ギド・カンテルリは1956年に36歳で亡くなっている。トスカニーニの愛弟子
であった彼はもう瀕死のトスカニーニを看取ることなく先に亡くなってしまいそれは
トスカニーニに知らされることはなかったと聞く。やがてトスカニーニは後事を託す
愛弟子を探して「ギドは?」と弱々しい声で周囲に訊ねるが皆首を振るばかりだった
という。フェリックス・バルトロディ・メンデルスゾーンは40歳で亡くなっている。銀行
家の息子として生まれ何不自由なく育ち、指揮者として作曲家として一世を風靡しな
がら多忙で溶けるように早世している。もっとも当時は平均年齢が50歳そこそこだ
からそれほど早世とは言えないかも知れないのだが。彼のバイオリン協奏曲の冒頭部
を知らぬ人などまず居らぬだろう。昔、二十歳の頃にイタリアを起点としてヨーロッパをしばらく旅行したことがある。
ローマからフィレンツェ、ミラノと回りスイスに抜け、独、蘭、仏、英の各国を貧乏
旅行したわけだが、一番印象的だったのがやはり、イタリアの諸都市だった。2月と
いう寒冷期にイタリアは温かだったので例の「君ぞ知るや南の国」を身に沁みて実感
したわけだ。食べ物も安くて美味しいし、人間は明るく幸せそうだし、九州人の気質
に合いそうな土地柄だった。メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」はまさにギド・カンテルリの指揮を
聴くまでは、私にとって佳曲ではあってもそれほど印象的で積極的に聴きたいと言う
曲ではなかった。カンテルリの指揮で管の三連符に乗って弦が第一主題を奏するとき
私の心はふるえた。この様に美しい旋律をのびのびと歌わせる指揮は初めて聴いた。
沸き立つような喜びを音楽で表現するならばこれであろう。そして私にとっては若い
時に訪れたイタリアを思い出すに絶好の曲になった。良く知られた1955年のフィルハーモニアとの録音と同じ組み合わせで1951
年に録音されていた物が、CD化された。これも秀演である。これからは「さて、ど
ちらを聴こうか」と嬉しい戸惑いを持たなければならない。繰り返すが、カンテルリは36歳、メンデルスゾーンは40歳で亡くなっている。
どちらもすでにその時には一家を成すまでになっていた。もはや40歳も終わりかけ
ている私は自らを振り返って内心忸怩たる物がある。参考CD
メンデルスゾーン、交響曲第4番「イタリア」
ギド・カンテルリ指揮フィルハーモニア管弦楽団
1955年録音 CD番号:SBT1034(TESTAMENT)
1951年録音 CD番号:SBT1173(同上)