馴れ初めから話しましょう

 え〜と、折角家族の話をするのですから、どうやって嫁と知り合ったのか、から話すことに致しましょう。

 まぁ、平凡なんですが普段通っている取引銀行の窓口に座っていたんですね。だから窓口でナンパしました。ってのは嘘です。今思い出しましたけど、私の通勤途中のバス停に嫁がいつも立っていたので知らぬ仲でもないので2,3度銀行まで送った事がありました。それと言うのも偶々雪の日に来ないバスを待っている彼女を乗せて上げたのがきっかけでした。だから、交際が始まったのも自然といえば自然ですね。
 それで、平成7年1月に結婚しました。早いですね、もう5年も経ちます。どうでも良い話ですが、結婚式はハワイでしました。披露宴は帰国して嫁が銀行を退社してからゆっくり考えようなんて言っている中に面倒になってやめてしまいました。二人ともO型なので大雑把ですね。あんまり細かいことにこだわりませし貯金も貯まりません。そうそう、ハワイに旅立つ1週間前くらいが例の阪神大震災でした。滋賀県に嫁の姉が住んでいましたのでその影響で式に来れるかどうか心配したものでした。

トップページへ

一人目は女の子

 結婚する前から子供は3人くらいは欲しいね、と二人で言っておりました。一人っ子はつまらないだろうし、二人だと喧嘩したときに仲裁役がいないだろう、ってんで3人が良い、なんて論理的に考えた訳じゃないけど、3人で意見の一致を見ました。私よりは少しは計画的な嫁はできれば子供達は4月から8月くらいにかけて産みたい、その方が子供達が学校に行きだしたときに成長のハンデが少ないから、と言っておりました。そこで、ちゃんと翌年4月16日に長女の友梨子が誕生しました。名前は嫁が「ゆりちゃん」と呼べる子が可愛いじゃないか、と言うので「百合」にしようかとしてたのですが、どうも姓名判断ではあまり良くないらしく字を当てて「友梨子」と命名しました。「友達が梨の木に実が生るように沢山できますように」と言う願いを込めて付けたんです。(この話をしながら吉行淳之介の「樹に千匹の毛虫」を私は思い出すのですが、それは嫁にはちょっと言えませんやね)その当時、酒井法子がドラマで人気が出てて「のりぴー」が流行っていたので娘のことは「ゆりぷー」と呼んでいます。嫁はどうかした拍子に「ぷーちゃん」と呼んでいます。それはないよな、とは思うんですが。
 少し話を急ぎすぎましたが、友梨子は予定日が4月4日だったのに、のんびりした子でいつまで経っても出てこようとしませんでした。そのため4月15日に陣痛促進剤を注射して出産を進行させることになりました。当然陣痛が始まるのですがそれがいつまで経っても出産しそうにありません。夕方注射して一晩中退いては返す陣痛の痛みと嫁は戦っておりました。私はと言えば病院の狭いベッドに同衾して陣痛が来るたびに背中をさすっておりました。明け方近くになると7〜8分おきに陣痛が来るので、私は眠っているような起きているのな訳の分からない状態で嫁の「来た来た来た来た〜!」と言う声に起こされて背中をさするのですね。あれはなかなか人間ができてないとやれないことでした。(笑)
 生まれたときは2,730gしかなくて、母乳もミルクもなかなか飲まなかったのですが、今はすっかり写真の様に大きくなって生意気になっております。パパに似ているので特に可愛いですね。

トップページへ

         つづく・・・