牧水(ぼくすい)
―渡辺酒造(株)―
■サブ銘柄が独り歩きするとき
酒造りの世界では数年前からちょうど蔵元の代替わりの時期にきていて、新しい考えを持った若い経営者(彼らの多くは同時に造り手を兼ねていたりする)が増えている。その影響もあるのだろう、各蔵元では購買者やメディアにアピールするため、酒の中身の向上はもちろんのこと、ラベルのデザインや酒銘にも意匠を凝らすようになっている。特に銘柄については各蔵元が旧来のものとは別の、サブ銘柄とでも呼ぶべきものをたいていは持つようになった(流行の契機を作ったのはやはり「十四代」――オリジナル銘柄は「朝日鷹」――だろうか)。
それ自体はまったく否定されるべきことではない。逆にいえば、それくらいのPR(企業努力)をしないことには同業他社との競争に負けてしまうという各蔵元の危機意識の表れともいえるし、そういう企業努力を惜しまない蔵元が多いからこそ、日本酒業界は沈没の危機から辛うじて踏みとどまっているともいえるのだろう(この流れが数年後に本格焼酎業界にシフトしたのは語るまでもありません)。
しかしその一方、これまで蔵元を支えてきたオリジナル銘柄への敬意がないがしろにされているとはいえないだろうか? 多くの場合、オリジナル銘柄は地元の愛飲家の晩酌用∞地元の料飲店用≠フ位置に甘んじている。本来蔵元を長いこと支えてきたのは彼らであるからそれはそれで悪いことではないだろう。が、これが結果としてサブ銘柄=特定名称、オリジナル銘柄=いまだに三増という状況からいまだ脱却できない原因となっていないだろうか?
酒屋や料飲店、それにメディアにも責任がある。サブ銘柄のみを強調してそれがどこの蔵元のものかをきちんと紹介しないケースが往々にしてある。だから「十四代」を知っていてもそのオリジナル銘柄が何かを知らない人が多発するわけである。
たしかにオリジナル銘柄は富士だの川だの正宗だの、古めかしいネーミングが多い。そんなことをやっててはダメだと以前から力説していた関矢健二のような人もいる。しかし、関矢プロデュースの酒が結果として市民権を得ることができなかったことを考えると、日本人は日本酒の古めかしさにも愛着をもっているのだといえまいか。
前置きが長くなった。今回紹介する沼津市・渡辺酒造(株)の酒、オリジナル銘柄は「田子乃富士」サブ銘柄が「牧水」である。
個人的には「田子乃富士」なんて古めかしくて大好きなのだが、後述するが最近は「牧水」の方が全面に出ている。牧水とはいうまでもなく若山牧水のこと、ここ沼津で晩年の約5年(といっても39〜43歳)を過ごした歌人かつ大酒呑みである。が、なにせこの方諸国を旅して歩いて飲みまくった人だけに全国にゆかりの地≠ェある。ついては「牧水」という銘柄はある意味普遍的すぎてこの沼津の蔵元だけのものにはなり得ないもどかしさがある(どちらかというと長野の蔵元の方が著名、あとかつては故郷・宮崎に同銘の焼酎蔵元があったが廃業したもよう)。
だからこそ「田子乃富士」という酒銘は大事にしてもらいたいのだが。
■静岡酒へのアンチテーゼ?
渡辺酒造の銘柄ごとの商品体系は大まかにいうと次のとおりである。
「田子乃富士」――大吟醸、普通酒
「牧水」――純米、本醸造。
サブ銘柄がオール特定名称というのはよくあることなのだが、「田子乃富士」が大吟醸+普通酒というのが面白い。ただし大吟醸を町の酒屋で見かけることはほとんどない、というか僕は見たことない(蔵元に直売所があるので興味ある方はそちらへどうぞ)。
さて普通酒だが、こちらもデパート、スーパーやコンビニには絶対に置いてない。古くから付き合いのある酒屋さんにのみ卸している感がある。で、沼津駅からほど近い小さな酒屋にあったのをこっそり撮影してきた。ちょっと見辛いが。
肩ラベルの原材料名、『糖類・酸味料』とある。つまり三増酒。
静岡県の蔵元は他県に比べて三増を止めたところが多いと思うが、こちらはまだまだ現役である。実はここの蔵元(杜氏を置かず自醸している)、静岡酒の特徴である低酸型でなく、コクのあるタイプを目指しているそうだ。世評の高い静岡酒の方向性に逆らっているようで、ある意味潔いともいえるが。
(今回取上げる2アイテムはいずれも「牧水」銘なので、タイトルもそうしました。不本意ではありますが)
■飲んでみました
牧水 純米酒
ここの酒では本醸造原酒と並んで最もメジャーなアイテム。沼津の西武百貨店でも時折置いてある(常時置いといてよ)。今回は上記の「田子乃富士」の三増酒を置いている沼津駅近く(仲見世)の酒屋で購入した。1300円(税込)。
この商品、蔵元によると『五百万石の50%精白にこだわっている』(『地酒をもう一杯』静岡新聞社刊より)そうである。が、ラベルにはどこにも表記されていない。こういう情報はやはり消費者に開示して欲しいなあ。いずれにせよ50%精白ということは特別純米酒≠名乗ってもいいスペックである。これなら1300円でも納得。
さて、まず少し冷えた状態で飲む。おー、結構甘味がある。しかし同じに少々の雑味も感じるぞ。次にぬる燗で。うーん、これだと雑味の方が目立ってしまう。それではと上燗に。これがベストかな。甘味がいちばん際立つ感じがする。
牧水 普通生酒
実は「牧水」銘の普通酒がある。300ml入りの生酒(税抜370円)。4合瓶とかでは出していない模様。このサイズなら扱いやすいためか、沼津の西武デパートとかでも売られている。アルコール分15〜16度。つまり通常市販されている普通酒と同じ濃度である。
かなり古くから存在する商品で、「静岡・全国の名酒500選(高橋清隆著・静岡新聞社刊)」では1992年6月購入の同品の感想を『変な雑味があまりなく、さわやかな感じを良く出している』と紹介している。
さて、飲んでみた率直な感想としてはこれが原酒だったら最高なのになあ=B生酒らしいフレッシュな味わいは感じるのだけれど、いかんせん度数が低いために、しぼりたてのような感激は生まれない。なんとなく生貯っぽい感じ。せっかく生生なのにもったいない。
でも決しておいしくないわけではありません。むしろこの商品、一飲してはっきりと普通酒であるということがわかる、中途半端に吟醸や本醸造っぽく造っていないというところが痛快である。シチュエーション的にはやはり夏、キンと冷やして飲むのがよろしいか。テーブル日本酒としては申し分ない。
ちなみに、開けたてより開栓した2日後の方が旨く感じた。上記純米酒も開栓数日後の方がいい感じ。ここの蔵元の酒はそういうことなのだろう。
■沼津市の中古レコ屋「シーザー」
本質的に、沼津はいいところである。ただ交通量が多くて道路が渋滞するのと、時折ちょっと怖いおにいさんたちがいるのが、やや難点か。
しかし、一本裏通りに入ると静寂な環境が残っているのも、またこの街の特徴である。若山牧水が愛した千本松原、ことに牧水記念館のあるあたりは本当に雰囲気がいい。沼津と聞いてぬまっき=i解説はしません)秘苑∞狩野川ヘルス=i解説はしません)くらいしか思い浮かばないアナタ、認識を改めましょう。
そんな沼津市に「シーザー」という中古レコード屋がある。現在静岡県東部に残っている唯一の中古盤屋といっていいだろう。
ここは以前より時折利用させてもらっている。昔は1フロアにCD・アナログ両方置いてあった。今は売場面積が広がって1FがCD、2Fがアナログと分かれたが、1フロアだった頃の方が雑然としていて好きだったな。
値段はあまり安いとはいえないが、特にシングル盤で面白いものが見つかることがある。
一体に地方の中古盤屋での楽しみは、いわゆるご当地モノ≠発見できることにあると思うが、ここは箱根の玄関口・沼津だけに、箱根モノ≠2枚過去にゲットした。
ではここで、過去の戦利品箱根モノ≠Q枚、それと『あさぎり号』つながりということで新宿モノ≠P枚をご紹介しよう。どれもなかなか味わい深いので、もしどこかで見かけたら購入されては。
箱根スカイライン c/w
あこがれ 加藤小夜子 東宝レコード(1972)
加藤小夜子は東宝の女優さんだった人らしい。決して歌が上手いというわけではないが、爽やかな出来に仕上がっている。僕はこれを聴くと不思議と旅に出たくなるのだ。それもそのはず、これ伊豆箱根鉄道のCMソングだったそうな。伊豆箱根って今もCM流してるのか?
少なくとも関東ではやってない。なお、B面の「あこがれ」もアップテンポな佳曲。個人的にはこっちの方が好き。
箱根慕情 c/w
風になるあなた メロディ・スー
キングレコード(1971)
ジャケ写が、怖い。この女性がメロディ・スーなのか否かは定かではない(一応メジャーから出たレコードだからどこかに資料がないかと探しているのだが、いまだ謎)。で、A面の「箱根慕情」は、もうド演歌。もしジャケット写ってる外人さんがメロディ・スーさんだとしたら、日本語うますぎ。マギー・ミネンコもびっくり(若い人は知らないでしょうけど)。♪はーこねーのよーるぅのー
みだーるれ(巻き舌)がみー
を上手に発音できるところをみると、もしや歌い手はラテン系の人では?
ところが、B面の「風になるあなた」になると曲調が一転、歌ってる人もA面と同一人物には思えないのだよなあ。しかしとにかく、この曲はいいぞ。爽やかなことこの上ない。あと、オルガンやバンジョーを思い切りフィーチャーしているあたりも'71年という時代を象徴している。
新宿家出少年 c/w
出来事 池田ムツ子、他1名
オタマジャクシ・レコード(19??)
新宿から生れた衝撃のフォーク演歌のコピーにビビッときて即ゲットしたのだが、期待に違わぬ一撃必笑のインディー盤。ご当人は至って真面目なのだろうが、度が過ぎると笑いに転じてしまうという好例。少なくともこれを聴いて更正しようという気には、ならない。
B面はA面のつまらない部分だけを抽出したかのような曲で、聴く価値なし。
歌詞カードに
この曲の誕生は、長谷川匡儀先生に教えられた歌心とギター心のたまもの、先生に深く感謝しておりますと謝辞がある。こんな爆笑レコードが生まれるきっかけを作ってくれた長谷川先生マンセー。