ドンドン投稿板 第15弾「安楽死合法化は是か否か?」

M CI〜〜〜〜〜〜BG
ニュースの向こうに何かが見える!我らニュースの探検隊。
皆さんその後いかがお過ごしですか、伊藤佳子です。
( 近況など報告あって。。。。 )
さて、今回のテーマはこれです!

M 〜〜〜〜
先日オランダで、世界で始めて国として「安楽死」を合法化することになりました。
本人の意思があり、治癒の可能性がなく、苦痛が明らかで、第三者の医師もそれを認
める時に「安楽死」をさせても医師は刑事訴追を免れるというものらしい。
洋の東西を問わず、昔からあるこの「安楽死の是非問題」。
20世紀も終わろうとしている今、改めて考えてみたいと思います!

M 〜〜〜
疑問その1
ズバリあなたは「安楽死」合法化に賛成ですか、反対ですか?
その理由は何ですか?

M 〜〜〜
疑問その2
日本でも合法化すべきか、否か?
もし合法化するとしたらどんな条件にすべきか?
オランダの上記の「四つの条件」で良いと思いますか、それともどこか変えるべきか


M〜〜〜
疑問その3
延命治療に対する疑問が様々な分野から出ています。
あなたが患者だった場合、家族だった場合、医者だった場合、
看護婦だった場合、裁判官だった場合。。。。果たしてどう考えるでしょうか?
また「安楽死は反対」でも「尊厳死は賛成」なんて言う主張もあるようですが、あな
たはどう思いますか?
そのボーダーラインって何だと思いますか?

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貴方が知っている情報、体験、ご意見もDONDON投稿して下さい!素朴な疑問や、それ
に対する答えも大歓迎です!!

安楽死について思う事 ルパン?世  2000/12/01 (金) 19:17
 オランダの安楽死合法化、私としてはよい事だと思っています。
ただし、きちっとした条件下のもとで行われた場合ですけど・・・
私の父は5年前にガンでこの世を去りました、肝臓ガンでした。
はじめ医者に3ヶ月の命と言われたときは呆然としましたが、父は
それから病気と戦い3ヶ月と宣告されてから2年8ヶ月生きました。
入退院を2回繰り返し、最後に入院したときは死を覚悟していたようです。自分がガンである事も知っていましたから・・・
そのとき思いましたが、医師ももうどうにも手の施しようがないという状態にありながら5日間ほとんど意識もなくただ、心臓が動いているからと言う事で処置は施され続けました。
母ももうあきらめていて家族で話し合いをした段階でも早く楽にしてあげたいと言うのが一致した意見でしたが、私たちには当然処置をやめさせることはできずに父の死後、膨大な治療費が請求されました。
私の家はさほど裕福ではなかったので残ったのは治療費の為に借りた借金だけが残りました。そんな経緯を考えると安楽死を認めてもらえれば
少しは救われたのかなと思っているのですが・・・

安楽死の基準 シャリアブル  2000/12/02 (土) 00:23
たしかにルパンさんの言うとおりただ生きている、意識や病状回復の無いまま延命処理だけでの状態では安楽死は容認できるでしょうが、それ以外の場合の基準は、最初の余命先刻より長く生きる患者さんも多くいることを考えるとそれが自殺行為なのか安楽死なのか判断する事はできるのでしょうか?
苦痛の中で死するのがと問われると容認してしまいますが、その判断は本人だけしか判らないし、基準はどこで決めるのかが難しい問題です。
悪く考えれば、周囲からの精神的圧力で安楽死を選択する場合が発生する可能性も日本の環境ではあるのではないでしょうか?
意識を喪失した場合延命処理を放棄することが安楽死を認めるという定義には賛成ですが、意識の有る内に安楽死を選択するのは安易過ぎる気がします。

死の哲学 まとば  2000/12/02 (土) 02:31
生きる上の哲学は当然のこととして死の哲学が含まれます。
というより哲学の根本は生死観だと思います。
しかし、どんな哲学・宗教を信じるかは個人の自由ですから一般化は無理なことです。そこで都合よく使われるのが「生命倫理」という言葉です。よく考えると、その裏付けはやっぱり哲学、宗教など体系化された価値観なのですが。ま、それは措くとして気になるのが日本の多くの医師達の生命倫理観です。「脳死」だ「心臓死」だと言った肉体的物理現象のレベルでしか死を理解しない、というより理解してはいけない立場の専門職業人と言ったら言い過ぎかもしれませんが、彼らにそれを求めるのはお門違いかもしれませんが。たとえば延命治療の継続、中断を彼らに判断させれば当然、自分達の持てるノウハウを駆使して最後まで望みなき治療行為を続ける事を選択する他ないでしょう。もし、それを躊躇させるものがあるとすれば、家族の治療費負担などに対する懸念ぐらいでしょうか。もっとも、積極的に終末医療と取組む病院も増えて来ているようですが。なんだか危うい感じが否めないのはなぜでしょうか?

テーマ1,2について 校倉木造  2000/12/02 (土) 21:14
疑問その1について
 死が避けられない状況では、いたずらに苦痛を長引かせるのはいけないと思います。
 その苦痛に苛まされている人の横で「死を選択してはいけない」なんて、悠長に・平然と理想論語る人って鬼じゃねぇか、と思ってしまいます。 ですから安楽死も治療の一環ということで賛成。


疑問その2について
 オランダと日本は法体系や運用方法が違うんでしょうかねぇ。
 日本の場合は刑法35条の「正当行為」の解釈で「違法性を阻却する(犯罪でなくなる)」とされています。
 1)耐えがたい苦痛
 2)死が避けられず死期が迫っている
 3)苦痛を除去・緩和する手段がない
 4)患者の明示の意思表示
この条件をきちんと、形式的にではなく実質的に満たすことによって、仮に告訴・告発があっても刑罰は科されないのです。

 日本では現行法の解釈でできているんですから「法律」なんかで制定するまでもないんじゃないでしょうか。
 重要なのは「法の条文に合致しているか否か」ではなくて、前記4つの条件が実質的に満たされていることなのです。

 「形式的には殺人であるが安楽死の要件が満たされるために罪が科されない」というほうが、安易で要件不備の安楽死を防ぐ意味で大事だと思います。
 たとえば苦痛を緩和する方法があったのに、医師が怠惰でそれを知らなかった場合。
 日本では殺人罪の違法性阻却事由を満たしていないため、殺人罪の適用を受けます。
 しかし「要件を満たした安楽死は刑事訴追しない」と明記された法律があったら、その医師は「法で許された行為と信じて」いたために、業務上過失致死になってしまう可能性があるのです。積極的な犯意がないため、起訴そのものが無効(=無罪)になってしまうかもしれません。
 要するに「診断ミス」の問題になってしまうのです。
 人の生き死ににかかわる事であるだけに「要件を満たさなければ殺人なのだ」という現行の日本の制度のほうがいいと思います。
 従って、今の日本では“法律で”合法化するのは反対。
テーマその3について 校倉木造  2000/12/02 (土) 21:14
 「尊厳死」という言い方は、客観性がなく、問題の本質をごまかすような感じがするので「安楽死」のほうがいいと思います。
 個人の尊厳や名誉を守るための死では、自殺も特攻隊も尊厳死。
 あくまで絶望的な苦痛から解放されるという意味での最終的な死の選択なのですから、安楽死と言うべきです。
 延命治療は私はいやですね。治る見込みもないのに息だけしている状態ってのは、拷問に近いと思います。
 まぁ、延命治療については本人の意志が最大のポイントでしょう。
 そもそも生命維持装置を外すことは、積極的な安楽死とは別の問題だと思いますし。

 司法の世界でも「9割がた死刑」の被告人について「確定判決を遅らせた」ことが弁護士の実績になるそうですな。 延命弁護と言えましょう。
 その因習をそのまま踏襲したのが麻原弁護団で、いつも通りの「時間稼ぎ」したのです。
 強い身分保障がされた裁判官や検察官は、普通の事件なら「まぁ、弁護士さんは生活の保障のない立場だし」ということで大目に見てくれていた。
 しかし「この事件だけは世論もあるし、そういう事せんでくれ」という“空気”が読めなかった。
 裁判官・検察官に反抗することが正義、と思い違いした弁護士さんたちには猛省を促したいです。(うわー、話がそれた ^_^;;)

尊厳死と安楽死 校倉木造  2000/12/03 (日) 12:11
 尊厳死の正しい定義は「自然の状態であるがままの寿命を受け入れること」。
 ただ機械によって生かされ続けるのは拒否する、ということです。

 安楽死は、耐えがたい苦痛から逃れるために積極的に寿命を縮めること。
 一部では安楽死も尊厳死に含めているようですが、意味を考えると別物として考えないといけない事と、すでに指摘されてました。
 したがって私がNo.857の前半で書いたことは、すでに指摘されていることでちた。(^_^;)

 ただ、人工呼吸装置などを外すことと、栄養・水分補給を断つこととはまた別問題とされているようです。
 体が呼吸しようとしないのに機械で呼吸を続けさせる装置を外すことは消極的なもの、自ら食事ができない状態の患者に栄養・水分を断つことは積極的なもの。
 厳密な線引きが必要ですね。

【ここからちと脱線】
 脳死判定による臓器移植が話題になつたときに考えたんですけど、宗教の存在が大きいような気がします。
 欧米ではではだいたい「国教」を持っています。
 宗教を公的に認めるということは霊魂の存在も認めるので、人間の主体を霊魂に求めることができます。
 だから脳死の状態では主体が抜け出たもの・本人がこの世に置き去ったものとしてみんなで利用できる。
 しかし国教がない(憲法によって持てない)日本では、霊魂の存在が科学的に証明できない以上「肉体」を本人の主体とするしかない。 主体が活動を停止していないのに、臓器の摘出はできない。
 そんなわけで、脳死判定も本人の意志確認も厳密にならざるを得ないんでしょう。

オランダって T中村  2000/12/04 (月) 11:04
最初に安楽死が合法化したのは、やはりオランダでしたか。
オランダという国はいろいろなことが合法化してますね。
たとえば、少し前にDONDONでも取り上げた。覚せい剤やドラッグ。
売春まで合法化しているとは、ある意味、いろいろな問題に対して
おおらかというか、なんと言うか。

やはり安楽死には、考えるべきのものがあるのでは。とは思います
が、私は、対象者の同意や希望があったとしても、合法化には反対
です。私は、安楽死は自殺の幇助になるのではと解釈しています。
解釈によっては尊厳死や安楽死というなの殺人や自殺幇助が合法化
されてしまうような気がします。それで本当にいいのかと言う気持
ちがします。

ちゃんとしてればOK YK  2000/12/04 (月) 18:57
91歳の祖母が亡くなる前の半年間、チューブがいっぱいで
自発的に生きてる感じじゃなかったです。
お葬式でひさしぶりに顔をみたら、普通に眠ってるような顔してて
生きてた時より楽そうだよ、と思いました。

自殺はしちゃいけないと思うけど、病気で死ぬほど痛かったり
苦しかったりするひとにはそんなこと言えません。
悪用されることが無いように、頭のいい人達がちゃんとルールを
つくってくれたならばいいなと思います。

Re: ちゃんとしてればOK シャリアブル  2000/12/04 (月) 21:08
私の祖母の時もそうでしたが、仰るとうり生命維持装置で生きているだけでは・・・と言う感じもしますが、ホスピスの中でとか意識がある場合での死が、自殺になるのか否かが拭いきれない感情論となるような気がします。
だれがそのような法を造ることが出来るのでしょうか倫理的に本当に正しかったのかが判らない問題です。

ちなみに、そのような場合に保険はどうなるのでしょうか?
余命××で保険金を払いますと言う契約がありますよね、もし患者に死を選択できるなら、現行法のままでは保険金の支払いについて犯罪の温床に成りかねないと思うのですが。

尊厳死賛成、合法化反対 どじ損  2000/12/08 (金) 00:11
私の父方の祖母は、「恍惚の人」となってみまかりました。
風邪のときお世話になっていたお医者さんは、尊厳死としての心中を選びました。
件の「苦痛」って、第三者が判断するのは難しいと思います。
肉体的な苦痛だけではなく、精神的な苦痛を評価してほしいからです。
アメリカには、薬物投与装置による、無痛の死刑装置があります。
その装置の貸し出しや、セッティングは合法化されてよいと思いますが、
実施は本人にまかされるべきです。
直接手を貸す人の苦痛も想像を絶するのではないかと思うのです。
実質的には合法化かもしれませんが、本人以外がすべきではないと思います。

尊厳死と安楽死の違いは? ルパン?世  2000/12/10 (日) 09:39
 色々考えていましたが尊厳死と安楽死の違いどこにあるのかわかりません。尊厳死だって受け止め方によっては安楽死と変わりない気がします。また、安楽死が自殺の幇助をする恐れがあると言うご意見もあるようですがきちんとした基準を設ければそんな事はおこらないと思います。日本はその民族性が邪魔をしてこのような件はなかなか論議されないのが実情のようですね。私としては安楽死の合法化がされたときに、
どれだけの人が救われるかと言う観点からきちっとした基準を設けて合法化に賛成です。

尊厳死と安楽死の違いは? ルパン?世  2000/12/10 (日) 09:39
 色々考えていましたが尊厳死と安楽死の違いどこにあるのかわかりません。尊厳死だって受け止め方によっては安楽死と変わりない気がします。また、安楽死が自殺の幇助をする恐れがあると言うご意見もあるようですがきちんとした基準を設ければそんな事はおこらないと思います。日本はその民族性が邪魔をしてこのような件はなかなか論議されないのが実情のようですね。私としては安楽死の合法化がされたときに、
どれだけの人が救われるかと言う観点からきちっとした基準を設けて合法化に賛成です。

死について シャリアブル  2000/12/12 (火) 19:17
尊厳死とは誰が判断するのでしょうか?自殺との違いは?現状のロングでは安楽死も尊厳死も自殺も同様名レベルになったような気がします。
思うに安楽死と単純にいいますが、患者の症状が意識が無く有る一定期間人工呼吸器により蘇生治療をしたのちも快復の見込みがない場合には、人工呼吸器を取り外す事を定義こそ、自殺でない安楽死があたえられると考えます。
自然の摂理として、死を見守る姿勢が必要なのでしょう。
しかし、自分に置き換えて肉親の情が受け入る事ができるかは何とも言えません。

どんどん認めるべき。 くろ  2000/12/13 (水) 12:59
 自分の命をどう処していくか、は、自分で決められるべきだと思うのですよ。安楽死は禁止だけれども、その間かかってしまう莫大な医療費は誰が負担するの?禁止した人が代わりに負担してくれるのでしょうか。お金をかければ助かるかもしれないというものについても、お金がないから助からなくてもよい、とか、少しでも遺産として残したいから医療は受けたくないとか、選択肢はいろいろあっても良いと思います。入院の前に意思決定をしてもらうとか、一定の年齢になったら任意で用意してもらうとか、そのような法的整備が必要ではないでしょうか。
 それでは自殺を認めるようなものではないか、という議論もあるでしょうが、事情によっては自殺も認めていく方向で考えていかねばならないのではないでしょうか。どんどん生き難い社会にしていきながら、しかし自殺はだめ、というのは、酷でしょう。これからの社会は、特に。


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