酒自販機がなくなる日
―カップ酒マニア存亡の危機―
まず、下のグラフをご覧いただきたい。

僕が日本中で飲んできたカップ酒の約半数の46%までが、蔵元あるいは酒屋の店先に置かれた自販機で購入したものであることがおわかりいただけるだろう。
ところが、明日、2000年6月1日以降は酒類を自販機で売ってはいけないそうだ。
理由はどうも、自販機だと誰でも自由に買えるので未成年者の飲酒が跡を絶たないからだそうだ。
これからはきちんと対面販売を実施し、未成年者には酒を売るなとの業界団体からの御達しらしい。
まあ、いっていることの道理は正しい。
しかし、酒自販機を撤去することに対する疑問がこんなにある。
- 今回の問題でテレビの報道番組等みてると、何が何でも販売の際の年齢確認は必要≠ニいう人がいるが、例えばコンビニなんかに未成年者風の人間が酒を買いにきた場合、どのような方法で未成年者と識別するのだろうか。中には具体的にアメリカではIDカードを提示させる≠ニ言及していた人もいたが、つまり国民総背番号制導入を容認しているわけですな。個人的には未成年者が酒飲むことより、そちらの方がよほど危険だと思うのだが。
- 仮に口頭で#N齢確認をするにしても、酒を売る側が、未成年酒とおぼしき人間への酒類販売を本当に拒否しきれるのだろうか。僕の住んでるところの最寄駅のキオスクの販売員は、制服着た高校生にも平気でタバコを売っている。人間なんて、そんなものではないか。
- そもそも、酒自販機が禁止でタバコ自販機がそのままなのが気に入らない。どだい旧専売と外国資本には頭が上がらない、ってことか(一応業界団体の考え方の違い、ってことだそうですけどね)。
- そもそも今回の動き、酒類販売に関する規制緩和の絡みも水面下ではあるらしい。これでますます酒ありコンビニ・スーパーの天下となる。となればますますナショナルブランドのシェアが高まるだろう。こちらはビールのことなど知ったことはないが、営業努力を怠ってると小売店や日本酒の中小蔵元は、本当に潰れてしまうぞ。
- そもそも自販機とは単に利便なだけではなく、すべての人間がその身分身上思想の差別を受けず、自由平等に商品を購入できることにその最大の利点があると思う。ことに都市部においては、孤独を一時紛らわすため、世間のあるいは自身の憂さを一時晴らすため、それに暖をとるために自販機で日本酒のカップ酒を求める孤独な人々≠フ数は相当数にのぼる。人知れず酒を買い求めたいことだってあるだろう。僕だってそんな日がある。何でもかんでも対面販売がいいってものではない。彼らは自販機の真横ですぐ飲み始めてしまったりするので健全≠ネ人々からは疎まれるが、実際彼らのほとんどはカップの後始末など本当にきちんとしている。今回の酒自販機撤去はそうした社会的弱者の方々のことをまったく無視した処置といえるだろう。
なんでも、免許証読み取り装置のついた自販機なら設置OKなんだそうだ(そういえば、神奈川県内ではエロ本自販機にそんな装置がついてたな)。
私ことカップ酒マニア、運転免許証は持っておりません。
そうですか、免許持ってない人間はオトナではないってことですね。まあそんなことはどうでもいいや。
今回の措置は未成年者の飲酒阻止≠ニいう社会使命により実施されることだとは思うが、そのことにより一体誰が幸せになれるのだろうか?正義は必ずしも人のためにならず。業界団体の自己満足だけで終わることのないよう祈るばかりである。
酒の話メニューに戻る