自分が好きな音で聴くためにいろいろと装置を替えたり中には自作したりする人がいわゆる
オーディオマニアで、10年ほど前に深夜放送されていた「カノッサの屈辱」という番組では
「おたくの走り」と賞賛されてました。それくらい濃いものだったのでしょうね。私もその一
人でした。
我が家に子どもの頃在ったのはいわゆる電蓄で鞄みたような箱のふたを取るとちょうどシン
グル盤の大きさのターンテーブルと針圧もインサイドフォースキャンセラーも当然調節できな
いアームとアームにダイレクトに装着する針の付いたポータブルプレーヤーでした。もちろん
モノラルです。それが中学生になったころやはりポータブルでもスピーカーが独立して二つあ
って、FMも入る物になりました。音が随分良くなったので驚愕したのを覚えております。そ
のころ良く聴いていたのはビートルズやサイモンとガーファンクルなんかですね。ただ、両親
が子供達に教養を身に付けさせようとでも考えていたのか「世界の名曲」みたいなレコード付
きの定期刊行本を取り寄せており、それでベートーヴェンやモーツァルトなんかを聴いており
ました。そうそう、8インチっていうのかな、シングル盤のサイズで33と1/3回転のレコ
ードでしたね。それでカラヤン指揮ベルリンフィルの「運命」なんて聴いてました。
どういうマグレか県立高校に合格しましたので、私立高校に行ったときの学費を言い立てて
親にステレオを買って貰いました。今はどうか知りませんが、当時「システムコンポ」なる物
がありまして、オーディオメーカーが自社のスピーカー、アンプ、プレーヤーなどをセットに
して売ってたんです。それに対してユーザーが自分でいろんなメーカーの製品を選んで揃える
のは「バラコン」なんて呼んでました。パイオニアのそのいわゆるシスコンの店頭処分品を確
か6万円だったかで買って貰いました。ちゃんとカートリッジも交換できます。これは4年程
使いました。当時は先に挙げた音楽からクリームやレッド・ツェッペリン、ピンクフロイドや
イエスなどハードロック、プログレなんかに好みが移るとともにコルトレーンやマイルスなど
のジャズ系、そして多分MJQなんかを聴いていたせいでしょうけど、バッハに興味を覚えて
ブランデンブルグ協奏曲や管弦楽組曲なんかも聴いていました。
大学に入って奨学金が貰えるようになったのと、バイトなんかで自分で稼ぐようになったの
で生意気にもグレードアップを考えました。大学1年の時に冬休みのアルバイトでヤマハの
A−3というとても見た目のきれいなプリメインアンプを買いました。スピーカーはデンオン
にしたのですが、これはあんまり気に入らなかったのですぐにトリオ(今のケンウッド)の
LS−202に買い換えました。レコードプレーヤーは何だったかなぁ?
アンプはやがてマランツに取り替えたのですが、その辺でオーディオ熱もちょと冷めて確か
ヤマハの1000モニターが大評判だったので(スウィング・ジャーナルのベストバイコンポ
なんかに推奨されてました)それを買ったら全然良くなくてさっさと売っ払ってトリオに戻し
た辺りからオーディオ雑誌なんかの情報が信用できなくなったのも一つの原因だったでしょう。
結局この装置を30才過ぎまで使っていたのです。その間、カートリッジだけはシュアーやデ
ンオンなんかを取っ替え引っ替え使ってましたがもう一つ満足はできなかったのです。