澤乃井(さわのい)

―小澤酒造(株)―


■極楽浄土は、ここにある
 JR青梅線を沢井駅で下車、駅前から急坂を下ると、道の両側に酒造場の光景が見えてくる。
 直接造りが見えるわけではないけれど、周囲に立ち込める空気が不思議と、ここが酒造りの現場であることを感じさせる。
 急坂を下りきって青梅街道に出、左に曲がると目指す小澤酒造の立派な表札と出会う。
 門をくぐり、道路をくぐる地下道を抜けると、そこが「澤乃井園」である。
 まだ数えるほどしか訪ねたことはないけれど、酒飲みにとってここで過ごすひとときは、ひとつの究極形といっていいと思う。無論、大都会のど真ん中で背筋を伸ばして飲む一人酒も素晴らしいが、こうして多摩川の川音をBGMとして緑に囲まれて飲む「澤乃井」、本当に日本人に生まれて良かったと実感する。
 蛇足ながら「澤乃井園」、決してメニューは多くないけれど実にツボを押さえた酒肴や蕎麦を、本醸造生原酒や冬なら燗酒と共に楽しむことができる。湯葉入りもり蕎麦(自分でおろす生わさびつき)と共に味わう夏の生原酒、モツ煮込みをつまみながら味わう冬のお燗瓶(普通酒)、酒だけをとったらどちらも際立って優れているわけではないが、状況が酒を旨くするという好例といえよう。ちなみにもっとグレードの高い酒を飲みたければすぐ隣に即売所があるのでそこで買って、頼めばコップを出してくれるから大吟醸でも「元禄酒」でも楽しめる。
 あとは仕込水を汲んで土産に漬物を買って帰れば、もう極楽極楽。足取りも軽い。急坂を登らねばならないのがちと難だが、まあ食後のいい運動にはなろう。

■伝統と進取と
 拙サイト的には今回の「澤乃井」が、『地酒の真実』最後の紹介銘柄となる。ここを最後にしたのは、東京都の蔵元の中で自宅から最も時間のかかるところにあるというのも無論あったのだが、それ以上にここの蔵元の姿勢が、日本酒が21世紀に生き残るためのひとつの指標となると考えられたからだ。
 ご存知とおり小澤酒造、元禄年間より既に酒造りを行っていたという超のつく老舗である。それでありながら伝統にあぐらをかくことなく、レギュラー酒にしっかりした品を出す一方で「元禄酒」「辛口にごり酒」「立春朝搾り」「木桶仕込 彩は」等々、常に戦略的な商品展開を図って飲み手を飽きさせることがない。
 また、「ままごとや」「櫛かんざし美術館」等、自社の敷地をただ酒を提供する場に終わらせない姿勢も(実際「澤乃井園」でくつろぐ人達で「澤乃井」飲んでるのは半数にも満たないのでは?)他社が見習わねばならない点であろう。
 無論、これだけの規模の事業展開をどこの蔵元もできるわけではない。奥多摩の自然に囲まれた(しかし、鉄道・車共アクセス良好)圧倒的な地の利、そしてなにより蔵元自身の圧倒的経済力(現地に立つと、あまりの壮大さに正直眩暈がする)に寄与するところが大であろう。しかしとにかく、小澤酒造さんのような心≠持った蔵元がある限り、僕たちはこれからも日本酒を楽しむことができるだろう。

■飲んでみました

 多摩地域は当然のこと、都内であればどこへ行っても手に入る。ただし、特に季節商品は早期に売り切れることも多いので蔵元ホームページで発売のタイミングをこまめにチェックするのがいいかも。あと、どこでも売っているからどうせなら、管理のいい店で買うようにしよう。

澤乃井 辛口にごり酒 本醸造生原酒
 「澤乃井」の季節商品の中でもとりわけ人気の高い一品。蔵元のオフィシャルイメージである辛口≠前面に打ち出した、瓶内発酵タイプのにごり酒である。ちなみに裏ラベルにはこんなコピーが書かれていた。

にごりであろうと、
何であろうと辛口を飲む。
辛口は優しくない。そこがいい。
自分は毅然としている。
酒に関しては。

これは多分、プロのコピーライターの手によるものではないだろう。社員の方が考えたんじゃないかな。そこがいい。
 つまり、糖類・酸味料を加えた(そうでないものも多数あるが)どぶろくタイプの甘口にごり酒とは一線を画した商品ですよ、ということである。
 さて、このタイプは基本的に買ったら早めに飲むべきだと思う。製品によって差はあるのだけれど、たとえ開栓前であってもせっかくの炭酸ガスが少しずつ抜けて爽快感が失われてしまうから。過去に『地酒の真実』で紹介した「曽我の譽 おり酒」や「日出山 活性清酒」なんかは開栓時にはほとんどガスが抜けてしまっていた。だから、すぐ飲まなきゃならんとは思っていたのだが・・・。
 これを八王子そごうで買ったのが12月13日(税抜き1100円)。ラベルを見ると11月出荷である。それを、在庫日本酒処理やら暮れの旅行やら正月やらのせいで、開栓が1月5日になってしまった。ちょっと不安。
 最初の90mlくらいは上澄みのみを、それ以降はしっかり澱を混ぜて(過去澱だけ残ってつらい思いをした経験を踏まえ)飲む。
 たしかにガスはかなり抜けてしまったのではなかろうか。しかしそれでも、舌にビリッとくる爽快感はある。そして特筆すべき点、開栓したてより1週間後くらいのほうが旨くなった気がするのである。開栓直後は辛さが際立ち過ぎ(特に上澄みだけ飲むと)、まあ真の辛口好きはそれくらいがよいのかもしれないが、むしろ空気に触れて少し味が落ち着いたくらいが個人的には最も旨いと感じた。仕込水が中硬水だからかどうかはわからぬが、酒の本質的なボディが強いんじゃないかと思う。

蔵守 純米原酒 1995BY
 「澤乃井」には会員店限定で流通される「蔵守」銘の古酒がある。会員店限定といっても実におおらかなもので、プレミアがつくわけでもなく会員店にはデパートなんかも含まれているから気軽に購入することができる。ただし取扱いラインアップは各店によって異なるようで、僕が初めてこの銘柄の存在を知った、八王子市内のコンビニ(といっても「日出山」の大吟醸を扱ってたり品揃えがエグい)には「大辛口」の10年ものの300ml入りのやつだとか粕取焼酎(当日これを買った。旨かった)とかが置いてあったが、今回当商品を購入した聖蹟桜ヶ丘の京王百貨店酒売場には純米のアイテムが1995〜2000BYくらいまでの分が(1998BYだけ欠けていた)揃っていた。琥珀色の酒がずらっと並ぶさまは実に美しい。僕は悩んだ末、もっとも古い1995BYのものをゲット。HPならびに購入品の掛札から得た情報によると、2年間タンク貯蔵したものを蔵元貯蔵庫で2000年夏まで保管して出荷したもので、貯蔵時のアルコール度数18.6、日本酒度+1、値段は1400円(税抜き)で、醸造年度が新しくなる毎に50円きざみで安くなる。
 さて、本来こういうものは酒だけを楽しむというものでもないかもしれないが、とりあえず酒だけでやってみる。
 まず、ちょっと冷やして。これが非常にいい。これまで飲んできた古酒では冷やだと渋味が目だってしまって(紹興酒みたいな)飲みにくいものもあったが、これはそのような渋味もなくほのかに甘さも感じる。
 この味わいは、やはり温めることによってさらに広がりを見せる。が、熱過ぎたりぬる過ぎたりだとちょっと旨味が飛んでしまう。40〜45℃くらいがベストぽい。あと、やはりチーズあたりと合わせて飲むとより楽しみも増そう。
 それにしても、8年ものでこんなに旨くて1400円というのはどう考えても安いこの酒販店さんの見解は、懐の大変深い蔵なので(平たく言うと御大尽)熟成酒の価格設定がおおらか=B私も同意見。

■食後の運動
 「澤乃井園」で酒と肴を堪能したら、もと来た道を戻るのも味気ないので、青梅線ひと駅分歩いてみよう。
 一般的には御嶽駅のほうに歩くのがいいだろうね。玉堂美術館があるし、時間が早ければケーブルカーで御岳山にも登れる。
 しかし、ひねくれ者の自棄酒マンは反対方向、つまり青梅街道を都心方面に歩いていく。
 はっきりいって、途中にはこれといった名物はない。ただし車も人もそんなに通らないから、のんびりできる。
 歩くこと20分ほど、軍畑(いくさばた)駅への道標と出合う。ここで青梅街道に別れを告げて左に折れるのだが・・・軍畑駅までの道、沢井駅に負けず劣らぬ急坂である。酔っ払いには実にこたえる。あえぎあえぎ坂を登り、途中で立ち止まり振り向けば、多摩川の流れが見渡せてここが東京であることを忘れさせる。






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