ギャルゲーの主人公達がモテる理由は、そのかなりの部分が、彼らの性格に起因するものであることがわかりました。そこで、もう一度彼らの性格をまとめて見ますと
(1)好きな子のためになら、どんな無茶な趣味にでも合わす。
(2)好きな子のためになら、命がけで働く。
(3)普段怠惰で、好きな子から面倒を見てもらう。
 と、こんな感じになります。

 そして、これに付け加えて、主人公達はいずれもかなりの美形で、運動神経もなかなかのものだということを忘れるわけには行きません。つまり、こうした性格に、良好な容姿と運動神経が加わることで、一見平凡な存在のように見える主人公達が、女にモテモテ状態になるわけなのです。

 ただ、常識で考えると、彼らがモテる理由として、これだけではかなり弱いような気がします。ここに成績の良さや人目を惹きつける何らかの特殊技能、あるいは金銭的な余裕のようなものを付け加えないと、ああまでモテるようには、ならないでしょう。実際、現実の世界では、ちょっと顔が良くて、スポーツが出来て、女の子に調子よく合わせられるだけの男が、魅力的な美人にばかりモテまくるなどとは、少し考えにくいのですから・・・。

 無論、ゲームというのは、現実とは違うものなのですから、現実世界の常識を持ち込むわけには行きませんが、それでもこの程度の理由で、主人公がモテれば、かなり不自然に感じてしまいそうです。が、何度も書いているように、しっかりとストーリーが作られてあるゲームでなら、こうした感覚に陥ることは、ほとんどありません。むしろ、主人公が明らかに、自分よりもグレードが上だと思われるとびっきりの美少女に好かれても、それが当然なような気になってくるのですから、不思議です。一体、どうしてこのようなことが、可能になるのでしょう?

 その理由を説明する前に、少し、視点を変えてギャルゲーというものを見てみます。これらのゲームの中には、魅力的なヒロイン達が幾人も登場するわけですが、彼女達の魅力とは、どの辺りにあるのかということ。無論、彼女達の魅力は、人によって様々ですが、ある程度共通した魅力というのも存在します。それらは、大体、以下の通り。
(1)彼女達はいずれ劣らぬ美少女ばかりである。
(2)彼女達は人により程度の差は有るにせよ、好きな男の面倒をしっかり見られる子ばかりである。
(3)彼女達はそれぞれ何らかの悩みを抱えており、人の助けを必要としている。
 と、まあ、こんな具合です。(1)は言うに及ばず、女の子にとっては大切なことですし、(2)も同様で、男に好かれるためには、重要。(3)は一見魅力とは関係無いように思えますが、こういった部分があるがために、主人公の方が
「彼女には俺が必要だ」
 と、その気になってくれるという側面があり、これまた重要な魅力のひとつとなってますね。

 そして、こう考えて見ると、何やら主人公とヒロインとの間に、奇妙な共通項が存在することがわかります。つまり、双方とも容姿が良好で、互いに相手の面倒を見てやれる。そして、双方とも相手の存在を必要としているということなのです。

 例えば、主人公達の性を入れ替えて、彼らがもし女だったら、どんな子になったのかを考えて見ます。彼ら(彼女ら)は、まず、容姿端麗で、運動神経が良く(女ならこの部分は、おしとやかで女らしい、と置き換えた方がいいでしょう)、好きな異性と上手に話を合わせ、さらにそのためになら、命がけで尽くすことが出来、しかも、面倒を見てやりたくなる(女なら守ってやりたくなる)ような弱さをも、併せ持っている子になるわけです。つまり、美人で女らしくて会話が上手。でもって、好きな男のためになら命がけで尽くすことが出来で、さらに男の保護欲をそそる弱さをも併せ持つ女の子。そんな子が居たら、男にモテるのは、当たり前でしょう。

 そう考えると、ギャルゲーの主人公達がモテる理由が、よくわかります。彼らは本来、女にモテて当然の存在であり、そのポテンシャルをしっかりとストーリーの中で活かしてやりさえすれば、いくら女にモテたところで、それを不自然に感じさせることは無いわけなのです。

 そして、この事はギャルゲーの本質とも密接な関係を持ちます。ギャルゲーというものが、ただ単に、女の子との擬似恋愛を楽しむだけのものであったり、プレーヤーにモテモテ気分を楽しんでもらうだけのものであったりした場合、こういった主人公の魅力が発揮される必要は、全くありません。彼らは単にゲームを進める上で、プレーヤーの操る駒の役目を果たしさえすればそれで良く、彼ら自身が独自に魅力的な存在と化す必要など、どこにも無いのですから・・・。

 つまり、ギャルゲーの主人公がモテるということは、彼らがプレーヤーの分身としての位置から離れて、独自の存在になった何よりの証拠であり、そうした主人公が活躍するギャルゲーは、ある意味、ゲームと言うよりも、ゲームという形をとって表現される物語なのだということです。物語である以上、他のメディアにおける恋愛ドラマの主人公がそうであるように、ギャルゲーの主人公もまた、女にモテるだけのものを持たなくてはなりません。そして、ゲームの場合、これまで見て来た様々な理由から、主人公に十分なポテンシャルを持たせられない分、性格の良さでアピールするしかない、というわけですね。

 この事は、逆に主人公の性格が悪いと、それだけでギャルゲーのストーリーは、不自然極まりないものと化してしまう、ということをも意味しています。実際、主人公をただの馬鹿か、怠惰なろくでなしにしてしまったゲームは、エッチシーン中心のエロゲーでは、むしろ普通と言ってよく、おかげでこれらエロゲーのストーリーは、その大半が、まともな意味でのストーリーとは呼べない、単にエッチシーンの間をつなぐ幕あい狂言程度のものとなっているのです。

 こういった作品はさすがにプレステでは見られませんが、ストーリーの出来栄えの良くない一部の作品では、やはり何の取り柄も無い主人公が、無意味にモテまくる例も見られます。ただ、これはどんな物にもレベルの低いものは存在するというだけの話であり、決して主人公が性格の良さ故にモテるという結論を、覆すものではありません。

 ギャルゲーの主人公は、その性格のおかげでモテる。平凡な結論ではありますが、実はこれがなかなか大変な話でして。というのも、ギャルゲーを嫌う人の多くが、この一点を全く理解していない。だからこそ、彼らはギャルゲーというものを、単純にモテない男がモテモテ気分を味わうためにプレイする惨めなマスターベーションであると思い込んでいるのですから・・・。

 実際、ギャルゲーというものが、何の取り柄も無い主人公が、一方的に美少女達に奉仕されるだけのゲームなら(そして、そのゲームが主人公イコールプレーヤーという図式のゲームなら)、この思い込みは、100%正しいわけですが、実際はそうではありません。彼らはその性格故にモテるわけで、そこにはきちんとした物語が存在します。その物語において、主人公は奉仕されるよりもむしろ奉仕する方。彼らがヒロインのために、その性格の良さを発揮して、様々な活躍を見せ、結果、ヒロインと恋仲になるわけで、何もしない男が、一方的にモテる話では、断じて無いのです。

 こう考えると、ギャルゲーの主人公がモテる理由は、結構、重要な意味を持つものである、ということになりそうですね。今後も多くのギャルゲーが発売され、その中で多くの主人公が活躍することでしょうが、彼らの大半が、その性格の良さを発揮して、ヒロイン達と結ばれるという図式は、そうそう変わるものではないでしょう。


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