岩徳線(2000.1.8)

 「ハッピーマンデー」によって 青春18きっぷ が使える時期に3連休が出現したので、3日間をかけて山口・広島方面の未乗路線に乗りに行くことにした。今回乗ったのは、岩徳線、可部線、小野田線の3路線。
 岩徳線は、岩国から徳山までの約50kmのローカル線。それぞれの頭文字をとって岩徳線(がんとくせん)という。両端で山陽本線に接続し、しかも両方とも新幹線駅が設置されているという(岩国の場合は新岩国だが)めずらしい路線。
 学生時代に東京から各駅停車を乗り継いで帰省していたころから、この路線に乗ってみたいと思っていたのだが、いつも時間の都合で乗れずにいた。今回ようやく望みを果たせたわけである。

車窓風景岩国駅
車窓風景岩国駅に到着した列車

 徳山発の2両編成のディーゼル列車は、次の櫛ヶ浜から山陽本線とわかれて岩徳線に入り、しばらくは新幹線の高架に沿って走る。その後は高架から離れ、周囲にはしだいに山が迫ってくるのだが、どちらかというと山というよりは盆地がほとんどだった。それに、路線の両端が市街地になっているため、徳山から帰る乗客が少しずつ降りていくうちに岩国へ向かう乗客が少しずつ乗ってくるという感じで、通勤・通学路線という雰囲気が強く、ローカル線という感じはあまりしない。
 旅行者の勝手な意見としては、山の中か海辺の過疎地を通る路線が好きなので、残念ながら、それほど琴線に触れる路線ではなかったな。



可部線(2000.1.9)

 広島から三段峡までの約60kmのローカル線で、広島から途中の可部までは電化されているが、可部〜三段峡間は非電化の単線。この可部〜三段峡間が廃止の方向ということを聞き、乗ってみることにした。

広島12:31 〜 可部13:04
可部13:06 〜 三段峡14:39
三段峡15:05 〜 加計15:30
加計15:46 〜 可部16:43
可部16:52 〜 横川17:31

三段峡駅三段峡駅
三段峡駅三段峡駅に到着した列車
三段峡駅車窓風景
線路の終点車窓風景

 広島〜可部間は通勤・通学列車という感じで、乗客は多い。途中の大町駅はアストラムラインという新交通システムとの乗換駅になっているが、何語かと思ったら「明日」+「トラム」+「ライン」らしい。さすがサンフレッチェだ。
 可部から先は、1両編成のディーゼル列車。途中の加計までは乗客が多くて座れなかったが、加計で半分以上の人が降りていった。これなら、可部〜加計間は廃止する必要はなさそうに思えるのだが。
 可部〜三段峡間はずっと太田川に沿って走るため、車窓からは渓谷風景を眺めることができる。この区間は川沿いであまりスペースが取れないためか、申し訳程度の小さなホームしかない駅が多い。
 終点の三段峡駅付近では、雪が融けずに残っていた。もともと「行き止まり路線の終点の駅」は好きなのだが、上の写真からわかるように、ここは線路の終端の先が峡谷になっていて、強烈に「終着駅」の雰囲気を出している。これまで私が訪れた駅の中でも、屈指の風景といえる。
 駅の前には、「可部線の存続を願う」という横断幕が張られているSLが保存されていて、運転席にも入ることができる。駅付近には数件の土産物屋と旅館があるが、あまり活気は感じられない。この静かさの原因は、付近を歩き回っているうちにわかった。
 近くに「西中国国定公園・三段峡」の入り口があったのだが、昨年落石による人身事故があったそうで、関係者以外立ち入り禁止になっているのである。観光のメインの三段峡が立ち入り禁止なのだから、駅前の活気の無さも理解できる。
 その後、駅へ戻り、来た時と同じ列車に乗って広島方面へ戻った。この路線が廃止になる前に、もう一度ここへ来て、そのときは三段峡を歩いてみたい。

 ※2003年12月1日に、可部線の可部〜三段峡間は廃止になった。もう一度この路線に乗って見たいと思っていたが、結局乗ることはなかった。



小野田線(2000.1.10)

 山口県の小野田〜居能間と、途中の雀田〜長門本山間の支線からなる電化路線。この路線は、雀田〜長門本山間にJRで最も古い現役車両「クモハ42型」列車が走っていることで有名。

クモハ42型クモハ42型
雀田駅に停車中のクモハ42型長門本山駅に到着したクモハ42型
車内の様子車内の様子
車内の様子車内の様子

長門本山駅
長門本山駅にて
 この路線は、雀田発9時過ぎを逃したら、次は夕方4時半まで列車はない(昼1時半に運行される日も、たまにある)。そのため、前日に宇部新川まで移動しておき、9時3分発の列車に乗るために雀田駅へ向かった。
 雀田駅には、この「クモハ42型」車両についての説明が書かれていた。それによると、この車両は昭和8年製造で、かつては東京や大阪で輸送の主流となっていたとのこと。たしか、かつて山手線が「省線」と呼ばれていたころ、走っていたのがこのタイプだったと聞いたことがあるので、当時首都圏ではみんなこの列車で通勤していたわけである。
 車内は、床、座席、窓枠などはすべて木製で、どれもかなり年季がはいっている。網棚は、金網やパイプではなく本物の網が使われている。乗客は5人ほど。
 この車両には初めて乗ったのだが、走行中の音など、すごく懐かしい感じがした。しばらく乗っていたかったのだが、あっという間に長門本山駅(無人駅)に到着。この駅からは瀬戸内海が見える。5分ほど周囲を歩いた後、再び列車に乗って雀田へ戻った。
 それにしても、このような古い車両がよく現役で残っているものと思う。この路線が廃止になることはまずないだろうから(何しろ電化区間だ)、少なくとも私が生きている間は、現役でいてほしい。

 ※2003年3月14日で、クモハ42型列車は現役を引退した。この列車についても、もう一度乗って見たいと思っていたが、結局その機会はなかった。