血の滴り落ちるナイフをつかんだまま、茫然自失。無論、スタジオは大騒ぎに。ふう・・・。
まあ、不幸中の幸いと言うか、何と言うか、篠崎の怪我はほんのかすり傷程度で済んだようですが、それにしてもこれは一体、どういうことなのでしょう?主人公は現場に居た松浦を捕まえて話を聞き、どうもこの映画で、萌の二人目の姉、つまり三姉妹の次女役をやっていた小山田まおという子が、ナイフをすりかえたらしい、ということを突き止めました。ではなぜ彼女が、こんなことをしたのか?やっぱり、受け狙いのジョークだったんでしょうかねって、そんなわけないですよね。う〜ん・・・。
どうもこのまおという子の行動は、腑に落ちないのですが、松浦から聞けた情報は、これだけではありません。実は萌の追っかけをやっているこの男、かおるが自殺したその夜、萌の写真を撮ろうと張り込んでいて、自殺直前、かおるが屋上で誰かと口論しているのを聞いたというのです。しかも、口論していた相手は二人居て、そのうちのひとりは、間違いなく萌だったというのですから、大変。やはり、萌が演技に没入して一時的に発狂し、かおるを突き落としてしまったのでしょうか?
もしそうなら、この萌という子、可愛い顔した狂人というわけですが、主人公としては、当然、そんな話は信じたくありません。よって、その後の推理では、萌は犯人じゃない、という線で話を進めることに決めました。正直、ここまで不利な証拠が揃っていては、萌が犯人だとしか思えないのですが(笑)、推理ドラマでは、露骨に怪しい奴は、絶対犯人じゃないのですよ。例え現実は、露骨に怪しい奴の99%が、実際に犯人だったとしても・・・。
そして、こうなると重要なのが、萌と一緒にかおると口論していたという、もうひとりの人物です。主人公はこの人物が、かおるを突き落とし、演技の最中にそれを見た萌は、あまりのショックに、かおるの死を夢の中での出来事だと思い込んでしまったのではないか、と推理することに。で、萌がかおるの死を聞いて泣かなかったのは、すでに彼女の死を知っていて、今更、改めて悲しむ必要が、無かったせいではないか、というわけですね。
つまり、かおるを殺した犯人が他に居るということですが、となると、ナイフをすりかえたまおが、怪しくなってきます。この子、監督の岩野に抜擢されて、無名の新人だったのが、この映画の準主役になれたという、一種のシンデレラガールなのですが、それだけに自分を認めてくれた岩野に好意を抱いていて、そのべた惚れぶりは、学園でも有名だった模様です。で、この岩野が萌にやたらと近づき、何かと側に置きたがっていたというのですから、何だかピンとくるものがありますよね。
というわけで、嫉妬に狂ったまおが、萌をはめるために、こんなことを・・・と、そんな展開になってもおかしくはなかったのですが、幸か不幸か、そういう話にはなりませんでした。だって、肝心のまおが、萌に殺されてしまったのですから・・・。何だか岩野の意向で、台本が急に変わり、本来、死ぬ予定の無かった次女までが萌に殺されることになって、萌はまおと二人、演技の練習に励んでいたらしいのです。で、そのまま、勢い余って、ナイフでぐっさり・・・。嗚呼・・・。
それで、台本の変更を知らされて、慌てて萌とまおを捜していた主人公は、ナイフを持ったまま、ふらふらと歩いている萌と、無惨に刺し殺され、プールに浮いているまおを見つけることになりました。どうもこの萌という子、ただ演技が上手いというだけではなく、一種の多重人格者で、本来の人格の底にいくつもの人格を持っていて、それを状況に応じて、使い分けていたのかも知れません。で、その予備の人格の中に、人を殺しかねない凶暴なものも混ざっていた、と・・・。演技の天才もこうなるとただの狂人で、本当、救われない話ですな。
姫島萌その4・・・萌とハッピーエンドへ進む
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