当ページのテキストについては1月5日、オリジナルのものを掲載しました。その内容ならびに引用手法へのクレームを受け、同7日にそれに対する見解を追記しました。
その後の経過の中で私自身過剰にエキサイトしてしまいましたが、懇意にさせていただいている方からのアドバイスもあり、文面の見直し・修正を行い、1月11日再掲載しました。
みなさまには不快な思いをさせたこと、深くお詫び申し上げます。(2005.1.11管理人記す)
2005年、カップ酒ブーム到来か?
どうも昨年後半あたりから、2005年はカップ酒がブームになる≠ニいうような噂が、一部でまことしやかに囁かれているようである。
きっかけはやはり、酒類のブーム作りに大きな影響力を持つ(と、思われる)『dancyu』2004年3月号のカップ酒特集だろうか。同誌ではその後も紀行記事の中にカップ酒を登場させたりしている。年末には『一個人』誌の中でカップ酒に関する記事が掲載された。そこでは「いま、カップ酒に注目が集まっている」という趣旨のもと、現代の日本酒業界(というより、日本酒マスコミ)のオピニオンリーダー3名(松崎晴雄氏、ジョン・ゴントナー氏、「味ノマチダヤ」木村賀衛社長)のコメントを掲載していた。
そういえば、たしかにネット内でもカップ酒を採り上げたサイトやブログ、それもどちらかというと具体的な銘柄や味の評価に言及したものがここにきて急増しているように思われる。これはもしや、本当に2005年はカップ酒がイケてる存在になるのだろうか?
よくよくチェックしてみるとこの動き、上記『一個人』誌にもコメントを寄せている「味ノマチダヤ」が一枚噛んでいるらしく、同店では取引のある蔵元から主に純米レベルのカップ酒を取り寄せ、あるいは新規に純米カップ酒を造らせ、店内でかなり強力にプッシュしているようだ。他の地酒専門店にも同じような動きがあるのかもしれない(私はその手の店にはほどんど無縁ゆえ、実態は把握できていない)。
この時期にカップ酒を推す理由、ある蔵元の商品を初めて買おうとする客に対して、まず同スペックのカップ酒で味をたしかめてもらい、気に入ったら一升壜なり四合壜なりの商品を買ってください・・・という、いわばパイロット商品%I役割を担わせているように感じ取った。
どんな形であれ、カップ酒が日本酒愛好家の間で注目を浴びることは喜ばしいことであると私は考える。現状の愛好家のカップ酒に対する認識、たとえば『うまい日本酒はどこにある?』(増田晶文著・草思社)の中には、次のような一文がある。
ワンカップは日本全国、いつどこで呑んでも同じ品質だ。
上記記述は大手メーカーは安定して同一品質の商品を毎年造ることができる≠ニいう文脈の中で書かれているので、筆者が「ワンカップ」と表記しているものが大手のカップ酒≠ワたは「ワンカップ大関」のことを指していることは疑うべくもない。しかし一方で、多くの消費者の間では「ワンカップ」はカップ酒の総称≠ノ限りなく近い同義語として定着している(その是非は措くとして)。もし筆者が大手メーカーの酒が「いつ、どこで呑んでも同じ品質」であることの例えとしてカップ酒を引き合いに出すのであれば「ワンカップ」などという曖昧な表現をとるのではなく、「大手のカップ酒」あるいは「たとえば『ワンカップ大関』」というような、大手とはっきり読者が認識できる表現をとるべきであった。この部分読者の受け取りようによっては大手でも中小の地酒蔵でも、カップ酒の味はみな同じ≠ニ読めてしまう(私自身、当初はそのように誤読した)。さらに付け加えると、製造品質の安定している大手のカップ酒であっても出荷後の管理次第で旨くも不味くもなるものであり、この点でも著者の説明は十分であると言い難い。おそらく筆者は日常カップ酒を飲む機会が少ないためにあまり深く考えずに上記の一文を書いたと推測するが、「汎日本酒主義」を奉ずる愛好家の筆者でさえカップ酒に関しての認識はそのようなものなのである。だからこそ、カップ酒を通じて日本酒の素晴らしさをアピールし、同時ににカップ酒そのものの魅力を広く知らしめるというのも、日本酒復興策の一手段として考えられて然るべきであろう。
しかし、この「ブーム」には(まだくると決まったわけではないが)懸念材料もあるのではないかと、同時に私は思うのである。
ある蔵元が新たに高スペックのカップ酒を出すとする。それが首都圏の地酒専門店に送られるのはいいとして、同じカップ酒が蔵元の地元で広く流通されること、さらに理想としてはこの機会にカップ酒以外のアイテムも含めた商品体系に見直しを行ってレギュラー商品のレベルアップを図ること、そこが重要なのではないだろうか。
しかし仮に、高スペックのカップ酒は地元を飛び越えて首都圏でしか売られていない、地元で売られているカップ酒は相変わらず糖類添加・・・なんてことになるとすればまったく本末転倒であり、蔵元を長い間支えてきた地元の愛飲家軽視も甚だしいという話になる。今後新たにカップ酒が注目を浴びる蔵元が出てきた場合、その蔵元のレギュラー酒・カップ酒が地元でどのように売られているか、注意して見守る必要があろう。
もうひとつ。実はブームとは無関係に、昔から地元の愛飲家たちに旨いカップ酒を供給してきた蔵元があること(具体名を挙げるのは控えるが、概ね拙『厳選カップ酒ギャラリー』で紹介してきた蔵元が当てはまるだろう)を忘れるべきではなく、それらの蔵元には心より敬意を表したいと私は思うのである。おそらく来るべきブームからはそのような視点はオミットされるであろうから、せめて拙サイトくらいはこれからも流行とは無縁に、地道にコツコツ地元でカップ酒を売る蔵元にエールを送り続けて行く所存である。
とまあ、偉そうなことをつらつらと述べたが、カップ酒の選択肢が増えることは酒飲みには嬉しいことだ。ブームの行方を見守りつつ、これからもカップ酒を愉しみたいものだ。
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