皆さんこんにちは。
「そうなんや…」な情報を有り難うございます。
石榴舞さん
>>…「地酒」がどういう酒かを聞けば…
そうなんですよね、大阪も然り。“地酒”と言えば“雪国”“北国”なところで造られているもん、みたいに思ってはる人が多くて、“地酒=地の酒”という風に思ってはりませんね。「ほなお前、大阪の米食うとるんか?」と言われれば…食っていない。しかもこれ、売ってるの、見たことないなぁ。(余談ですが、摂津の農家の人が10年ほど前聞いたんですけど、滋賀県の農協がその摂津の某地区のお米を買いに来るそうです。てなわけで、大阪の米は近江米に化けているという昔の灘酒みたいな…最近はしりませんで)。剣菱お好きですか?わたしゃ好きですな。
鮭野さん
情報有り難うございます。
名誉冠、明ごころは富翁が引き継ぐんですか、酒銘が残ることにほっとひと安心な気分でもありますが、ま、それは京橋あたりに多くある安居酒屋「明ごころ」も、まだ残り続けるんやろなぁという安堵感だけだったりします。龍盛は跡形もないんですか…寂しいです。
丹醸さん
ライブ感あふれるレポートおおきにです。
■大手柄、きれいになってるんですね。あの震災後の痛々しい蔵を思うとある意味“ホッ”としますが、ねぇ。震災当時は高校生…そりゃ、今もフットワーク軽いはずだわ…いやいや若さだけでなく行動的なお人なんでしょうが。
忠勇はやっぱり休止してますか。じつは、数年前、近畿圏下の某蔵が、■忠勇に醸造(瓶詰めもおそらく)を委託していて、忠勇が止めるということで新しい委託先を探しているという話を、ある蔵元から聞いたことがありましたが…本当に止めてしまったんですね。紆余曲折の末、マルキン忠勇は今や、「ねのひ」の盛田グループ傘下ですが、創業家一族ってどないしてはるんでしょうね。
■福徳長も灘から撤退していたんですね。貴兄のブログ(今日の晩酌!VOL.118)興味深く拝見させていただきました。淋しい写真ですねぇ。あの場所を“灘”って言っていいのかっていう感じですよね(創業していた頃の写真を貼付しときます)。山あいの住宅地という感じで。確かにあの「灘誉」の石碑は粗大ゴミにしたらアキマヘンね。余談ですが近畿圏下の中堅蔵、低価格酒用の原酒はここの韮崎工場から仕入れているそうです。自社の稼働率を下げてでも…ってすでに一度書き込みましたっけ?年寄りはくどいなぁ。
色々と情報、お考えお教えいただき、有り難うございました。
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