未成年者にアルコール・リテラシー教育を。


 今年の成人式、沖縄県那覇市の会場で起きたトラブルのTV映像を見ていて、こんなことを考えた。
 今時の若者には、正しい酒の飲み方≠ニいうものを教育してあげなくてはダメなんじゃないか。

 そのことは後で書くとして、飲酒ができる法定年齢≠ノついてひとこと。
 現行法の下では、酒を飲んでよいのは満20歳を過ぎてからで、19歳と364日まで(すなわち法で定める未成年者)は飲んではならない、未成年者に飲ませた飲食店は罰せられることになっている。
 これって実に馬鹿げた建前論だと思うのだ。
 20歳の誕生日が来たからって人間急に大人になるわけではないでしょう。学校を卒業して、社会に出て、いろいろな経験を積むにしたがって大人として必要な素養を身につけていくわけで。
 僕は法定飲酒可能日を『満19歳(早生まれの人は満18歳)となる年の4月1日』とすべきであると考える。つまり、高校を卒業して大学に進む、または社会に出る時期である(もちろん高校で学修しない人もいるわけだが、そういう人たちにとってもある程度の社会的自覚と責任が生じる時期であろう)。
 19歳ともなれば肉体的にも飲酒に耐えられる状態であるし、たしかに大学生や予備校生は社会人とはいえないけれど、それまでとは全く異なる価値観や社会通念を学ぶ時期であるわけで、準社会人≠ニして扱われる権利は持っていると思う。
 とにかく現在の法制下ではいわゆる新歓コンパ≠フ大部分は違法ということになるわけだ。飲む側も飲ませる側も、それに会場を貸す飲み屋も、違法だとわかっているのだ。でも、大学生が20歳になりました。では今日から飲みましょう≠ネんてのは不自然だ。日本には日本のいわば学年暦≠ニいうものが存在するわけで、酒を飲む行為に関してもそれに従うほうがよほどスマートなのではないか。

 しかし、若者の飲酒にまつわるトラブルが年々増大している現状については僕も同意せざるを得ない。
 ここで、これまでもことあるごとに触れてはきたが、この問題に関して少しは参考になるかも知れないので僕の飲酒史について改めて触れておきたい。
 僕が日常的に酒を飲むようになったのは高校生のときである。週に1度程度、親の晩酌に付き合ってビールをコップ1杯飲んだりしていた。高校3年くらいの時には親のウィスキーを盗み飲みしたこともあった。さすがに外で飲む機会は少なかったが、部活の合宿や文化祭の打ち上げなどでは結構飲んだものだ。ちなみに僕の通っていた高校は飲酒にはとても寛容で、トラブル起こしたり喫煙したりしない限りは(タバコにはものすごく厳しかった。喫煙現場押さえられたら即停学)何も言われなかったし、部活のコンパや合宿では顧問の先生を交えて飲んだりしていた。
 さて、そんな僕も大学に進んで強烈な洗礼を受けることになる。時はまさにイッキ飲み全盛時代、本当によく飲んだし飲まされたしツブれたしツブされた。救急車で運び込まれたこともあった。今思えば、イッキ飲みについては決して好ましい慣習ではない(でも、あの昂揚感、一体感は捨て難いとも不謹慎ながら思うのだが…)。ただひとつ言えるのは、あの当時の、少なくとも自分の周辺ではツブれた学生には必ず素面の学生が付き添って介抱していた。だから救急車のお世話になることはあっても絶対に死人など出なかった。それと、自分の周囲には酔っ払っても変な考えを起こす人がいなかったので、飲酒時のマナーも必然的に身についたような気がする。
 このように、高校・大学時に知らず知らずのうちに正しい酒の飲み方≠ニいうものを様々な人から学んだことになるのだろう。社会人になってからも相変わらずよく飲んでいるけれど、酒で他人に迷惑をかけたことはほとんどない。部屋で一人で飲んでて自爆することは結構あるが。

 このように、本来酒の飲み方というものは各人が経験を積み重ねて行くことにより身につけて行くものであると思っていた。しかし、近年の成人式等での乱行、それに大学生の飲酒事故・トラブルを見るにつけ、考えを改めなくてはならないのかと思うようにもなったが本音である。
 そこで考えた。未成年者に『アルコール・リテラシー教育』を実施すればいい
 以下に僕が考えた『アルコール・リテラシー教育』の概要を挙げる。

  1. 高校2〜3年生を対象に、保健体育の授業時等を利用して行う。
  2. まずすべての生徒に『アルコール・パッチテスト』を実施する。これにより各生徒は、自分が酒に強い体質なのか弱い体質なのかをはっきり自覚することができる。『アルコール・パッチテスト』は最近大学の保健管理センター等で盛んに行われているが、はっきりいって大学に進んでからでは遅いと思う。
  3. 上記テストの結果から各個人個人に見合ったアルコール量を算出し、実際に飲んでもらう。もちろん量は最小限度にとどめる。この目的は酔い≠体感させることにあり、各種のテストを行い、アルコールを摂取した際の運動能力や注意力の低下を実感してもらう。ここで商品としての酒≠飲ませることは当然現行法に抵触するはずだが、教育の一環なのだから別に構わんでしょう。文科省が首をタテに振ればいいだけの話です。工業用アルコール飲ませるわけにはいかないだろうし。
  4. 酒の種類や飲み方のマナー・ルール、酒にまつわる事件やトラブル等の実例について講義する。こういう話題なら進んで買って出てやってくれる先生が絶対一人や二人いるはずである。
  5. おさらいとして、お酒のテイスティングをしてもらう。これによって自分に最も合った種類の酒を事前学習することができ、社会に出てからデタラメな飲み方をしなくなる可能性もある。また、上記『アルコール・パッチテスト』でお酒がまったくダメと診断されてしまった人もいるはずなので、そういう人向けにノンアルコール・カクテルの作り方などを教えてあげるのもいいだろう(しつこいようだが、ここで商品としての酒≠飲ませることは当然法に抵触するはずだが、教育の一環なのだから別に構わんでしょう)。


 どうでしょう、突飛な話だとはじゅうじゅう承知だが、これだけのことをやっておけば成人式のトラブルも、イッキ飲みでの死亡事故もかなり少なくなると思うのだが。
 そもそも若者が暴れたり騒いだりするのは、親なり学校なりが彼らとの対話を拒み、それが大袈裟にいえば不満のエネルギー≠ニなって蓄積され、ある機会に爆発してしまうというメカニズムになっているといえないだろうか。そこで、高校の現場で古臭い道徳教育に代えて『アルコール・リテラシー教育』を実施することにより、不満を抱える若者達に対して適度なガス抜き≠ニなるだけでなく、教師と生徒、双方アルコールが入ってリラックスすることにより新たな対話の場も生まれてくるような気がしてならない。教育の現場で酒を飲ませるという点では従来の社会通念に反するかも知れないが、若者達の緊張・悩み・痛みを一時的でも除去し、リラクゼーションの場を与えることが可能ならばそれは十分すぎるほどの教育効果のはずであり、決して社会通念と矛盾しないのではないかと思う。

 結論。高校の教育現場で『アルコール・リテラシー教育』を実施することの効果



 つまり極論すると、法で飲酒年齢を縛ることなどやめておしまいなさい、ということです。現在の閣僚には某酒造メーカーの元取締役の方もいらっしゃるので、今のうちにドーン、とやっちゃってください小泉さん。

 

 

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