キプロス−T(アギア ナパ)
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小学生のころ、地図帳を見ていて「キプロス」という不思議な国に気づいた。なぜ不思議に思ったかというと、「地中海の島国」という十分にメジャーになれるだけの条件がありながら、なぜか日本ではきわめてマイナーで、名前も聞いたことのない国だったからである。現在でも、キプロスと聞いてすぐに位置がわかる人は少ないだろう。
ここは、かつては島全体でひとつの国だったのだが、1974年に起きたキプロス紛争により島の北側がトルコ軍に占領されてしまい、現在は南キプロス(キプロス共和国)と北キプロス(北キプロス・トルコ共和国として独立を宣言したが、承認しているのはトルコだけ)に分断されている。グリーンラインと呼ばれる停戦ラインを越えて南北キプロス間を行き来することはできない。今回入国したのは南側のキプロス共和国だが、北キプロスへはトルコを経由すれば入ることはできる。ただし、北キプロスへ入った記録がパスポートに残っていると、南キプロスおよびギリシャでは入国を拒否される。
このように書くと危険な国のように感じるかもしれないが、もう長いこと衝突は起きておらず、グリーンラインが町中を通っている首都のレフコシアでも雰囲気は平和そのもの。また、暗くなってから出歩いてもまったく問題なく、治安の良さは日本以上といってもいいかもしれない。
キプロス島は地理的には中東に分類されることも多いが、南キプロスについては文化的にはヨーロッパ圏であり、公用語はギリシャ語である(北キプロスはトルコ語)。日本ではあまり知られていないが、ヨーロッパではリゾート地として有名らしい。今回、小学生以来漠然と「いつか行きたい」と思っていた国を訪れることができた。
朝8時頃、ラルナカ国際空港に到着。入国審査官が、私のパスポートを見て珍しそうに「日本のパスポートだよ」という感じで隣の審査官に見せていたので、どうやら日本人はめったに訪れないらしい。
問題なく入国審査を終え、キプロスに入国した。最初にドルをキプロスポンドに両替。1ポンドは約170円であった。
下の写真は、こじんまりとした印象のラルナカ国際空港。
空港からベンツのタクシーでラルナカ市街へ。なぜかキプロスではタクシーのほとんどがベンツだった。また、キプロスはかつてイギリス領だったため、日本と同じく車は右ハンドルで左側通行である。この日は、ラルナカ市内のホテルに宿泊。
翌日、バスでアギアナパへ。アギアナパは、ラルナカの東にあるビーチリゾートである。最初は、首都のレフコシアへ行こうと思っていたのだが、ガイドブックを見ていたら興味が出てきたので、行ってみることにした。
ラルナカから約1時間でアギアナパに到着。バス停近くにはホテルが何件もあり、その中からこぎれいで安そうな "CORNELIA HOTEL" に入ってみて、空室があったのでここに泊まることにした。料金は1泊22ポンド。家族で経営しているホテルらしく、父親がフロント、母親がレストランにいて、娘さん(なかなかの美人)がウェイトレスなどをやっていた。
なお、チェックインの際にパスポートを見せたとき、この父親が "Oh, Japan ! You are first customer." と言っていたので、どうやら私がこのホテルで初の日本人客のようだった。
部屋で少し休憩したあと、町を散策。下の写真は、ビーチの外れにある海中ケイブという場所で、岩が波に削られてアーチ状になっているというもの。アーチの部分を歩いて渡ることもできる。
下の写真は、海中ケイブ付近から見たビーチの遠景。翌日はここでしばらく泳ぐことにしていた。
翌日は、朝10時ごろビーチへ。ビーチに並んでいるビーチチェアー(1日1ポンド)を借りて、日光浴をしたり、暑くなったらしばらく泳いで体を冷やしたりを繰り返し、結局夕方の5時ごろまでビーチで過ごした。こんなに長い時間ビーチにいたのは、もちろん海がきれいだったこともあるが、なにより周囲がトップレスでいっぱいだったため。それにしても、欧米の人たちはみんな堂々としていてすごい。女性の半分以上はトップレスになっていた。特に、私の後ろに5人くらいの若い女性グループがいて、この人たちが海へ泳ぎに行ったり海から帰ってきたりするたびに横をぞろぞろと通るわけだが、ビーチチェアーに寝ているとちょうど下から至近距離で見上げるような感じになるわけで、刺激的というか目の保養というかしばらくは歩けないくらいに(以下略)。
ビーチを離れるのがもったいなくて、結局ずるずると7時間ほど過ごしてしまったが、このことの影響が夜になって予想以上に大きく現れることになった。
ビーチから帰ってホテルでしばらく休憩したあと、午後7時ぐらいに外出し、しばらく散策してみた。キプロスは治安が抜群にいい国なので、夜になって出歩いてもまったく問題ない。
町の外れに小さな遊園地があったので入ってみた(入場は無料)。メリーゴーラウンドやゴーカートなどのアトラクションが並んでいたが、一番スケールが大きかったのがこれ。2人乗りの円形のゴンドラが一瞬で数十メートルの高さに放り上げられるというもので、絶叫マシンの一種といっていいだろう。
乗ってみたい気もしたが、2人乗りだったのと値段が高かったのでやめておいた。
その後、街中のタベルナ(レストラン)で夕食を取っていたのだが、このときにアクシデントが起こった。どうやら日中に直射日光を浴びすぎたらしく、この時間になって急激に気分が悪くなってきたのである。水を飲んでなんとか我慢しようとしたが、限界が来たらしく気づいたら床に倒れていた。
周りが騒いでいる気配で意識を取り戻すと、隣のテーブルに座っていた老夫婦が店員を呼んでいるところだった。店員に起こされて椅子に戻り気分が落ち着くのを待っていたのだが、どうやら店員が救急車を呼んでしまったらしく、しばらくして救急車のサイレンの音が聞こえてきた。気分はある程度落ち着いていたのだが、断るわけにもいかず、隣の老夫婦に謝罪と感謝の言葉を言ってから救急車に乗って病院へ。私にとって、このときが救急車初体験であった。
病院で医師の診察を受けた結果、予想していた通り病名は日射病で、翌日まで入院することになった。なお、私はそれまで日本でも入院したことのない人間だったので、これが初めての入院体験となった。点滴を受け(実はこれも初体験)、病室で「外国で入院するのも貴重な体験になるかなあ」などと考えながら就寝。
翌日の昼過ぎ、検査を受けたあと退院してアギアナパ市街へ。ホテルへ戻り、前日は病院にいたことを伝え、もう1泊させてもらうことにした。その後、昨日のレストランへ行き、代金を支払った(昨日はそれどころではなかったので)。
翌日、結局3泊したホテルをチェックアウトし、タクシーで病院へ。下の写真が、私が一日入院した "NAPA OLYMPIC POLYCLINIC"。
病院で医師と少し話をした後、診断書をもらい、診療費と入院費をクレジットカードで支払ってから病院を後にした。なお、費用は約5万8千円で、旅行保険に入っていたため帰国後に全額戻ってきた。
いったんタクシーでアギアナパ市街へ戻り、バスでラルナカへ。生涯初の救急車と入院を経験したアギアナパを離れ、ラルナカでバスを乗り換えて首都のレフコシアへ向かった。
