この「ぼくのなつやすみ」というソフトは、発売されるや大評判になり、かなりのセールスを記録した中々の人気作です。雑誌などの評価も上々で、某大新聞にまで取り上げられたほど。まあ、名作と呼ばれても恥ずかしくない作品でしょう。

 さて、ゲームがSFCからいわゆる次世代機へと進化する過程において、新しく生まれたジャンルのゲームに3Dアクションというものがあります。この種のゲームは、それまでゲームセンターでしかプレイできないものでしたが、プレステやサターンが発売されたことにより、家庭でも楽しめるようになったわけで、これがゲームに新機軸を生むことになったのは、周知の事実です。

 実際、今まで平面でしか描くことのできなかったゲームを、立体で描くことができるようになったというのは、非常な進歩であったと言えます。この進歩を取り入れて、数多くの名作秀作が発売されたわけで、それらの作品の中には、そのゲーム機自体の命運を左右したと思われるものも、少なくありません。プレステよりも3D表示機能において劣っていたサターン、そして、その種の機能を持ち合わせなかったPC−FX。これらのハードが辿った運命は、今後のゲーム機の機軸の何事かを、暗示しているような気がします。

 ただ、こうしてゲームの進化の方向を、決定づけたと言ってもよい3D表示機能ですが、これを駆使したゲームというと、どうしてもある種のマイナス面を持ってしまいます。それは、表示が立体的でリアルになる分、残酷シーンや暴力シーンの表示も、リアルなものになってしまうということです。

 昨今、少年犯罪の凶悪化に伴い、ゲームの悪影響を問う議論が増えています。なかでも決まって槍玉に上げられるのが、「バイオハザード」などのホラーアクションです。つまりゾンビを撃ち殺すことが、実際に人間を殺すことにつながるという意見なのですが、こういった意見は、ファミコンでロトの勇者がスライム退治をしていた頃には、ほとんど聞かれませんでした。

 無論、槍玉に上げられているのは、「バイオシリーズ」だけではありませんし、この種の意見が新聞や雑誌を賑わすようになったのは、他にも多くの原因があるでしょう。ただ、こういった意見が出るようになった重要なきっかけのひとつに、ゲームの表示がリアルになったということがあるのは、否定できない事実です。

 実際、ゲームに関する予備知識の無い人が、「バイオ」などでゾンビが撃ち殺されるシーンを見れば、どうなるでしょう。そこでは、弾が一発一発当たっているところから、倒れたゾンビがもがくところまで、実にリアルに描かれているのです。これは殺戮を楽しむ恐ろしいゲームで、こんなものをプレイした子供は、凶悪犯罪者になると思いこんだとしても、無理からぬことなのです。

 もちろん、これは単なる誤解に過ぎないわけですが、こういった誤解は、決して馬鹿にはできません。同様の誤解をし、そのくせ教育評論家だとか、心理学者だとかいった、大層な肩書きを持っている始末の悪い人々が、幾人もいるからです。こういった連中が、よってたかって、ゲームの悪影響を声高に叫ぶようになれば、ゲームを取り巻く環境に、決していい影響は与えないことでしょう。

 そういう意味で、ゲームにとっては両刃の刃みたいなところのある3D表示ですが、一体この機能、他に使い道は無いのでしょうか?つまり、単にゲームをリアルにすることだけに使うから、少年犯罪の原因みたいなことを言われるわけです。もっと他のこと、例えば、ゲームをプレイする人達に、心の安らぎを与えることなどに・・・。

 この「ぼくのなつやすみ」は、まさにそういう発想を体現化した作品です。このゲームで描かれた美しい野山、その中を飛び回る色とりどりの昆虫、澄みきった池の中を気持ち良さそうに泳ぎ回る魚たち。いずれも、3D表示無しでは再現不可能なもので、しかもその全てが、プレイする人に心の安らぎを与えるものばかりなのです。

 無論、単に美しい自然を描いただけでは、ゲームになりません。そこにゲームとしての要素を加えなければならないのですが、この「ぼくのなつやすみ」は、ゲームとしての要素、つまり昆虫採集や魚釣りを、夏休みという期間でくくるという、実に巧みなアイディアを盛り込んでおります。これはまさに発想の妙とも言うべきものでしょう。

 実際、単に心の安らぎを与えるだけなら、「アクアノートの休日」を始め、他にも同種の作品は存在します。が、これでは、美しいグラフィックを鑑賞してもらうだけで、ゲームとして成立しているとは言えません。といっても、変に宝探しや釣りの要素を入れてしまえば、今度はゲームの目的にとらわれて、せわしい思いでゲームを進めることになってしまいます。この両者のバランスをうまく調整し、且つ、プレーヤーにさらに効果的な安らぎを与える方法。それが、この夏休みなのです。

 現在、ゲームが子供の玩具からメディアの一種になって、多くの、大人を主たる購買対象にしたソフトが発売されています。が、この「ぼくのなつやすみ」くらいはっきりと、これは大人向けのゲームであると宣言している作品は、18禁は知らず、他に類を見ません。そもそも、ゲームの舞台からして、今の大人が子供だった頃、つまり昭和50年代前半に設定されているのです。これは今の大人に楽しかった子供の頃を思い起こさせ、合わせて美しい自然を満喫してもらおうという、クリエーターの意志の現れでしょう。

 そして、舞台を夏休みに設定したことで、普通に昆虫採集に専念していても、それが、例えば昆虫採集の技術を競うシミュレーションゲームをプレイしているという感覚にはなりません。せわしい思いをすることなく、楽しかった昔を思い出しながら、ゲームを進めることができるのです。これは心に安らぎを与える環境ソフトに、ゲーム性を加える際のひとつの見本にできるのではないでしょうか。

 こうした心に安らぎを与えるゲームというものは、今後是非とも数が増えて欲しいジャンルのゲームです。こういったゲームが増えることにより、少年犯罪はゲームのせい、などという短絡的な思いこみを、減らすことができるはずだからです。今後のゲームの発売予定を見ると、残念ながら、3D表示機能を単に背景や戦闘をリアルにする道具としてしか、使えていないものが目立ちます。そういったゲームがいけないとは言いませんが、そればかりではなく、何か別の発想も、有って然るべきなのではないでしょうか。

 この「ぼくのなつやすみ」は、その種の発想が、決して的外れなものではないということを、証明した作品だと思います。3Dと来ればRPG、あるいはホラー、あるいはバトル。そういった常識的な発想しかできない多くのメーカーに、参考にしてもらいたい。そして、この種の良質な、環境ゲームとも言うべき作品が、今後一作でも増えることを、切に望んでやみません。それは、きっとゲームというメディアの将来に、新たな道筋をつけることになるでしょうから。


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